六華 snow crystal 7

なごみ

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やさしさに包まれて

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ショックで呆然自失したわたしは、思考が止まってしまって、無言のまま立ちすくんでいた。


「あ、、怒鳴ったりしてすみません。美穂さん、大丈夫ですか?」


わたしの異常な反応に、島村さんが驚いて布団から起き上がった。


寒くもないのにガタガタと震えがきて止まらない。


「美穂さん、、本当にすみません。そんなに驚かないで」


島村さんが腫れ物に触れるかのように、わたしの肩に手を置いた。



少し安心したからなのか、今度は涙が溢れて止まらなくなる。


「美穂さん、、お願いだから泣かないでくださいよ。僕、困っちゃうな、、本当にどうすればいいんだろ」


島村さんはオロオロしながら、震えるわたしをそっと抱きしめた。





恐ろしかったのは多分、島村さんに怒鳴られたからじゃない。



暗い過去の記憶が蘇ったからだ。


あの体育教師に怒鳴られ、いいようにオモチャにされた忌まわしい記憶が………


まだ震えが止まらず、歯がカチカチと鳴り続ける。


わたしは心の病気にかかっていたのだと今になって気づく。


あんなひどい過去があったのだ。心が病まないほうがおかしい。



「だから、だから、わたし、、ふさわしくないって言ったでしょ………」


どう対処していいのか分からず、オタオタしている島村さんに、震える声でそう答えた。


「美穂さん、そんなことはいいから、気持ちを鎮めて」



「聞いて……… 聞いて欲しいんです、わたし、」



もう、島村さんがわたしから離れていっても仕方がない。


この秘密を誰かと共有したかったし、島村さんを騙したくもなかった。



「わたしは、…ひどく汚れてるんです。島村さんと結婚できるような人間じゃありません」


デスクの上にあったティシューで涙を拭き、鼻をかんだ。


「過去になにがあったか知りませんけど、大切なのは今でしょう?  僕は今の美穂さんが好きなんだから……」


「話を聞いたら嫌いになります。でもそれでもいいんです。聞いてもらってスッキリしたいから」


こんな秘密を抱えたまま、これ以上一緒にいてはいけない。


もう松葉杖がなくでも歩けるようになれたのだ。島村さんにすべてを打ち明けて、明日ここを出て行く。



「僕は聞きたくないな。正直に言ったほうがプラスになるなら言ってもいいけど、そうじゃないなら言わなくていいじゃないですか。もう過去に囚われるのはやめて、今を幸せに生きればいい」


島村さんの意見に従いたくなったけれど、それではいつまでたっても問題が解決しないと思った。


「忘れようとしました。何度も、何度も。いまわしい過去から逃れたくて。だけど、忘れようとすればするほど忘れられなくて……」



忘れられるわけがない。あんな異常な体験を。


「僕が聞くことで美穂さんの傷が癒せるって言うのなら聞きます」


深刻な顔でわたしを見つめた島村さんをみて、ためらう気持ちが芽生えた。


全てを打ち明けたら、すぐに別れなければいけないんだ。





「中二の時、不登校になって。母はそんなわたしと働かない内縁の夫に腹を立てて、家を出ていってしまったんです。それからは担任が毎月アパートを訪問していたのですけど、ある日、強姦されてしまって、、誰かに言ったら裸の写真をバラまくって脅されて。それで、その後なんどもその担任にレイプされ続けて、」


島村さんは表情ひとつ変えずに、黙って聞いていた。


「それだけじゃありません。一緒に暮らしていた義父ともおかしな関係になってしまって。わたし、児童養護施設から逃げたので他に行き場がなかったんです。そんな異常な関係にすっかり感覚が麻痺してしまって、ズルズルと……」


こんな恥ずかしい体験をよく他人に話せたものだと思う。聞いている方はもっと不快な気分に違いない。



「美穂さんが望んでしていたことじゃないでしょう。被害者なんですよ、美穂さんは。それなのになぜ自分を責めるんですか? 汚れてるとか、ふさわしくないとか、美穂さんのせいではないのに」


「わたしがあまりにもバカだったからです。もっと毅然とした人間だったら、きっとこんな目に遭ってなかったんです。わたしが、わたしがハッキリ言えないオドオドした人間だから………」


「違う! 違うよ。美穂さんはそこが間違ってる。とにかく被害者が自分を責めたらダメですよ。それ以上自分を傷つけないで。僕、話を聞いて安心しました。美穂さんは少しも汚れてなんかいません。汚れているのは抵抗できない女の子にそんな事をした男の方でしょ。美穂さんはひどい事故に遭っただけです」



「島村さん………」


それは本当にひどい事故だった。


生きる希望と精神を根こそぎ破壊してしまうほどの。


「だから、、だから、さっきみたいに自分を安っぽく与えようとしないで欲しいんだ。そんなことされても僕は嬉しくないし、美穂さんをそんな風に扱いたくもないから」



島村さんは抱きしめた腕に力を込めて呟いた。


世の中にはこんなにも優しい人がいるのね。


今度は嬉しすぎて、幸せすぎて、涙が止まらない。



ネガティブなわたしでも、これからは優しく美しい世界だけが待っていてくれるような、そんな希望に満ちた幸福感に満たされていた。



こんなわたしでいいのなら、島村さんのそばでいつまでも暮らしていたいと思った。


優しく抱きしめられ、暖かな胸の中で不思議なほど安らぎを感じた。


こんな人、わたしの前には二度と現れることがないだろう。


島村さんがいてくれたら、この世に怖いものなど何もないように思われた。


何故この人はこんなわたしをこんなにも愛してくれるのだろう。



もしかして、これは運命?


神様がわたしに与えてくれたプレゼントなの?



正直言って島村さんにはまだ恋心と呼べる感情はない。


どちらかと言えば頼りになり、信頼できる友人だ。


だけど、人生を共に歩むパートナーなら、激しい恋心より、思いやりと信頼がなによりも大切な気がする。



そんな考えは打算的だろうか。


優しい両親がいて、いつも穏やかに安らげる家庭。


それは子供時代、どんなに願っても手に入れることの出来ない儚い夢だった。


そんな家庭が築けたら、どんなにか幸せなのだろう。



「美穂さん、大丈夫。少しは落ち着いた?」


そっと抱きしめていた腕を緩めて、島村さんは不安げにわたしの顔を覗きこんだ。



ガタガタと止まらなかった震えはおさまっていた。


「ええ、不快な話を聞かせてごめんなさい。でも聞いてもらえて少し吹っ切れました。他人には絶対に言えないことで、ずっと胸の中にしまい込んだままだったから」


「美穂さんには誰よりも幸せになって欲しい。幸せにならないとダメですよ、絶対に!」


まるで熱血教師のように真剣に訴えた。


「どうしてわたしなんかをそんなに………」


「わたしなんかって、、その言い方も止めてくれませんか。美穂さんは自分を卑下しすぎです。もっと自分を好きになって自分を尊敬できないと、どんなに環境に恵まれても幸せにはなれませんよ」


「そ、そうですよね。子供の頃からの癖で、中々なおせなくて………」


自分さえ幸せにできない人間には、他人を幸せになど出来ないらしい。



「美穂さん、心理学とか興味ありますか?」


「ありますよ。わたしアダルトチルドレンなので、人間関係がうまく出来なくて。それで心理学の本は図書館で借りてずいぶん読んだりもしたんですけど……性格はなかなか変えられませんね」


「興味があるなら大学へ行って勉強してみたらどうですか?」



わたしが大学に!?


「そんなの無理です。不登校で学校へは行ってなかったんですよ。わたしが入れる大学なんてありません」



「大検の資格は取ってるんでしょう?  難関大は難しいと思うけど、そこそこの偏差値の大学なら入れるんじゃないかな?  美穂さんは頭がいいので、僕でよければサポートします」



わたしが大学生に?


それは随分と分不相応な夢に思えた。


だけど、なんて夢のある未来なのだろう。



「でも、仕事をしながらの学業は大変ですから。介護の仕事をしながら大学にはとても通えないと思います」


わたしには学費を援助してくれる両親などいない。奨学金制度が利用できるとしても、バイトをしなければやっていけないだろう。


どんなバイトでもこなせるような潰しのきく人間でもない。大学に無事合格できたとしても、破綻するのは目に見えている。


「僕、来春は就職しています。僕に援助させてもらえないかな?  僕じゃ力不足?」


大学で勉強をするなど、あまりに別世界すぎて想像することもできなかった。


島村さんのその申し出に頼るのは、ひどく厚かましく思えるけれど。



心理学、大学で勉強してみたい。





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