33 / 43
33.未来の幕開け
しおりを挟む
sideリディア
*****
「もう、どうしてくれるのよ。結婚式、楽しみにしていたのに。リディアが娘になる日も遠のいたわ」
公爵夫人の嘆きが部屋に響いた。
ふわりと揺れるレースのカーテンの向こう、窓から差し込む陽光が床に模様を描く。
公爵夫人は大げさに肩を落としながらも、その瞳にはまだ楽しげな色が滲んでいた。
「それは大丈夫です」
落ち着いた口調でお父様が応じる。ちらりと視線を扉の方に向け、私に問う。
「リディア、いるんだろ。外に」
「はい」
控えめに返事をすると、お父様は、扉の外にいたレオナードを呼ぶように侍女に指示を出した。
呼び出された彼は、私の隣に案内され、困惑した様子できょろきょろと辺りを見回しながら座った。
『どうなった、うまくいったか?』
小声で尋ねる彼の声音には、僅かに緊張が滲んでいた。
私は微かに息を吸い、言葉を選びながら告げる。
「私、セオドアとの婚約がなくなったわ」
レオナードの瞳が一瞬だけ大きく見開かれる。驚きと、何か別の感情が混ざったような表情。私は続けた。
「この報告書、あなたの言った通り使う日が来たわね。覚えている? 望みを一つだけ叶えることを報酬にしたこと」
彼は静かに頷く。
「覚えている」
「私は賭けに負けたから、望みは言えないの。でも、あなたの望みときっと一緒よ」
一瞬の沈黙。空気が張り詰める。
レオナードは視線を落とし、拳をぎゅっと握りしめた。
「……一緒なわけがない」
「言ってみなくてはわからないわ」
レオナードが顔を上げ、私を見つめる。
「……言ってもいいのか。俺は王子殿下じゃないぞ」
「あなたの申し込みは、断らないって言ったわ。私」
「……お前の望みと違ったら……笑って断ってくれていい」
レオナードは深く息を吐き、天を仰ぎ見ると、覚悟を決めたように再び私を見つめた。その目には揺るぎない決意が宿っている。
「……リディア。胸にしまった想いを伝えることは、永遠にないと思っていた。侯爵令嬢である君との夢のような日々。これからは現実に向き合い、生活のために生きる。君は、違う世界の人だと自分に言い聞かせた」
ゆっくりと、彼は言葉を紡ぐ。
「一つ願いを、本当に願いを叶えてもらえるのなら——君の傍に、婚約者として居たい。何年かかるかわからないが、爵位くらい獲得してみせる。俺の望みを……リディア、叶えてくれ」
静寂が落ちる。外の木々が風に揺れ、窓の向こうで小鳥がさえずる音だけが響く。
私は、そっと微笑む。
「ほら、やっぱりあなたの望みは、私の望みだわ」
彼の目が見開かれる。
私は立ち上がり、公爵夫妻とお父様に向き直った。
「モンルージュ公爵。彼はボーモント子爵家の三男、レオナードです。私は彼と結婚しますので、どうか彼を養子に迎えてください」
「は? 結婚……養子ってなんだ?」
レオナードの声が裏返る。私は微笑を深めた。
「私の傍に居たいのでしょう?」
「居たいが、え?」
困惑する彼の表情に、クスリと笑いがこぼれる。
「彼は、難関の文官試験を一発で合格するほど優秀です。その報告書を作ったのも彼です。子爵家の令息ではありますが、公爵家を背負っていくにふさわしい教養と人柄をもっております。どうかお願いします」
公爵夫人は私を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「私は、リディアが選んだのなら全く構わないわ。ねえ、あなた」
公爵も頷き、手に持った報告書を眺めながら笑う。
「ああ、私もリディアの見る目を疑うことはしない。それに、この報告書は学生が作ったとは思えないくらいよくできている。これは、何度も定期的にまとめ、書き直していたのだろう。はは、私だったら、ただの友人のためにここまではしない」
公爵夫人が目を輝かせながら口を挟む。
「ふふ。でも、リディア、彼は初耳なのでしょう? 目に見えて動揺しているわ」
「おま……公爵家って正気か? 俺は……子爵令息だぞ」
レオナードは、まだ混乱している。それでも、その瞳の奥には確かな熱が灯っていた。
私は彼の手を取る。
「レオナード、私たちには身分差があるのだもの。あなたには頑張ってもらわないと。爵位くらい獲得して見せるのでしょう? まさか、自信がないの?」
「あるわけ……あー……ある!」
彼はぐっと息を吸い、手を握ったまま力強く頷いた。
「お前のために頑張ってみせる。任せろ。もちろん、リディアも助けてくれるんだろ?」
私は微笑んで、しっかりと頷く。
「ええ、もちろん、婚約者として」
その様子を見ていた公爵夫人が楽しげに笑う。
「素敵ね、あなた!」
公爵とお父様が穏やかに頷き合う。
「娘のプロポーズに立ち会う親も珍しいな、侯爵」
「はは、そうですね」
柔らかな笑い声が部屋に満ちた。新たな未来の幕開けが静かに訪れていた。
*****
「もう、どうしてくれるのよ。結婚式、楽しみにしていたのに。リディアが娘になる日も遠のいたわ」
公爵夫人の嘆きが部屋に響いた。
ふわりと揺れるレースのカーテンの向こう、窓から差し込む陽光が床に模様を描く。
公爵夫人は大げさに肩を落としながらも、その瞳にはまだ楽しげな色が滲んでいた。
「それは大丈夫です」
落ち着いた口調でお父様が応じる。ちらりと視線を扉の方に向け、私に問う。
「リディア、いるんだろ。外に」
「はい」
控えめに返事をすると、お父様は、扉の外にいたレオナードを呼ぶように侍女に指示を出した。
呼び出された彼は、私の隣に案内され、困惑した様子できょろきょろと辺りを見回しながら座った。
『どうなった、うまくいったか?』
小声で尋ねる彼の声音には、僅かに緊張が滲んでいた。
私は微かに息を吸い、言葉を選びながら告げる。
「私、セオドアとの婚約がなくなったわ」
レオナードの瞳が一瞬だけ大きく見開かれる。驚きと、何か別の感情が混ざったような表情。私は続けた。
「この報告書、あなたの言った通り使う日が来たわね。覚えている? 望みを一つだけ叶えることを報酬にしたこと」
彼は静かに頷く。
「覚えている」
「私は賭けに負けたから、望みは言えないの。でも、あなたの望みときっと一緒よ」
一瞬の沈黙。空気が張り詰める。
レオナードは視線を落とし、拳をぎゅっと握りしめた。
「……一緒なわけがない」
「言ってみなくてはわからないわ」
レオナードが顔を上げ、私を見つめる。
「……言ってもいいのか。俺は王子殿下じゃないぞ」
「あなたの申し込みは、断らないって言ったわ。私」
「……お前の望みと違ったら……笑って断ってくれていい」
レオナードは深く息を吐き、天を仰ぎ見ると、覚悟を決めたように再び私を見つめた。その目には揺るぎない決意が宿っている。
「……リディア。胸にしまった想いを伝えることは、永遠にないと思っていた。侯爵令嬢である君との夢のような日々。これからは現実に向き合い、生活のために生きる。君は、違う世界の人だと自分に言い聞かせた」
ゆっくりと、彼は言葉を紡ぐ。
「一つ願いを、本当に願いを叶えてもらえるのなら——君の傍に、婚約者として居たい。何年かかるかわからないが、爵位くらい獲得してみせる。俺の望みを……リディア、叶えてくれ」
静寂が落ちる。外の木々が風に揺れ、窓の向こうで小鳥がさえずる音だけが響く。
私は、そっと微笑む。
「ほら、やっぱりあなたの望みは、私の望みだわ」
彼の目が見開かれる。
私は立ち上がり、公爵夫妻とお父様に向き直った。
「モンルージュ公爵。彼はボーモント子爵家の三男、レオナードです。私は彼と結婚しますので、どうか彼を養子に迎えてください」
「は? 結婚……養子ってなんだ?」
レオナードの声が裏返る。私は微笑を深めた。
「私の傍に居たいのでしょう?」
「居たいが、え?」
困惑する彼の表情に、クスリと笑いがこぼれる。
「彼は、難関の文官試験を一発で合格するほど優秀です。その報告書を作ったのも彼です。子爵家の令息ではありますが、公爵家を背負っていくにふさわしい教養と人柄をもっております。どうかお願いします」
公爵夫人は私を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「私は、リディアが選んだのなら全く構わないわ。ねえ、あなた」
公爵も頷き、手に持った報告書を眺めながら笑う。
「ああ、私もリディアの見る目を疑うことはしない。それに、この報告書は学生が作ったとは思えないくらいよくできている。これは、何度も定期的にまとめ、書き直していたのだろう。はは、私だったら、ただの友人のためにここまではしない」
公爵夫人が目を輝かせながら口を挟む。
「ふふ。でも、リディア、彼は初耳なのでしょう? 目に見えて動揺しているわ」
「おま……公爵家って正気か? 俺は……子爵令息だぞ」
レオナードは、まだ混乱している。それでも、その瞳の奥には確かな熱が灯っていた。
私は彼の手を取る。
「レオナード、私たちには身分差があるのだもの。あなたには頑張ってもらわないと。爵位くらい獲得して見せるのでしょう? まさか、自信がないの?」
「あるわけ……あー……ある!」
彼はぐっと息を吸い、手を握ったまま力強く頷いた。
「お前のために頑張ってみせる。任せろ。もちろん、リディアも助けてくれるんだろ?」
私は微笑んで、しっかりと頷く。
「ええ、もちろん、婚約者として」
その様子を見ていた公爵夫人が楽しげに笑う。
「素敵ね、あなた!」
公爵とお父様が穏やかに頷き合う。
「娘のプロポーズに立ち会う親も珍しいな、侯爵」
「はは、そうですね」
柔らかな笑い声が部屋に満ちた。新たな未来の幕開けが静かに訪れていた。
6,277
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。
そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。
※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる