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可哀想な修二さん
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**有紀**
午前中はリハビリに通っているというので、午後三時に谷家を訪問した。
修二さんは珍しく読書をしていた。集中力が続かなくて、本も新聞も読めないと言っていたのに。これも快復の兆しだろうか?
だとしたら、とても嬉しい。
「こんにちは」
修二さんがどんな反応を示すのか、ちょっとドキドキした。
「あ、有紀ちゃん、あれ? どうしたんだい? 片目がパンダじゃないか」
やはりすっかり忘れているのだった。
やったのはテメェだよ! と、思わず心の中で毒づいた。
「うん、ちょっと、転んでぶつけた」
「そういえば有紀ちゃんって、そそっかしいところがあったよね。気をつけないと」
そんなことはちゃんと覚えているわけね。
「修二さん、読書?」
「うん、なんだかテレビも飽きてしまって。まだ、集中できないんだけど、やっぱり本は面白いね」
読者が楽しめるなら、お母様の負担も少しは軽くなるのではと思った。
恐る恐る修二さんが座っているソファの隣にに腰をおろす。お母様がキッチンにいるのだから大丈夫だろう。
お菓子を焼いたような甘い匂いが漂っている。
「有紀ちゃんが来てくれるっていうから、ロールケーキを作ってみたの」
お母様がケーキと紅茶を運んで来た。
素人が作ったとは思えないほど、色とりどりのフルーツが綺麗に巻かれたロールケーキ。
「わー、きれい! 美味しそう!」
「沢山あるからおうちにも持って帰って。有紀ちゃん、痩せちゃったから太ってもらおうと思って……」
お母様はそう言って、申し訳なさそうにうつむいた。
「私、太るのはあっという間ですから、気にしないでください。わぁ、美味しい!」
しっとりと柔らかなスポンジを焼くのは難しいのに。型くずれなくカスタードとフルーツを巻くのだって。
「僕も最近太りすぎたなぁ。プールにでも通おうかな。有紀ちゃんはテニスは出来る?」
「テニスは中学のとき部活でやってたけど、軟式だったの」
「そうかぁ、じゃあ、硬式だと慣れるまで難しいかもしれないな。僕、教えてあげるよ。今度やろう」
「いいね! なにかスポーツしたいなって思ってたの」
「じゃあ、室内コート借りておくよ。明日はスポーツができる格好で来て」
ケーキを食べ終えて修二さんはまた本を読み始めた。
お母様がいるから猫を被っているのだろうか。この間とは打って変わって紳士的な修二さんに、少し腹が立った。
読者をしている修二さんに話しかけるわけにもいかず、暇なのでスマホを出して動画をみていた。
「有紀ちゃん、ちょっと。……ちょっと、話があるんだ」
修二さんは本を閉じて立ちあがると、二階に来るように合図した。
「え、、話って、話ってなに?」
突然二階に来るように言われて、ひどく動揺する。
「だから、ちょっと二階へ来て。僕の部屋に」
紅茶を飲みながら聞き耳を立てているお母様に目で助けを求めた。
お母様は首を横にふって行くなと合図した。
「有紀ちゃん、早く!」
苛立ったように修二さんが呼ぶ。
ここで行かなければ暴れ出すのだろうか。
何かあったらお母様が来てくれるだろう。だけど、お母様に止めることが出来なかったら……。
先週の悪夢がよみがえる。
決められずにグスグス考え込んでいたら、手首をつかまれた。
「早く来て!」
もう、いい。好きにさせてあげよう。それが修二さんの助けになることなのかよく分からないけど。覚悟を決めて、修二さんについていった。
すっかり怖気づいて、抵抗する勇気をなくしていたのだった。
修二さんの部屋まで引っ張られていき、さすがに恐怖でガタガタと震えた。
部屋に着くなり、修二さんに抱きしめられた。やはり、こうなってしまうんだと絶望する。
「ごめん、有紀ちゃん」
「えっ? 」
なぜか謝られて、想像と違う展開に戸惑う。
「僕、この間ひどいことしたから」
「お、覚えてたの!」
さっきまで、すっかり忘れているかのような修二さんに腹を立てていたけれど。
今は忘れてなかったことの方がショックだった。
なんと返事をしていいのか、恥ずかしさと屈辱感でいっぱいになり、悔し涙が溢れた。
「どうして、どうしてあんなことしたのよ!」
少しも許せていなかった怒りの感情が暴れだす。何もわからない病気の修二さんだと思えたからこそ、なんとか許せたのだ。
それなのに……。
「僕、自分をコントロール出来ないんだ。すぐに暴走してしまう感情を。それで麗奈にも逃げられてしまって……。有紀ちゃんが戻って来てくれるなんて思わなかった。ごめん、もう、あんなことしない。だから、だから、僕を見捨てないで欲しいんだ。頼むから、見捨てないで……頼む」
「修二さん……」
やっぱり、修二さん、こんなに苦しんでいたんだ。
「私、本当の修二さんを知ってるから。だから戻って来たの。病気はいつか治るわ。時間がかかっても。だって、前より良くなってるもの。だから必ず治る。一緒にがんばろう」
子どものようにポロポロと涙を流して修二さんは泣いていた。
逃げなくてよかった。修二さんのところへ戻って来られて本当によかった。
二人でしばらく一緒に泣いたあと、部屋を出て下へ降りた。
階段の下にお母様が立っていた。後ろに金属バットを隠しているのが見えたので、思わず笑ってしまった。
午前中はリハビリに通っているというので、午後三時に谷家を訪問した。
修二さんは珍しく読書をしていた。集中力が続かなくて、本も新聞も読めないと言っていたのに。これも快復の兆しだろうか?
だとしたら、とても嬉しい。
「こんにちは」
修二さんがどんな反応を示すのか、ちょっとドキドキした。
「あ、有紀ちゃん、あれ? どうしたんだい? 片目がパンダじゃないか」
やはりすっかり忘れているのだった。
やったのはテメェだよ! と、思わず心の中で毒づいた。
「うん、ちょっと、転んでぶつけた」
「そういえば有紀ちゃんって、そそっかしいところがあったよね。気をつけないと」
そんなことはちゃんと覚えているわけね。
「修二さん、読書?」
「うん、なんだかテレビも飽きてしまって。まだ、集中できないんだけど、やっぱり本は面白いね」
読者が楽しめるなら、お母様の負担も少しは軽くなるのではと思った。
恐る恐る修二さんが座っているソファの隣にに腰をおろす。お母様がキッチンにいるのだから大丈夫だろう。
お菓子を焼いたような甘い匂いが漂っている。
「有紀ちゃんが来てくれるっていうから、ロールケーキを作ってみたの」
お母様がケーキと紅茶を運んで来た。
素人が作ったとは思えないほど、色とりどりのフルーツが綺麗に巻かれたロールケーキ。
「わー、きれい! 美味しそう!」
「沢山あるからおうちにも持って帰って。有紀ちゃん、痩せちゃったから太ってもらおうと思って……」
お母様はそう言って、申し訳なさそうにうつむいた。
「私、太るのはあっという間ですから、気にしないでください。わぁ、美味しい!」
しっとりと柔らかなスポンジを焼くのは難しいのに。型くずれなくカスタードとフルーツを巻くのだって。
「僕も最近太りすぎたなぁ。プールにでも通おうかな。有紀ちゃんはテニスは出来る?」
「テニスは中学のとき部活でやってたけど、軟式だったの」
「そうかぁ、じゃあ、硬式だと慣れるまで難しいかもしれないな。僕、教えてあげるよ。今度やろう」
「いいね! なにかスポーツしたいなって思ってたの」
「じゃあ、室内コート借りておくよ。明日はスポーツができる格好で来て」
ケーキを食べ終えて修二さんはまた本を読み始めた。
お母様がいるから猫を被っているのだろうか。この間とは打って変わって紳士的な修二さんに、少し腹が立った。
読者をしている修二さんに話しかけるわけにもいかず、暇なのでスマホを出して動画をみていた。
「有紀ちゃん、ちょっと。……ちょっと、話があるんだ」
修二さんは本を閉じて立ちあがると、二階に来るように合図した。
「え、、話って、話ってなに?」
突然二階に来るように言われて、ひどく動揺する。
「だから、ちょっと二階へ来て。僕の部屋に」
紅茶を飲みながら聞き耳を立てているお母様に目で助けを求めた。
お母様は首を横にふって行くなと合図した。
「有紀ちゃん、早く!」
苛立ったように修二さんが呼ぶ。
ここで行かなければ暴れ出すのだろうか。
何かあったらお母様が来てくれるだろう。だけど、お母様に止めることが出来なかったら……。
先週の悪夢がよみがえる。
決められずにグスグス考え込んでいたら、手首をつかまれた。
「早く来て!」
もう、いい。好きにさせてあげよう。それが修二さんの助けになることなのかよく分からないけど。覚悟を決めて、修二さんについていった。
すっかり怖気づいて、抵抗する勇気をなくしていたのだった。
修二さんの部屋まで引っ張られていき、さすがに恐怖でガタガタと震えた。
部屋に着くなり、修二さんに抱きしめられた。やはり、こうなってしまうんだと絶望する。
「ごめん、有紀ちゃん」
「えっ? 」
なぜか謝られて、想像と違う展開に戸惑う。
「僕、この間ひどいことしたから」
「お、覚えてたの!」
さっきまで、すっかり忘れているかのような修二さんに腹を立てていたけれど。
今は忘れてなかったことの方がショックだった。
なんと返事をしていいのか、恥ずかしさと屈辱感でいっぱいになり、悔し涙が溢れた。
「どうして、どうしてあんなことしたのよ!」
少しも許せていなかった怒りの感情が暴れだす。何もわからない病気の修二さんだと思えたからこそ、なんとか許せたのだ。
それなのに……。
「僕、自分をコントロール出来ないんだ。すぐに暴走してしまう感情を。それで麗奈にも逃げられてしまって……。有紀ちゃんが戻って来てくれるなんて思わなかった。ごめん、もう、あんなことしない。だから、だから、僕を見捨てないで欲しいんだ。頼むから、見捨てないで……頼む」
「修二さん……」
やっぱり、修二さん、こんなに苦しんでいたんだ。
「私、本当の修二さんを知ってるから。だから戻って来たの。病気はいつか治るわ。時間がかかっても。だって、前より良くなってるもの。だから必ず治る。一緒にがんばろう」
子どものようにポロポロと涙を流して修二さんは泣いていた。
逃げなくてよかった。修二さんのところへ戻って来られて本当によかった。
二人でしばらく一緒に泣いたあと、部屋を出て下へ降りた。
階段の下にお母様が立っていた。後ろに金属バットを隠しているのが見えたので、思わず笑ってしまった。
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