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飲んだくれの親父
しおりを挟む父親か?
ひどく酔っているように見えた。
「こんばんは。松田と申します。美穂さんをアパートまで送らせていただきました」
どんよりとした目で睨みつけている親父に挨拶をした。
「お父さん、いいから早く中へ入って!」
臭いものに蓋でもするかのように、美穂ちゃんは父親をアパートの中へ押し込んだ。
「ごめんなさい。さよなら」
彼女は目も合わせずに俺に頭をさげると、慌ててドアを閉めた。
「いつまで遊んでいるんだ! あの男と今まで何してたっ、酒がないぞ、酒を買って来い!」
ドアが閉まった途端、酔った父親の罵声が聞こえた。
「飲みすぎでしょう。もう、いい加減にして!」
「なんだとぉ、この親不孝者っ!!」
ドア越しに聞こえてくる、物騒なやり取り。
美穂ちゃん、大丈夫か……
と思ったのもつかの間、
ガシャーン!!
食器かなにかの割れる音がした。
見過ごして帰ることが出来なくなり、ドアの前にたたずむ。
「出て行け! もう帰ってくるなっ!!」
「出ていくわよ。自分一人で何でもすればいいわ!」
ドアが開いて、涙ぐんだ美穂ちゃんが出て来た。
「おまえのような薄情な娘は家に入れないからな、 外で寝ろっ!!」
こんな大声で怒鳴られたら、隣近所に筒抜けだな。
外に出て来た美穂ちゃんが、まだ帰らずにいた俺を見て哀しげに目を伏せた。
「大丈夫か? ケガはない?」
「はい、慣れてますから。すみません、見苦しいところをお見せして」
「寒いから車に戻ろう」
美穂ちゃんの手を握り、二人で鉄製の階段を降りた。
「お父さんはいつもあんなか?」
助手席でうつむいている美穂ちゃんに聞いた。
「十年前にリストラされて、母が家を出て行ってしまったんです。それからおかしくなってしまって……」
こんなボロアパートに住んで、なんとなく訳ありに見えたのは、そういうことだったんだな。
「そうか、大変だったんだな。なにか俺に手伝えることはない?」
「……じゃあ、また会ってくださいますか?」
なんとなく、どんどんドロ沼に落ちていきそうな不安にかられた。
「……ああ、もちろん。これからどうするんだ? どこか泊まる当てでもあるのか?」
「……大丈夫です。父はあと二時間もしたら寝てしまうので。いつもその辺をウロウロ散歩してから帰ってます」
日中は小春日和の暖かな日だったけれど、十月末の北海道の夜はかなり寒い。
こんな事情を知ってしまったあとでは、あんな父親のところに帰すわけにもいかない。
破れかぶれな気持ちと、美穂ちゃんへの未練と欲求に負けて、ラブホに行くしかないような気がした。
車のエンジンをかけ、以前行ったことのある、ここから一番近いラブホへ向かった。
なんの承諾も得ないまま、ラブホの駐車場へ車を入れたけれど、美穂ちゃんは驚きもしなければ咎めることもなかった。
覚悟はできているということだな。
こういうところに来ると、やはり後ろめたさより、高揚感で満たされる。
俺の浮気ぐせは一生治らないかもしれない。
この部屋はラブホにしてはシンプルで品のいいところが、清楚な感じの美穂ちゃんには合っているだろう。
拒むことなく黙って部屋までついて来た彼女も、さすがにうつむいたまま押し黙っていた。
「ごめん、黙ってこんなところに連れて来て。美穂ちゃんが嫌だったら、別になにもしなくていい」
「わ、私、先にシャワー浴びて来ます」
気まずい空気を払いのけるかのように、彼女はサバサバした様子でバスルームへ入っていった。
彼女は初めてではないのかも知らない。
そのほうが俺としても気が楽だ。
ダブルベッドに大の字になって横たわり、さっき会った父親のことを考えた。
完全にアルコール依存症だろうな。
あのまま放っておいていいことはない。
彼女の薄幸な人生を思うと、やはり深入りすべきではなかったような気もする。
この俺に一体なにができるというのか。
ローブをまとってバスルームから出てきた美穂ちゃんのはにかんだ様子に、俺のスイッチが入った。
起きあがり、彼女を抱き寄せキスをした。
そのままベッドへ倒れこみたい衝動を抑えて、バスルームへ向かった。
彼女はやはり初めてではなかった。
これだけ可愛い子なのだから、学生時代からモテただろうな。
「ごめん、知り合ったばかりなのに」
俺の胸に顔をうずめている美穂ちゃんに謝る。
「いいの、こうなりたかったのは美穂のほうだから」
せつなく呟いた美穂にやるせない愛おしさを感じた。
「素直だな、美穂は。好きだよ、本当に可愛い」
また彼女をあお向けにして、キスをした。
彼女の背中に手をまわし、日本人女性特有のきめ細かな肌ざわりを楽しむ。
しっとりとなめらかな肌にある懐かしさを感じた。
ーー美穂先生。
俺を捨てた美穂先生に肌の感触が似ていた。
名前だけじゃなく、身体までか……
今の美穂と、あの頃夢中になった美穂先生との記憶が重なり、異様な興奮を覚えた。
美穂の口からもれる甘い吐息までもが、美穂先生のそれと似ていた。
「好きだ、美穂。本当におまえを愛してるよ」
もう罪悪感も先行きの不安もぶっ飛んで、性懲りもなく美穂の肉体に溺れていった。
抱き合ってベッドでまどろんでいると、美穂は突然大事なことでも思い出したかのように起きあがった。
「あ、あの、、私、そろそろ家に帰らないと」
は?
いつまでもダラダラと余韻を楽しみたいのは、むしろ女のほうだと思っていたけれど……
「親父さんには “ 出て行け、帰ってくるな! ” と言われただろ?」
あんな事があったばかりだというのに、すぐにアパートへ帰ると言うのか?
「父は私がいないとダメなんです。とても寂しがり屋で、気の弱い人で……」
美穂はベッド下に落ちていたロープを拾いあげて身につけると、そそくさとパウダールームへ消えた。
アル中はそれを支えている家族によって悪化することが多い。
彼女は見るからに世話好きだ。
自分でしなければいけないことまで助けてしまうのだろう。
さっさと服に着替えて手で髪を整えている美穂が心配になる。
「美穂ちゃんは頼りになり過ぎじゃないのか? 尽くしすぎるのは良くないぞ」
一応、忠告してみたけれど、
「酔ってるときの父は本当の父ではありません。しらふの時はとても静かな人なんです。真面目で努力家で……だから余計に可哀想で」
わかってないな。
酔っている時が、本当の親父さんなんだよ。
「たぶん今頃、私がいなくて泣いてます」
泣かせておけばいい。甘ったれた父親だ。自業自得だろ。
思ったことはいつもハッキリ言う俺だけれど、さすがに知り合ったばかりの彼女に身内の悪口は言えなかった。
父親のことが心配で落ち着かないのだろう。
美穂は一刻も早くアパートへ帰りたそうにそわそわし出した。
まるで、さっきまで愛し合っていたことなど忘れたかのようだ。
彼女がいなくなるなら俺もこんなところに居ても仕方がない。
まだ気だるさが抜けてない身体を起こして服を着た。
「今日はありがとうございました。じゃあ、また」
少し恥じらって俺を見つめた美穂の肩を引き寄せキスをした。
「俺のほうこそ礼を言うよ。すごく幸せだった。また電話する」
「はい……」
彼女はうつむいたまま助手席のドアをあけて降り、アル中の父の元へ帰って行った。
彼女は俺になにを求めているのだろう。
現実からの逃避か………
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