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5.ため息交じりの笑み
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放課後、突然現れたセオドアが私に向けて低く忌ま忌ましく言う。
「……リディアも、私とエマの関係を浮気だと思っているのか?」
その言葉に、一瞬息が詰まる。
ただ、彼のそばに頻繁にいる親し気な令嬢。勝ち誇ったような、見下したような視線を送ってくる令嬢。私の印象はそれだけ。
でも、浮気以外に何があるのかと心の中で反射的に思ってしまう自分もいる。
「エマ様というのは、セオドアの仲の良いお友達なのかしら? 紹介してもらった記憶がありませんが」
努めて平静を装いながら、答える。すると彼は苛立った様子で眉間にしわを寄せた。
「ああ、そうだ。友達だ。なのに、なぜ、レオナード・ボーモント子爵令息、あいつに浮気と言われなければならない」
その言葉に思わず胸がざわつく。
「その方と、友達というわりには距離が近いのではなくて?」
私が冷静に返すと、セオドアは不快感を隠そうともせず吐き捨てるように言った。
「やはりリディアが、皆に浮気と言っているのだな! そのせいで、エマが悲しんでいた……。だが、優しいエマは、誤解を解きたい、仲良くなりたいとリディアをお茶に誘っている」
彼の言葉に、思わず眉を寄せる。
男爵令嬢が侯爵令嬢を? 家を通さずに、婚約者を通して、お茶に誘う?
「どちらで?」
「男爵家だ。まあ、一人では心配だろう。私も一緒についていこう」
その提案に、少し苛立ちが混じった声で返してしまう。
「行かないという選択肢は?」
セオドアは深く息をついて、言葉を選ぶようにして続けた。
「エマが寄り添おうとしているのに、何ていう物言いだ。安心しろ。お茶会に着ていくドレスも用意するし、迎えにも行く」
その言葉に驚きつつも、内心では少し疑問を抱いてしまう。
ドレスを用意する? ……珍しい。何としてでも行かせたいのね。それとも自分が行きたいのかしら。
…だめね。ひねくれた考えしかできなくなっている。
胸の奥にくすぶる思考が、私の視点を曇らせる。それでも、これ以上険悪になるのは避けたい。ここは素直に誘いを受けるべきだろう。もしこれを機に、歩み寄っていけたのなら。
セオドアがどんな意図でこれを提案しているのか、それは分からないけど、関係の修復ができる可能性があるなら、試してみる価値はあるはずだわ。
「分かったわ」
*****
数日後
「お嬢様、モンクレア伯爵令息様からドレスが届きました」
侍女の声に振り返ると、彼女が慎重に抱える大きな箱が目に入った。本当に届いた。こんなこと、何年ぶりだろう。思わず胸の奥がざわつく。
「おお、セオドア君からの贈り物か。何かの記念日か?」
父が驚きと興味を込めて声をかけてくる。いつも穏やかな表情の父だが、こんな風に目を輝かせるのは久しぶりだ。
「いいえ、お茶会に行くので贈ってくれたのです。週末、一緒に出掛けます」
その説明に、父は満足げにうなずいた。
「そうか、最近邸に来ないと思っていたが、良い関係を築いているようで安心した」
嬉しそうな父の言葉が少しだけ胸に刺さる。表向きの関係が良好であることは確かだが、それがどれほど脆いものなのか、父には伝えられない。
侍女にドレスの箱を持ってもらい、自室へと向かう。箱を開けると、そこには私のイメージとはかけ離れた、ふんわりとした可愛らしいドレスが収められていた。
それは、淡いピンク色を基調とした、ふんわりと広がるフリルのドレスだった。
スカート部分には幾重にも重ねられた軽やかなチュールがあしらわれており、光が当たると繊細にきらめく。胸元には、小さなリボンとレースが装飾されており、まるで人形の衣装のように愛らしい。
袖は透け感のある薄いオーガンジーで仕立てられており、肩口にはふんわりとしたボリュームが与えられている。
ウエスト部分はきゅっと締まり、細かな刺繍が施されたサテンのリボンが巻かれている。ドレス全体から漂う可愛らしさは、私の日常の装いとは対照的で、どこか非現実的な空気をまとっていた。
「これを着ろというの?」
思わず声が漏れる。
鏡に映る普段の自分とは違いすぎて、少しだけ違和感を覚える。セオドアが私をどれだけ見ていないのかが、こうして形となって表れているようだった。それでも、着ないわけにはいかない。
確かに流行のドレスの一つではある。……自分で選ばず、誰かに任せた可能性もあるわね。
「……これに合いそうな髪型はあるかしら?」
「そうですね、お嬢様には、大人っぽい雰囲気がお似合いですが、この可愛らしいドレスとなると……少し髪を巻いてみるのが良さそうです」
困り顔の侍女の提案にうなずき、頼むことにした。
「ちょっと試してみようかしら」
鏡越しに、侍女がせっせと準備を始める姿を見つめながら、憂鬱な気持ちがさらに深くなる。
ああ、気が重い――。
次の日、カタリナが、いぶかしげな表情で話しかけてきた。
「ねえ、リディア。週末エマって子の家でお茶会があると聞いたのだけれど」
彼女はどこからか話を聞きつけてきたらしい。
「耳が早いわね。セオドアと三人でだそうよ。誰から聞いたの?」
「エマって子が、いろいろなところで言っているの。仲が良いアピールなのかしら? 絶対楽しくないに決まっているわ。私の家でお茶会をしましょうよ。浮気を公認したって思われたら嫌じゃない?」
その言葉に、思わず苦笑いがこぼれる。
「今だって思われているに違いないわ。でも、珍しくドレスを用意して、迎えにも来るって言っているの。行かないわけにはいかないわね」
カタリナは深いため息をつきながら、私をじっと見つめた。
「セオドアったら、どういう風の吹き回し? 三人は円満だって周りに思われたいのかしら……あなたが心配だわ」
二人の間にしばしの沈黙が落ちた。
ため息交じりの笑みを浮かべ、私はそっと窓の外を見つめた。週末の空模様がどうなるのか、そればかりを気にしている自分がいた。
いっそのこと大雨なら行かなくてもいいのに。
「……リディアも、私とエマの関係を浮気だと思っているのか?」
その言葉に、一瞬息が詰まる。
ただ、彼のそばに頻繁にいる親し気な令嬢。勝ち誇ったような、見下したような視線を送ってくる令嬢。私の印象はそれだけ。
でも、浮気以外に何があるのかと心の中で反射的に思ってしまう自分もいる。
「エマ様というのは、セオドアの仲の良いお友達なのかしら? 紹介してもらった記憶がありませんが」
努めて平静を装いながら、答える。すると彼は苛立った様子で眉間にしわを寄せた。
「ああ、そうだ。友達だ。なのに、なぜ、レオナード・ボーモント子爵令息、あいつに浮気と言われなければならない」
その言葉に思わず胸がざわつく。
「その方と、友達というわりには距離が近いのではなくて?」
私が冷静に返すと、セオドアは不快感を隠そうともせず吐き捨てるように言った。
「やはりリディアが、皆に浮気と言っているのだな! そのせいで、エマが悲しんでいた……。だが、優しいエマは、誤解を解きたい、仲良くなりたいとリディアをお茶に誘っている」
彼の言葉に、思わず眉を寄せる。
男爵令嬢が侯爵令嬢を? 家を通さずに、婚約者を通して、お茶に誘う?
「どちらで?」
「男爵家だ。まあ、一人では心配だろう。私も一緒についていこう」
その提案に、少し苛立ちが混じった声で返してしまう。
「行かないという選択肢は?」
セオドアは深く息をついて、言葉を選ぶようにして続けた。
「エマが寄り添おうとしているのに、何ていう物言いだ。安心しろ。お茶会に着ていくドレスも用意するし、迎えにも行く」
その言葉に驚きつつも、内心では少し疑問を抱いてしまう。
ドレスを用意する? ……珍しい。何としてでも行かせたいのね。それとも自分が行きたいのかしら。
…だめね。ひねくれた考えしかできなくなっている。
胸の奥にくすぶる思考が、私の視点を曇らせる。それでも、これ以上険悪になるのは避けたい。ここは素直に誘いを受けるべきだろう。もしこれを機に、歩み寄っていけたのなら。
セオドアがどんな意図でこれを提案しているのか、それは分からないけど、関係の修復ができる可能性があるなら、試してみる価値はあるはずだわ。
「分かったわ」
*****
数日後
「お嬢様、モンクレア伯爵令息様からドレスが届きました」
侍女の声に振り返ると、彼女が慎重に抱える大きな箱が目に入った。本当に届いた。こんなこと、何年ぶりだろう。思わず胸の奥がざわつく。
「おお、セオドア君からの贈り物か。何かの記念日か?」
父が驚きと興味を込めて声をかけてくる。いつも穏やかな表情の父だが、こんな風に目を輝かせるのは久しぶりだ。
「いいえ、お茶会に行くので贈ってくれたのです。週末、一緒に出掛けます」
その説明に、父は満足げにうなずいた。
「そうか、最近邸に来ないと思っていたが、良い関係を築いているようで安心した」
嬉しそうな父の言葉が少しだけ胸に刺さる。表向きの関係が良好であることは確かだが、それがどれほど脆いものなのか、父には伝えられない。
侍女にドレスの箱を持ってもらい、自室へと向かう。箱を開けると、そこには私のイメージとはかけ離れた、ふんわりとした可愛らしいドレスが収められていた。
それは、淡いピンク色を基調とした、ふんわりと広がるフリルのドレスだった。
スカート部分には幾重にも重ねられた軽やかなチュールがあしらわれており、光が当たると繊細にきらめく。胸元には、小さなリボンとレースが装飾されており、まるで人形の衣装のように愛らしい。
袖は透け感のある薄いオーガンジーで仕立てられており、肩口にはふんわりとしたボリュームが与えられている。
ウエスト部分はきゅっと締まり、細かな刺繍が施されたサテンのリボンが巻かれている。ドレス全体から漂う可愛らしさは、私の日常の装いとは対照的で、どこか非現実的な空気をまとっていた。
「これを着ろというの?」
思わず声が漏れる。
鏡に映る普段の自分とは違いすぎて、少しだけ違和感を覚える。セオドアが私をどれだけ見ていないのかが、こうして形となって表れているようだった。それでも、着ないわけにはいかない。
確かに流行のドレスの一つではある。……自分で選ばず、誰かに任せた可能性もあるわね。
「……これに合いそうな髪型はあるかしら?」
「そうですね、お嬢様には、大人っぽい雰囲気がお似合いですが、この可愛らしいドレスとなると……少し髪を巻いてみるのが良さそうです」
困り顔の侍女の提案にうなずき、頼むことにした。
「ちょっと試してみようかしら」
鏡越しに、侍女がせっせと準備を始める姿を見つめながら、憂鬱な気持ちがさらに深くなる。
ああ、気が重い――。
次の日、カタリナが、いぶかしげな表情で話しかけてきた。
「ねえ、リディア。週末エマって子の家でお茶会があると聞いたのだけれど」
彼女はどこからか話を聞きつけてきたらしい。
「耳が早いわね。セオドアと三人でだそうよ。誰から聞いたの?」
「エマって子が、いろいろなところで言っているの。仲が良いアピールなのかしら? 絶対楽しくないに決まっているわ。私の家でお茶会をしましょうよ。浮気を公認したって思われたら嫌じゃない?」
その言葉に、思わず苦笑いがこぼれる。
「今だって思われているに違いないわ。でも、珍しくドレスを用意して、迎えにも来るって言っているの。行かないわけにはいかないわね」
カタリナは深いため息をつきながら、私をじっと見つめた。
「セオドアったら、どういう風の吹き回し? 三人は円満だって周りに思われたいのかしら……あなたが心配だわ」
二人の間にしばしの沈黙が落ちた。
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