六華 snow crystal 7

なごみ

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病院へ運び込まれて

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全身の痛みで目が覚めた。


白い壁の個室。


消毒液のような匂い。


病院に違いなかった。


ベッドサイドに点滴が吊るされて、透明な液体がわたしの左腕にポタポタと滴下されていた。


車から飛び降りたことを思い出し、命は助かったのだなと思った。


頭が割れそうに痛く、特にひどいのは右足だ。骨折しているのだろうか。ギプスで固定されていた。


何日入院していなければいけないんだろう。


わたし一人でこれからどうすればいい?


身動きのできない状況の中で、孤独がいっそう身に沁みた。



身寄りのないわたしが頼りにできるのは、今は潤一さんしかいなかった。


だけど、それももう無理。


いっそ死んでしまったほうが良かったのに、なぜ助かったのだろうという気持ちに苛まれる。


涙が止めどもなく流れて枕を濡らした。


廊下の方で人の話し声が聞こえ、病室のスライドドアがスルスルと開いた。


「真夜中ですから静かに短時間でお願いします」


ナースと思われる人が小声で忠告しているのが聞こえた。


「はい、わかりました。ありがとうございます」


と、囁くような男性の声。



だ、誰?




「…島村さん!」


薄暗い病室の中に静かに入ってきた人は島村さんだった。


「あ、美穂さん、意識が戻ってたんだね。良かった」


小声で話す島村さんが安堵の表情を浮かべた。


「どうして、島村さんが?」


「うん、僕も警察から連絡を受けてびっくりしました」



「警察が?」



「美穂さんのご家族とは連絡が取れなかったそうです。スマホの履歴から最後に連絡を取っていたのが僕だったらしくて。家族でもないのに押しかけちゃって、、迷惑でしたか?」


潤一さんとは深い仲でも結局は他人なのだと思い知らされる。わたしがこんな目にあっていることなど知りもしないのね。


知り合って間もない島村さんに連絡が行くなんて。ありがたい反面、とっても惨めな気分にさせられた。



「ごめんなさい。こんな遅くに島村さんに迷惑かけちゃって。わたしには家族がいないんです。母はどこかで生きてるんですけど、もう何年も連絡が取れてなくて」



「……そうだったんですか。あ、、美穂さんの彼氏に連絡したほうがいいんじゃないですか?」


思い出したように島村さんが気を利かせてくれたけれど……。


「彼とは……別れたんです。それで、ちょっとヤケになってしまって、パチンコ屋さんで知り合った人の車になんか乗ってしまって、こんなことに」


なんの反省もなく、また自暴自棄になってこんな事件を起こしてしまった。


さすがに寛大な島村さんも呆れていることだろう。


「ああ、あの木嶋さんって人ですか? あの人今頃警察で取り調べを受けてるんじゃないかな。彼から何かされたんですか?」


「山林のほうへ連れて行かれたので怖くなって。降ろしてって頼んでも聞いてくれなくて、、慌てて車から飛び降りてしまったんです」


あのまま車に乗っていたら、一体どんな目に遭っていたのだろう。



「美穂さんは思い切ったことするなぁ。一歩間違えたら死んでますよ。木嶋さんがどんな人なのかは分からないけど、廊下で待っている間、少し話した感じではそんなに悪い人には思えませんでした。美穂さんがひどく落ち込んで見えたから、元気づけてあげようと思って夜景の見えるレストランへ行く途中だったって。ほら、藻岩山の夜景ってきれいで有名じゃないですか」


「えっ!! そ、それ本当ですか ⁉︎」


「そう言ってましたよ。なのに急に車から飛び降りてしまって、何がなんだか分からないって、かなりしょげてました」



そんな………。


確かに藻岩山なら真駒内から十五分ほどで行ける距離だった。



木嶋さん、やっぱりいい人だったんだ。


なんてことをしてしまったんだろう。あんなに親切にしてくださった人に。



警察で取り調べを受けてるなんて………。



自己嫌悪と申し訳なさで自分を罵倒したくなる。






またスライドドアが開いてナースが入って来た。


「片山さん、これ身につけてた洋服と荷物です。ロッカーに入れておきますね」


わたしと同じくらいだろうか。


まだ二十代前半に見える看護師さんは、ハリのあるスッピンの肌が初々しく見えた。


「あ、ありがとうございます」


「お財布は鍵のかかる引き出しに入れておきましょうか? スマホは枕元がいいですよね」


テキパキと荷物を所定の場所に収めてくれる。


「あとで既往歴やご家族の連絡先など伺いに来ますね。何かあったらナースコールで知らせて下さい」


にこやかに対応する溌剌としたナースの清らかさに憧れる。


わたしとはどこまでも対照的な女の子。


島村さんにはこんな人がお似合いだ。


「じゃあ、僕もそろそろ行きます。明日もお見舞いに来ていいですか?  下着とか必要なもの、適当に買ってきましょうか?」


「……ありがとう。島村さんにお願い出来るような立場じゃないけど、他に頼める人がいなくて」


「気にしないで。美穂さんの役に立てることが嬉しいんです。僕に出来ることならしたいので遠慮なく」



「本当にごめんなさい。ありがとう………」


「じゃあ、また明日。何かあったらLINEで知らせて下さい。おやすみなさい」



島村さんは律儀にお辞儀までして病室を出て行った。







ナースが枕元に置いてくれたスマホに手を伸ばす。


肩や肘にもひどい痛みが走った。それでも、このくらいの怪我で済んだのは不幸中の幸いだったのかも知れない。


期待を込めてLINEを見たが、潤一さんからは電話もトークもなかった。やはり、自分は邪魔者でしかなかったのだと納得する。


わたしの代わりなどいくらでもいる。もっと潤一さん好みの素晴らしい女性が。


それでも一言くらい何か言ってくれても良さそうなものだ。結局わたしは潤一さんにとって、その程度のものだったのね。


今の時点では愛されているなどと勘違いしていた自分が哀れだった。


蔑まれ、クズ同然の扱いを受けていたわたしの人生など、とうに諦めていたはずなのに。


平凡な幸せなど、望めるわけもない。


身のほどもわきまえずに、夢を見すぎていたんだ。



全身の打撲痛はひどかったけれど、心の方がずっと耐え難い痛みで、わたしを刺し貫いた。


茉理さんは明日マンションを出て行く予定になっているけれど、どうなんだろう。


わたしがいなくなったから当分居座るのかも知れない。


そう思うと癪にさわるけれど。


悪あがきをして居座ったところで惨めになるだけ。




よく眠れないままに朝が来て、ドクターが回診時に怪我の説明をしてくれた。



骨折はしていないけれど、右足首をひどく捻挫しているので、普通に歩けるようになるまでに一ヶ月ほどかかると言われた。MRIなどの検査の結果では、他に損傷したところはないので、打撲痛は一週間くらい続くけれど、特に治療もないので退院しても良いとのことだ。


しばらくは松葉杖での生活を余儀なくされる。


ベッドの脇に歩行器が用意されていて、おトイレは今それを使って行っているけれど、片足で用を足すということの不便さを思い知らされる。


少しでも右足に体重を乗せようものなら、ズキッ!!とした痛みが脳天にまで響いた。


着のみ着のまま、潤一さんのマンションを飛び出してきたので、荷物を取りに行かなければいけない。


手元のお財布には二万円ほどしか入ってないし、入院費を支払わなければ退院はできない。ここの病院にATMはあるのだろうか?


入院費はいくらなのだろう。


心身ともにボロボロの状態でも、日常の現実は甘えなど許してはくれない。頼れる家族などいないのだ。全部自分でしなければいけない。


そんなことは子供の頃から嫌という程思い知らされてきたはずなのに。


こんな歳になってから、誰かに寄りかかりたくて仕方がない。




………………島村さん。



彼と友達以上の関係になるわけにはいかない。


あんなに繊細で優しい人を騙すなんて。



わたしの汚れた過去など言えるわけもない。



あんな男の言いなりにされてしまった過去。



どんなに忘れようともがいても、消すことの出来ない哀しい記憶。




初めての相手は義父ではない。



わたしの初めての相手は………



暗く陰鬱な負の感情と、マグマのようにドロドロとした怒りの感情がせめぎ合う。  



ううっ、、



枕に顔を押し当て、声を殺して泣いた。









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