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第一章 名医の条件、仁医の条件
事実は小説よりも奇なり
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グスタヴス邸の客室に泊まる事になり、若い執事が桔梗を案内する。
彼は家令の長男であり、フィリップの乳兄弟でもある。
『疲れた。
どこでもいいから、寝たい』
「本日のお部屋でございます」
いつの間に着いたのか、ビンヴェルが巻き付く扉が桔梗の前にデンッ!と陣取っている。
薄明りの中に繊細な彫刻が浮かび、来客を歓迎した。
『綺麗……』
執事は扉を開け、桔梗を室内へ通し、彼女が息をついた頃を見計らって恭しく礼を取る。
左足を少し引き、右手を左胸に当て、腰を軽く曲げる、イシリエン帝国の紳士の挨拶だ。
腰を軽く曲げる会釈・膝を浅く曲げる敬礼・膝を深く曲げる最敬礼があり、これらを正しく使い分けられなければ社交界に出られない。
「主より、朝餐会への招待を仰せつかっております。
如何致しましょう?」
上流階級の、況して後見人からの招待を断る筈がない。
嫌らしい言い方をすれば、断れないのだ。
彼も分かっているが、客に対する礼儀として訊いている。
そこが桔梗を感嘆させた。
『平民でも客は客、こういう人をプロって言うんだろうね。
さすがギュスターヴ伯爵家、雀も鳴かん内から他人んチの玄関に馬車寄越した非常識集団とはモノが違うわぁ』
その非常識集団に真正面から喧嘩を売った桔梗も十分に非常識だが、その自覚はない。
「喜んでお受けしますと、伝えて頂けますか?」
「畏まりました。
明日は七の時にお迎えに参ります」
「お願いします」
「では、本日は下がらせて頂きます。
御用の際は枕元のベルをお使い下さい。
侍女が参ります」
「分かりました。
何から何まで、ありがとうございます。
ソムヒュノスの祝福をお祈り致します」
「勿体なく存じます。
ミス セイレンにソムヒュノスとソストルネイの祝福をお祈り致します」
ソムヒュノスはレムリア教の眠りの神だ。
夜の聖霊・セイレンと月の神の長男であり、夢の女神・ソストルネイの兄にして夫である。
安眠と夜間の安全を司り、夜盗や狼を遠ざける。
ソムヒュノスの祝福をお祈り致しますとは良い夜をお過ごし下さいという意味だ。
イシリエン帝国の就寝前の挨拶の一つであり、目上に使う事が多い。
ここにソストルネイが入ると、最上級の挨拶となる。
執事はゆっくりと扉を閉め、滑るような足取りで去って行った。
『うーーーん、足音まで優雅。
お貴族様に仕えるって、やっぱ大変なんだな。
私には無理だわ』
と思う桔梗だが、一年もしない内に執事に仕えられる身分になるとは夢にも見なかった。
事実は小説よりも奇なりとはイギリスの詩人の言葉だが、桔梗の人生は小説よりも奇妙だった。
彼は家令の長男であり、フィリップの乳兄弟でもある。
『疲れた。
どこでもいいから、寝たい』
「本日のお部屋でございます」
いつの間に着いたのか、ビンヴェルが巻き付く扉が桔梗の前にデンッ!と陣取っている。
薄明りの中に繊細な彫刻が浮かび、来客を歓迎した。
『綺麗……』
執事は扉を開け、桔梗を室内へ通し、彼女が息をついた頃を見計らって恭しく礼を取る。
左足を少し引き、右手を左胸に当て、腰を軽く曲げる、イシリエン帝国の紳士の挨拶だ。
腰を軽く曲げる会釈・膝を浅く曲げる敬礼・膝を深く曲げる最敬礼があり、これらを正しく使い分けられなければ社交界に出られない。
「主より、朝餐会への招待を仰せつかっております。
如何致しましょう?」
上流階級の、況して後見人からの招待を断る筈がない。
嫌らしい言い方をすれば、断れないのだ。
彼も分かっているが、客に対する礼儀として訊いている。
そこが桔梗を感嘆させた。
『平民でも客は客、こういう人をプロって言うんだろうね。
さすがギュスターヴ伯爵家、雀も鳴かん内から他人んチの玄関に馬車寄越した非常識集団とはモノが違うわぁ』
その非常識集団に真正面から喧嘩を売った桔梗も十分に非常識だが、その自覚はない。
「喜んでお受けしますと、伝えて頂けますか?」
「畏まりました。
明日は七の時にお迎えに参ります」
「お願いします」
「では、本日は下がらせて頂きます。
御用の際は枕元のベルをお使い下さい。
侍女が参ります」
「分かりました。
何から何まで、ありがとうございます。
ソムヒュノスの祝福をお祈り致します」
「勿体なく存じます。
ミス セイレンにソムヒュノスとソストルネイの祝福をお祈り致します」
ソムヒュノスはレムリア教の眠りの神だ。
夜の聖霊・セイレンと月の神の長男であり、夢の女神・ソストルネイの兄にして夫である。
安眠と夜間の安全を司り、夜盗や狼を遠ざける。
ソムヒュノスの祝福をお祈り致しますとは良い夜をお過ごし下さいという意味だ。
イシリエン帝国の就寝前の挨拶の一つであり、目上に使う事が多い。
ここにソストルネイが入ると、最上級の挨拶となる。
執事はゆっくりと扉を閉め、滑るような足取りで去って行った。
『うーーーん、足音まで優雅。
お貴族様に仕えるって、やっぱ大変なんだな。
私には無理だわ』
と思う桔梗だが、一年もしない内に執事に仕えられる身分になるとは夢にも見なかった。
事実は小説よりも奇なりとはイギリスの詩人の言葉だが、桔梗の人生は小説よりも奇妙だった。
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