六華 snow crystal 7

なごみ

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退院後の不安

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*美穂*


翌日の回診で、すぐに退院の許可がおりてしまった。


足首の捻挫は重症に違いないけれど、固定して安静にする以外の治療はないとのこと。


なのでさっさと退院して、自宅療養していろと言うことだ。


院内では歩行器を使っておトイレなどに行っていたけれど、退院後は松葉杖を使用することになる。


リハビリ担当の療法士さんが、松葉杖のサイズを調整しに来てくれた。


ちょうどよい高さに調節された松葉杖を使って、病室内を歩いてみる。


やはり捻挫した足は、ほんの少し体重を乗せただけでもズキッとした痛みが走った。


当分松葉杖が手放せない生活なのかと思うと、なんとも心許ない不安に苛まれた。


真駒内の自宅だと、コンビニでも徒歩15分はかかる。


松葉杖での歩行はかなりキツイように思えた。


それもリハビリだと思えばいいのだろうか。





朝食後のトレイは看護師さんが下げてくれた。


急なことなので退院は午後でいいとのことだけれど、グズグズしている余裕はない。


松葉杖を使って一階までエレベーターで降り、ATMでお金を下ろした。


会計で精算を済ませて病室に戻ると、すっかり疲れてしまってグッタリとベッドに横たわった。


慣れてないせいもあるだろうけれど、松葉杖での歩行は想像以上に大変だった。


築五十年の、利便性のよくない自宅に帰ることが憂鬱になる。


LINEに島村さんから連絡が入っていた。



『足の具合はどうですか? かなり痛みますか? 買い物してからそちらに向かうので、お昼を過ぎるかもしれません』



すぐに退院なので、買い物はいらない。


あとは家に帰るだけなのだから。


琴似に住んでいる島村さんに、わざわざ来てもらう必要もなくなった。


『昨夜はお忙しい中、来て頂いてありがとうございました。さっき回診が終わり、今日退院することになりました。なので買い物はして下さらなくて大丈夫です。タクシーで家に帰ります。本当にご迷惑をかけて申し訳ありませんでした』



すぐに返信が届く。


『彼とは連絡がついたのですか?   頼れる人がいるなら僕の出る幕ではありませんが、別れたって言ってたから、、僕は美穂さんの力になりたいので、頼ってもらえたら嬉しいです』


誰にも迷惑などかけたくないと思うけれど……


潤一さんから未だに連絡がないことがひどく哀しい。


本当に、お金で買われていただけだった。



………茉理さんの言う通りだ。


あの二人は、わたしがいなくなってホッとしているのだろう。


茉理さんはまだ17歳だけれど、わたしなんかよりずっとしっかりしていて魅力的だ。


誰だって、茉理さんみたいな人と一緒にいたほうが楽しいに決まってる。



島村さんからの返信の文字を見つめていたら突然悲しみに襲われ、優しい文面の上に涙がポタリと落ちた。



一人ではとても立ち直れない気がした。



ーー島村さんに頼りたい。



あの純粋無垢な青年に。






午前中に島村さんが来てくれて、テキパキと持参のリュックにわたしの持ち物をつめてくれた。


「本当にごめんなさい。まだ知り合って間もない島村さんに迷惑ばかりかけてしまって……」


結局、心細さと寂しさに負けて、島村さんに助けを求めてしまった。


遠慮して断ってしまったら、この先ずっと一人ぼっちの生活になってしまう気がして。


こんな身体のうえに、あの陰鬱な家で一人暮らしなどしていたら、また自暴自棄になってなにかやらかしてしまいそう。


「美穂さん、さっきから謝ってばっかりですよ。僕は美穂さんに頼られるのが本当に嬉しいので、そんなに気にしないで欲しいな」



島村さん………


昨夜入院して、今日の退院だから、荷物と言っても痛み止めなどのお薬とバッグしかないけれど。


それでも松葉杖で歩かなければいけないことを考えると、手荷物はないほうが助かる。



「美穂さん、ちょっと言いにくいんだけど………」


島村さんが困ったように視線をそらせたまま、小声で呟いた。



「えっ?」


「僕のアパートじゃダメかなって思って………」


なんて返事をしていいのか分からず、うつむいた。


「誤解しないで欲しいんだ。よこしまな気持ちで言ってるんじゃなくて、、だだ、僕の家から真駒内はやっぱり遠すぎて。バイトもあるので頻繁には行けないと思って、、すみません………」



「心配してくれてありがとう。大丈夫です。一人だと食事も簡単ですし、家でジッとしてるのそんなに苦にならないタイプだから」


本当はひとりが怖かった。


だから、島村さんに助けを求めたのだ。


「そうかも知れないけど心配だからお願いしてるんです。……信じてくれないかな? 僕はなにもしません。美穂さんを本当に大切に思ってるから」


島村さんの気持ちは分かっていたけれど、こんな風に率直に告白されたことはない。



素直に返事が出来ず、うつむいた。



「彼と別れたばかりの人に失礼ですよね。すみません……」


今度は島村さんが恥じ入るようにうつむいた。


「……あ、あの、本当にいいんですか? お勉強の邪魔にはなりませんか?」



「も、もちろん! 」


島村さんのパッと輝いた笑顔に癒される。


「わたし、ひとりが怖かったんです。どこまでも迷惑かけてすみません」


「あ~  良かった。ダメ元で言ってみたんだけど、これでやっと安心できます」





島村さんとの生活。


想像もつかないけれど、少しも怖いとは思わなかった。


だけど、深入りして大丈夫たったのか、、


潤一さんが知ったら怒ってくれるのだろうか。


なんの連絡もくれなかった人にまだ未練を持っていた。


でも、もうおしまいにしよう。


わたしは島村さんと暮らすと決めたのだ。


もう引き返せないと思い、スマホを取り出して潤一さんの名前をブロックした。



病室を出て一階に降り、玄関前に停車していたタクシーに乗り込む。


松葉杖だと、タクシーに乗ることさえ難儀した。


怪我や病気のときでも、ひとりぼっちで戦っている人は世の中にたくさんいるのだろうな。


こんな風に、寄り添ってくれる人がいるわたしはとても恵まれている。


奉仕することが当たり前で、頼ることに慣れていないわたしは、生きていて申し訳ない気持ちに苛まれる。


だけど、それも一種の依存症なのだと潤一さんは言っていた。


“ 他人から認められようなんて思うな。 もっと自分を尊敬しろ。美穂は十分すぎるくらいの人間なんだからな。おまえは美人で賢くて家事も完璧で、いいとこばっかりじゃないか。オドオドするな。もっと自信を持て ”  


何気なく言ってくれた潤一さんの言葉が泣けるほど嬉しくて、この人のためなら死んでもいいとさえ思った。


だけどわたしは所詮、潤一さんの一番にはなれない女だった。


それは仕方のないことで、人生諦めなければいけないことは沢山ある。


なのに、誘拐事件など起こしてしまって………。



誘拐事件など二度としちゃいけないけれど、こんな別れ方はあまりに惨めで立ち直れそうにない………


家事もこなしてくれる、便利な住み込みのヘルス。


恋人でも愛人でもなくて、お金で買われていただけ。


どうせいつかは捨てられる運命だった。


今それに気づけて良かったのかも知れない。


長引けば、それだけ辛くなったに違いないから。



今は島村さんに癒されたい。



だけど………




わいせつ教師に犯され、義父とは近親相姦みたいな関係になり、最後は売春まがいのことをしていたわたし。


こんな暗い過去を全部打ち明けたら、島村さんもわたしから去っていくだろうな。


もしかしたら、ひどいショックを与えてしまうのかも。


島村さんはわたしのことをひどく買いかぶっているから。



だけど、島村さんはまだ若い。


結婚などまだまだ先のこと。


わたしは島村さんにとって、単なる通過点に過ぎないのだ。


そう思うと罪悪感は薄らいだ。


今はお世話になって、元気になったら島村さんのために尽くそう。


そして、飽きられたときは潔く別れてあげよう。


優しい島村さんとの生活は、わたしにとってもいい思い出になるような気がする。











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