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第一章 名医の条件、仁医の条件
山雨来らんと欲して、風楼に満つ
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「昨日話した通り、今、北の国境でアノル首長国と小競り合いが起きている。
それだけなら問題はない。
かの国と我が国の因縁は深く、小競り合い程度はよくある。
互いの戦力や内情を探る為の手段、駆け引きの一つと言ってもいい。
これまでは-」
フィリップの顔が僅かに曇る。
桔梗は気付かなかったが、セシリャの顔色も変わった。
「今回は違うという事ですか?」
「そうだ。
理由なく、首斬り王子を前線に出す訳がない。
盗賊と繋がっているという噂もある」
「盗賊?!」
桔梗はギョッとし、思わず引っ繰り返ったような声を上げる。
前者はともかく、後者は聞き捨てならない。
一国の王子が盗賊とつるむなんて言語道断だ。
「二週間くらい前から隊商を狙う山賊が出る事は知っているだろう?」
「はい。
隊商が八つ壊滅したとか」
「莫大な金と引き換えに、その山賊を情報収集に使っているらしい。
首斬り王子の件といい、この件といい、一部の者は開戦だ、宣戦布告だと騒いでいるが、噂を理由に開戦したとあっては大義名分も何もない。
事実だとしても、この程度で開戦は早計だ……、と思っていたが、哨鎧騎士団が動いたという事は何かあるのだろう」
「軍人病の薬を定期邸に納める替わりに騎士を二人貸して下さる事になったんですが、開戦の準備なんでしょうか?」
「戦場で集中力を削がれる事は死と同義、騎士団にとって軍人病の薬は兵糧と同等の価値がある。
単なる信頼か、何かしらの伏線か、結論を出すには情報が足りない。
少し調べてみよう」
「ありがとうございます」
「それはそれとして、いい加減助手の一人も付けてはどうだ?
あの山が三分の一でも崩れたら、生き埋めになる」
暗に部屋が汚いと言われ、桔梗は溜め息を吐いた。
「取りたいですが、相手がいなければどうにもなりません。
医師は患者さんの情報、時にはデリケートな問題も扱います。
誰でも出来る仕事ではないんです」
「私が探してみよう。
これでもそこそこの貴族だ。
金と人脈には自信がある。
人数と条件次第だが、最低でも五日後には名簿を送る」
「それは………」
桔梗の心の中でラッキー、渡りに船とはこの事!と叫ぶ天使と貴族に借りなんか作ったら絶対厄介な事になんぞっ!!と叫ぶ悪魔が鬩ぎ合う。
『うーーーーーーーーーーん』
【探してくれるって言うんだから、甘えればいいでしょっ!
厚意を無下に出来る余裕があるの?!】と天使が言えば、
【貴族の厚意が下心と紙一重な事くらい知ってんだろっ!
厄介事を抱える余裕があんのか?!】と悪魔が反論する。
【邪魔よ、悪魔野郎!!!】
【邪魔はそっちだ、クソ天使!!!】
【なにおぅ!!】
【なんだよっ!!】
格闘の末―
「お気持ちはありがたいのですが、これ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません。
自分で探します」
勝利の女神は悪魔の手に堕ちた。
「そうか。
では、三日後の正午にラルフの店に来て頂きたい。
情報はその時に」
「分かりました。
お願いします」
これが二人の最後の会話だった。
翌日、フィリップは帰宅中に左胸を抑えて倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
グスタヴス家の主治医は死因は心臓発作ですと言ったが、セシリャの耳には入らない。
突然伸し掛かったグスタヴス家の未来、この重圧に耐えるだけで精一杯だったからだ。
それでも時間は待ってくれず、水面下に不穏な影がチラ付く。
ある者は逃げ出し、ある者は目を逸らし、ある者は怯え、ある者はセシリャを支えた。
そんな中、セシリャは深夜に東診療所を訪ね、張り詰めた表情で桔梗に哀願した。
夫の死因を突き止めて下さい、と。
それだけなら問題はない。
かの国と我が国の因縁は深く、小競り合い程度はよくある。
互いの戦力や内情を探る為の手段、駆け引きの一つと言ってもいい。
これまでは-」
フィリップの顔が僅かに曇る。
桔梗は気付かなかったが、セシリャの顔色も変わった。
「今回は違うという事ですか?」
「そうだ。
理由なく、首斬り王子を前線に出す訳がない。
盗賊と繋がっているという噂もある」
「盗賊?!」
桔梗はギョッとし、思わず引っ繰り返ったような声を上げる。
前者はともかく、後者は聞き捨てならない。
一国の王子が盗賊とつるむなんて言語道断だ。
「二週間くらい前から隊商を狙う山賊が出る事は知っているだろう?」
「はい。
隊商が八つ壊滅したとか」
「莫大な金と引き換えに、その山賊を情報収集に使っているらしい。
首斬り王子の件といい、この件といい、一部の者は開戦だ、宣戦布告だと騒いでいるが、噂を理由に開戦したとあっては大義名分も何もない。
事実だとしても、この程度で開戦は早計だ……、と思っていたが、哨鎧騎士団が動いたという事は何かあるのだろう」
「軍人病の薬を定期邸に納める替わりに騎士を二人貸して下さる事になったんですが、開戦の準備なんでしょうか?」
「戦場で集中力を削がれる事は死と同義、騎士団にとって軍人病の薬は兵糧と同等の価値がある。
単なる信頼か、何かしらの伏線か、結論を出すには情報が足りない。
少し調べてみよう」
「ありがとうございます」
「それはそれとして、いい加減助手の一人も付けてはどうだ?
あの山が三分の一でも崩れたら、生き埋めになる」
暗に部屋が汚いと言われ、桔梗は溜め息を吐いた。
「取りたいですが、相手がいなければどうにもなりません。
医師は患者さんの情報、時にはデリケートな問題も扱います。
誰でも出来る仕事ではないんです」
「私が探してみよう。
これでもそこそこの貴族だ。
金と人脈には自信がある。
人数と条件次第だが、最低でも五日後には名簿を送る」
「それは………」
桔梗の心の中でラッキー、渡りに船とはこの事!と叫ぶ天使と貴族に借りなんか作ったら絶対厄介な事になんぞっ!!と叫ぶ悪魔が鬩ぎ合う。
『うーーーーーーーーーーん』
【探してくれるって言うんだから、甘えればいいでしょっ!
厚意を無下に出来る余裕があるの?!】と天使が言えば、
【貴族の厚意が下心と紙一重な事くらい知ってんだろっ!
厄介事を抱える余裕があんのか?!】と悪魔が反論する。
【邪魔よ、悪魔野郎!!!】
【邪魔はそっちだ、クソ天使!!!】
【なにおぅ!!】
【なんだよっ!!】
格闘の末―
「お気持ちはありがたいのですが、これ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません。
自分で探します」
勝利の女神は悪魔の手に堕ちた。
「そうか。
では、三日後の正午にラルフの店に来て頂きたい。
情報はその時に」
「分かりました。
お願いします」
これが二人の最後の会話だった。
翌日、フィリップは帰宅中に左胸を抑えて倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
グスタヴス家の主治医は死因は心臓発作ですと言ったが、セシリャの耳には入らない。
突然伸し掛かったグスタヴス家の未来、この重圧に耐えるだけで精一杯だったからだ。
それでも時間は待ってくれず、水面下に不穏な影がチラ付く。
ある者は逃げ出し、ある者は目を逸らし、ある者は怯え、ある者はセシリャを支えた。
そんな中、セシリャは深夜に東診療所を訪ね、張り詰めた表情で桔梗に哀願した。
夫の死因を突き止めて下さい、と。
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