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美穂への未練
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約十時間のフライトだったが、成田に到着したのは同じ日付の夕方だった。空港で簡単な夕食をとり、新千歳行きの便で北海道に戻った。
琴似のマンションに着いたのは夜の九時半を過ぎていた。
乱雑に散らかっている部屋にどっと疲れを感じる。
空港で晩飯は済ませてきたけれど、少し空腹を覚えて冷蔵庫を開けてみる。
ろくな物がなく、ビールとチーズ、ビーフジャーキーを出して、テーブルへ運んだ。
テレビをつけ、ソファの上に脱ぎ捨てられていた衣服をどけて横になった。
つまらないバラエティを観ながらビールを口にする。
このマンションは、来週から勤務する西区の病院には近くて通いやすいけれど、食事や掃除、洗濯のことを考えると、おふくろと同居のほうが便利だな。
そんな都合のいいことを考えていたらスマホが鳴って、相手はおふくろだった。
俺に電話をくれるのはおふくろだけかよ。
まったく、つまらねぇな。
「なんだよ。何かあったのか?」
不貞腐れてつっけんどんな返事をした。
「昨日から熱を出してるのよ。37.8℃もあったの。ちょっと来てくれないかしら。フラフラしてご飯も食べられないし、、」
「はぁ、勘弁してくれよ。俺はさっきロサンゼルスから帰ってきたばかりなんだぞ」
「あら、なんであなたがロサンゼルスになんて行ってたのよ? ジェニファーさんがもうすぐこっちへ来るんでしょう? 迎えに行ってたの? じゃあ、もう赤ちゃんも一緒に日本へ来ているの?」
「違うよ、、とにかくそれだけベラベラ喋れるなら大丈夫だろう。風邪薬でも飲んで寝てれば治る。俺はビールを飲んでるから運転も出来ないし、もう寝る。じゃあな」
「なによ、冷たいわね、、こんな親不孝な息子は、、」
おふくろが言い終わらないうちに電話を切った。
ビールを飲み干し、ブランデーに切り替える。
同居する気持ちはいっぺんに吹き飛んだ。
こんな年になってから、口やかましく干渉されるなどまっぴらだ。
ハウスクリーニングをやってくれる業者を探しておいたほうがいいな。
ブランデーをチビチビ飲みながらスマホで検索してみると、家事代行サービスというものがあって、それなら掃除だけではなく、料理から洗濯まで家事全般をしてくれるようだ。
おふくろなんかと同居してグチグチ言われるよりは、こういうのを頼んだほうが賢明だな。
そういえば、あれから美穂はどうしているだろうと、ふと思い出す。
掃除の仕事でも見つけると言っていたけれど。
仕事は見つかったのか?
ちゃんと食べているのだろうか?
あいつから保育士の仕事を奪ってしまったのは俺だ。あんなに子ども好きで、保育士に向いていたのに。
美穂、ごめん。
許してくれ。
俺は酔っているのだろうか。
美穂に逢いたくて仕方がなかった。
ジェニファーと別れたばかりだっていうのに。
ーーダメだな、俺は。
疲れと睡眠不足でそのままソファに倒れ込み、朝まで爆睡した。
翌朝、出勤前におふくろへ電話をしてみた。
『…はい?』
寝ぼけたようなおふくろの声がした。
「気分はどうだ? 熱は下がったのか?」
『心配してくれなくても結構よ! 遅刻するわよ、早く仕事に行きなさい!』
かなり機嫌を損ねてしまったようだが、元気な声が聞けたのでひとまず安心した。
だけど、もう齢だからな。
本当に寝込んだりしたときは、どうすればいいのだろう。
いくら俺が医者でも男じゃ何もできないからな。
もう、高齢者の施設にでも入れたほうが良いのかもしれない。
大学病院で仕事を終えたあと、真駒内の美穂の家に向かった。
スーパーで買い物するのは面倒で、途中コンビニで弁当やデザートなどを買い込んだ。
雪で覆われていた幽霊屋敷も、春の陽気ですっかり融けて、玄関前は土が見えていた。
それでも、この古めかしい屋敷の不気味さは相変わらずだった。
窓から室内の明かりが見えているので、美穂は家にいるのだろう。
玄関横のブザーを押す。
「はい、どちら様ですか?」
警戒しているような美穂の声が聞こえた。
「あ、俺だよ。しばらくだな、元気だったか?」
ガチャッとドアが開き、暗い顔をした美穂が見えた。
「もう、来ないでくださいって言いましたよね。私のことはもう放っておいてくれませんか?」
きつい口調でそう言った美穂は、かなり体力を取り戻したように見えた。
「ちゃんと食べてるのか心配なんだよ。仕事をなくしたのは俺のせいでもあるだろ。弁当買ってきたんだ。もう晩飯は食べたのか?」
「心配などいりませんから。私は乞食じゃありません!」
そう言って閉めようとしたので、サッとドアの前に足を入れた。
「美穂、そんなに怒るなよ。少し気分転換にドライブでもしないか? 」
「なにを考えてるんですか? いいかげんにして! 足をどけてください。もう、私にかまわないで!」
逆上している美穂にこれ以上なにを言っても無駄だと思い、あきらめて足を引っ込めた。
「あ、、俺、そういえば美穂先生に会ったよ。高校の担任だった美穂先生に」
「えっ?」
ドアを閉めかけた美穂が驚いて顔をあげた。
「十五年ぶりにな」
「そ、それで、、それで、どうされたんですか?」
美穂から怒りの表情が消え、興味深げに俺を見つめた。
「聞きたいだろ? 車に乗れよ。ドライブしながら話すよ」
うまく誘い込めたと思ったのに。
「結構です! もう人の家庭を壊すようなことはしたくありませんから。先生も少しは反省なさってください!」
またドアを閉めようとした美穂の手をつかんだ。
「美穂、俺はいま独身なんだ。嘘じゃない。ジェニファーと別れてきたんだ」
「……せ、先生」
琴似のマンションに着いたのは夜の九時半を過ぎていた。
乱雑に散らかっている部屋にどっと疲れを感じる。
空港で晩飯は済ませてきたけれど、少し空腹を覚えて冷蔵庫を開けてみる。
ろくな物がなく、ビールとチーズ、ビーフジャーキーを出して、テーブルへ運んだ。
テレビをつけ、ソファの上に脱ぎ捨てられていた衣服をどけて横になった。
つまらないバラエティを観ながらビールを口にする。
このマンションは、来週から勤務する西区の病院には近くて通いやすいけれど、食事や掃除、洗濯のことを考えると、おふくろと同居のほうが便利だな。
そんな都合のいいことを考えていたらスマホが鳴って、相手はおふくろだった。
俺に電話をくれるのはおふくろだけかよ。
まったく、つまらねぇな。
「なんだよ。何かあったのか?」
不貞腐れてつっけんどんな返事をした。
「昨日から熱を出してるのよ。37.8℃もあったの。ちょっと来てくれないかしら。フラフラしてご飯も食べられないし、、」
「はぁ、勘弁してくれよ。俺はさっきロサンゼルスから帰ってきたばかりなんだぞ」
「あら、なんであなたがロサンゼルスになんて行ってたのよ? ジェニファーさんがもうすぐこっちへ来るんでしょう? 迎えに行ってたの? じゃあ、もう赤ちゃんも一緒に日本へ来ているの?」
「違うよ、、とにかくそれだけベラベラ喋れるなら大丈夫だろう。風邪薬でも飲んで寝てれば治る。俺はビールを飲んでるから運転も出来ないし、もう寝る。じゃあな」
「なによ、冷たいわね、、こんな親不孝な息子は、、」
おふくろが言い終わらないうちに電話を切った。
ビールを飲み干し、ブランデーに切り替える。
同居する気持ちはいっぺんに吹き飛んだ。
こんな年になってから、口やかましく干渉されるなどまっぴらだ。
ハウスクリーニングをやってくれる業者を探しておいたほうがいいな。
ブランデーをチビチビ飲みながらスマホで検索してみると、家事代行サービスというものがあって、それなら掃除だけではなく、料理から洗濯まで家事全般をしてくれるようだ。
おふくろなんかと同居してグチグチ言われるよりは、こういうのを頼んだほうが賢明だな。
そういえば、あれから美穂はどうしているだろうと、ふと思い出す。
掃除の仕事でも見つけると言っていたけれど。
仕事は見つかったのか?
ちゃんと食べているのだろうか?
あいつから保育士の仕事を奪ってしまったのは俺だ。あんなに子ども好きで、保育士に向いていたのに。
美穂、ごめん。
許してくれ。
俺は酔っているのだろうか。
美穂に逢いたくて仕方がなかった。
ジェニファーと別れたばかりだっていうのに。
ーーダメだな、俺は。
疲れと睡眠不足でそのままソファに倒れ込み、朝まで爆睡した。
翌朝、出勤前におふくろへ電話をしてみた。
『…はい?』
寝ぼけたようなおふくろの声がした。
「気分はどうだ? 熱は下がったのか?」
『心配してくれなくても結構よ! 遅刻するわよ、早く仕事に行きなさい!』
かなり機嫌を損ねてしまったようだが、元気な声が聞けたのでひとまず安心した。
だけど、もう齢だからな。
本当に寝込んだりしたときは、どうすればいいのだろう。
いくら俺が医者でも男じゃ何もできないからな。
もう、高齢者の施設にでも入れたほうが良いのかもしれない。
大学病院で仕事を終えたあと、真駒内の美穂の家に向かった。
スーパーで買い物するのは面倒で、途中コンビニで弁当やデザートなどを買い込んだ。
雪で覆われていた幽霊屋敷も、春の陽気ですっかり融けて、玄関前は土が見えていた。
それでも、この古めかしい屋敷の不気味さは相変わらずだった。
窓から室内の明かりが見えているので、美穂は家にいるのだろう。
玄関横のブザーを押す。
「はい、どちら様ですか?」
警戒しているような美穂の声が聞こえた。
「あ、俺だよ。しばらくだな、元気だったか?」
ガチャッとドアが開き、暗い顔をした美穂が見えた。
「もう、来ないでくださいって言いましたよね。私のことはもう放っておいてくれませんか?」
きつい口調でそう言った美穂は、かなり体力を取り戻したように見えた。
「ちゃんと食べてるのか心配なんだよ。仕事をなくしたのは俺のせいでもあるだろ。弁当買ってきたんだ。もう晩飯は食べたのか?」
「心配などいりませんから。私は乞食じゃありません!」
そう言って閉めようとしたので、サッとドアの前に足を入れた。
「美穂、そんなに怒るなよ。少し気分転換にドライブでもしないか? 」
「なにを考えてるんですか? いいかげんにして! 足をどけてください。もう、私にかまわないで!」
逆上している美穂にこれ以上なにを言っても無駄だと思い、あきらめて足を引っ込めた。
「あ、、俺、そういえば美穂先生に会ったよ。高校の担任だった美穂先生に」
「えっ?」
ドアを閉めかけた美穂が驚いて顔をあげた。
「十五年ぶりにな」
「そ、それで、、それで、どうされたんですか?」
美穂から怒りの表情が消え、興味深げに俺を見つめた。
「聞きたいだろ? 車に乗れよ。ドライブしながら話すよ」
うまく誘い込めたと思ったのに。
「結構です! もう人の家庭を壊すようなことはしたくありませんから。先生も少しは反省なさってください!」
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「……せ、先生」
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