六華 snow crystal 7

なごみ

文字の大きさ
27 / 41

美穂の変貌

しおりを挟む

「どうしたんだ?  一体なにがあった?」


高校を辞めさせられた上に、売春までしなきゃいけないのか?


「ママはわたしがゲオルクと結婚すると見込んで、莫大なお金を借りてたらしいの。ママももう若くはないし、いつまでもシュルツさんの愛人でいることに不安があったみたいでね。業績不振で経営が傾いてるって言うんだから余計に焦ってたんだと思う。それでお金を借りて、あちこちに投資していたらしいんだけど、、」


「その投資に失敗したってわけなんだな。それで一体いくらの借金なんだよ?」


聞いたところで返済できるような金額ではないのだろう。


「借金の額は聞いてないけど、ママに返済能力がないことはハッキリしているから、無理に取立てようなんて思ってないって。だけど、当然なんだけどママが持っていた財産は没収よ。貯金も宝石も高額なものは全部。それでママは無一文で日本に送り返されちゃったの」


「そうか、だけど借金がないなら無一文でもいいじゃないか。高級クラブで働いてるんだろ。またすぐに金は貯まるだろう」


借金はないと知り、かなりホッとした。



「そんなに簡単じゃないよ。すでに借金だらけだよ。ジュエリーや高級ブランドのバッグに洋服をバンバン買ってるもの。クラブで働いてるんだから、ある程度は初期投資として身なりは大切よ。でもママは贅沢がすっかり染み付いてるの。あんなお金の使い方じゃ、とても一緒になんか暮らせないよ」


「それだけの買い物が出来るってことは、また新しいパトロンを見つけられるんじゃないのか? 大富豪を落とせるくらいの女なら簡単だろう」



かつてのナンバーワンホステス。


一体、どんな女なのか?


一度会ってみたい気もする。


熟女にはあまり興味ないけどな。



美人なだけじゃなく、人を惹きつける強烈な何かを持っている女なのだろう。



「もう四十を過ぎたオバさんなんだよ。大金持ちなんて捕まえられるわけないじゃない」


「とにかく大きな借金はなかったんだろう。それならなんとかなるじゃないか。それより晩飯はもう食べたのか?」



脱いだジャケットをソファの背もたれに掛け、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲んだ。


「ううん、まだよ。だって鍵を返すために寄っただけなんだもん。でも、せっかくだから先生に会ってから帰ろうと思ってね」



「そうか、じゃあ、どこかに食べにでも行くか」


脱いだばかりのジャケットをまた着ようとしたら、


「外食なんてしてたら部屋を片付ける時間がなくなっちゃうよ。茉理はレトルトカレーでもカップ麺でもいいよ」



と言っソファから起き上がった。


「カレーやカップ麺は食べ飽きてるんだよ。じゃあ、コンビニでなにか適当に買ってきてくれ」



「わかったー」



茉理は渡された一万円札をパーカーのポッケットに入れて、マンションを出ていった。





散らかったままのリビングのソファに横たわる。



ーー美穂はもう戻ってくるつもりがないのか?


部屋にはまだ衣類などの私物が置き去りにされたままだ。


だのになんの音沙汰もないなんて、あまりにもおかしい。



まさか、自殺したんじゃないよな。



警察に捜索願を出した方が良いのだろうか?


もしかしたら、ずっと疎遠になっているという、母親を頼って行ったのかもしれない。



俺はいつまで美穂を待っていなければいけないのか……。







「……ママはね、わたしもクラブで働けばいいっていうの。飲食店なんかでバイトしてるなんてもったいないってね。わたしはまだ未成年だっていうのに」


茉理はコンビニで買ってきたサンドイッチを食べながら憂鬱な顔をした。



「 ……かなりヤバい母親だな」


美穂の母親といい、世の中にはどうしようもない親がいるものだ。


うちのあんなお袋でさえも、かなりまともな親に思えてくる。


幕の内弁当の鮭にかぶりつきながら、今後も茉理に振りまわされそうな気がしてうんざりした。


「若ければ若いほどいい客がつくんだからって。あなたが付き合ってた男の子なんかより100倍もいい男がいるって。茉理とママは価値観が全然ちがうのに。茉理はお金持ちになんて興味ないし、そんなところで働きたくない。客に媚びて機嫌をとる仕事なんてウンザリだわ。だけど、借金だらけのママと暮らしていたら、そのうち巻き込まれてしまいそうで………」



女は歳をとればそんなものだろうな。


恋愛に夢なんか見るわけない。贅沢が当たり前の生活を送っていたら、金だけが全てのように思えてくるのだろう。



「同情はするよ。だけど、おまえが俺のところで夜のサービスまでするって言うなら、結局クラブで働くのと同じことだろう。それに、それがバレたら俺は間違いなく逮捕される」


「……サービスじゃなかったら?  恋愛だったら?  それでも逮捕される?」



ーーどこまで本気で言っているのか?


俺をジッと見つめた茉理を正視できなくて、思わず目をそらせた。



「……浩輝って奴はどうしたんだよ? もうフラれておしまいか?」


俺は柄にもなく動揺していた。


茉理のことは女として見ないように、無意識に自制していた。


陶器のようなハリのある肌に、触れてみたいと思った夜もあったけれど。


「茉理は美穂さんみたいに色っぽくないもんね。浩輝くんにも言われた。茉理ってね、ずっと一緒にいても押し倒したくなるような女じゃないんだって……」


「ぶっ!! フハハハッ!  なるほどな。確かにそれは言えるな」


そんなことで落ち込んでいる茉理が、なんとなくいじらしく見えた。



「笑わないでよ!  茉理は真剣に悩んでるんだから。とにかくママとは一緒に暮らしたくないの。またゲオルクみたいな人をみつけて政略結婚なんかされたらたまらないよ。だけど、…17歳のバイトって少なくて。一人暮らしをするにも、保証人なんかがいるでしょう?」


うわ目遣いに遠まわしに言ってはいるものの、結局は援助交際の申し込みみたいなものだろう。



「おまえはなにが言いたいんだ? なにをしにここへ来た?」


なんで俺ばかり頼るんだよ!



「高校辞めちゃったけど、茉理、大学には行きたいんだ。だから、働きながら勉強して、大検の資格を取って受験するつもり。だけど………」


「だから、何度も言っただろう。親の同意もなくて、おまえと同棲なんかしたら、俺は捕まってしまうんだぞ!」


重い空気が流れて、お互いになにも言えなくなる。



静まり返ったリビングに、インターホンのブザーが鳴った。


立ち上がってモニターを覗き込んだ茉理が、



「あ、美穂さんだ!」


と、叫んだ。



ーーマジか。



タイミング悪すぎだろ。


「ねぇ、どうする?  茉理は隠れたほうがいい?」


茉理が動揺してウロウロと隠れ場所を探しはじめた。


「いいから、そのままでいろ。コソコソするな!」



玄関へ行き、ドアを開けるとうつむいたままの美穂が黙って立っていた。



「一体、どこへ行ってたんだよっ! なんの連絡もなしに心配するだろう! 警察へ届け出るところだったんだぞ!!」


俺は確かに怒ってはいたけれど、茉理がいなかったら美穂を抱きしめていたかもしれない。


それくらい美穂が帰って来たことが嬉しかった。


「ごめんなさい。荷物を取りに来たんです。上がらせてもらってもいいですか?」



「…いま、茉理が来てるんだ。でも誤解しないでくれ。茉理はマンションの鍵を返しに来ただけだから」


美穂は特に驚いたようすもなく、俺とは目も合わせずに靴を脱いだ。



「わたしもマンションの鍵を返しに来ただけなので気になさらなくて大丈夫です。介護の認定登録証をここに忘れていて」


いつもとは違う、美穂の強気な態度に不安を覚えた。


「荷物を取りに来たって、どういうことだ? また出て行くつもりか?」


ヨタヨタと引きずるような不自然な歩き方をして、美穂はリビングへ向かった。


「足をどうしたんだよ?  怪我でもしたのか?」


「交通事故に遭って……心配をかけたくなかったので、、黙っていてごめんなさい」


「な、なんだって!  バカッ! なんで黙ってたんだよっ!  なんの連絡もなくて、俺がどれだけ心配してたと思うんだ!」


無表情に振り向いた美穂は哀しげな顔をして言った。


「わたしはただの家事代行サービスでしょう。そんなに心配されているとは思いませんでした」


「美穂、なにをむくれてるんだよ。茉理になにを言われたか知らないけど、俺のことをもっと信じろ!」



俺はこんなにおまえを愛してるじゃないか。



リビングから浮かない顔をした茉理が出てきた。


「あ、あの、美穂さん、ごめんなさい。あのとき言ったことは全部ウソなので、本当にごめんなさい」


いつもは強気の茉理のほうがオドオドしながら頭を下げた。


「嘘じゃないです。茉理さんが言ったことは全部本当のことです。わたしもやっと目が覚めたので感謝しているくらいです」



「美穂………」


こんなにも毅然とものを言う美穂を見たのは初めてだった。



一体、どうした?



なにがおまえをそんなに変えたんだ?





しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...