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身にあまる幸福
しおりを挟む外科病棟だとばかり思っていたら、どうやらここは精神科病棟のようだ。
窓枠が鉄格子になっていた。
向精神薬を与えられているせいか、いつでも眠く感じられる。
一週間ほど入院して、縫合した傷の抜糸をした後、退院した。
***
季節はいつの間にか初夏を迎えていた。
車窓から見える街路樹の緑が、キラキラと色鮮やかに陽射しに反射して、眩しい。
道ゆく女性のファッションを観察する。
服装の好みというのは本当に人それぞれだ。
花柄の派手なTシャツに、豹柄のピッタリとしたパンツを履いている太った中年女性が、犬と散歩をしていた。
その後ろに続くスリムな女性は、シンプルなデザインの白い半袖シャツにスキニージーンズで闊歩している。
向かい側から歩いて来た若い二人の女性は、お揃いのパステルカラーのギャザースカートに、フリフリのブラウス。髪に大きな飾りをつけて、派手なメイクをしている。そして、服装に負けない派手な高い声で笑い合っていた。
筋肉までなくなって、骨ばった自分の足を見つめる。
もう何を着ても似合う服などない。
好きな服が着れて、街を自由に歩けるという普通のことが、どれほど幸せなことであったかをつくづくと感じる。
そうだ、これも罰なのだ。
楽しみを求めてはいけない人生なのだ。
多くの苦しみと悲しみを経ることで、それだけ許されるというものだ。
私が自殺を図ったことに家族もショック受けたらしい。
日菜も優しく、今日は美容室のシフトが午後からだからと、朝早くからシャンプーをしてくれた。
随分腕が上がって、頭皮のマッサージがとても気持ちが良い。
夕方、ヘルパーが用意してくれた食事を終え、車椅子でテレビを見ていると、健太が帰ってきた。
「ただいま! 」
そう言って、教科書が入った重そうなスクールバッグを床においた。
「お、お、」
これでも頑張って、おかえりと言ったつもりである。
話しかけられるような関係になっただけでも、素晴らしいことなのだ。
以前と比べたら、天国のような気持ちさえする。
健太が何かを買ってきたようで、紙袋から箱を取り出した。
「俺、今日、新聞配達の給料が出たんだ。母さんにこれ買ってやりたくてさ」
ずっと欲しかったipadだった。
「これのほうが馴れたら手書きよりも早いだろ。それにwi-fiが使えるから、ネットも見られるし。プライム会員になれば映画だってタダタダで観られるだろ」
健太……。
身にあまる幸せに胸が熱くなる。
こんな幸せが与えられても良いのだろうか。
健太と日菜は優しくなったけれど、夫の貴之はそうではなかった。
義姉と甥っ子を殺した犯人なのだから、当然だ。
他人だったら、警察に突き出していることだろう。
虐待されないだけ、まだマシなのだ。
子供たちが私に優しくするのが面白くないようで、夕食を終えるとサッサと自室へこもるようになった。
なので貴之の前では、二人の親切を手放しでは喜べない。
貴之には離婚されても文句は言えない。
だけど、本当に離婚されてしまったときにはどうすればいいのだろう。
賠償金でなんとかなるのだろうか。
そもそも賠償金はいつまで支給されるのだろう。
日菜が今日、私の白髪をきれいな栗色にカラーリングしてくれた。
もう、オシャレなどには興味はないのだから、白髪のままでいいと言ったのだけれど、練習も兼ねてやってみたいと言うので、遠慮なくしてもらった。
カットはまだ練習もさせてもらえないのだそうで、それは美容学校へ行かなければ出来ないことなのだろう。
髪は以前、貴之が伸びすぎて邪魔だからとバッサリ短く切ってくれたのだが、日菜があまりにもひどいヘアスタイルだと言って、カットもしてくれた。
スタイリストさんの見よう見まねでしたカットは、意外と上手でよく似合っていた。
好きな仕事というだけあって、日菜は才能があるかも知れない。
カットとカラーリングでかなり若返ったように感じられる。
見た目が良くなるというのは、こんな身体になったとしても嬉しいことだった。
生きる張り合いまで生まれて来たような気がして、食欲まで旺盛になって来る。
夏が終わる頃には、げっそりとこけていた頰も丸みを帯びて、見やすい顔立ちになったと思う。
鏡を見るのが最近、楽しい。
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