六華 snow crystal 7

なごみ

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スープカレーのお店で

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教習所を出て、二人とも無言のまま肩を並べて歩く。


この辺は市街からは離れているけれど、近くに大学があるせいか、学生さんが好みそうなB級の食べ物屋さんがチラホラと点在している。


お互いに何を話していいものかわからず、少し気まずいムードが漂う。


身長は177~8㎝くらいかな?


背丈は潤一さんと同じくらいに見えるけれど、体型は彼のほうがずっとスマート。


ガリガリってわけではないけれど、ちょっと細すぎるくらいだ。


潤一さんは最近、お腹が出てきたのをわたしのせいにする。


美味しいのはいいけれど、カロリーが高すぎるのだと。


“ 料理上手はいい事ばかりじゃないな。彩矢のまずい料理は、俺の健康には良かったのかも知れないな ”


などと、どう考えても身勝手すぎる解釈に不満を覚えたけれど、なんでも思ったことを遠慮なく口にする潤一さんが、堪らなく好きなのだった。



彼はパッと目を引く派手さはないけれど、端正な顔立ちをしていた。


髪型なんかをもう少し今風にすればモテそうなのに、身なりを気にしないところは潤一さんと似ているかも知れない。


彼は中田さんのようなお喋りでもなさそう。女性との付き合いは慣れてないのだろう。


彼のほうが緊張していると分かると、なんとなくわたしはリラックスできた。


少し緊張をほぐしてあげないと、みたいな気分にさせられる。



「そこの大学の学生さんなんですか?」


ここからも見えている大学を指さして聞いた。


「いえ、僕は北大の理工で、、アパートはこの近くなんですけど」


「北大生ですか、、頭いいんですね」


「いえ、全然大したことなくて。あ、ここの店です」


スープカレーのお店に着き、なんとなく古びた感じの木製の引き戸をガラガラと開けた。


食欲をそそるスパイシーな香りが鼻孔をくすぐる。


L字型のカウンターと、テーブル席が二つだけのこじんまりとしたお店。


ゴツい堅太りのあご髭を生やした中年男性がこの店のシェフのようだ。


「いらっしゃい!!」


と、威勢のよい低い声が店内に響く。


あとはもう一人注文を聞いたり、お水を出したりする女の子が忙しく立ちまわっていた。


空いているカウンターの隅へ行き、二人並んで座った。


テーブル席もひとつ空いていたけれど、差し向かいよりは、並んで食べたほうが気詰まりがなくていいに違いない。


カウンターのテーブルも壁も使い込まれた木製の古めかしさがあったけれど、不潔な感じはなかった。


「なんか、レトロな感じでいいですね」


「そうですか?  よかった。もっとオシャレなところがいいとは思ったんですけど、そういうところはよく知らなくて。あ、お名前まだ聞いてませんでしたね。僕は島村聡太《しまむらそうた》と言います」


「片山美穂です」


「美穂さんかぁ。なんて名前なのかなって僕、ずっと気になってたんですよ」


熱っぽい目で見つめる彼の言葉に戸惑う。


「……… 」


島村さんはどんなつもりで今日わたしを誘ったのだろう。


缶コーヒーのお礼にしては、なんとなく彼の言葉が重くて返答に困った。


「あ、カレー何にしますか? 」


島村さんがメニューを開いた。


島村さんと同じものを頼もうかと思ったけれど、自己主張のなさを治したい気もして、お野菜たっぷりのベジタブルカレーに決めた。


島村さんはいつものチキンカレーを頼んだ。


さほど待つこともなく、すぐに注文したカレーが運ばれた。




色とりどりのお野菜がきれいに盛りつけられていて、幸せな気持ちにさせてくれる。


トマトベースに15種類のスパイスが入っているカレー。


刺激的な辛さとまろやかさがあり、スープとご飯がうまく絡みあって、絶妙なバランスを醸し出していた。


「美味しいですね。こんな美味しいカレーって、はじめて」


「よかった。ちょっと辛すぎやしないかなって心配だったから」


「本当は辛いのはあまり得意じゃないんですよ。でもこのカレーは辛くても好きだわ。スパイスの香りがとってもいいし」


しばらく会話もせずに二人とも食べることに集中した。


食べ終えた島村さんが隣にいるわたしを、チラチラと遠慮がちに見つめる視線が気になった。


「ご、ごめんなさい。わたし食べるのが遅くて」


「いえ、、大丈夫です。僕は急いでないので、ゆっくり食べてください。美穂さんって、、睫毛がとっても長いんだなぁって思って………」



「え、そ、そうですか?  ありがとう」


ジロジロ見られているわけではないけれど、彼の視線や言葉に好意的なものを感じて、スプーンを口に運ぶのもなんとなく気恥ずかしい。



「島村さんはお料理なさるんですか?」


一人暮らしなのだから、自炊をしているのだろう。


「そうですね、一人暮らしするようになったんで、簡単なものなら作れるようになりました」


「得意な料理はなんですか?」


「得意って言えるかどうかわかりませんけど、麻婆豆腐はよく作ります。レトルトに豆腐を入れるだけですけど」


「ふふふっ、簡単で美味しいのが一番ですよね。作ってくれる彼女はいないんですか?」


「はい、残念ながら。僕の学部は女子が少ないから」



多分いないのだろうなとは思った。 パッと見ただけで、そういうことに奥手なのはすぐにわかった。


中田さんや潤一さんとは対照的なタイプ。


「でも大学はサークルとか色んな出会いがあるのでしょう?」


「サークルは囲碁なんで、、女子もいるにはいるんですけどね。すごく元気な女の子たちばかりでして、僕にはちょっと太刀打ちできないというか………」


要するに島村さんが好きになれそうな子は、学部にもサークルにもいないのだろう。


多分、こういう人と結婚できたら、生涯安泰な生活を送れるのだと思う。


だけど、こういう男子はあまりモテないのだろうな。


若いうちはノリとか楽しさが第一で、地味な男の子は敬遠されがちだから。


「そうなんですか。あんなに大きな大学なのに、出会いのチャンスって意外とないものなんですね」


「まぁ、僕はそういうの得意じゃないので、初めから諦めてました。女の子のほうから話しかけられるなんてこともないですからね」


混んではいなくても、こういうお店でこんな話をするのは気がひける。しかもカウンター席だから尚更だった。


食べ終えて、早々に店を出た。





「ご馳走様。缶コーヒーでこんな美味しいカレーをご馳走になって、なんだか申し訳ないです」


「いえ、、僕はすごく楽しかったです」


島村さんとまた歩いて教習所へ戻る。


子犬を散歩させている女性とすれ違う。訝しむような目でわたしと島村さんを交互に見つめた。


わたしたちはカップルに見えるだろうか。



もう五月も過ぎて、北海道も桜の季節になっていた。


「桜、綺麗ですね」


来るときは緊張して街路樹の桜を眺める余裕もなかったけれど。


「そうですね。桜って美穂さんみたいだな。とても可憐で……あ、、な、なんか僕、今、すごく恥ずかしいこと言いましたね」



彼はひどく動揺して顔を赤くした。


この人は本当は奥手なんかではないのかも知れない。会ったばかりだというのに、すでにわたしの心を鷲掴みしている。


なんとなく気まずくなって、無言のまま歩いているうちに教習所についてしまった。




「あ、あの……またランチ、誘ってもいいですか?」


遠慮がちながらも切実な思いが伝わってきて、断ることができなかった。



「…ええ、じゃあ、今度はわたしに奢らせてくださいね」


「僕は貧乏学生だけどバイトしてますし、この程度のランチくらいなら奢れるので。今度教習所へ来るのはいつですか?」


「ええと、明後日です」


「僕もその日に来ます。どこかいいお店を探しておきます。じゃあ、また!」


これから講習を受ける彼は軽く手を振ると、教習所の中へ入っていった。


わたしも待機していた送迎バスに乗り込んだ。




座席に腰を下ろすと、後ろめたい気分に苛《さいな》まれた。



ーーこれは完全な裏切りだ。


潤一さんにも、そして、島村さんに対しても。


だけど、遅かれ早かれわたしは潤一さんに捨てられる。


好きな人ができたら潤一さんは、躊躇《ためら》うことなくわたしを捨てる。


わたしは家事代行サービスで、妻でもなんでもないのだから。


別れるなんて簡単なことだ。


解雇されておしまい。


それなのに、わたしだけが捨てられるのを忠実にただ待っていなければいけないのだろうか?


突然そんな日が訪れたら、わたしは立ち直れる自信がない。


だけど、、島村さんがいてくれたら、


あの曇りのない澄んだ目で見つめてくれたら、わたしはもう、



間違いなど犯すこともなく、潤一さんと別れられるかもしれない。













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