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恋の予感
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**潤一**
「どうして悠ちゃんだけ連れてきたのよ。雪花ちゃんを寄こさないなんて、本当に意地悪な嫁なんだから!」
雪花を連れて来なかったので、お袋には随分と嫌味を言われたが、悠李はさほど気にしてないように見えた。
トランクの荷物を二階の自分の部屋へ運び、すぐに保育園へ電話をした。
生憎、電話口に出たのは美穂先生ではなく、年配の保育士だった。
「あ、松田雪花の父ですが、娘が保育園に忘れ物をしたと騒いでまして、、ちょっと美穂先生と代わってもらえませんか?」
「は、はい、少々お待ちください」
固定電話から明るい電子音のメロディが流れたが、すぐにプツリと止んで、
「はい、お電話変わりました、片山です。雪花ちゃん、なにを忘れたのですか?」
「いや、雪花じゃなくてさ、忘れたのは俺のほうなんだ。あ、、あのさ、時々子供のようすを聞きたいんだけど、美穂先生の携帯番号を教えてくれないかな?」
断られるに違いないが、ダメ元で聞いてみた
。
「それは、ちょっと、……申し訳ありませんが、個人的なやり取りは禁止されているんです。保護者の方とは連絡帳を使ってようすを伝えてまして、、」
美穂先生は少し声のトーンを落として弁解した。
「無理なことを言ってるのは分かってるんだよ。ただ彩矢とはちょっと連絡がとれる状況じゃなくて、、わかるだろう?」
「で、でも、、困りましたね、……じゃあ、他の保護者の方には内緒にしていただけますか? 特別扱いをすると色々と問題になるものですから」
「もちろん。言いふらしたりするわけないだろう。やっぱり勇気を出して頼んでみるものだな、助かるよ」
「い、いえ、じゃあ、番号を言いますね。080****○○○○です」
美穂先生は更に声を小さくして番号を教えてくれた。
「****の○○○○ね、OK。ありがとう、じゃあ、また」
彼女はつき合っている男がいるのだろうか。
久々の恋の予感に思わず心が浮き立つ。
会ったばかりでまだなにも知らないけれど、なんとなく簡単に落とせそうな気がした。
近頃は男の保育士というのも増えたと聞いてはいるが、あの保育所に男はいない。
若い女があんな男っ気のない保育所であくせく働いていていたら、さぞかし無味乾燥な毎日だろう。
明日、悠李を巻き込んで公園で会っておくのがいいかも知れない。
いきなりデートの誘いは、あまりに不躾すぎて敬遠される。
下へ降りると食卓テーブルに、お袋がおかずを並べていた。
サバの味噌煮とほうれん草のごま和え、かぼちゃの煮物にきんぴらごぼう、白菜の漬物という年寄りじみたメニュー。
アメリカ帰りの俺には、嬉しく懐かしい和食だけれど。
悠李はドローンの組み立てに夢中だった。
「悠李、先に飯にするぞ。パパがあとでちゃんと組み立ててやる」
「悠李、自分でする!」
食の細い悠李は夕食などには見向きもしない。
「ごはんはちゃんと食べなきゃダメだろう。早く食べるぞ」
いつも帰宅が遅かった俺は、家族と一緒に食卓に着くなんてことも珍しい。
「悠ちゃん、先に手を洗っておいで」
お袋もエプロンをはずして、椅子に腰かけた。
「はーい!」
素直に食卓に着いた悠李だったけれど、つまらなそうにサバの味噌煮を突いていては、ため息をつきながら、ご飯を口に運んでいた。
「なんの前ぶれもなく突然来るんですもの。わかってたらお婆ちゃんだって、ちゃんと悠ちゃんの好きなものを作って待っていたのにね」
不機嫌なお袋に気を遣ったのか、悠李はふりかけの掛かったご飯をムシャムシャと食べ始めた。
「そうだな、好き嫌いしないでなんでも食べろ。肉や魚を食べないと体は大きくならないぞ」
「悠ちゃん、鯖の骨は怖いからお婆ちゃんが取ってあげる」
お袋が悠李の魚から背骨や背ビレなどを取りのけて、皿の脇へ寄せた。
「過保護だな。俺のときはそんなことしてくれなかっただろう」
「孫には気を遣うのよ。のどに骨でも刺さったら、大変なことになるわ。彩矢さんはもう二度と子供たちを寄越してくれなくなるわよ」
「悠李、お魚食べられるよ」
大人の会話に不安を感じたのか、悠李はムシャムシャとサバ味噌を食べた。
「今度は悠ちゃんの好きなものばっかり作って待ってるからね。雪花ちゃんと一緒にまた遊びに来るのよ」
「うん、わかったー。お魚美味しい」
「そう、よかった。悠ちゃんは本当にいい子だわ」
お袋は上機嫌で悠李の頭をなでた。
人のご機嫌取りなどするお袋を見たのは初めてだ。
素直で聞き分けのいい悠李は、お袋と相性がよかった。血の繋がりがなくても可愛いのだろう。
雪花は俺たちに似ているから、お袋とは性格がぶつかってうまくいかないかも知れない。
「じゃあ、風呂に入ったら早く寝ろよ。パパはこれからやらなきゃいけない仕事があるからな。おやすみ」
「うん、……パパ、おやすみなさい」
ドローンを一緒に組み立てたあと、入浴などはお袋にまかせて二階へ上がった。
悠李は少し寂しげな顔で俺を見つめたけれど、これ以上どうやって子供と関われというのか。
明日ドローンで遊び終えたあとは、なにをすればいいのだろう?
彩矢からは昼前に迎えに行くとLINEが入っていた。
悠李が俺と遊んで楽しいと思えなければ、今後の面会は難しいものになるかも知れない。
時計を見ると八時を過ぎた頃だった。
スマホを取り出し、教えられた番号にタッチした。
「……はい、、どちら様でしょう?」
警戒しているような美穂先生の声が聞こえた。
「さっき、電話番号を聞いた松田雪花の父です」
「えっ?、、あ、はい、あの、なにか?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだ。会ったばかりで厚かましいんだけど、明日ってなにか用事があるかな?」
「い、いえ、特にありませんが……」
ーーこれは脈ありということか。
嫌いなら用事があるというはずだ。
「そうか、それは良かった。実は明日は子供との面会日なんだ。俺は仕事人間だから、子供の扱いがあまり上手くなくて。嫌われやしないかと心配でね、、美穂先生が一緒なら子供も慣れてるし、喜ぶと思うんだ。ちょっと助けてくれないかな?」
「個人的なお付き合いは、園で禁止されてるんです。申し訳ないのですが、、」
「公園で遊ぶ予定なんだ。そこで偶然会ったってことにできないかな? それならいいだろう? 頼むよ、一回でいいんだ。最初が肝心だから」
「で、でも……」
「明日失敗したら、子供にはずっと会えなくなるかもしれないんだ。迷惑なのはわかってるんだけど、ダメかな?」
「わ、わかりました。じゃあ、一回だけ、、」
「ありがとう。助かるよ。白石駅そばの公園なんだけど、車で迎えに行こうか?」
「いえ、それは困ります。アパートから地下鉄一本で行けるので、大丈夫です」
「そうか、じゃあ、俺たちは十時頃から遊んでいるけど、美穂先生はもっと遅くてもいいよ。ドローンを飛ばしているから、すぐに見つけられると思う」
「わかりました。多分11時までには行けると思います」
「恩にきるよ。じゃあ、明日。おやすみ」
「は、はい、、おやすみなさい」
女というのは俺が言っているウソを、一体どこまで信じているのだろう。
こんな時、日本の女というのは本当に素直じゃない。
物欲しそうな素ぶりなど、少しも見せずに拒絶する。
そして騙されたようなふりをして、仕方がないように誘いに乗ってくる。
まあ、そんなところが日本女性の奥ゆかしさというものかも知れない。
あまりにカマトトぶった女は興ざめだけれど、西洋人のように恥じらいのない、あけすけな女もウンザリする。
少し話しただけで、まだどんな女かは知らないけれど、儚げな感じが昔の彩矢みたいで可愛い。
付き合い始めた頃の彩矢は、メソメソと泣いてばかりいる女だった。
今では俺を罵倒するほど気が強い。
二児の母になったからなのか、元々気の強い女だったのか?
平川の母親に似たのなら、そうなのだろう。
美穂先生はどんな女かな?
今から明日が楽しみだ。
翌日、朝の早くから悠李に起こされる。
「パパ、おはよう! 朝だよ。すごくいいお天気だよ。早くドローン飛ばそう」
「悠李、パパは遅くまで仕事をしていたんだぞ。もう少し寝てるから、おまえは漢字の書き取りでもしてろ」
「お婆ちゃんのお家には公文のドリルがないもん。悠李、お家に帰ったらちゃんとやるよ。だから、早く行こう、ねぇ、早く、、」
「わかったよ。今行くから、婆ちゃんのお手伝いでもしてろ」
「はーい、早く来てね」
仕方なく起き上がり、枕元の時計を見ると、まだ七時を過ぎたばかりだった。
昨夜は提出しなければいけない書類やレポートなどに目を通していたら、いつのまにか午前二時を過ぎていた。
寝付きはいいほうだから、よく眠れたけど、なんと言っても昨日ロスから帰ってきたばかりなのだ。
若い頃とは違って三十三にもなると、疲れもすぐには抜けなくなった。
「ふぁーあ! まったく何時間遊ぶつもりだよ」
「わーっ、飛んだ~~!!」
まず俺が操作してドローンを飛ばせてみた。
四歳の子供にはむずかしいだろうが思ったよりも簡単だ。
「パパ、悠李がやる、悠李やりたい!」
「ちょっと待て、カメラはどうやって撮るのか調べてるんだから 」
面白くてつい悠李のために買ってあげたことを忘れてしまう。
「パパ、まだ? 悠李がやる!」
「じゃあ、ここをゆっくり動かせ。難しいぞ、ちゃんと操縦しないとすぐに壊れるからな」
コントローラーを悠李に渡した。
悠李の操縦は危なっかしかったけれど、だんだんとコツを覚えてうまく出来るようになった。
だけどバッテリーが切れて、十五分ほどしか遊べなかった。
仕方なくサッカーをしてしばらく遊んでいたら、向こうから女性が歩いてくるのが見えた。
ーー美穂先生だ。
よし、ちゃんと約束を守ったな。
「こんにちは」
かっこよくリフティングをして見せていたところに美穂先生が現れた。
「あ、美穂先生だ!」
「悠ちゃんだったのね。今日はいいお天気だから、先生ピクニックに来てみたの」
偶然を装って美穂先生が悠李に話しかけていた。
俺は無視してリフティングをしていたが、三十回続いたところで止めた。
「わーい、パパ、すごーい!! ねぇ、美穂先生、パパは上手でしょ?」
「本当に。サッカーお上手なんですね。びっくりしました」
美穂先生がはにかんだように言って頬を染めた。
「小学校に上がる前からサッカークラブに入っていたんですよ。もっと上手くできたんだけど、何年もやってないから感覚が鈍ったな、ハハハッ」
「お弁当を作ってきたんですよ。よかったら一緒に食べませんか?」
「それは嬉しいな。久しぶりに走りまわって、腹がペコペコだ」
大きな木の下に移動し、美穂先生がそこにレジャーシートを敷いた。
ずいぶん張り切って作ってきたものだな。
重箱のような三つのタッパーにご馳走がきれいに詰め込まれていた。
「わー 、これ食べてもいい?」
悠李が唐揚げをつまんで聞いた。
「もちろんよ。悠ちゃん、たくさん食べてね」
「本当に美味そうだな。じゃあ。遠慮なくいただきます。こんなご馳走を作ってくるのは大変だったでしょう?」
気合い十分な美穂先生を見つめながら卵焼きをつまんだ。
「お料理は好きなんですよ。休日はお菓子を焼いたり、キッチンで何かを作るのが私のストレス解消なんです」
「そうかぁ、だよな。毎日毎日小さい子の世話をしていたら、ストレスで頭がおかしくなるな」
「子供は好きだから少しもストレスにはならないんです。それ以外のことが苦手で……」
美穂先生はそう言って、少し顔を曇らせた。
「子供の世話は雑用なんかも多いんだろうな。俺にはよくわからないけど。この卵焼きムチャクチャに美味いな」
「ありがとうございます。なんの取り柄もないんですけど、お料理だけは褒められます」
山菜が混ぜ込まれた俵形のおむすびも、薄味ながらとても美味しいものだった。
「これも美味いな。料理上手なんて立派な取り柄だろう。美穂先生は可愛いし、モテるでしょう?」
「そんなことありません。職業柄、出会いもありませんし、お休みの日はグッタリしてしまって」
保育園の仕事はかなりハードなのだな。こんな若さで出かける気力も無くしてしまうほどに。
「じゃあ、今日は出てくるのも大変だったでしょう? なんだか悪いことしたな」
「いえ、そんなことないです。外の空気を吸うと気持ちがいいですから。出不精ですけど、やっぱりアパートに一人こもっているよりはずっと元気になれます」
美穂先生はもっとシャイな女なのかと思っていたけれど、意外と積極的だった。
これはもう、90%以上の確率でうまく落とせそうなムードだ。
「美穂先生みたいな料理上手と結婚できる男は幸せだなぁ。本当に羨ましいよ」
熱っぽく美穂先生を見つめた。
「わたしは結婚なんてできないような気がします」
目を伏せ、哀しげにポツリとつぶやく。
「なぜ? 合コンとかマッチングなんとか、そういうのはしないのか?」
「合コンは以前誘われて行ったことはあるんですけど、中々好きになれそうな人には巡り会えなくて……」
ーーだろうな。
仕事ができるいい男というものは、大抵そんなところに行かない。
「そうかぁ、もったいないな。こんなに美人で可愛いのに」
「……… 」
頬を染めてうつむいている美穂先生が、たまらなく可愛かった。
「あっ、ママだ ‼︎ 」
突然叫んだ悠李の声で、甘いムードがぶっ飛んだ。
マ、マジか………。
「どうして悠ちゃんだけ連れてきたのよ。雪花ちゃんを寄こさないなんて、本当に意地悪な嫁なんだから!」
雪花を連れて来なかったので、お袋には随分と嫌味を言われたが、悠李はさほど気にしてないように見えた。
トランクの荷物を二階の自分の部屋へ運び、すぐに保育園へ電話をした。
生憎、電話口に出たのは美穂先生ではなく、年配の保育士だった。
「あ、松田雪花の父ですが、娘が保育園に忘れ物をしたと騒いでまして、、ちょっと美穂先生と代わってもらえませんか?」
「は、はい、少々お待ちください」
固定電話から明るい電子音のメロディが流れたが、すぐにプツリと止んで、
「はい、お電話変わりました、片山です。雪花ちゃん、なにを忘れたのですか?」
「いや、雪花じゃなくてさ、忘れたのは俺のほうなんだ。あ、、あのさ、時々子供のようすを聞きたいんだけど、美穂先生の携帯番号を教えてくれないかな?」
断られるに違いないが、ダメ元で聞いてみた
。
「それは、ちょっと、……申し訳ありませんが、個人的なやり取りは禁止されているんです。保護者の方とは連絡帳を使ってようすを伝えてまして、、」
美穂先生は少し声のトーンを落として弁解した。
「無理なことを言ってるのは分かってるんだよ。ただ彩矢とはちょっと連絡がとれる状況じゃなくて、、わかるだろう?」
「で、でも、、困りましたね、……じゃあ、他の保護者の方には内緒にしていただけますか? 特別扱いをすると色々と問題になるものですから」
「もちろん。言いふらしたりするわけないだろう。やっぱり勇気を出して頼んでみるものだな、助かるよ」
「い、いえ、じゃあ、番号を言いますね。080****○○○○です」
美穂先生は更に声を小さくして番号を教えてくれた。
「****の○○○○ね、OK。ありがとう、じゃあ、また」
彼女はつき合っている男がいるのだろうか。
久々の恋の予感に思わず心が浮き立つ。
会ったばかりでまだなにも知らないけれど、なんとなく簡単に落とせそうな気がした。
近頃は男の保育士というのも増えたと聞いてはいるが、あの保育所に男はいない。
若い女があんな男っ気のない保育所であくせく働いていていたら、さぞかし無味乾燥な毎日だろう。
明日、悠李を巻き込んで公園で会っておくのがいいかも知れない。
いきなりデートの誘いは、あまりに不躾すぎて敬遠される。
下へ降りると食卓テーブルに、お袋がおかずを並べていた。
サバの味噌煮とほうれん草のごま和え、かぼちゃの煮物にきんぴらごぼう、白菜の漬物という年寄りじみたメニュー。
アメリカ帰りの俺には、嬉しく懐かしい和食だけれど。
悠李はドローンの組み立てに夢中だった。
「悠李、先に飯にするぞ。パパがあとでちゃんと組み立ててやる」
「悠李、自分でする!」
食の細い悠李は夕食などには見向きもしない。
「ごはんはちゃんと食べなきゃダメだろう。早く食べるぞ」
いつも帰宅が遅かった俺は、家族と一緒に食卓に着くなんてことも珍しい。
「悠ちゃん、先に手を洗っておいで」
お袋もエプロンをはずして、椅子に腰かけた。
「はーい!」
素直に食卓に着いた悠李だったけれど、つまらなそうにサバの味噌煮を突いていては、ため息をつきながら、ご飯を口に運んでいた。
「なんの前ぶれもなく突然来るんですもの。わかってたらお婆ちゃんだって、ちゃんと悠ちゃんの好きなものを作って待っていたのにね」
不機嫌なお袋に気を遣ったのか、悠李はふりかけの掛かったご飯をムシャムシャと食べ始めた。
「そうだな、好き嫌いしないでなんでも食べろ。肉や魚を食べないと体は大きくならないぞ」
「悠ちゃん、鯖の骨は怖いからお婆ちゃんが取ってあげる」
お袋が悠李の魚から背骨や背ビレなどを取りのけて、皿の脇へ寄せた。
「過保護だな。俺のときはそんなことしてくれなかっただろう」
「孫には気を遣うのよ。のどに骨でも刺さったら、大変なことになるわ。彩矢さんはもう二度と子供たちを寄越してくれなくなるわよ」
「悠李、お魚食べられるよ」
大人の会話に不安を感じたのか、悠李はムシャムシャとサバ味噌を食べた。
「今度は悠ちゃんの好きなものばっかり作って待ってるからね。雪花ちゃんと一緒にまた遊びに来るのよ」
「うん、わかったー。お魚美味しい」
「そう、よかった。悠ちゃんは本当にいい子だわ」
お袋は上機嫌で悠李の頭をなでた。
人のご機嫌取りなどするお袋を見たのは初めてだ。
素直で聞き分けのいい悠李は、お袋と相性がよかった。血の繋がりがなくても可愛いのだろう。
雪花は俺たちに似ているから、お袋とは性格がぶつかってうまくいかないかも知れない。
「じゃあ、風呂に入ったら早く寝ろよ。パパはこれからやらなきゃいけない仕事があるからな。おやすみ」
「うん、……パパ、おやすみなさい」
ドローンを一緒に組み立てたあと、入浴などはお袋にまかせて二階へ上がった。
悠李は少し寂しげな顔で俺を見つめたけれど、これ以上どうやって子供と関われというのか。
明日ドローンで遊び終えたあとは、なにをすればいいのだろう?
彩矢からは昼前に迎えに行くとLINEが入っていた。
悠李が俺と遊んで楽しいと思えなければ、今後の面会は難しいものになるかも知れない。
時計を見ると八時を過ぎた頃だった。
スマホを取り出し、教えられた番号にタッチした。
「……はい、、どちら様でしょう?」
警戒しているような美穂先生の声が聞こえた。
「さっき、電話番号を聞いた松田雪花の父です」
「えっ?、、あ、はい、あの、なにか?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだ。会ったばかりで厚かましいんだけど、明日ってなにか用事があるかな?」
「い、いえ、特にありませんが……」
ーーこれは脈ありということか。
嫌いなら用事があるというはずだ。
「そうか、それは良かった。実は明日は子供との面会日なんだ。俺は仕事人間だから、子供の扱いがあまり上手くなくて。嫌われやしないかと心配でね、、美穂先生が一緒なら子供も慣れてるし、喜ぶと思うんだ。ちょっと助けてくれないかな?」
「個人的なお付き合いは、園で禁止されてるんです。申し訳ないのですが、、」
「公園で遊ぶ予定なんだ。そこで偶然会ったってことにできないかな? それならいいだろう? 頼むよ、一回でいいんだ。最初が肝心だから」
「で、でも……」
「明日失敗したら、子供にはずっと会えなくなるかもしれないんだ。迷惑なのはわかってるんだけど、ダメかな?」
「わ、わかりました。じゃあ、一回だけ、、」
「ありがとう。助かるよ。白石駅そばの公園なんだけど、車で迎えに行こうか?」
「いえ、それは困ります。アパートから地下鉄一本で行けるので、大丈夫です」
「そうか、じゃあ、俺たちは十時頃から遊んでいるけど、美穂先生はもっと遅くてもいいよ。ドローンを飛ばしているから、すぐに見つけられると思う」
「わかりました。多分11時までには行けると思います」
「恩にきるよ。じゃあ、明日。おやすみ」
「は、はい、、おやすみなさい」
女というのは俺が言っているウソを、一体どこまで信じているのだろう。
こんな時、日本の女というのは本当に素直じゃない。
物欲しそうな素ぶりなど、少しも見せずに拒絶する。
そして騙されたようなふりをして、仕方がないように誘いに乗ってくる。
まあ、そんなところが日本女性の奥ゆかしさというものかも知れない。
あまりにカマトトぶった女は興ざめだけれど、西洋人のように恥じらいのない、あけすけな女もウンザリする。
少し話しただけで、まだどんな女かは知らないけれど、儚げな感じが昔の彩矢みたいで可愛い。
付き合い始めた頃の彩矢は、メソメソと泣いてばかりいる女だった。
今では俺を罵倒するほど気が強い。
二児の母になったからなのか、元々気の強い女だったのか?
平川の母親に似たのなら、そうなのだろう。
美穂先生はどんな女かな?
今から明日が楽しみだ。
翌日、朝の早くから悠李に起こされる。
「パパ、おはよう! 朝だよ。すごくいいお天気だよ。早くドローン飛ばそう」
「悠李、パパは遅くまで仕事をしていたんだぞ。もう少し寝てるから、おまえは漢字の書き取りでもしてろ」
「お婆ちゃんのお家には公文のドリルがないもん。悠李、お家に帰ったらちゃんとやるよ。だから、早く行こう、ねぇ、早く、、」
「わかったよ。今行くから、婆ちゃんのお手伝いでもしてろ」
「はーい、早く来てね」
仕方なく起き上がり、枕元の時計を見ると、まだ七時を過ぎたばかりだった。
昨夜は提出しなければいけない書類やレポートなどに目を通していたら、いつのまにか午前二時を過ぎていた。
寝付きはいいほうだから、よく眠れたけど、なんと言っても昨日ロスから帰ってきたばかりなのだ。
若い頃とは違って三十三にもなると、疲れもすぐには抜けなくなった。
「ふぁーあ! まったく何時間遊ぶつもりだよ」
「わーっ、飛んだ~~!!」
まず俺が操作してドローンを飛ばせてみた。
四歳の子供にはむずかしいだろうが思ったよりも簡単だ。
「パパ、悠李がやる、悠李やりたい!」
「ちょっと待て、カメラはどうやって撮るのか調べてるんだから 」
面白くてつい悠李のために買ってあげたことを忘れてしまう。
「パパ、まだ? 悠李がやる!」
「じゃあ、ここをゆっくり動かせ。難しいぞ、ちゃんと操縦しないとすぐに壊れるからな」
コントローラーを悠李に渡した。
悠李の操縦は危なっかしかったけれど、だんだんとコツを覚えてうまく出来るようになった。
だけどバッテリーが切れて、十五分ほどしか遊べなかった。
仕方なくサッカーをしてしばらく遊んでいたら、向こうから女性が歩いてくるのが見えた。
ーー美穂先生だ。
よし、ちゃんと約束を守ったな。
「こんにちは」
かっこよくリフティングをして見せていたところに美穂先生が現れた。
「あ、美穂先生だ!」
「悠ちゃんだったのね。今日はいいお天気だから、先生ピクニックに来てみたの」
偶然を装って美穂先生が悠李に話しかけていた。
俺は無視してリフティングをしていたが、三十回続いたところで止めた。
「わーい、パパ、すごーい!! ねぇ、美穂先生、パパは上手でしょ?」
「本当に。サッカーお上手なんですね。びっくりしました」
美穂先生がはにかんだように言って頬を染めた。
「小学校に上がる前からサッカークラブに入っていたんですよ。もっと上手くできたんだけど、何年もやってないから感覚が鈍ったな、ハハハッ」
「お弁当を作ってきたんですよ。よかったら一緒に食べませんか?」
「それは嬉しいな。久しぶりに走りまわって、腹がペコペコだ」
大きな木の下に移動し、美穂先生がそこにレジャーシートを敷いた。
ずいぶん張り切って作ってきたものだな。
重箱のような三つのタッパーにご馳走がきれいに詰め込まれていた。
「わー 、これ食べてもいい?」
悠李が唐揚げをつまんで聞いた。
「もちろんよ。悠ちゃん、たくさん食べてね」
「本当に美味そうだな。じゃあ。遠慮なくいただきます。こんなご馳走を作ってくるのは大変だったでしょう?」
気合い十分な美穂先生を見つめながら卵焼きをつまんだ。
「お料理は好きなんですよ。休日はお菓子を焼いたり、キッチンで何かを作るのが私のストレス解消なんです」
「そうかぁ、だよな。毎日毎日小さい子の世話をしていたら、ストレスで頭がおかしくなるな」
「子供は好きだから少しもストレスにはならないんです。それ以外のことが苦手で……」
美穂先生はそう言って、少し顔を曇らせた。
「子供の世話は雑用なんかも多いんだろうな。俺にはよくわからないけど。この卵焼きムチャクチャに美味いな」
「ありがとうございます。なんの取り柄もないんですけど、お料理だけは褒められます」
山菜が混ぜ込まれた俵形のおむすびも、薄味ながらとても美味しいものだった。
「これも美味いな。料理上手なんて立派な取り柄だろう。美穂先生は可愛いし、モテるでしょう?」
「そんなことありません。職業柄、出会いもありませんし、お休みの日はグッタリしてしまって」
保育園の仕事はかなりハードなのだな。こんな若さで出かける気力も無くしてしまうほどに。
「じゃあ、今日は出てくるのも大変だったでしょう? なんだか悪いことしたな」
「いえ、そんなことないです。外の空気を吸うと気持ちがいいですから。出不精ですけど、やっぱりアパートに一人こもっているよりはずっと元気になれます」
美穂先生はもっとシャイな女なのかと思っていたけれど、意外と積極的だった。
これはもう、90%以上の確率でうまく落とせそうなムードだ。
「美穂先生みたいな料理上手と結婚できる男は幸せだなぁ。本当に羨ましいよ」
熱っぽく美穂先生を見つめた。
「わたしは結婚なんてできないような気がします」
目を伏せ、哀しげにポツリとつぶやく。
「なぜ? 合コンとかマッチングなんとか、そういうのはしないのか?」
「合コンは以前誘われて行ったことはあるんですけど、中々好きになれそうな人には巡り会えなくて……」
ーーだろうな。
仕事ができるいい男というものは、大抵そんなところに行かない。
「そうかぁ、もったいないな。こんなに美人で可愛いのに」
「……… 」
頬を染めてうつむいている美穂先生が、たまらなく可愛かった。
「あっ、ママだ ‼︎ 」
突然叫んだ悠李の声で、甘いムードがぶっ飛んだ。
マ、マジか………。
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