いつだって見られている

なごみ

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日菜と健太の未来は

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母の身代わりに罪をかぶって少年院へ入れられた息子が、一年ぶりに帰って来るというのに、好きな料理も作ってあげられない。


もうすぐに二人は帰って来る。


時間が迫って来るにつれ、健太に会うことが恐ろしくなってきた。


罵られるのなら、その方がずっと気が楽だ。


だけど、そんな簡単なことですむはずはないだろう。


午後の2時も過ぎた頃、玄関の鍵がまわる音がして、貴之の話す声とガタゴトと靴を脱ぐ音が聞こえた。


うなだれ、緊張して固まる。


リビングに入ってきたのは貴之ひとりだった。


二階に上がるバタバタとする音が聞こえたので、健太は自分の部屋へそのまま行ってしまったようだ。


ホッとしたのと、寂しい気持ちが交差する。


やはり一年ぶりに息子の顔を見たいという気持ちはある。


どんな風に変わったのだろう。


一目見れば、大体の予想はつくものだ。


不登校で引きこもっていた時の健太は、見るからに暗く、無気力で不幸に見えた。


去年のあの頃よりも、さらに不幸な顔をしているだろうか。


不幸なうえに、残虐な凶暴性まで植えつけられいるかも知れない。


健太には殺されたって文句は言えないけれど、もう二度と殺人犯などにはさせられない。


どうすれば健太はこれから心穏やかに幸せに暮らしていけるだろう。


日菜にも、せめて人並みな幸せくらい送ってもらいたいと思うけれど。


それは贅沢な望みなのだろう。


いくら子供に罪はないと言っても、殺人犯の子供が幸せな人生を送るなど、世間は許さないのである。





日菜が帰ってきて、明日から美容室でバイトをすると言った。


今度は長続きするだろうか。


美容室などの客商売は、コンビニよりも細やかな対応が必要だろう。


家に居てブラブラされるよりは良いけれど、どれも勤まらずに次々とバイトを変えていては、どんどん自信を失いはしまいかと心配でもある。


良い人間関係に恵まれてくれるといいのだけれど。


夕食はそれぞれが勝手に、ヘルパーが用意してくれたものを食べたようだ。


一家団欒など、出来ないことを無理にする必要はない。


健太はとうとう一度も顔を出さず、日菜にも会わずに自室へこもったままだった。


やはり、高校へは行けないかも知れない。




***


新学期が始まり、健太は予想に反して私立の高校へ通いはじめた。


中学には実質2年間しか行っていないのだが、後で卒業証書を受け取ったのだ。


私がいる和室の部屋へは入ってこないけれど、リビングのソファーでテレビを見ていたり、お菓子を食べている健太を少しだけ見ることができた。


引きこもっていたときと比べると、身長が伸びて、随分ほっそりとした精悍な体つきになったように見えた。


私の顔など見たくもないのだろう。


確かに寂しい気持ちがないと言えば嘘になる。だけれど、それで全くかまわない。


健太が毎日、少しでも楽しく学校へ通ってくれさえしたら、それで十分だ。


日菜も今の所、美容室のバイトで忙しい毎日を送っている。


早くシャンプーの試験に合格したいと張り切っているようにさえ見える。


練習させてと私の頭をシャンプーしたり、マッサージまでしてくれる。


とても気持ちがいい。


こんなによくしてもらうと罪悪感が押し寄せてきて、たまらない気持ちになる。


自分は少し不幸なくらいの方が生きていく上では、気持ちが安らぐのだった。


全国にチェーン店があるそこの美容室は、美容学校へはタダで行かせてもらえるのだそうだ。


日菜にも少し、希望のようなものが見えてきたように思える。


仕事は大変に違いないが、同じ年代の従業員達との交流も楽しいのだろう。


以前に比べて笑顔が増え、仕事以外の外出も増えて来た。


健太とは口をきいていないようだけれど、思いのほか、自分の身に実質的な損害がなかったからだろうか。家の中ではさほどギスギスした荒れた関係には見えない。


殺人を犯した弟だといまだに思い込んでいるので、怖いのかも知れない。




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