六華 snow crystal 3

なごみ

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クリスマスの夜に

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*彩矢*

早くも師走に入り、今年もあと20日ほどで終わってしまう。


めまぐるしい、波乱の多い一年だった。


私たちの離婚問題は結局、潤一のアメリカ研修で頓挫してしまったけれど、思いもよらず、佐野さんと有紀が離婚してしまった。



お昼休み、託児所へ向かう途中、売店でお弁当を買っていた佐野さんを見かけた。


横顔に憂いを感じたのは、単なる思い込みだろうか。有紀との間にどんな経緯があって離婚に至ったのだろう……。


お弁当を買い終えた佐野さんが、売店から出てきたので、慌てて託児所へ向かった。


顔を合わせたところで、なんと言っていいのかわからないし、佐野さんもそっとしておいて欲しいのではないかと思ったから。


私が原因だったとしても、すでに離婚してしまった今となっては、どうすることも出来ない。


だけど本当は佐野さんが離婚してくれて嬉しいのではないのか。潤一と離婚したら、佐野さんと再婚したいと思っていたのではないのか。


いくら誤魔化そうとしても、それは正直な気持ちだった。


だけど、またしても人の家庭を壊してしまったという罪の意識。


どこまで救いのない人間なのだろう。


あの時、悠李が行方不明になって、どうしていいのかわからなくて、佐野さんに電話をしてしまったのが離婚原因だったとしたら。


今まで有紀の立場になって考えてみたことがあっただろうか。


子どものいなかった有紀は、不安だったに違いない。夫のLINEに子どもの動画など送られて、どんなにショックを受けたことか。






仕事を終え、託児所へ子どもを迎えに行った。悠李と雪花にコートを着せ、マフラーを巻く。パーをしたままの雪花の手に手袋をはめるのに手間どる。


「悠ちゃん、道路凍ってるから転ばないように気をつけてね。じゃあ、また明日ね!」


ミニオンのエプロンをした優奈先生がお見送りをしてくれた。


「お世話になりました。さようなら」


「先生、バイバイ!」


優奈先生に挨拶をして託児所を出た。


雪花は一歳も過ぎて少しは歩けるようになったけれど、よちよち歩きにあわせるよりは、重くても抱っこをした方が速い。


職員通用口を出ると外はもう暗かったけれど、駐車場の向こうに佐野さんと北村さんがいるのが見えた。


なにを話し合っているのかは聞こえないけれど、喧嘩をしているのだろうか。じゃれあっているようにも見えた。


見つからないうちにさっさと帰ろうと、悠李の手を引っぱった。


「あ、宅配のおじちゃんだ!」


悠李がめざとく佐野さんを見つけて叫んだ。


「悠李、ママ急いでるの。早く帰るよ!」


言い争っていた佐野さんと北村さんがこちらを向いた。


「やっぱり、宅配のおじちゃんだ!」


悠李は言うことも聞かずに、つないだ手を振りきって、佐野さんのところへ駆けて行った。


「おじちゃーん!」


どうしよう。よりによって、北村さんがいる。


今までずっと、行きも帰りも佐野さんとは出くわしたことなどなかったのに。


「あら、松田さんとこの坊やじゃない。佐野さんも知ってるの?」


黒のダウンジャケットを着た佐野さんの顔が引きつって見えた。



北村さんは子どもの扱いなど苦手なのかと思っていたけれど。


ニコニコと悠李は北村さんにも笑顔を向けている。


ファーのついた黒のシンプルなロングコートが、北村さんの美しさを際立たせていた。


なにも話さなければ、どれほどいい女に見えることだろう。


急いで悠李のそばに行って叱った。


「悠李!  ママ急いでるって言ったでしょ!」


叱られた悠李は、佐野さんからも好意的な返事がもらえなかったせいか、しょんぼりとうなだれた。


「あら、急いでるなら一緒に送ってもらいましょうよ。同じ方角でしょ」


「おまえを送るなんて言ってないだろう!」


佐野さんが不機嫌に北村さんを睨んだ。


「私たちは寄るところがあるので大丈夫です。じゃあ、これで。お疲れ様でした」


ぺこりと頭を下げて悠李の手を引っぱった。


「おじちゃん、バイバイ」


悠李が悲しげに佐野さんに向かって手を振った。


「待って!   彩矢ちゃん、送るよ」


呼び止めた佐野さんを信じられない気持ちで振り返った。


どうして?  北村さんがいるのにそんな……。


北村さんもなにか異様な空気を感じ取ったようで、私と佐野さんに疑惑の目を向けた。


「悠李、前に乗れよ」


佐野さんは開き直ったようにそう言うと、助手席のドアを開けた。


「あら、親子は仲良く三人で後ろの方がいいでしょ」


北村さんはそう言って、助手席にさっさと座った。


忌々しげに北村さんを見た佐野さんだったけれど、それ以上は言わずに私を見つめると、後部座席のドアを開けた。


北村さんの前で、佐野さんを問い詰めるわけにもいかず、今はおとなしく乗せてもらった方が無難な気がした。


バレたらどうしよう、という不安な気持ちを押し殺して、悠李と抱っこした雪花と一緒に後部座席へ乗り込んだ。


「私、送ってもらうの今日が初めてなのよ。帰る方向が一緒なのに、いつも断られてたの。松田さんはよく送ってもらっているの?」


助手席の北村さんが探るように振り向いて聞いた。


「い、いえ、あ、でも、一度だけ荷物がたくさんあったとき、声をかけてくださって」


「そうなの。だから悠李くんも佐野さんのことを知ってたわけね」


そう言って、北村さんは悠李に微笑みかけた。


「悠李、おじちゃんとサッカーした。かたぐるまも!」


悠、悠李のバカ!!


「そ、そうなの?  ずいぶん仲が良かったのね」


饒舌な北村さんも驚きすぎて、言葉を失ったようだ。


北村さんが運転している佐野さんの横顔を見つめ、驚いたように振り返ると、恐ろしいものでも見るかのように、悠李の顔をまじまじと見つめた。


車内がシーンと静まりかえる。


いつの間にか雪がチラチラと降り始め、みんな押し黙ったまま、車窓から見えるイルミネーションを眺めていた。


「佐野さん、今日は実家に寄るので、この間と同じところで降ろしてください」


「う、うん……」


ぎこちなく、言葉少ない佐野さんは誰が見ても不自然だった。


もう、完全にバレたと思った。


佐野さんは何を考えているのだろう。


こんなことが病院中に広まったら、とてもいられない。


やっぱり同じ病院なんてやめておくのだった。








実家に帰り、母が作ってくれたクリームシチューを食べていたら、めずらしく潤一からのLINE。


「よう、変わりないか?」


久しぶりに見た、屈託のない潤一の笑顔。


「まだ、寝てなかったの?  そっちは真夜中でしょ?」


「雪花と悠李にクリスマスのプレゼント買ったんだ。あとで送るから」


そんなこと、今までしてくれたことなどなかったのに。やはり、離れていると子どもに会いたいのだろうなと、潤一が可哀想に思えた。


「ありがとう。じゃあ、それはサンタさんじゃなくてパパからのって言っておくわね」


「あ、どうかな?  子どもはどっちからもらうのが嬉しいのかな?  まぁ、いいよ、彩矢の好きなようにやれよ」


「研修の方はどう?  やっぱり二年もかかりそう?」


潤一はもう離婚のことなど、どうでもよくなっているのだろうか。


「そうだな、最低でも二年だな。もっとかかるかも知れない」


「えっ、困るわ、早く帰ってきてくれないと」


「おまえは家族といつも一緒なんだから、寂しくないだろう。俺はいつも一人なんだぞ」


うそだ。愛人を連れ込んで、一人暮らしを満喫しているくせに。


「雪花は今なにしてるんだよ?」


「今、悠李とLEGOブロックをいじってる」


悠李と雪花のところへ行って、スマホをかざす。




「ほら雪花ちゃん、パパだよ。こっち向いて。大きくなったでしょう。あんよだって上手なんだから、ねぇ?」


「マンマ、あぐぅ~~」


雪花が言葉にならない声を出して、スマホをつかもうと手を伸ばす。


「雪花~   パパだぞぉ~   ちゃんと覚えてたか?」


いつも満面の笑顔で雪花に話しかける。


「えっ、パパから電話が来たの?」


怪獣らしきものを作っていた悠李が、ブロックを放り出して、スマホの前に顔を出した。


「パパ~!  悠李もうABCわかる」


スマホに映る潤一の笑顔が仏頂面へと変わった。


「おまえは益々オヤジそっくりになって来たな!」


優しい言葉をかけてもらえない悠李が不憫だった。


「悠李、パパね、悠李と雪花にクリスマスのプレゼントを買ったんだって。アメリカから送ってくれるって」


少しでも悠李に父親の愛情を感じて欲しかった。


「本当?  パパ、ありがとう~」


なんの疑いもなく、潤一を父親と思っている悠李。


いつの日か疑問に思う日が来るのだろうか?


少しも似ていない、自分に冷淡な父親に。


「じゃあ、、早く寝ろよ。またな」


そう言って、LINEは途切れた。


もうすっかり離婚など、どうでもよくなったのだろう。


潤一の場合、誰と結婚したからといって、さほど変化などないように思われる。


家庭になど興味はない人なのだ。家庭があってもなくても自分の好きなようにしか、生きられないのだから。


佐野さんはなぜ北村さんの前で ” 送る ”  などと、言ったりしたのだろう?


バレても平気なの?


私のことは考えないの?


それとも北村さんは佐野さんにとって、そんなに信頼のおける人なの?






今年のプレゼントは通販で選んだ。便利なことに慣れてしまって、わざわざ買い物に行くのがどんどん億劫になっている。


そういう時代なのだし、面倒なのは私だけではないけれど。


日頃のお礼に父と母にもプレゼントを用意した。父にはブランドのキーケースを。母にはスカーフを買った。


義母にも母とは柄の違うスカーフを贈った。


9月から働いたせいもあって、ボーナスはたくさんもらえたわけでもないのだけれど。


潤一とアメリカに行っていたら、どんなクリスマスになっていたのだろう。


向こうのクリスマスは、日本とは比べものにならないぼど盛大なはずだけれど。







せっかくのクリスマスイブだというのに、悠李は鼻風邪をひいてしまったので、今日は二人とも託児所を休ませることにした。


病院のロビーにも先月から大きなツリーが飾られている。


今日は若いDr.がサンタの格好で、病棟の患者にちょっとしたプレゼントを渡していた。


多分、詰め合わせのお菓子だと思われる。


配膳の夕食には鳥の唐揚げと苺のついたケーキが出されていた。


こんな日の帰り際に、急患が運び込まれなくてよかったと安堵してタイムカードを押した。


急いで更衣室で着替えをすませる。今日は他の職員もあまり無駄話もしないで、さっさと着替えているように感じられた。


音もなく降り積もる雪を眺めながら、地下鉄の駅へと急いだ。


後ろからクラクションが鳴らされ、振り向くと佐野さんだった。


窓を開けて、「彩矢ちゃん、乗って」と言った。


どうして有紀と離婚してしまったのか、ずっと気になっていたので素直に従った。



後部座席のドアを開けて乗り込むと、車はクリスマスムード一色の街中を走り出した。



「今日は悠李、どうしたんだい?」


「風邪をひいてしまって。熱はなかったから大したことはないと思うけど」


「そうか、せっかくクリスマスなのに可哀想だな」


バックミラーに映る佐野さんと目が合ってドキドキする。


「あ、あの、佐野さん。有、有紀と別れてしまったのはやっぱり私のせい?」


今さら聞いても仕方がないことを、おずおずと尋ねた。


「い、いや、そうじゃないよ。有紀が離れていったのは、全部俺のせいだ。離れていって当然なんだ。今頃になってわかったんだけど」


バックミラーに映った佐野さんの顔に、哀しみと苦悩の色がうかんだ。


「でも、私が電話をしたり、LINEを送ったりしたからじゃ、」


「そんなことだけじゃないんだ。正直いうともっとずっと前から、ショッピングモールで初めて悠李を見た日から、俺たち前のように戻れなくなってしまった」


「…………ご、ごめんなさい」


結局はわたしのせいね。


  「仕方がないよ。彩矢ちゃんに嘘を言わせたのも、俺が悪かったんだから」


「佐野さんが悪かったわけじゃない。悪かったのは潤一さんと私よ。あのとき怖がらないで、シングルマザーになるって決心していればよかったの。そうすれば……」


潤一さんに未練があっても、迷わず佐野さんのところへ行けたはず。


「彩矢ちゃんが松田先生の車に乗って小樽へ向かった日、俺、お父さんに結婚を許してもらおうと思って、彩矢ちゃんの家まで行っていたんだ」



「えっ、佐野さん!  そんな……」



初めて聞いたその事実に衝撃を受ける。


「ショックだったな。松田先生の車に乗って、行ってしまう彩矢ちゃんを見送ることになるなんて、思ってもみなかったよ。恥ずかしいけど、その後の生活は本当にボロボロだった。そんな俺を有紀が、有紀が助けてくれて」


「………私のせいで、有紀と佐野さんの人生まで台無しにしてしまったのね」


あまりの打ち明け話に涙が止まらなくなる。


「いや、いいよ。こんな事になってしまって、有紀には申し訳なかったって思ってる。だけど後悔はしてないんだ。有紀とは本当にいい時間を過ごせたから。とっても幸せな時間だった。彩矢ちゃんだって松田先生と暮らして幸せなこともあっただろう。だから、良かったんだよ」


「…………」


「クリスマスなのにこんな話ししてごめん」


いつの間にか実家に着いていた。


ドアを開けて降りると、佐野さんは助手席においてあった紙袋をくれた。


「あ、これ、クリスマスのプレゼントなんだけど」


「ブルーの包装紙でラッピングされてるのが悠李ので、黄色のは雪花ちゃんの。いちばん小さいのが彩矢ちゃんのだから」


「私の分まで?」


「う、うん、ごめん。人の奥さんにすることじゃないよな。…………彩矢ちゃんは、彩矢ちゃんはやっぱり離婚はしないのかい?」


切実な目で見つめる佐野さんから、目をそらせた。


「潤一さんは二年たたないと帰って来ないの。帰って来てもすぐに別れられるかわからないわ。子どもの親権を渡さないって言うんだから」


「俺、何年だって待つよ。彩矢ちゃんが本当に松田先生と別れる気持ちがあるんだったら」


「佐野さん……」


実家の前で佐野さんに抱きしめられた。


別れられるだろうか、潤一と。


親権の問題だけではなく、潤一の執拗さと、大胆不敵な笑みを思い出すと、どう頑張っても太刀打ちできそうもない、弱い自分を感じた。
















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