六華 snow crystal 6

なごみ

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アダルトチルドレンの美穂

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*潤一*


「別れたって、、お子さんが産まれたばかりなのに、もう離婚されたんですか?」


美穂は、はなから俺の言葉など信じてないように、疑惑の目を向けた。


信じられないのも無理もない。


俺自身、ジェニファーと別れることになるなんて思いもしなかった。


「入籍していなかったんだ、ジェニファーは。初めから俺と結婚するつもりがなかったんだよ」


「……それって、先生がフラれたってことですか? 」


美穂はまだ疑っているようだったが、表情に少し明るさが戻った。


「フラれたわけじゃないよ。騙されていただけだ」


少しムッとして訂正したけれど、確かに俺はフラれたのだろう。


「プッ、クスクスッ」


「なにが可笑しいんだよ!」


「ごめんなさい。だって、先生がフラれるって、なんとなく痛快だから。ふふふっ」


美穂の笑顔を見たのは何ヶ月ぶりだろう。



「意外と性格が悪いな。……美穂、いつもそうやって笑ってろ。おまえは俺を見捨てないだろう?」


「……勝手なこと言わないでください。先に私を見捨てたのは先生のほうじゃないですか」


辛い過去を思い出したのか、表情を硬くした。


「仕方がないだろう。あの日、アパートで受けた俺のショックを考えてみろ。どんな奴だってドン引きするだろ」


そうだ、忌々しいオヤジめ!


くたばった今でも胸くそ悪くなる。


あのクソ親父が死んでくれたからこそ、許せると言うものだ。


「ごめんなさい。一番悪かったのは私です。結局父にも、あんな死に方をさせてしまって ………」


「お互いに過去のことは水に流そう。親父さんが死んだのは俺のせいでもある。美穂は十分すぎる以上のことをしてきたんだ。もう自分を責めるな」


うつむいて涙ぐんでいる美穂を抱きしめた。


死んだからといって、あのオヤジが最低だったことに変わりない。


良くしてやればやるほどつけ上がるような奴のために、いつまでも悔やみ続けるなんて馬鹿げている。


これ以上、人生を無駄にするな。



「雪花ちゃんのことも、怒ってないですか?」  


「怒ってないよ。彩矢も平川の親も悪いのは全部俺だと思ってる」


「まだ、お詫びにも伺ってなくて………」


「俺が散々怒られておいたから気にするな。元気になってから行けばいいだろ。おまえ、痩せ細って今にもぶっ倒れそうじゃないか。もっと栄養をつけろ。ほら、晩飯を食べに行くぞ」


「えっ、じゃあ、このコンビニ弁当はどうするんですか?」


間抜け面した美穂が、渡されたコンビニの袋を持ち上げた。


「そんなもの明日食べればいいだろう」


「じゃあ、ちょっと待っててもらえますか? 着替えてきます」



「車の中で待ってる。早くしろよ」





五分ほどして美穂が家から出て来た。


毎日忙しく乳幼児の世話をしていた美穂は、テキパキと身支度が早い。


こんな時モタモタといつまでも化粧などして待たせる女は好きじゃない。


まだ二十三歳の美穂は、スッピンでも十分に可愛いかった。


自信のないオドオドとした安っぽさが、美穂の魅力を半減させている。


だけどそれは、生まれ育った生育環境に問題があったからだろう。


アダルトチルドレンの美穂との付き合いに、不安がないわけではないけれど、俺のせいで職を失った上に、頼る身内もない可哀想な身の上なのだ。


なんとか幸せにしてあげたいとは思うけれど………。



「ごめんなさい。お待たせしました」


美穂が助手席のドアをあけて、遠慮がちにシートに座った。


「美穂はなにが食べたい?」


車を発進させ、美穂に聞く。


「あ、私はなんでもいいです。お任せします」


「今日は美穂が決めろ。なんでもいいって言うな」


「そんなこと言われても………。別に好き嫌いもありませんし、本当になんでも大丈夫です」


困ったようにうつむいている美穂を、以前は奥ゆかしくて可愛いと思っていたけれど。


「ちゃんと自己主張しろ。自分の感情を押し殺したりするから誘拐事件なんかを起こすんだよ。あのオヤジの支配からはもう解放されたんだ。これからは自由に好きなことをしろ」


「………私、自分のことも自分の気持ちも良くわかってなくて、、いま何がしたいのかも。それに揉め事は苦手です。相手に合わせているほうが気楽ですから」


「自分の考えや要望を伝えるのは悪い事じゃないだろ。相手の顔色なんか伺うな」 



「私は……先生のように強くないですから。何を言っても結局は負けてしまうんです。だから、初めから合わせていたほうが傷つきません」




美穂を非難するのは簡単だ。


だけど、そんな境遇で育てられたものにしか理解できない苦悩というものがあるのだろう。


「反抗できないように育てられたんだろ。言いなりになるしかなかったんだろうけどな。それが癖になってる」


「………」


「好き嫌いはなくても、今は食べたくないものだってあるんだろ。自分の思っていることをちゃんと言える大人になれ」


「で、でも、、急にそんなこと言われても」


「好きな食べ物はなんだ?  思いついたものでいい」


「……じゃあ、オムライスでもいいですか? 」



自信なさげに美穂は、おずおずと上目遣いに言った。


「はぁ?  オムライス! そんなもの家で作れるだろ」


「ほらね、だから先生が決めてくださいよ」


いじけたように美穂が言った。


「あ、そうか、じゃあ、いいよ、オムライスだな。先にちょっと実家に寄る。夕べ熱を出したって、お袋から電話があったんだ。大したことはないと思うけどな」


「ええっ、大丈夫なんですか?  看病して差し上げたほうがいいんじゃないですか?」


「俺が付いてたところでどうにもならないよ。料理も何もできないからな」


「だって、お医者様なのに」


「ただの風邪だよ。必要なのは医者より家事代行サービスだな」







大袈裟に騒いで電話を寄こしたお袋は、仏頂面をしてテレビを観ていた。


「もう、治ったのか?  早いな」



お袋から少し離れてソファに腰を下ろした。


「ちっとも治ってないわよ。寝込んでいたら余計に悪くなりそうな気がするから無理して起きてるの。寝込んでたって、私を看病してくれる人なんて一人もいませんからね!」


お袋は乱暴にティッシュを引き抜き、大袈裟な音を立てて鼻をかんだ。


「今更なにむくれてるんだよ。一人暮らしの高齢者はみんな同じだろ。自己憐憫はみっともないぞ」


「まだ六十五歳よ。高齢者じゃないわよ!」


ふん、これだけ元気ならなんの心配もないだろ。


「晩飯は食ったのか?」


キッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。


中はスカスカで、梅干しや佃煮、切り干し大根や煮卵など、年寄りじみたショボい食いものしかなかった。


「買い物に行ってないからなにもないわよ。医者なんかやっていても息子なんてなんの役にも立たないわね。病気の母親のために、お惣菜を買って来るっていう発想もないんだから」


「どこが病気なんだよ。そんなにベチャクチャ喋る元気な病人なんていねぇよ」



「ジェニファーさんとショーンはいつ来るって?  来週?」


あーあ、こんなに元気なら、わざわざ心配して来ることもなかったな。


またジェニファーのことでネチネチ言われるのかと思うとうんざりだ。


「ジェニファーは来ないよ。俺たちは結婚しないことになった。別れて来たんだよ」


「ええーっ!  どういうことよ?  もしかして浮気がバレたの? 」


「そういうことじゃないよ。あいつはロサンゼルスを離れたくないんだ。仕方がないだろう」


「仕方がないって、子供はどうするのよ? ジェニファーさん一人で育てるの?」


「初めからそのつもりで産んだんだよ」


あいつなら俺よりいい亭主を見つけるだろう。今頃はライアンと会っているのかもしれない。



「まったく人騒がせな人たちね!  もう、ご近所やお友だちに言ってしまったのよ。近々、アメリカからお嫁さんと孫が来るって。もう、恥ずかしいったらありゃしないわ」


「余計なことを言いふらすなよ!  まったく女ってのはくだらない話しかしないな」


腹が立ち、さっさと帰ろうとソファから立ち上がった。


「あなたがしている事のほうが余程くだらないわよ。病院中の笑い者になってるはずよ!」


「病院の連中はそんな暇人じゃないよ。こんなに元気なら、わざわざ来ることもなかったな」


「今度来るときは手ぶらで来ないで頂戴」


まったく、どこまでも口減らずだ。


お袋は精一杯の嫌味を投げ返した。


とにかく寝込んでなくて良かった。


「ICUに死にそうな患者がいるから、病院へ戻る。じゃあな」


「本当に仕事なんだか、、」


まだ言い足りないようにブツクサ言っているお袋を残して家を出た。






「お母様は大丈夫なんですか?」


誘ったのは俺なのに、美穂はひどく恐縮したようすで肩をすぼめていた。


「テレビを観てたよ。熱は下がったみたいだ」


「ついててあげていいですよ。わたしは電車で帰りますから」


「いいんだよ。俺がいても血圧が上がるだけだ」


「でも、なんだか、申し訳ないです」



「美穂はなんでも気にしすぎなんだよ。悪いクセだ。じゃあ、オムライスを食べに行くぞ!」






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