【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩

文字の大きさ
17 / 49

17.新しいはじまり

しおりを挟む
 ――お、重い。

 胸の上にのしかかる小さな重みで目を覚ますと、朝の光の中、リズがこちらを覗き込んでいた。
 
 ふわふわの金髪が揺れ、瞳がキラキラしている。


「お母さま、起きた?」



 思わず抱きしめたくなる破壊力。そのすぐ後ろで、控えめにルーシーとメリッサが頭を下げた。


「申し訳ありません、お嬢様がどうしても“今すぐ起こすの”と……許可なく入ってしまいました」

「いいわ、気にしないで。私もちょっと寝すぎちゃったわ。リズ、ご飯は食べた?」


「まだ。お母さまと一緒」



 ぴょこんと手をあげるリズ。かわいい、でも重い……でもかわいい。


「そう、じゃあ私は支度をするから、先に行っていて。ルーシー、お願いね」

「はい、かしこまりました」

 ルーシーがリズの手を引き、部屋を出ていく。

 その背中を見送りつつ、私はメリッサに手伝ってもらい急いで身支度を整え、ホールへ向かった。

 

 広いホールに足を踏み入れた瞬間、香ばしいパンの匂いと、スープの湯気がふわりと鼻をくすぐる。

 白いテーブルクロスの上には、すでに温かい朝食が並べられていた。焼きたてのクロワッサン、オムレツ、淡い色のコンソメスープ。



「アイラ、よく眠れなかったのかい?」



 朗らかな声がして顔を上げると、レオナール様が満面の笑みでこちらを見ていた。
 
 ご機嫌なのが、もう隠しようもないほどに伝わってくる。


「目の下にくまができてるよ。一緒だね、私も嬉しくて眠れなかった」


 私はあなたと違って、徹夜で日記を読み漁っていただけなんです。

 とは言えず、曖昧な微笑みだけを返す。


 スープをそっと口に運ぶと、温かさが喉を通り過ぎていき、ぼんやりしていた頭の輪郭がようやく現実に戻ってくる。


 リズはというと、パンをちいさな口で一生懸命かじっている。口の端にパンくずをつけたまま、こちらを見上げてにこり。

 それを見たラルは、マナーよくカラトリーを使いながらも、リズのこぼすパンくずが気になるらしく、さりげなくリズの前に皿を寄せてあげている。

 ルーシーは静かにお茶を注ぎ、そしてレオナール様は、朝日より眩しい笑顔で、「これが幸せだ」と言いたげに家族全員を目で追っている。


 なんだか、平和だわ。


 そうだ。


「レオナール様、つかぬことを伺いますが、王太子殿下とは同級生なのですわよね。仲はどうでしたの?」


 私が思い切って問いかけると、レオナール様は肩をすくめ、懐かしそうに目を細めた。


「仲? よかったよ。王太子殿下とセルジュ・アーガントン、コリン・ライクスバート。四人でつるんでいたよ。コリンは辺境伯だから、今はなかなか会えないけどね」

 ララが書いていた攻略対象全員だわ。


「君が意識がないとき、王太子殿下もセルジュも、ずいぶん心配していたよ。いや、目覚めるまで休むんだ、と根回しをしてくれていたのも彼らなんだ」

 ああ、だから大丈夫って言っていたのね。


「お見舞いにも来たがっていたけれど……どうする? 伝えておこうか」

「記憶がない身ですもの。申し訳ないのですが、お断りをお願いいたしますわ」


 ほんの一瞬だけ間を置いて、なるべく穏やかに伝える。けれど内心は真逆だ。

 ――絶対に来ないでほしい。


 来られたら困る。というより、捕食者に狙われる危険がある。

 それに、友人の“愛人”とされている女の見舞いに、どうしてそんなに顔を出したがるのか。

 こんな状況で顔を出すということは、ララにまだ好意がある可能性すらある。

 そんなの、冗談じゃないわ。

 巻き込まれたら最後、面倒が押し寄せてくる未来しか見えない。


 コリン・ライクスバートに関する日記も、急いで読まなくては。


 レオナール様は、私の拒否の裏にある本音など露ほども知らないという顔で朗らかに笑った。



「今日も君との婚姻の書類を提出したあとは、二人に報告するつもりだ。きっと喜んでくれる」


 “喜ぶ”という響きが、余計に不穏に聞こえる。


「……ええ、ぜひ。どんな反応だったか教えてくださいませ。そういえば、王太子妃殿下も同級生ですよね? お会いになることも?」

「王太子妃も、コリンの妻、ミレイユもだね。時々、君のことを聞かれるよ。君たちは仲がよかったようには見えなかったのに不思議だね」

 ええ、本当に不思議。不思議を通り越して恐怖。


 わざわざご自身の夫の友人の愛人について質問なんてしないはず。


 それなのに私の話題が出るってことは……嫌われて、いえ、いまだに恨まれている可能性がある。

 ああ、火の粉が、こちらに飛んでくる未来が見える。はっきりと。
 

 全力で回避しなくては。


 レオナール様が、そんな私の脳内大騒ぎなどまったく知らぬ顔で首をかしげた。



「ところで、どうしたんだい急にそんなことを」

「え、ええ。私も今日から伯爵夫人ですわ。これからは関わることが増えますもの。失礼があっては困りますし伯爵家が恥をかかないように」



 ラルにも、リズにも、迷惑がかかってはいけないわ。


「そうなんだね! 今は時間がないから、夜にでも続きの話をしよう」


 声が、やけに弾んでいた。


「ぜひ」

 そう返した瞬間、レオナール様はぱっと表情を明るくして立ち上がる。

 支度を整える手つきひとつまで軽やかで、コートを羽織る動作に至っては、もう浮かれているのが隠せていない。

「じゃあ行ってくるよ、アイラ!」

 
 足取りも妙に軽い。

 扉を開ける直前、もう一度こちらを振り返ってにこりと笑う。その笑顔が眩しいのは、朝日ではなく機嫌のせいね。


「……いってらっしゃいませ」


 扉が閉まった瞬間、私はふうっと息をついた。ふと、ラルが私のドレスをそっと引っ張った。


「お母様、今日は家庭教師の先生がいらっしゃいますので、リズの面倒をお願いできますか?」


 ふふ、兄というより保護者のような台詞ね。

 それにしても家庭教師? 


 そうよね、年齢的に家庭教師がつくのも当然。今までは、私が倒れていたこともあり、きっと授業も止まっていたのだろう。


「ラル、家庭教師の先生が来たら、ラファエル・ウェストレイと改めて自己紹介なさいね」

「ラファエル・ウェストレイ?」

 少し戸惑うラルの手を取る。



「ええ。今日から、私とあなたはウェストレイ家の者よ」

「そうなんだ! リズ! クラリス・ウェストレイとラファエル・ウェストレイ、一緒だよ!」



 ぱあっと嬉しそうに声を上げるラル。
 でも、リズはきょとんとしたまま。

 そうね。私自身も、新しい名で家庭教師の先生へご挨拶をしなければならないわ。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年増令嬢と記憶喪失

くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」 そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。 ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。 「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。 年増か……仕方がない……。 なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。 次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。 なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

処理中です...