六華 snow crystal 7

なごみ

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彼について行く

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どれだけの時間、星空を眺めていただろう。


聡太くんとなら、無言の時間も緊張することなくリラックスできる。


もう七月に入っていたけれど、夜風は涼しいというよりも肌寒く、長袖のパーカーでも身体が冷えてきた。


「聡太くん、わたし寒くなったからテントに戻っていい?」


「そうだね。ごめん。美穂さんの手、冷たくなってた。そろそろ休もう」


繋いでいた手を離し、レジャーシートを畳んでテントへ戻った。


さすがに狭いテントの中では、星を眺めていた時のようにリラックスは出来なくて、なんとなく張りつめた空気が流れる。


ほんの少し触れただけのフレンチキスでも、あの瞬間からわたしたちは友人の垣根を越え、恋人へと変化した。


「星がきれいに見られて良かったぁ。明日帰っちゃうの残念ね」


静まり返っていることに気まずさを感じて、明るく振る舞った。



「今夜のことは一生の思い出だな。僕って、……世界中で一番幸せな男だな」


寝袋にもぐりこみ、夢心地に語る聡太くん。


サバサバと明るく振る舞うわたしとは対照的に、聡太くんはまだロマンチックムードを引きずっていた。


なんとも言えない甘いムードに焦りを感じる。


何故わたしだけ、こんなに緊張しているのだろう。


聡太くんが怖いわけでもないのに。


「わ、わたし、寝袋で眠るのって初めてよ。まるで小学校の宿泊研修みたいね。なんだかワクワクしちゃう」


寝袋の中に潜りこみ、おどけたように聡太くんに微笑みかけた。


「美穂さんって本当に可愛いな。いくつになってもずっと可愛いままなんだろうな」


すぐ隣に横たわっている聡太くんに、熱っぽい視線を送られて目のやり場に困る。


「可愛いお婆ちゃんになるのがわたしの夢よ。孫がたくさんいるといいな。美味しいおやつをたくさん作ってあげてね、いっしょに遊ぶの」


視線をそらし、鼻まで寝袋にもぐり込みながら呟いた。


「いいね、そういうの。僕と美穂さんの孫だといいな」


ストレートな告白を間近で言われると、おちゃらけることが段々と難しくなる。


「聡太くんは一流企業で働くんだもの、職場には素敵な女性がたくさんいるはずよ。わたしなんかで妥協したら、本当に後悔するから………」


妥協したままでいて欲しいのに、わたしは素直になれなかった。


「美穂さん、また言ったよ。わたしなんかって」


「あ、、ごめんなさい。クセになってるね。直さないとね」


「……ペナルティだな」


「えっ?」


聡太くんが近づいて、素早く唇を奪った。


「わたしなんかって言うたびにペナルティだからね」


照れを隠すかのように、無愛想に言う聡太くんをからかいたくなる。


「そうなの?  じゃあ、もっとたくさん言っちゃおう。わたしなんか、わたしなんか、わたしなんか。フフフッ」


ムッとしながら寝袋から出た聡太くんが、わたしの上で腕を立て、真剣な眼差しで見おろした。


「…美穂さんは本当に僕のことが好き?」


「も、もちろんよ。どうして?」


好きに決まっているのに何故かオドオドと答えてしまう。


「同情とか、お世話になったからじゃなくて?」


刑事みたいに尋問されて少しうろたえた。


「………いっしょに暮らしてわかったの。わたしがずっとそばにいたいのは聡太くんだって」


「元カレのことは? まだ好きなんでしょう?」


なんて答えたらいいのだろう。


もう諦めてはいるけれど、まだ好きなことまでは否定できない。


「わたし、初めから遊びでしか付き合えないって言われてたの。彼は優秀な脳外科医で、仕事がいつも忙しくて、わたしはただの便利な家事代行サービスだった。彼女でもなんでもなかったわ」


「それでも、、それでもまだ彼が好きなんでしょう?」


「………よくわからない。でも忘れる。このまま会わずにいたら忘れられるでしょう?」


聡太くんがいてくれたら、潤一さんを忘れられるはず。


「不安なんだ。足が治ったら、また彼のところへ行ってしまうんじゃないかと思って」


「どこにも行かない。聡太くんが迷惑じゃないならどこへも行かないから」


「本当に? 本当に信じてもいい?」


「………うん」


「じゃあ、ペナルティ3回分」


聡太くんはランタンの灯りを消し、寝袋の中で蓑虫みたいになってるわたしをきつく抱きしめた。



そして、今度は長い長いキスを交わした。






***


キャンプ場ではキス以上のことにはならなかったけれど、恋人同士になった今、同じ屋根の下で暮らしていて、なにも起こらないわけがない。


と、思うけれど………


夜の九時も過ぎ、シャワーを浴びながら、なんとなくそわそわして見えた聡太くんを思い出す。


わたしがいると勉強に集中できないだろうな。


わたしは本当にここに居ていいのだろうか。


釧路にお住まいのご両親だって、このことを知ったらどんなにがっかりされるだろう。


真面目で優等生だった息子が、同棲生活を送っているなんて。


ドライヤーで髪を乾かし、バスルームから出ると、リビングに聡太くんはいなかった。


どんな風に振る舞ってよいのかわからなかったので、少しホッとした。


聡太くんもまじめ人間だから、キス以上のことは抵抗があるのかも知れない。


捻挫した足はかなり良くなり、少しぎこちない歩き方ではあるけれど、日常の生活にはほとんど支障をきたす事がない。


聡太くんはずっといて欲しいというけれど、苦学生に養ってもらうのはあまりに肩身がせまい。


何もせずに居候しているわけにもいかないと思い、スマホで介護の仕事を検索する。


そういえば、介護士認定の登録証を潤一さんのマンションに置いたままだった。


わたしの荷物はもう捨てられてしまっただろうか。


下着や洋服なら捨てられても構わないけれど。


介護士の登録証は取りにいかないと。
 


潤一さんはどう思っているのか知らないけれど、ちゃんと会ってお別れをしてこよう。


わたしのことなど過去のこととして、もう忘れてしまっているだろうか。


惨めな振られ方でも、あんな幸せをわたしに教えてくれた人なのだ。


なんの恨みもない。今は感謝の気持ちだけ。


そんな風に思えるのも聡太くんのおかげね。


そんなことをアレコレと考えていたら、玄関ドアが開く音が聞こえた


「ただいま」


Tシャツにジーンズ姿の聡太くんが、コンビニの袋を下げて入ってきた。


「あら、お買い物に行ってたの。お部屋でお勉強しているんだと思ってた」


「……う、うん、、スィーツ買ってきたんだ。美穂さん、どれが好き?」


袋の中からシュークリームやロールケーキ、ティラミスにプリン、アイスなどを取り出す。


「ずいぶんたくさん買ったのね。聡太くん、甘いもの好きだった?」


「たまに食べたくなる時もあるよ。美穂さんの好きなもの聞いてなかったから、わからなくて」


「じゃあ、このバスクチーズケーキにしてもいい?」


「うん、好きなの食べて。他のも冷蔵庫に入れておくから、明日食べて」


「ありがとう」


ふたり並んでスィーツを食べる。


大きなプリンを食べている聡太くんが、子供っぽく見えて可愛い。


「美味しい! チーズケーキって大好きよ。聡太くんはプリンが一番好きなの?」


「そうかもね。チーズケーキも好きだよ。やっぱり甘すぎないのが好きかな?」


「チーズケーキもプリンもレンジで簡単に作れるのよ。今度教えてあげる」


こんなの手作りしたら、とっても安上がりなのにと、つい貧乏性的な考えに陥る。


「ふーん、美穂さんって女子力が高いなぁ。振ってくれた元カレに感謝だな。あ、、ごめん」


「…わたしね、彼のマンションに取りに行かなければいけないものがあるの。介護士の認定登録証なんだけど、明日ちゃんと会ってお別れしてくるわ。あやふやなままお別れするのもスッキリしないから」


そうなんだ、それがいいねと言ってくれるのかと思っていたけれど。


「……彼に引き止められたら?  引き止められたらどうするんだい?」


暗い顔をした聡太くんが、きつい目でわたしを凝視した。


「引き止めたりしないわ。わたしじゃなきゃいけないって人じゃないの。とっても浮気性で手の早い人だから、彼女なんてすぐに見つけられるの」


潤一さんの悪口を言いながら、とても寂しい気持ちになる。


もう、新しい恋人が出来ただろうか?


それとも茉理さんと暮らしているの?


「……介護の仕事なんてしなくていい。今は余裕のある生活をさせてあげられないけど、僕は美穂さんに家にいて欲しい。どうしても介護の仕事がしたいの?」


不安げな顔で見つめた聡太くんは、わたしを信用していないのだろう。


「だって、いくらなんでも学生さんに養ってもらうわけにはいかないでしょう。少しでも聡太くんの役に立ちたいもの」


「美穂さん、心理学の勉強をするんでしょう。介護の仕事なんてしていたら、受験に失敗しますよ」


心理学に興味はあるけれど、大学を卒業したわたしに何ができるのか?


カウンセラーのような仕事は、わたしにはあまりにハードルが高い。

 
その道の仕事に進みたいなら大学で学ぶ意味もあるかも知れないけれど。


わたしは自分の弱点を知り、それを克服したいだけだ。


「わたし、心理学は独学でいいわ。大学は諦めます。大丈夫よ、彼とはちゃんと別れてくるわ」



「………  」


聡太くんはまだ何か言いたげだったけれど、下唇を噛んだままうつむいた。




明日、マンションへ行ったからといって、必ず会えるとは限らない。


帰りが遅いかもしれないし、当直なのかも知れないから。


聡太くんはマットレスの上で、体育座りをしたままうなだれている。


となりに座り、顔をのぞき込む。


「聡太くん、どうしたの? 美穂、ちゃんと帰ってくるよ」


いじけた駄々っ子みたいに口を一文字にした聡太くんは、わたしに虚ろな目を向けた。


「別れてまだ一ヶ月しかたってないだろ。心配するなって言われてもね。僕にはわかるんだ。美穂さんはまだ彼が好きだってこと」


「………だ、だから、わたしの片思いだって言ったでしょう。彼は初めから遊びなの。わたしだっていつまでもそんな関係でいたくない。今は聡太くんが好きよ」


落ち込んでいる聡太くんの頬にそっと手を当てたら、手首をつかまれて押し倒された。


「……じゃあ、、じゃあ、抱くから。本当に僕のことが好きだっていうんなら」


うわずった声で言い、怒った顔をした聡太くんが少し怖い。


ーーだけど、これでいいのかも知れない。


これで、これで本当に潤一さんのことを諦められるはず。


乱暴に服を脱がそうとする聡太くんを落ち着かせたくて腕を押さえた。


「まって、、聡太くん、お願い。…電気を消して」


「わ、わかった。…ごめん」


聡太くんも少し気まずい様子で起き上がり、部屋の照明を消した。


自分で服を脱ぎ、肌がけを被って布団に横たわった。


暗がりの中で、Tシャツとジーンズを慌てて脱いでいる聡太くんのシルエットから目をそらせた。


お布団に入ってきた聡太くんは、さっきとは打って変わり、恐るおそるわたしの肩にふれた。


「美穂さん、本当にいいの? 同情じゃなくて、本当に僕が好きなの?」


「好きよ。聡太くんが。美穂はこんなに誰かから大切にされたことないから」


「好きだ、、誰にも渡したくないんだ。だから、だから、必ず戻ってきて」


「………うん」


むさぼるようなキスのあと、ぎこちない愛撫をする聡太くんが愛おしかった。


彼の長い指が敏感な部分に触れて、思わず声がもれた。


普段の穏やかな彼とは違う、荒々しい息遣いと情熱的な激しさに気持ちが高まる。


押し寄せる大きなうねりに身をゆだねた。


彼について行く。


彼を幸せにしてあげたい。



わたしたち、いつまでも永遠にいっしょだよ。















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