【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩

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14.守りたいものが増えたから

「まあ、リズはどうしたの」


 声をかけると、それまで必死に堪えていたものがほどけたのだろうか。

 リズの小さな肩が震え、とうとう透明な涙がぽろりと頬を伝い落ちた。

 ラルの手をしっかりと握っている。その様子は、心細さを紛らわせる唯一の支えのように見える。


「お母様が居ないって気付いたら、こうなっちゃって。ごめんなさい、ちゃんと見るって言ったのに」

 ラルが申し訳なさそうに眉を下げる。

 ラルもきっと、突然泣き出したリズに驚いたのだろう。けれど責任を感じている様子が、彼らしい。メリッサも後ろで申し訳ないような顔をしている。



「謝らなくていいわ。連れてきてくれてありがとう、ラル。さすがお兄様ね」

 その一言に、ラルの背筋がわずかに伸びた。


「リズ、ほら、お母様だよ」


 ラルが背中を押して呼びかけると、小さな身体が勢いよく駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きついてきた。腕の中で震える様子が、どれほど不安だったのかを語っている。


「まあ、リズ。急にいなくなってごめんなさいね。寂しかったのでしょう」


 優しく背を撫でると、リズは無言のままこくりと頷いた。
 

「アイラ、その子は?」

 少し離れたところから声がかかり、振り返る。そこには目を丸くしたお兄様と、その隣で同じく驚くティアナが立っていた。


「息子と娘です」

「いや、息子が居るのは知っていたが、娘は? いつの間に生んだんだ?」

 あまりに唐突な問いに、思わずまばたきをする。


「どちらかと言えば、どちらも生んだ記憶はないのですが、娘はレオナール様の前妻の娘です」

「え? 一緒に住んでいるの?」

「ええ、昨日から」

「昨日から?」


 お兄様とティアナが声を揃えて目を見開く。


 その反応はもっともである。だが、当事者である私が一番驚いていますのよ。分かってくださいます?

 

「さあ、二人ともご挨拶をして」

 促すと、ラファエルが前に出た。


「はい、お母様。私は、ラファエル・ラングフォード。まだまだ未熟者ではございますが、皆さま、どうぞよろしくお願いいたします!」

 張り切った声が広間に澄んで響く。安定の定型文自己紹介だわ。


「ぐす、クラリスです。三歳です……」

 泣き腫らした目のまま、クラリスも私の腕の中で答えた。こちらも安定の指四本。
 
 

「私は、ヴァージル・ラングフォード。丁寧な挨拶ありがとう。初めて会うが、君たちの母の兄、つまり伯父に当たる」

「私はあなたの伯母さまよ」



 ふたりが穏やかに名乗る姿を見ながら、思う。

 ――すごいわ、自分を伯父、伯母ということに抵抗がないなんて。時間って怖いわ。

 

「伯父様と伯母様?」

 ラファエルの目がぱちぱちと瞬く。初めて聞く親族の名に、緊張が入り混じったような表情だ。


「ああ、そうだ、今まで会いに来なくて済まない。これからは頻繁に会いに来るよ」

「私にも息子が居るの。あなたと同じ年の従兄弟よ」


 何ですって!?


「従兄弟! お友達になってくれるかな?」


 ラルが声を弾ませた。その無邪気な喜びに、場の空気が柔らかくほどけていく。


 「ええ、一つ下の妹も居るから二人とも仲良くしてほしいわ」

 娘も!

 

「仲良くできるよ!」

 ラルの顔がぱっと華やいだ。声が弾んで、広間の空気まで明るくなる。

 

「じゃあ、私たちはそろそろ帰ろう、子供たちに母を返してあげなくては」

「ええ、そうね」

 お兄様とティアナが立ち上がる。まだ話したいことは山ほどあるのに。

 
 けれど、こちらに気を遣ってくれているのだと分かる。

 ティアナが軽く手を振った。


「また、ゆっくり来るわ」

 その言葉を頷き、二人を玄関までお見送りした。
 

「お母様、積み木……」

 ドレスの胸元をそっとつまんで、リズが見上げてくる。

 あんなに泣いていたのに、やりたいことを忘れていないのね。


「ええ、ごめんなさいね。続きをやりましょう」

 返すと、クラリスは満足そうにこくりと頷いた。
 

 

 夜。



 

 ラルの部屋では、今日も子どもたちが楽しみにしていた絵本の時間。

 穏やかな声で読み聞かせているうちに、リズはうとうとし始め、ついには目を閉じた。ルーシーがリズをそっと抱き上げて運ぶと、ラルもすでに布団の中で静かな寝息を立てていた。

 私もそっと部屋から出る。玄関に行くとちょうどレオナール様が帰ってきていた。

 
「レオナール様、お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま。さすがに休みの後は仕事がたまっていて、こんな時間になってしまった」

 肩の力を抜くように外套を預ける姿に、長い一日の疲れが滲む。


「お疲れ様でした。少し話があるのですがよろしいでしょうか? すぐに終わります」

「なんだい?」


 まっすぐにこちらを向く深い眼差し。

 

「はい、私たち、早急に結婚いたしましょう。ええ、今すぐにでも」


 自分でも驚くほどはっきりした声が出た。けれど、迷いは一つもない。


 レオナール様は、口を開けたまま瞬きもせずこちらを見ていた。



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