六華 snow crystal 6

なごみ

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ジェニファーとの別れ

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まだ妻帯者だったときでさえ、ジェニファーとの情事は明るく楽しいものだった。


俺たちは罪悪感など少しも覚えずに、ベッドで愉快な時間を存分に楽しんだ。


だのに、結婚が可能になった今、なぜこんなに哀しく切ない想いでジェニファーを抱かなければいけないのだろう。


輝くプラチナブロンドの髪にふれるのも、今夜が最後になるのだろうか。


ジェニファーの淡いピンク色の唇を強くむさぼった。


チクショー!!


今夜はおまえのすべてを食い尽くしてやる。


切ない想いで気持ちが高ぶり、異様な興奮を覚えた。


俺の背中に爪を立てたジェニファーの息づかいに、気持ちは更にエスカレートしていった。







翌朝、ショーンの泣き声で目を覚ました。


フライトでの不眠と、昨晩精力を使い果たしたことで、爆睡はできたものの、ひどく疲れを感じた。


時計を見ると午前八時を過ぎていた。


ずっと寝ていたかったが、正午過ぎの飛行機で帰らなければいけない。


寝室のブラインドから明るい日差しがもれていた。


今日もサンタモニカは眩しいほどの快晴なのだろう。



俺の気分とは対照的だな。


どんな言葉を使ってみても、結局ジェニファーを説得することは出来なかった。


サンタモニカから離れたくないという、それだけの理由ではない。


俺が言うのもなんだけど、あいつは結婚に向いてない。


俺以上に自由を求める人間だ。


若いというだけでなく、何者にも束縛されたく無いのだろう。


あと十年もしたら、少しは落ち着いた生活に価値を見出すようになるだろうか。



だけど、さすがにそんなには待てない。






ベーコンと卵を焼いた匂いが漂ってきた。
 

いつもはシリアルにヨーグルトのような簡単な朝食しか用意しないジェニファーだけど。


気合いを入れて起き上がり、服に着替えてリビングに向った。



「おはよう、料理してるのか?  珍しいな」
 

キッチンへ行き、慣れない手つきでフライパンを揺すっているジェニファーの後ろから抱きつく。


「パンケーキを焼いてるのよ。美味しそうでしょう?」


こんがりきつね色を通り越した茶褐色のそれは、お世辞にも美味しそうとは言えない。


「焦げてるじゃないか」


「フフッ、少し焦げてるほうが美味しいのよ」


「そんなわけないだろ」


朝からパンケーキなど食べたくはなかったが、最後の食事くらいは円満に済ませたい。


「毎日食べたいな。ジェニファーの料理が」


出まかせを言って首すじに吸いついた。


「ウソばっかりね。和食のほうが好きって言ってたでしょう」


「大事なのは誰と食べるかだろう。おまえとショーンが一緒なら、なんだって美味いよ」
 

まわした腕に力を込める。


「もう離して。本当にまっ黒こげになってしまってよ」


ジェニファーは俺の腕をすり抜け、フライパンからパンケーキを皿へ移した。



 
 ショーンはベビーラックに座らされて、ミルクを飲んでいた。



「ショーン、朝飯はうまいか?」


ベビーラックにかがみ込んで見つめると、ショーンは飲み終えたミルク瓶を放りなげ、手足をバタバタさせて笑いだした。


やはり自分の息子だけあって、悠李の何倍も可愛く思える。


抱きあげて胸に抱くと、乳児特有の甘い香りがした。


ジェニファーはどんな子育てをするのだろう。


優しくて子ども好きだけれど、教育熱心とは言えない。


家にジッとしていることが苦手だから、ベビーシッターに任せっきりにして、遊びまわるかもしれない。


モデルの仕事だって、あと何年続けられるってんだ。


能天気なあいつは、そんな将来の不安など感じたこともないのだろう。


いずれは再婚でもするつもりか。


まだ若くて美人だから、子連れでも再婚しようと思えばいくらでもできるだろう。


ショーンは義理の父親に虐待されないだろうか。






「さぁ、食べましょう。ショーンはここへ座らせて」


ショーンをベビーチェアに座らせて、テーブルについた。


スモークサーモンのサラダに焼いたベーコンとソーセージ、それにスクランブルエッグ。


パンケーキには生クリームとベリーが添えられて、見た目は美味そうに見えた。


「このスムージーも手作りなのよ」


体に良さげな緑色のスムージーを一口飲むと、ココナッツミルクの香りが強くて、後味がよくなかった。


パンケーキとスクランブルエッグはそれなりで、焼いただけのベーコンとソーセージが一番うまかった。


それでもジェニファーにしては、よく頑張って準備したものだと思う。


ジェニファーの料理には初めから期待もしていない。


これが親子三人、最初で最後の食事になるのか。



食事を終え、やりきれない思いで帰り支度をする。


と言っても、慌ててリュックひとつで来たので、特に荷物もない。


空港までは車で15分ほどなので、まだ時間があった。


「出発まで少し時間があるから、ショッピングにでも行かないか?」


シャワーを浴びたあと、キッチンで後片づけをしていたジェニファーに言った。


「いいわよ、なにが欲しいの?  ご家族へのお土産?」


「いや、、おまえとショーンにだよ。なにか記念になるものをプレゼントするよ」


「嬉しいわ。ありがとう!」


急遽ロスに来ることになったので、ジェニファーとショーンにお土産を買ってくる暇もなかった。


このまま別れてしまうのはあまりに呆気なさすぎる。せめて思い出になるものでも贈ってから帰りたい。






アパートを出ると、海辺のほうから爽やかな南風が吹いて、ジェニファーのサラサラな金髪をなびかせた。


真っ赤なルージュをひいたジェニファーは、シンプルな赤のワンピースがよく似合って、ゾクゾクするほど美しかった。


研修を途中で断念した俺は見限られたのかも知らない。


こいつはもっと将来性のある医者を狙っているのではないのか?



アパートから車で10分ほどの場所にあるサンタモニカプレイスは、ロサンゼルスの地元客もよく利用する屋内型ショッピングモールだ。


高級ブランドや百貨店が揃う三階建てで、ジェニファーに連れられて、よくここで買い物をした。


まずベビー服の売り場へ行き、ショーンの服や靴、オモチャなどを購入した。


子供服でも高級ブランドだけあって、中々の値段だった。


ファッションなどに興味がなく、特に趣味もない俺にとって、こういうところは退屈極まりない場所だ。


買い物に夢中のジェニファーの姿が見えなくなって不安になったのか、ショーンがぐずり出した。


ジェニファーはエルメスというブランド店にフラリと入り、悩む事もなくシンプルな黒のバッグを選んだ。


 
「前からずっとこれが欲しかったの。大丈夫かしら?」



クズっていたショーンがとうとう泣き出す。


「なんだっていいよ。早くしてくれよ」


「ありがとう!!」


泣いているショーンをジェニファーに渡し、財布からクレジットカードを取り出して、女店員へ差し出した。



「何回払いになさいますか?」


「一回で」


「はい、では、23000ドルを一回でお切りしました」


えっ、23000ドルだって!!


ーー嘘だろ。


230万円以上するっていうのか?



このバッグが、、


呆然としている俺に、


「ではここにサインを」


と、ペンが渡された。


なにかの間違いではないのか?


狐につままれたような気分が拭えないまま、聞き返す事もはばかれて、仕方なくサインをした。





包装されたバッグの紙袋を手に下げ、嬉々とした様子で店を出たジェニファーに問いつめた。


「なんでこれが23000ドルもするんだよっ!」


「だって、ケリーですもの。それくらいはするでしょう」


今までジェニファーに物をねだられたりしたことはなかったので、全くの不意打ちだった。


こんなものに230万も出すなど、正気の沙汰とは思えないが、男と女では考え方も物の価値観も違うのだろう。


買ってしまってからグダグダ言うのもみっともないと思い、押し黙る。


まぁ、230万のバッグは高いけれど、エンゲージリングもあげてなかったし、記念に残るプレゼントにはなったわけだ。


本人が気に入って喜んでくれたなら、それが一番いいだろう。



なんとなく、手切れ金を取られたような気分になり、寂しさがつのる。


即決即断のジェニファーの買い物は早かったが、さすがにもう空港へ行かなければ間に合わない時間になった。




慌てて空港まで飛ばして、レンタカーを返却した。


「じゃあ、そのうちまた暇を見つけて会いに来るよ」



検査場の前でジェニファーを抱きしめた。


「ありがとう。ショーンが生まれてわたしは本当に幸せよ。あなたも幸せになってね」


涙ぐんでいるジェニファーに、もう、わたしとショーンのこと忘れてと言われたような気がした。



「……じゃあ、元気でな!」



最後にショーンの頭をなで、後ろ髪を引かれるような思いで検査場へ入った。



一体、何をしにわざわざロスまで来たのかな。



結局、ジェニファーがなにを考えているのかさっぱり分からないままの別れとなった。



ルークやライアンと今後も会うのかどうか知る由もないが、いずれにしてもあいつがこの先、慎ましくシングルマザーなどやってるわけもない。



日本へ来たところで性格や行動が変わるものでもなく、よく考えてみたらジェニファーとの結婚は、俺にとっても難しいものだったに違いない。



あいつにもそれが十分にわかっていたのだろう。









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