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クリスマスの夜に
しおりを挟む*彩矢*
早くも師走に入り、今年もあと20日ほどで終わってしまう。
めまぐるしい、波乱の多い一年だった。
私たちの離婚問題は結局、潤一のアメリカ研修で頓挫してしまったけれど、思いもよらず、佐野さんと有紀が離婚してしまった。
お昼休み、託児所へ向かう途中、売店でお弁当を買っていた佐野さんを見かけた。
横顔に憂いを感じたのは、単なる思い込みだろうか。有紀との間にどんな経緯があって離婚に至ったのだろう……。
お弁当を買い終えた佐野さんが、売店から出てきたので、慌てて託児所へ向かった。
顔を合わせたところで、なんと言っていいのかわからないし、佐野さんもそっとしておいて欲しいのではないかと思ったから。
私が原因だったとしても、すでに離婚してしまった今となっては、どうすることも出来ない。
だけど本当は佐野さんが離婚してくれて嬉しいのではないのか。潤一と離婚したら、佐野さんと再婚したいと思っていたのではないのか。
いくら誤魔化そうとしても、それは正直な気持ちだった。
だけど、またしても人の家庭を壊してしまったという罪の意識。
どこまで救いのない人間なのだろう。
あの時、悠李が行方不明になって、どうしていいのかわからなくて、佐野さんに電話をしてしまったのが離婚原因だったとしたら。
今まで有紀の立場になって考えてみたことがあっただろうか。
子どものいなかった有紀は、不安だったに違いない。夫のLINEに子どもの動画など送られて、どんなにショックを受けたことか。
仕事を終え、託児所へ子どもを迎えに行った。悠李と雪花にコートを着せ、マフラーを巻く。パーをしたままの雪花の手に手袋をはめるのに手間どる。
「悠ちゃん、道路凍ってるから転ばないように気をつけてね。じゃあ、また明日ね!」
ミニオンのエプロンをした優奈先生がお見送りをしてくれた。
「お世話になりました。さようなら」
「先生、バイバイ!」
優奈先生に挨拶をして託児所を出た。
雪花は一歳も過ぎて少しは歩けるようになったけれど、よちよち歩きにあわせるよりは、重くても抱っこをした方が速い。
職員通用口を出ると外はもう暗かったけれど、駐車場の向こうに佐野さんと北村さんがいるのが見えた。
なにを話し合っているのかは聞こえないけれど、喧嘩をしているのだろうか。じゃれあっているようにも見えた。
見つからないうちにさっさと帰ろうと、悠李の手を引っぱった。
「あ、宅配のおじちゃんだ!」
悠李がめざとく佐野さんを見つけて叫んだ。
「悠李、ママ急いでるの。早く帰るよ!」
言い争っていた佐野さんと北村さんがこちらを向いた。
「やっぱり、宅配のおじちゃんだ!」
悠李は言うことも聞かずに、つないだ手を振りきって、佐野さんのところへ駆けて行った。
「おじちゃーん!」
どうしよう。よりによって、北村さんがいる。
今までずっと、行きも帰りも佐野さんとは出くわしたことなどなかったのに。
「あら、松田さんとこの坊やじゃない。佐野さんも知ってるの?」
黒のダウンジャケットを着た佐野さんの顔が引きつって見えた。
北村さんは子どもの扱いなど苦手なのかと思っていたけれど。
ニコニコと悠李は北村さんにも笑顔を向けている。
ファーのついた黒のシンプルなロングコートが、北村さんの美しさを際立たせていた。
なにも話さなければ、どれほどいい女に見えることだろう。
急いで悠李のそばに行って叱った。
「悠李! ママ急いでるって言ったでしょ!」
叱られた悠李は、佐野さんからも好意的な返事がもらえなかったせいか、しょんぼりとうなだれた。
「あら、急いでるなら一緒に送ってもらいましょうよ。同じ方角でしょ」
「おまえを送るなんて言ってないだろう!」
佐野さんが不機嫌に北村さんを睨んだ。
「私たちは寄るところがあるので大丈夫です。じゃあ、これで。お疲れ様でした」
ぺこりと頭を下げて悠李の手を引っぱった。
「おじちゃん、バイバイ」
悠李が悲しげに佐野さんに向かって手を振った。
「待って! 彩矢ちゃん、送るよ」
呼び止めた佐野さんを信じられない気持ちで振り返った。
どうして? 北村さんがいるのにそんな……。
北村さんもなにか異様な空気を感じ取ったようで、私と佐野さんに疑惑の目を向けた。
「悠李、前に乗れよ」
佐野さんは開き直ったようにそう言うと、助手席のドアを開けた。
「あら、親子は仲良く三人で後ろの方がいいでしょ」
北村さんはそう言って、助手席にさっさと座った。
忌々しげに北村さんを見た佐野さんだったけれど、それ以上は言わずに私を見つめると、後部座席のドアを開けた。
北村さんの前で、佐野さんを問い詰めるわけにもいかず、今はおとなしく乗せてもらった方が無難な気がした。
バレたらどうしよう、という不安な気持ちを押し殺して、悠李と抱っこした雪花と一緒に後部座席へ乗り込んだ。
「私、送ってもらうの今日が初めてなのよ。帰る方向が一緒なのに、いつも断られてたの。松田さんはよく送ってもらっているの?」
助手席の北村さんが探るように振り向いて聞いた。
「い、いえ、あ、でも、一度だけ荷物がたくさんあったとき、声をかけてくださって」
「そうなの。だから悠李くんも佐野さんのことを知ってたわけね」
そう言って、北村さんは悠李に微笑みかけた。
「悠李、おじちゃんとサッカーした。かたぐるまも!」
悠、悠李のバカ!!
「そ、そうなの? ずいぶん仲が良かったのね」
饒舌な北村さんも驚きすぎて、言葉を失ったようだ。
北村さんが運転している佐野さんの横顔を見つめ、驚いたように振り返ると、恐ろしいものでも見るかのように、悠李の顔をまじまじと見つめた。
車内がシーンと静まりかえる。
いつの間にか雪がチラチラと降り始め、みんな押し黙ったまま、車窓から見えるイルミネーションを眺めていた。
「佐野さん、今日は実家に寄るので、この間と同じところで降ろしてください」
「う、うん……」
ぎこちなく、言葉少ない佐野さんは誰が見ても不自然だった。
もう、完全にバレたと思った。
佐野さんは何を考えているのだろう。
こんなことが病院中に広まったら、とてもいられない。
やっぱり同じ病院なんてやめておくのだった。
実家に帰り、母が作ってくれたクリームシチューを食べていたら、めずらしく潤一からのLINE。
「よう、変わりないか?」
久しぶりに見た、屈託のない潤一の笑顔。
「まだ、寝てなかったの? そっちは真夜中でしょ?」
「雪花と悠李にクリスマスのプレゼント買ったんだ。あとで送るから」
そんなこと、今までしてくれたことなどなかったのに。やはり、離れていると子どもに会いたいのだろうなと、潤一が可哀想に思えた。
「ありがとう。じゃあ、それはサンタさんじゃなくてパパからのって言っておくわね」
「あ、どうかな? 子どもはどっちからもらうのが嬉しいのかな? まぁ、いいよ、彩矢の好きなようにやれよ」
「研修の方はどう? やっぱり二年もかかりそう?」
潤一はもう離婚のことなど、どうでもよくなっているのだろうか。
「そうだな、最低でも二年だな。もっとかかるかも知れない」
「えっ、困るわ、早く帰ってきてくれないと」
「おまえは家族といつも一緒なんだから、寂しくないだろう。俺はいつも一人なんだぞ」
うそだ。愛人を連れ込んで、一人暮らしを満喫しているくせに。
「雪花は今なにしてるんだよ?」
「今、悠李とLEGOブロックをいじってる」
悠李と雪花のところへ行って、スマホをかざす。
「ほら雪花ちゃん、パパだよ。こっち向いて。大きくなったでしょう。あんよだって上手なんだから、ねぇ?」
「マンマ、あぐぅ~~」
雪花が言葉にならない声を出して、スマホをつかもうと手を伸ばす。
「雪花~ パパだぞぉ~ ちゃんと覚えてたか?」
いつも満面の笑顔で雪花に話しかける。
「えっ、パパから電話が来たの?」
怪獣らしきものを作っていた悠李が、ブロックを放り出して、スマホの前に顔を出した。
「パパ~! 悠李もうABCわかる」
スマホに映る潤一の笑顔が仏頂面へと変わった。
「おまえは益々オヤジそっくりになって来たな!」
優しい言葉をかけてもらえない悠李が不憫だった。
「悠李、パパね、悠李と雪花にクリスマスのプレゼントを買ったんだって。アメリカから送ってくれるって」
少しでも悠李に父親の愛情を感じて欲しかった。
「本当? パパ、ありがとう~」
なんの疑いもなく、潤一を父親と思っている悠李。
いつの日か疑問に思う日が来るのだろうか?
少しも似ていない、自分に冷淡な父親に。
「じゃあ、、早く寝ろよ。またな」
そう言って、LINEは途切れた。
もうすっかり離婚など、どうでもよくなったのだろう。
潤一の場合、誰と結婚したからといって、さほど変化などないように思われる。
家庭になど興味はない人なのだ。家庭があってもなくても自分の好きなようにしか、生きられないのだから。
佐野さんはなぜ北村さんの前で ” 送る ” などと、言ったりしたのだろう?
バレても平気なの?
私のことは考えないの?
それとも北村さんは佐野さんにとって、そんなに信頼のおける人なの?
今年のプレゼントは通販で選んだ。便利なことに慣れてしまって、わざわざ買い物に行くのがどんどん億劫になっている。
そういう時代なのだし、面倒なのは私だけではないけれど。
日頃のお礼に父と母にもプレゼントを用意した。父にはブランドのキーケースを。母にはスカーフを買った。
義母にも母とは柄の違うスカーフを贈った。
9月から働いたせいもあって、ボーナスはたくさんもらえたわけでもないのだけれど。
潤一とアメリカに行っていたら、どんなクリスマスになっていたのだろう。
向こうのクリスマスは、日本とは比べものにならないぼど盛大なはずだけれど。
せっかくのクリスマスイブだというのに、悠李は鼻風邪をひいてしまったので、今日は二人とも託児所を休ませることにした。
病院のロビーにも先月から大きなツリーが飾られている。
今日は若いDr.がサンタの格好で、病棟の患者にちょっとしたプレゼントを渡していた。
多分、詰め合わせのお菓子だと思われる。
配膳の夕食には鳥の唐揚げと苺のついたケーキが出されていた。
こんな日の帰り際に、急患が運び込まれなくてよかったと安堵してタイムカードを押した。
急いで更衣室で着替えをすませる。今日は他の職員もあまり無駄話もしないで、さっさと着替えているように感じられた。
音もなく降り積もる雪を眺めながら、地下鉄の駅へと急いだ。
後ろからクラクションが鳴らされ、振り向くと佐野さんだった。
窓を開けて、「彩矢ちゃん、乗って」と言った。
どうして有紀と離婚してしまったのか、ずっと気になっていたので素直に従った。
後部座席のドアを開けて乗り込むと、車はクリスマスムード一色の街中を走り出した。
「今日は悠李、どうしたんだい?」
「風邪をひいてしまって。熱はなかったから大したことはないと思うけど」
「そうか、せっかくクリスマスなのに可哀想だな」
バックミラーに映る佐野さんと目が合ってドキドキする。
「あ、あの、佐野さん。有、有紀と別れてしまったのはやっぱり私のせい?」
今さら聞いても仕方がないことを、おずおずと尋ねた。
「い、いや、そうじゃないよ。有紀が離れていったのは、全部俺のせいだ。離れていって当然なんだ。今頃になってわかったんだけど」
バックミラーに映った佐野さんの顔に、哀しみと苦悩の色がうかんだ。
「でも、私が電話をしたり、LINEを送ったりしたからじゃ、」
「そんなことだけじゃないんだ。正直いうともっとずっと前から、ショッピングモールで初めて悠李を見た日から、俺たち前のように戻れなくなってしまった」
「…………ご、ごめんなさい」
結局はわたしのせいね。
「仕方がないよ。彩矢ちゃんに嘘を言わせたのも、俺が悪かったんだから」
「佐野さんが悪かったわけじゃない。悪かったのは潤一さんと私よ。あのとき怖がらないで、シングルマザーになるって決心していればよかったの。そうすれば……」
潤一さんに未練があっても、迷わず佐野さんのところへ行けたはず。
「彩矢ちゃんが松田先生の車に乗って小樽へ向かった日、俺、お父さんに結婚を許してもらおうと思って、彩矢ちゃんの家まで行っていたんだ」
「えっ、佐野さん! そんな……」
初めて聞いたその事実に衝撃を受ける。
「ショックだったな。松田先生の車に乗って、行ってしまう彩矢ちゃんを見送ることになるなんて、思ってもみなかったよ。恥ずかしいけど、その後の生活は本当にボロボロだった。そんな俺を有紀が、有紀が助けてくれて」
「………私のせいで、有紀と佐野さんの人生まで台無しにしてしまったのね」
あまりの打ち明け話に涙が止まらなくなる。
「いや、いいよ。こんな事になってしまって、有紀には申し訳なかったって思ってる。だけど後悔はしてないんだ。有紀とは本当にいい時間を過ごせたから。とっても幸せな時間だった。彩矢ちゃんだって松田先生と暮らして幸せなこともあっただろう。だから、良かったんだよ」
「…………」
「クリスマスなのにこんな話ししてごめん」
いつの間にか実家に着いていた。
ドアを開けて降りると、佐野さんは助手席においてあった紙袋をくれた。
「あ、これ、クリスマスのプレゼントなんだけど」
「ブルーの包装紙でラッピングされてるのが悠李ので、黄色のは雪花ちゃんの。いちばん小さいのが彩矢ちゃんのだから」
「私の分まで?」
「う、うん、ごめん。人の奥さんにすることじゃないよな。…………彩矢ちゃんは、彩矢ちゃんはやっぱり離婚はしないのかい?」
切実な目で見つめる佐野さんから、目をそらせた。
「潤一さんは二年たたないと帰って来ないの。帰って来てもすぐに別れられるかわからないわ。子どもの親権を渡さないって言うんだから」
「俺、何年だって待つよ。彩矢ちゃんが本当に松田先生と別れる気持ちがあるんだったら」
「佐野さん……」
実家の前で佐野さんに抱きしめられた。
別れられるだろうか、潤一と。
親権の問題だけではなく、潤一の執拗さと、大胆不敵な笑みを思い出すと、どう頑張っても太刀打ちできそうもない、弱い自分を感じた。
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