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寝取られて
しおりを挟むあまりのショックで、相手の男を殴りつける気力さえ失っていた。
ジェニファーには付き合っていたときから、いつも男の影がつきまとっていた。
だからショーンのDNA鑑定までしたのだ。
院内でもかなり目立つ美人だったから、男が近づいてくるのは当たり前だ。
ショーンが生まれて、子育てで忙しいだろうと油断していた。
人妻となり、母親にまでなったら、少しは落ち着くと思っていたのに。
夫でもない俺には、この男をぶん殴る資格がない。
こいつを殴ったところで気がすむわけもなく、ヘタをしたら逮捕されて日本に帰れなくなる。
だけど、この惨めったらしい状況をどう解決すればいいのか。
「多分、こんなことだろうと思ってたよ。このあばずれ女が」
しらけたように言い放ち、スヤスヤと眠っているショーンを抱き上げた。
「やめて、ショーンにさわらないで!」
嫉妬に狂った俺が、息子に危害でも加えると思ったのか。ジェニファーは懇願するかのように俺の身体にしがみついた。
ショーンはぐっすり寝たのか、突然抱きあげても泣くこともなく、ブルーの瞳でジッと俺を見つめた。
高く持ち上げたショーンの顔をマジマジと見つめた。
白い肌をした金髪の息子。
ひとつとして似たところのない息子と思っていたけれど、こいつの鼻と唇の形は間違いなく俺と同じものだった。
このままショーンを日本まで連れ帰りたい衝動に駆られた。
あちこちに子供がいても、俺には一緒に暮らせる子供は一人もいないんだ。
「ふん、なんだよこのガキは。俺には少しも似てないじゃないか。どこが俺の息子なんだよ!」
汚いものを放り出すかのように、ショーンを乱暴にジェニファーに返した。
湧いてきた愛着の気持ちをジェニファーに悟られたくなかった。
「ショーンは間違いなくあなたの子よ。浮気なんてしてなかったわ! ちゃんとDNA鑑定だってしたでしょう」
「そんなもの信じられるかよ! おおかた検査技師ともいい仲だったんだろう。ずっと騙されてばかりだったからな。おまえのせいで俺は離婚を迫られて、最愛の妻と娘とも暮らせなくなったんじゃないか」
「……あなたの子供が欲しかっただけよ。家庭まで壊す気はなかったわ」
さっさと他の男に乗り換えたくせに、ジェニファーは涙ぐんでいた。
「だけど、壊れてしまったんだよ。おまえのせいでな」
言い争いをしているうちに本当に腹が立って来た。
「とにかくおまえはどんな男とでも寝るような女だからな。それがわかっただけでもロスに来た甲斐があったよ。一生騙され続けるところだった」
ジェニファーをそこまで酷い女とは思っていなかったが、そのくらい言わなければ気が済まなかった。
「 ……わたしのことをそんな風に思ってたの? わたしたち愛し合っていたんじゃなかったの? 」
ジェニファーは青ざめだ顔をして、哀しげに俺を見つめた。
「俺は色情狂のおまえにハメられたんだ。俺の子でもないガキの責任を取らされて、裏切られて。日本人なら簡単に騙せるとでも思ってたんだろう」
ジェニファーは俺の辛辣なもの言いに、ひどくショックを受けたのか、ボロボロに泣いていた。
あまり感情をあらわにするタイプではなかったけれど。
「早くあなたのことを忘れたかったからよ。あなたの裏切りに傷つけられたのは私のほうだわ」
「泣くな! あいつのことはもう、どうでもいいのか? 新しい男の前でよくそんなことが言えるな」
ベッドで横になっている男に同情の目を向けた。
はじめは俺たちのバトルを楽しげに眺めていた男は、ひどく気分を害したように顔を引きつらせた。
「ルーク、今日はもう帰って」
ジェニファーが言うよりも先に、男はベッドから降りて服を着ると、不愉快きわまりないようすで部屋を出て行った。
「奴を追いかけなくていいのか? それとも付き合っている男は他にもわんさかいるのか?」
俺の嫌味にも慣れたのかジェニファーは手で涙をぬぐうと、毅然としたようすで言った。
「これだけはハッキリ言っておくわ。わたしは本当にあなただけを愛してた。だからショーンを産みたかったの。でも結婚していたあなたが本気なわけないわね。だから日本へ帰ってすぐに恋人ができたのでしょう?」
恨みがましく俺を見据えたジェニファーから思わず目を反らした。
今度は俺の浮気が責められる番になった。
「勝手に決めつけるなよ。俺が浮気をした証拠なんてどこにあるんだよ。探偵でも雇ったって言うのか?」
現行犯のジェニファーに言い逃れはできないが、浮気の証拠などない俺ならシラを切ることができる。
「証拠なんてなくても分かるわ。あなたはいつも正直すぎるから、隠し事なんて無理なのよ」
俺には何ひとつ証拠はないっていうのに、ぐうの音も出なかった。
俺の一体どこがそんなにバカ正直なのか。
「勝手な想像はやめろ! と、とにかく、もうどうでもいいことだろ。結婚は中止でいい。あの男と仲良くロスで暮らせ。じゃあな」
さっさと帰ろうとして踵を返したけれど、つい未練がましくショーンを見てしまった。
ジェニファーに抱かれていたショーンは、愛くるしいブルーの瞳で機嫌よく笑っていた。
もう一度ショーンを抱きしめてから帰りたかった。
こいつとはもう二度と会うことができないかも知れない。
不機嫌を装いながら、ショーンの頰にふれた。
「どうしてわざわざロスまで来たの? あのまま別れていたほうがずっと良かったのに」
涙ぐみながらジェニファーが呟いた。
確かにそのほうがお互いにいい思い出だけを共有できただろう。
こんな別れになるとは思ってもみなかった。
「勝手すぎるだろ。無理やり婚姻届を書かせておいて。半年もしてから結婚する気はなかったって、なんなんだよ。バカにしてるのか」
「ごめんなさい。……あなたが無理をしてるって分かってたから。ママに言われて渋々婚姻届にサインしてたこと。あなたはわたしとの結婚なんて望んでいなかった。奥様のところへ帰りたかったのでしょう?」
「………ジェニファー」
おまえ、そんなことを考えてたのか。
いつも明るく穏やかで、落ち込んだ素振りなど見せたこともなかったのに。
こんなシリアスな一面があったとは思いもしなかった。
「あなたの奥様はとっても優しくて可愛らしい人だった」
「……日本で彩矢に会ったんだったな。ただの観光かと思ってたよ」
「彼女は少しの恨みごとも言わずにわたしを迎えてくれた。そのとき、この人には敵わないって思ったわ」
「大した女じゃなかっただろ。どこにでもいる普通の女だ」
「どんな女性か会ってみたかったの。彼女があなたを愛していることはすぐにわかったわ。ベビーを産むことを謝ったのだけど、やっぱり許してはもらえなかったのね。本当に離婚させてしまうなんて…… 」
「彩矢はおまえが思っているような女じゃないよ。俺と一緒になる前から好きな男がいたんだ。もうすぐそいつと結婚するよ」
まったく、どいつもこいつも俺を裏切りやがって。
「奥様はきっと寂しかったんだわ。あなたと一年も付き合っていたから、それはよくわかるわ」
「二人も子供がいるのに、なにが寂しいんだよ。俺が仕事を放りだしてベビーシッターでもすればよかったのか?」
「そういうことじゃなくて理解して欲しかったんだわ。一緒に笑ったり悩んだりして、子育てを楽しんで欲しかったのよ」
「俺は仕事で目がまわりそうなくらい忙しんだぞ。甘ったれるのも大概にして欲しいよ。疲れて帰っても、ろくな晩飯も作れないでいて、そのくせ不満ばっかりだ。うんざりする」
もたもたと手際の悪い彩矢の不味い料理を思い出した。
「………なぜ奥様が離婚したのか、なんとなくわかったわ」
「別に分かってくれなくていいよ。とにかくもう離婚してしまったんだから仕方がないだろう。ジェニファー、俺は忙しいのにわざわざロスまで迎えに来たんだぞ。ショーンと三人で日本で暮らさないか?」
「……わたしのこと、許すの?」
泣いているジェニファーを見たのは今日が初めてだ。
切なさといじらしさを感じて、思わず抱きしめた。
「もう二度と浮気はするな。今回だけは眼をつぶる」
「ジュンイチ……」
「おまえを愛してるよ、ジェニファー。頼むから来てくれよ、日本へ」
ジェニファーの目からまた涙が溢れた。
頰に流れた涙を拭いてキスをした。
「もう泣くなよ、おまえには涙なんか似合わないだろ。ハハハッ」
自由で逞しいと思っていたジェニファーの、気づかなかった一面にふれ、新鮮な愛おしさを感じた。
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