六華 snow crystal 7

なごみ

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待ち伏せされて

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茉理と揉み合っていたレオンを背後から羽交い締めした。


「ナニヲスル ⁉︎  ハナセ!!」



「このストーカー野郎! もう許さないぞ、警察に突き出してやる!!」



俺よりも上背がある暴れるレオンを押さえ続けるのは容易でない。



「先生、やめて!  レオンに乱暴しないで!!」


あろうことか、レオンを押さえつけていた俺の腕を茉理が外そうとした。



「こいつは頭がおかしいストーカーだぞ! 早く警察に電話しろっ、ナースコールでスタッフを呼べ!!」



怒鳴りつけた俺を冷めた目で見つめ、サッサと行動しない茉理が信じられない。


たった今、窓から突き落とされそうになったばかりだと言うのに。



そんな兄を庇うのは何故だ ⁉︎

  



「離シテクダサイ!  私ハナニモ悪イコトシテナイ!!」


茉理に裏切られたショックで力が抜け、レオンも俺の腕からすり抜けた。


「茉理を窓から突き落とそうとしていただろう! ちゃんと見たんだからな。現行犯だ!」


「ソンナコトハ、シテイナイ! 茉理ガ窓カラ飛ビ降リヨウトシタカラ助ケタ」



レオンの苦しまぎれの言い訳に茉理も加担する。


「そうなの。ドイツに連れ戻されるのが嫌だから咄嗟に窓から逃げようとしたの」


「ここは三階だぞ。窓から逃げようとするわけないだろう。適当なことを言うな! とにかく俺は見たんだ。警察に通報する」


そう言ってポケットからスマホを取り出した。


「ちょっと待ってよ、レオンはそんなことしてないって言ってるでしょう!!」


茉理が慌てて俺のスマホに手をかけた。
 

「茉理、いい加減にしろ! 殺されなきゃわからないのか!!」



「警察、呼べバイイ。名誉毀損デ訴エル」


スマホを取り合っていた俺たちを、冷めた目で見つめていたレオンが一人落ち着いてそう告げた。


「名誉毀損だと?  クルマで茉理を轢き殺そうとしたのもお前だろう! この殺人鬼めっ!!」


興奮している俺に、茉理が目配せをして廊下に出るように促した。


助けたことを少しも感謝していない茉理に腹が立つ。


この兄弟は一体、なにがしたいのか?


茉理に腕を引っ張られ、病室から廊下へ出た。


「なんなんだよ、おまえらは!  何で揉めてるんだ? 助けがいらないなら、もう俺を巻き込むな!!」


「だから、レオンを怒らせたくないの。警察に通報なんて絶対にしないで」


「ああ、分かったよ、勝手にしろ!!  殺されても俺には関係ないからな!」



まったく、ふざけたオンナだ!


病室にいるレオンのことが気がかりではあるが、俺の知ったことか。


助けを求めておきながら、レオンを庇ってばかりいる茉理の態度が解せない。


いくら身内といっても、自分を殺そうとしている者を庇うなんてどうかしている。



クソッ、とんだ茶番だ。


金輪際アイツらとは関わりなど持つものか。


だけど、窓から落ちそうになっていた茉理の引き攣った顔を思い出し、また暗い気分になる。


レオンがいる病室で今なにが起こっているのか?


むかっ腹をたてて、茉理をその場に残して来たことに一抹の不安を覚えた。



あーー、イライラする!!



まったく、なんなんだよっ!!



迷いを振り切るようにエレベーターに乗り込み、食堂へ向かった。






長い日勤を終え、職員駐車場へ向かう。


午後七時を過ぎていたが、随分と日が長くなり、外はまだ真っ暗ではない。


定時に帰ったことなど数えるほどしかないだろう。


ーー晩飯はなにかな?


美穂はまた手の込んだ夕食を作って待っているのだろう。


たまには外食でもしてやらないとな。


あいつはホテルのディナーなんかだと気後れするのか、オドオドしていてみっともない。


もっと堂々と自信に満ちたオンナに育てなければいけない。


そんな事を考えながら先月買い換えたばかりの愛車、黒のBMWの前に来ると、なぜか茉理が立っていた。



「おまえ、こんな所で何をやってるんだ? 外出許可をもらってるのか?  退院は明日だろう!」


「今日退院することにしたの。聞いてなかった?  川崎先生にお願いしたら、検査はみんな終わってるから別に今日でも構わないって。ちゃんと清算も済ませたよ」


一体いつから待っていたのだろう。


背中に大きなデイバッグを背負い、両手にも荷物を下げていた。


「それで? なんでこんなところにいるんだ? 川崎を待ってるのか? 奴は今夜当直だぞ」


「知ってる。だから松田先生のクルマはどんなのって聞いたの。そしたら黒のBMに乗ってるって言ってたから」


「だからなんだって言うんだ?  俺はタクシーじゃないぞ! とにかくおまえがどうなろうと俺にはもう関係ない。これ以上、巻き込むな!」



どこまでも図々しい奴だ。



「昼間のことは謝るからさ。だって、あの時はああでも言わないと収拾がつかなくなるもの。お願い、わたしを見捨てないで!!」


「だから警察に行けよ。俺の仕事じゃない。大体、おまえは俺の助けをいつも拒むじゃないか。意味がない。無駄だ!」


こいつの言ってることはいつも矛盾している。


「マンションにはレオンがいるから帰れないの。他に行くとこないし」


「あんな奴とは縁を切るしかないだろう。それが出来ないなら、誰に相談したって無駄だ」


茉理がレオンを庇っている限り、俺になんの手出しができるというのか?


「ねぇ、一週間でいいの。レオンは来週末にはドイツに一時帰国しなきゃいけないから。それまでお願い!!」


手を合わせて懇願される。


「なんで俺なんだよ!  気が合うわけでも無いのに、なぜ川崎じゃなく俺を頼るんだ?」


「だって川崎先生は一人暮らしの独身でしょう。やっぱりマズイじゃない。未成年の女の子と暮らすのは。松田先生は女性と暮らしてるんでしょう。それなら安心だもん」


「自分勝手もいい加減にしろ!  女子高生なんかを連れ帰ってみろ。修羅場になる 」


美穂は激高するような女ではないが、茉理を連れ帰ったりしたら、ショックでマンションを出て行ってしまうだろう。


「わたしは別に先生の愛人でもなんでもないんだから、修羅場なんかにはならないでしょう?  もしかして、わたしのことが好きなの?」



「おまえはどこまでも自惚れ屋のバカだな。……わかったよ。じゃあ、乗れよ」



茉理の言いなりになるのは癪だが、見捨てて家に帰っても落ち着かないような気がした。



「えーーっ、本当に?  ありがとう!!」



信じられなかったのか、茉理は飛び上がらんばかりに喜んだ。


茉理を後部座席に座らせ、シートベルトを締めてアクセルを踏んだ。


忌々しい茉理の要求に従ったのは、ある名案が浮かんだからだ。



「おうちはどの辺?  街中なんだよね?」



「すぐに着く。楽しみにしてろ」


思わず、ほくそ笑む。


「わたし、絶対に断られると思ってた。ねぇ、もしかして、わたしのこと襲おうとか思ってないよね?」


バックミラー越しに茉理は悪戯っぽい目をして俺をみた。


「なんだよ、そんな覚悟もなくて俺の世話になろうとしてるのか?」


「だって女の人と住んでるんでしょう? だったらわたしを襲ったりできないじゃない。それに先生は未成年を怖がってるしね。社会的地位のある人のほうが用心深いから安全だわ」



小賢しい打算的な茉理に呆れる。


ふん、今にみていろ。






家に到着し、玄関の鍵をまわした。



「入れよ」


「えーっ、マジで?  こんなところに住んでたの? 」


茉理はあまりに古めかしい家に唖然としていた。


「こんなところで悪かったな。ここならレオンに見つかる心配もないだろう。ちょっとここで待っていてくれ」


茉理を玄関で待たせておき、リビングへ向かった。



「ただいま」


「あら、珍しいわね。どうしたのよ、突然」


テレビを見ていたお袋が嬉しげに顔を向けた。



「実は客を連れて来たんだ。まだ高校生で、今日退院したばかりの患者なんだけど、ストーカー被害に遭ってるんだ。自分の家だと危険だって言うから、しばらくこの家に匿ってもらえないかな?」



茉理に聞こえないように小声で頼み込む。



「ちょっとぉ、お客なんて困るわよ、急に。わたしは病み上がりなのよ。人の世話なんか焼いてられないわよ!」



思った通り、お袋は不機嫌に目を釣り上げた。


「だから、ちょうどいいと思ったんだよ。身のまわりの世話をして貰えばいいだろう。買い物とか掃除とか」


「今どきの高校生に何ができるっていうのよ。煩わしいだけだわ、お断りよ!」


まぁ多分、こんな反応が返って来るだろうとは思っていた。


「シッ、大きな声を出すなよ。もう玄関にいるんだぞ。酷い目にあって傷ついてるんだ。俺が女子高生をマンションに連れてくわけにはいかないだろう」


ヒソヒソと囁くように言う。


「どうしてあなたがそんなことまでしてやらなくちゃいけないのよ。そういう人を保護するシェルターを探せばいいでしょう」


お袋も俺に習って、ヒソヒソと聞こえないように声のトーンを下げた。



「そこは前にも行って見つかってるからダメなんだ。無理なら俺が連れて帰るよ。だけど未成年だからな。バレたら逮捕されるかもしれない」


この言葉が決定打となって、お袋は観念したようだ。


「………。まったく、仕方がないわね。どんな子よ。連れて来なさい」



やっと肩の荷が降りたような気分になる。


リビングのドアを開け、玄関をキョロキョロ見まわしていた茉理に声をかけた。


「茉理、あがれよ。お許しが出たぞ!」


お袋と対面する茉理の愕然とした顔を想像して、吹き出しそうになる。



茉理が神妙な顔をして、こちらに向かって来た。



「こんばんは。森下茉理と言います。はじめまして!」









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