六華 snow crystal 6

なごみ

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新たな恋の予感

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米山を殴って、一週間の謹慎処分を受けた。


と言っても、すぐに春休みに入ったので、ほとんどお咎めなしと言っていいだろう。


俺のパンチで米山は鼻の骨を折り、前歯を一本失った。


十分すぎるほど、傷害事件として成立する。


本来なら退学、良くても停学処分になっておかしくない。


多分、美穂の口添えがあって謹慎処分になったのだと思う。


だからといって、美穂の裏切りを許す気持ちになど、到底なれるわけもなかった。



あまりのショックと怒りで、まともに食べることも寝ることもできなかった。


実際、美穂が俺との結婚をどこまで本気で考えてくれていたかは、半信半疑なところはあった。


だけど、まさかこんな裏切り方をされるとは思ってもみなかった。





美穂はすでにアパートを引き払っていて、携帯も繋がらなかった。


やり場のない怒りと恨みで、俺の心はひどく病んでいった。


別れの言葉もなく、別れる理由のひとつも聞けないまま、俺たちの関係は終わった。


罵詈雑言を浴びせることが出来たら、少しは早く立ち直れただろうか。


美穂は平気なのか?


俺と別れてなにも感じないのか?



……潤、好きよ。



わたし本当にあなたを愛してる。



あの時のささやきも、あの甘い吐息も、すべて嘘だったのか?



ーー初めから遊びだったんだな。







新学期を迎えても美穂は学校に現れなかった。


体調不良のため、しばらく休職するとのことだ。



ーー俺を避けているのだろう。



なにもかもが虚しく無意味に思えて、生きることさえ面倒に感じた。



夏まで在籍するはずだったサッカー部も辞めた。


塞ぎ込んで不機嫌になった俺を、クラスのみんなが訝しんだ。


そのうちそんな状況にも慣れたのか、構うものも居なくなり、俺はいつのまにか孤立していた。


いつも叱ってばかりいたお袋でさえ随分と心配して、無理やり心療内科へ連れて行こうとした。


心配するのも無理もない。体重が一ヶ月で10㎏も落ちたのだ。


風邪などで高熱を出しても、食欲をなくしたことなどなかった俺が、なにも食べられなくなった。


仕事人間の父も、いつもより早めに帰宅してはなにかと気遣い、寄り添おうとしてくれたけれど。


家族のそんな気遣いさえも鬱陶しく、やり切れなくて仕方がなかった。


父は俺の気持ちを察して、それ以上の干渉をしなかったが、母のほうはとにかく食欲のない俺をなんとかしようと必死になった。


涙ぐましい努力をされればされるほど、俺の食欲は減退する一方だった。


俺の心を癒せるのは美穂以外にいるはずもなかった。


だけどその美穂は米山と結婚した。


とても信じられない。


俺はあの米山に負けた。


あんなつまらない男に。


あいつの一体どこが俺より優っていたというのか。


齢が近ければ誰でもいいのか。


どこまでもバカな女だ。






夏の遅い北海道でもポカポカ陽気に見舞われる七月に入った頃、俺はなんとか立ち直り始めた。


新たな目標を見いだし、勉強に専念した。


美穂を捨てた医者の卵より、もっといい男になって見返す。


焦って結婚した男がどれだけつまらない奴で、裏切って見捨てた十七歳がどんなにいい男だったかを思い知らせてやる。


俺は塾へも行かず、単位を落とさない程度に受けたい授業のある日だけ登校して、受験勉強に専念した。


そして翌年、北大医学部に合格した。


医学部入学後、しばらくしてから米山が地方の高校へ移動になったと風の便りで聞いた。


知床岬そばの斜里町という、ど田舎だ。


当然、美穂もついて行ったのだろう。


もう会うこともない。







***


レストランで話を終える頃には、デザート後のコーヒーも飲み終えていた。


「担任の先生とそんなことがあったなんて、まるでドラマのようですね」


俺の惨めな禁断の過去を、まるで純愛ドラマのような出来事とでも思ったのだろうか。


美穂ちゃんはうっとりと夢見心地なようすで俺を見つめた。


俺はこと細かく語ったわけではなく、かなり端折って、かいつまんで話したつもりだったけど。


それでも保育士の美穂先生には、刺激の強い話だったかもしれない。


「そうかな? まぁ、男性教師と女子高生なら珍しくもないけどな。逆パターンは少ないだろうな」


「……そんな激しい恋を私もしてみたいです」


真っすぐに熱っぽく見つめられ、ガラにもなく動揺した。


この女を本気にさせると、かなりまずいことになりそうだ。



「もう、こんな時間だったんだな。じゃあ、そろそろ出ようか?」


時計をみると、まだ七時半をまわったくらいだったが、慌てたように席を立った。


「あ、は、はい。とっても美味しかったです。ご馳走様でした」


美穂ちゃんはペコリと頭を下げ、膝の上のナプキンをテーブルに置いて席を立った。



いつもの俺なら、レストランと一緒に部屋もリザーブしておくけれど、この度はやめておいた。



俺も娘を持つ親になったからだろうか。


このいたいけな若い保育士を泣かせるのは、どうにも気が進まなかった。


と言うより、俺自身が本気になりそうで恐ろしかったのかもしれない。


ジェニファーは自由奔放とはいえ、朗らかで気立てのいい女だ。


文化の違いなどがあって、苛立つこともあるけれど、また家庭を壊そうとは思わない。


子供まで産まれた今、別れる理由などないのだ。


落ち着いた生活に価値を見出すようになるなんて、俺も齢をとったな。




そんなことをアレコレと考えながら運転しているうちに、彼女の住んでいるボロアパートに着いた。


食事を始めたのが早かったので、アパートへ送るには、まだ早すぎる時間ではあったけれど……



「明日からまた忙しいのに、突然付き合わせて悪かったな。一緒に晩飯が食べられて楽しかったよ」



助手席でうつむいている美穂ちゃんに礼を言った。


「あ、あの、また会ってくださいますか? 」


美穂ちゃんは名残惜しいのか、不安げな様子で呟いた。


「うーん、そうだな、、また電話でもするよ。じゃあ、今日はありがとう」


別れの挨拶をしても、暗い顔でうつむいたまま、彼女は降りようとしなかった。


「どうしたんだ?」


「松田さんは電話なんてくださらないでしょう?  私のことは好きじゃないんですね?  はっきりおっしゃってくださいませんか。来ない電話を待ち続けるのは嫌なんです」


なんと答えればいいのか。


「じゃあ、正直に言うよ。俺は遊びでしか付き合えない。色々話をしてみて美穂ちゃんは遊びには向いてないと思った」


さすがに遊びとまで言われたら、承諾して付き合おうとする女はいないだろう。


「……私はただ恋がしたいだけです。松田さんを困らせるようなことをしようとは思いません。それでもダメですか?」


「美穂ちゃんはその気になれば、いくらでもいい男を見つけられるだろ。俺のような男と付き合ってもいいことはない」


俺の口からこんな言葉が出るとはな、、


自分自身に驚く。


「今頃そんなことを言われても困ります。もう好きになってしまったんです。お願いだから、今日でおしまいなんて言わないで下さい」


そう言って美穂ちゃんはシクシクと泣き出してしまった。


こんなところからして、彼女はドライな関係で終われる女でないことがわかる。



俺だってこの娘と恋愛がしたい。


美穂ちゃんは美人で素直で純真で、、俺の好みだったから誘ったわけだ。


こんな風にストレートに迫られるとは思ってもみなかった。


切ない想いが込み上げ、抱きしめたくなる。



「ごめんなさい。困らせてしまって……やっぱり、いいです、帰ります。さよなら」


彼女はそう言って涙をぬぐうと、慌てたように車のドアをあけて出ていった。



俺はまだ迷っていた。


諦めてくれてホッとしたのと同時に、取り返しのつかないような喪失感を覚えた。


錆びた鉄製の階段をカンカンと登っていく彼女を思わず追いかけていた。



「美穂ちゃん、待って!」


追いついて、アパートのドアに鍵を差し込んだ彼女に声をかけた。



「………なんですか?」


神妙にうつむいている彼女に、なんと言っていいのかわからなかった。



「また電話するよ。必ずする」


沈んでいた彼女のようすに、少し明るさが戻った。


「……じゃあ、私からも悠ちゃんと雪花ちゃんのようす、LINEで知らせますね」


「ありがとう。じゃあ、今日はこれで」


手をあげて帰ろうとしたら、玄関のドアがいきなりバン! と開いた。



「お、、お父さんっ! 」


くたびれたスエット姿の無精髭を生やした親父が、どんよりと据わった目で俺を睨みつけた。



「おまえは誰だっ! 娘に何をしている!!」

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