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第一章 名医の条件、仁医の条件
声なき声
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ゆっくりと手を離し、
「始めます」
冷たい声でそう呟く桔梗。
「お願い致します」
長い夜の始まりだった。
桔梗は持って来た鞄をサイドテーブルに置き、そこからなんちゃって解剖セットを出す。
『えーーと、直バサミ、鉤バサミ、鉤なし、鉤付きピン、鉤なしピン、メス、フック、開創器、物差し、秤、バット、お玉、計量カップ、ノート、ペン、よしっ!』
解剖のかの字もした事がない桔梗、頭の中から解剖学の知識を引っ張り出し、使えそうな道具を求めて右往左往した。
患者には見せられない姿である。
『大丈夫、やり方は分かってるんだから、基本通りに、正確に、冷静に』
まず、服を脱がせながらフィリップの全身を観察していく。
『頭、顔、首、肩、腕、胸、腹、外傷なし。
背中は後でいいとして、下は……………、外傷なし。
ガウンで良かった。
スーツかコステールだったら脱がせるだけで一苦労だよ』
コステールとはイシリエン帝国の上流階級の男性の上着だ。
裾が膝まであり、正装の時に使う。
『背中の前に体内見とこう』
桔梗はサイドテーブルに手を伸ばし、伸ばそうとして止めた。
項に不穏な物、赤紫色の斑点を見付けたからだ。
『何、これ?』
項に触れ、両手を使って触診する。
『死斑、じゃないな。
フィリップさんが死んで一日近く経ってる。
皮下出血?』
死斑とは早期死体現象の一つであり、表皮に出来る痣だ。
心臓が止まると、血の循環も止まる。
血は重力によって遺体の低い位置に移動し、その色が表皮に現れる。
死斑の始まりは赤紫色の斑点であり、これが徐々に融合し、痣となる。
死斑は溜まった血なので、固定されるまで(約半日)重力に添って動くが、どんなに動いても斑点にはならない。
必ず融合する。
況して、死後一日近い遺体の死斑が動く事はない。
となれば、皮下出血、生活反応の一つの可能性が高い。
『縦三つの皮下出血、それも項って、オイオイオイオイオイ、勘弁してよ。
まさか………』
桔梗はフィリップをうんっっしょ!!!と俯せにし、サイドテーブルからメスを取る。
『ホントにアレなら、上の頸椎が損傷してる筈』
斑点を避け、項にゆっくりとメスを入れ、そこから左手の人差し指を突っ込むと―
『折れてる、よりにもよって第一と第二がポッキリ。
そりゃ死ぬわ。
ここ折れたら息出来ないもん』
首の骨、その中でも呼吸筋に関わる骨がボッキリと折れていた。
人の背中には脊柱という太い骨がある。
脊柱には31~33個の骨が連なっており、頸椎とは脊柱の上の骨だ。
第一から第三頸椎は呼吸筋に関わり、これが折れると呼吸困難が起きる。
この大陸の人間は頸椎が二本しかなく、第二頸椎が二本分の働きをしているので、繊細の上にも更に繊細な造りだ。
折れたら御陀仏である。
「始めます」
冷たい声でそう呟く桔梗。
「お願い致します」
長い夜の始まりだった。
桔梗は持って来た鞄をサイドテーブルに置き、そこからなんちゃって解剖セットを出す。
『えーーと、直バサミ、鉤バサミ、鉤なし、鉤付きピン、鉤なしピン、メス、フック、開創器、物差し、秤、バット、お玉、計量カップ、ノート、ペン、よしっ!』
解剖のかの字もした事がない桔梗、頭の中から解剖学の知識を引っ張り出し、使えそうな道具を求めて右往左往した。
患者には見せられない姿である。
『大丈夫、やり方は分かってるんだから、基本通りに、正確に、冷静に』
まず、服を脱がせながらフィリップの全身を観察していく。
『頭、顔、首、肩、腕、胸、腹、外傷なし。
背中は後でいいとして、下は……………、外傷なし。
ガウンで良かった。
スーツかコステールだったら脱がせるだけで一苦労だよ』
コステールとはイシリエン帝国の上流階級の男性の上着だ。
裾が膝まであり、正装の時に使う。
『背中の前に体内見とこう』
桔梗はサイドテーブルに手を伸ばし、伸ばそうとして止めた。
項に不穏な物、赤紫色の斑点を見付けたからだ。
『何、これ?』
項に触れ、両手を使って触診する。
『死斑、じゃないな。
フィリップさんが死んで一日近く経ってる。
皮下出血?』
死斑とは早期死体現象の一つであり、表皮に出来る痣だ。
心臓が止まると、血の循環も止まる。
血は重力によって遺体の低い位置に移動し、その色が表皮に現れる。
死斑の始まりは赤紫色の斑点であり、これが徐々に融合し、痣となる。
死斑は溜まった血なので、固定されるまで(約半日)重力に添って動くが、どんなに動いても斑点にはならない。
必ず融合する。
況して、死後一日近い遺体の死斑が動く事はない。
となれば、皮下出血、生活反応の一つの可能性が高い。
『縦三つの皮下出血、それも項って、オイオイオイオイオイ、勘弁してよ。
まさか………』
桔梗はフィリップをうんっっしょ!!!と俯せにし、サイドテーブルからメスを取る。
『ホントにアレなら、上の頸椎が損傷してる筈』
斑点を避け、項にゆっくりとメスを入れ、そこから左手の人差し指を突っ込むと―
『折れてる、よりにもよって第一と第二がポッキリ。
そりゃ死ぬわ。
ここ折れたら息出来ないもん』
首の骨、その中でも呼吸筋に関わる骨がボッキリと折れていた。
人の背中には脊柱という太い骨がある。
脊柱には31~33個の骨が連なっており、頸椎とは脊柱の上の骨だ。
第一から第三頸椎は呼吸筋に関わり、これが折れると呼吸困難が起きる。
この大陸の人間は頸椎が二本しかなく、第二頸椎が二本分の働きをしているので、繊細の上にも更に繊細な造りだ。
折れたら御陀仏である。
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