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ビーチサイドのレストランで
しおりを挟むあれほどの険悪ムードが嘘のように、ジェニファーへの気持ちは和らいでいた。
いつも利用しているという、近所のベビーシッターのところへショーンを預け、晩飯を食べに出かけた。
ビーチに近いレストランまで、徒歩で五分ほどだから、車は使わず歩いて行くことにした。
外はひんやりと肌寒く、風が海の匂いを運んでいた。
短めのワンピースに、パーカーだけを羽織ったジェニファーは寒そうにみえた。
「寒くないか? 俺のジャケットを貸そうか?」
「大丈夫よ、ここの気候には慣れてるから」
ひざ上スカートからスラリと伸びた白く長い足。
さすがにこんなにきれいな足をした女は、日本では中々お目にかかれない。
時刻はもう六時を過ぎていたが、日はまだ沈んでいなかった。
水平線のブルーの空がヴァイオレットに変わり、濃いオレンジの層へと変化していた。
オーシャンアヴェニュー沿いにある、シーフードが美味しいレストランに入った。
堅苦しい雰囲気はなく、カジュアルな服装でもフラッと入れる人気のレストラン。
店内はいつも混んでいて、とてもにぎやかだ。
サンタモニカの海岸線が見える窓際の席に案内された。北はマリブ、南はサウスベイまでが一望できる景観は、いつ見ても洗練されている。
通りを歩く人、椰子の木、ビーチに佇むカップルまでが、一枚の絵画のようだった。
シーフードサラダにクラムチャウダー、生牡蠣とグリルドロブスターなどをオーダーした。
サイドメニューも多く、陽気でフレンドリーなホストスタッフは、いつも気遣いのあるサービスを提供してくれる。
久しぶりに食べるロブスターに舌鼓をうち、白ワインを飲みながら、窓から見える夕日を眺めた。
あたりは段々と暗くなり、海は今にも太陽を飲み込もうとしていた。
真っ赤に染まっていく水平線は息を飲むほどの美しさだ。
ジェニファーの髪と顔にもオレンジの光が反射して、なんとも言えない幻想的な美しさを醸し出していた。
家庭的とは言えないけれど、こんなにきれい女が家に居て、俺の帰りを待っているのはやっぱり気持ちのいいものだなと思う。
「いつ見てもきれいな夕日だな」
ロマンチックなシチュエーションが、なんとなく気恥ずかしく、少し照れながらジェニファーにささやいた。
「そうね。サンセットも素敵だけれど、このサンタモニカの風景すべてが好きよ」
ジェニファーは名残惜しいのか、寂しげな顔でカクテルを口にした。
「北海道の自然だって、ここに負けないくらいきれいだよ。食べ物も美味いしな」
ジェニファーは返事もせずに、沈みゆく太陽を見つめていた。
日本へ来ることをまだ躊躇っているのだろう。
食事を終えて席を立とうとしたら、
「ジェニファー!」
後ろから男の声がした。
振り向くと長身のイケメンが、ジェニファーを見つめて微笑んでいた。
「ライアン!!」
さっきまで憂に沈んでいたジェニファーの顔がパッと輝いた。
「はーい、元気だった?」
ライアンは俺の存在など無視して、図々しくもジェニファーの隣の椅子に腰をおろした。
「……驚いたわ。ライアン、サンタモニカにはいつ来たの? またすぐにニューヨークへ?」
「ここへ来たのは最近さ。実はビッグニュースがあるんだ。なんだと思う? 」
「え? な、なに? 」
ジェニファーは顔が広く、バーやパブなどに行くと必ず知り合いがいて、話し込むことが多かった。
そして、話しかけてくる知り合いは大体いつも男だ。
あの頃、妻帯者だった俺には、ジェニファーを束縛する権利はなかった。
ーーだけど、今は違う。
俺たちには息子がいて、これから入籍だってするのだ。もう、妻も同然だろう。
「おまえはどこのどいつだ? いきなりやって来て、人のテーブルに割り込むのは失礼だろう!」
立ち上がって、そのライアンという男を睨みつけた。
「あ、これは失礼。懐かしかったもので、つい……」
ケンカ腰の俺に、ライアンは穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
こんな風に紳士的な態度を取られると、なんとなく自分が器の小さい人間に思えて、益々不愉快な気分にさせられた。
「じゃあ、ジェニファー、また!」
ライアンは手をあげてジェニファーにウインクすると、元いたテーブルに戻っていった。
「ライアン、ビッグニュースって、、」
名残惜しそうな顔をして、ライアンを見つめているジェニファーに心底腹が立った。
「ジェニファー、帰るぞ!」
まったく、いくらモテるからって。
ジェニファーをロサンゼルスなんかに置いて帰るのではなかった。
モテモテだったジェニファーも、さすがに妊婦になってからは男の影もなくなり、安心し過ぎていたのだった。
ショーンの首が座るのを待って、一緒に日本へ連れて帰ればよかったんだ。
レストランを出てベビーシッターの家へ寄り、ショーンを抱いてアパートへ戻った。
部屋へ戻ってもジェニファーは浮かない顔をしていた。
泣き出したショーンにミルクを飲ませて、そっと揺りかごを揺らしていた。
ショーンはしばらくの間、キャッキャと奇声をあげて笑っていたが、そのうち寝息をたてて眠ってしまった。
「さっきレストランで会ったあいつは誰なんだ?」
あんな奴のことなど聞きたくもなかったが、ジェニファーの気持ちを知りたかった。
いつまでも浮かない顔をしているのは、奴に未練でもあるのかも知れない。
「ライアン・ルイスのこと? 彼は俳優を目指してるの。有名なハリウッド映画にも出たことがあるのよ」
まるで一番のファンであるかのように、誇らしげに語った。
「ふん! ライアン・ルイスだって? 見たことも聞いたこともないな。どうせ、エキストラか、セリフもないチョイ役だろう」
「そんな言い方しないで! 」
いつも穏やかな物腰のジェニファーから、きつい言葉が出たので驚いた。
「なんだよ、あいつに惚れてるのか?」
「……もう、関係ないわ。とっくに別れてるから」
「なんだ、元カレか。おまえが振ったのか? それとも奴に捨てられたか?」
元カレと聞いて、嫉妬心はさらに倍増した。
「やめて、そんな話。わたし、シャワーを浴びてくるわ」
ジェニファーはそう言ってソファから立ち上がると、バスルームへ消えた。
ルークとか、ライアンだとか、ジェニファーにつきまとう男の影が腹立たしかったが、今は仲たがいをしたくなかった。
モヤモヤとした不快な気分がぬぐえないまま、ジェニファーがバスルームを出たあと、俺もシャワーを浴びた。
今は余計なことを考えずに、一刻も早くジェニファーとベッドにもぐり込みたかった。
わくわくする気持ちを抑えきれず、タオルドライだけした髪をバサバサさせて、バスルームを出た。
突然ベッドルームからジェニファーの歓声のような声が聞こえて、ドアノブにかけた手が止まった。
「信じられないわ、ライアン!! じゃあ、本当にハリウッドスターに ⁉︎ 」
ドアに耳をそばだてると、電話の相手はレストランで会ったライアンのようだった。
「……ええ、、ええ、そうだと思ってたわ。 本当にすばらしいわ。やっと夢がかなうのね」
なにがハリウッドスターだ。
カリスマ性もなければ、インパクトも何もない、どこにでもいるような若造じゃないか。
少しばかりイケメンだからって、ハリウッドスターになど、なれるわけがない。
それにしてもどういうつもりだ?
元カレとよりでも戻すつもりか?
無性に腹が立ち、ためらうことなくベッドルームのドアをバン! と開けた。
ジェニファーはベッドに寝そべりながら、顔色ひとつ変えることもなく、おしゃべりに夢中になっていた。
「ええ、知ってるわ。ロペス監督の映画は大好きよ。凄いわね、ナタリー・ブラウンと共演なんて、想像しただけでワクワクしちゃうわ。……えっ? ええ、、ええ、そうね、フフフッ、そうだわ、わたしは映画を見てワクワクしなくちゃね。クスクスッ、、」
「いいかげんにしろっ!!」
陽気に笑っていたジェニファーから携帯を奪い、通話を切った。
「どういうこと? どうしてそんなことをするの?」
何がなんだか分からないとでも言いたげに、ジェニファーは俺を見つめた。
「俺の前で他の男と楽しそうに電話なんかするなっ!!」
ルークという男との浮気がバレたばかりだというのに、こいつは少しも反省していない。
「さっきも言ったけど、ライアンはただのボーイフレンドよ。あなたと結婚したらわたしは、友人とおしゃべりもできないのかしら?」
「元カレじゃないか! ただの友人じゃない!」
「……わかったわ。やっぱりあなたとは無理だわ」
ジェニファーはなんの迷いもなくサラリと言ってのけた。
「おまえはライアンが忘れられないんだろう!」
苛立ちと嫉妬から、起き上がろうとしたジェニファーをベッドにねじ伏せた。
「やめて、痛いわ! わたしはライアンの成功を一緒に喜んであげたかっただけよ」
おびえた目でジェニファーは俺を見つめた。
「そうか。じゃあ、ルークって奴とはどうなんだ? また会うつもりか?」
返事しだいでは殴ってしまいそうなほど、気持ちがささくれだっていた。
「ルークとは、、彼とはもう会わないわ。わたし……寂しかったの。日本に帰ったあなたに、好きな人ができたみたいだったから」
「………ジェニファー、悪かった。謝るよ。俺も確かに浮気をしていた。もう、嘘はつかない。だけど、本当におまえを愛してるんだ。頼むからショーンと日本に来てくれよ」
未だに迷っているジェニファーに、ひどく焦りを感じて強く抱きしめた。
「………ジュンイチ。わたし、本当にあなたが好きよ。それだけは信じて」
「信じてるよ、ジェニファー 日本に来てくれるだろう? 一緒に暮らしてくれるんだう? 」
ジェニファーのブルーの瞳から涙が溢れた。
「なんで泣くんだよ! ジェニファー、俺にはおまえとショーンが必要なんだよ」
「愛してるわ、本当にあなただけよ」
そんな甘いセリフを聞いても、不安は増幅されるばかりだった。
涙ぐんでいるジェニファーの熱い吐息が耳元にかかった。
もう破れかぶれのどうでもいい気持ちになって、ジェニファーを組みしだいた。
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