六華 snow crystal 5

なごみ

文字の大きさ
上 下
16 / 55
第1章

不安な日々

しおりを挟む

夕食後、修二さんから電話があって、明日から取材と調査のために、釧路へ行くことになったとのこと。


長編を書くための資料を探したり、色々な準備が必要なので、滞在期間が少し伸びるかもしれないと言う。


「悪いんだけど、締め切り前の連載も残ってるんだ。今夜アパートで書き上げてから、明日の朝、まっすぐ釧路へ向かうから。来てくれたばかりなのに、本当にごめん」



仕事が無いよりはいいと思うけれど……。


楽しみにしていただけに、とっても残念。



ーーー寂しい。



中学の教師をしている両親は、夜じゃないと家には戻らないので、日中は谷家で過ごし、夜になってから実家に帰ったりした。






お母様が用意してくださったベビーカーに美冬を乗せて、近くの公園まで出かけた。


もう11月も過ぎているせいか、公園で遊んでいる親子連れはなかった。


小高い丘の上にあるこの公園は、冷たい風が吹き抜けてかなり寒い。


閑散とした園内をゆっくりと散策する。



美冬の相手をしているのは楽しいけれど、専業主婦はやっぱり性に合っていないのか、暇をもてあます。


修二さんのお家だと、勝手にあちこち掃除もできないし。


というか、谷家はいつも綺麗に整理整頓されている。


美冬が昼寝をしている間、忙しいときはしたくても出来なかった読書も、なんとなく落ち着かなくて、楽しむ気分にはなれなかった。


修二さんが釧路から戻ってこないうちは、アパートも探しも一人では決めかねるし。



修二さんは才能がある人だとは思う……。


だけど、売れっ子作家とは言えない。


作家として、やっていけるのだろうか。


もちろん小説家がダメでも、薬剤師の資格がある。今の修二さんなら十分復帰できる。


いくつも病院を経営しているお家の息子なのだから、雇ってもらえないこともないだろうし。


修二さんが小説を書く仕事の方が楽しくて、やりがいがあるのなら、協力してあげたいけれど。


だけど、いくら裕福なご実家があるとしても、ご両親の援助など受けずに暮らしたい。


しばらくは、谷さんのご実家で暮らしてもいいとは思うけれど。


お部屋はたくさんあるのだし、なんといっても、お父様もお母様もこんなに美冬を可愛がってくださるのだから。




「美冬、寒くない?  誰もいないし、もう帰ろうか」


閑散とした公園は淋しくて、楽しい気分になれなかった。


フードのついたコートを着せて、暖かくはしてきたけれど、美冬のほっぺも赤くなっていた。


来週の11月16日は、美冬の一歳のお誕生日だ。


お誕生日だけは、修二さんにもいてもらいたいけれど。





公園を出ようとしたところで、二匹のわんちゃんを連れた女性とすれ違った。


ポニーテールにスポーツウェアがよく似合う、快活な感じの女性。


リードに繋がれた、こげ茶のトイプードルと、真っ白なポメラニアンが競うように駆けていた。



ーーールパンと不二子にそっくり。


犬は種類が同じだと、みんな同じような顔をしているけれど。


それにしても……。



そういえば、修二さんが連れていったルパンは誰が面倒をみているのだろう?


取材で家を空けるなら、普通は実家に預けてから行くと思うけれど。




「ルパン、雪、ちょっと待って!  こっちよ、こっち!」


リードを引っ張られた女性が、わんちゃんたちの名を呼んだ。
 


えっ、ルパン?  ……ゆき?



偶然だろうか?


見れば見るほど谷家のルパンに思えて、そのまま帰る気分になれなくなった。



犬と園内をゆっくり散歩している女性を注意深く観察した。


私と同じくらいの年齢に見える。


スリムで素晴らしくキリリとしまった体幹。


なかなかの美人でもある。


嫌な胸さわぎがした。


もしかして、、もしかして、修二さんの恋人?!



ーーーそうだった。


なぜだか忘れていた。


修二さんはとってもモテる人だったということを。


女性のほうが修二さんを放っておいてはくれないのだ。


だけど、どうして?


また、私を騙すの?



ベビーカーを押しながら涙ぐむ。


ルパンを散歩させていたあの人が恋人だと、まだはっきりしたわけでもないのに。


小説を書くためにアパートを借りてるなどと言っていたけれど、本当は彼女と一緒に暮らすためではないのだろうか。


悪い方にしか考えられなくて、猜疑心はどんどん膨らんでくる。


美冬がいなかったら、浮気者の修二さんとの結婚は諦めたかもしれない。


だけど、修二さんは美冬のパパだから。


この子に優しいパパがいて欲しい。


それに、やっぱり私は修二さんが好き。






谷家へ戻り、リビングへ入ると、チーズの焼ける香ばしい匂いがしていた。


「外は寒かったでしょう。ホタテのグラタンを作ったのよ。もう少しで焼きあがるから待っててね」


対面キッチンから声がして、お母様が微笑んだ。


「お母様、お昼は自分で適当に済ませますから、気を遣わないでください。毎日、美味しいものばかり食べて、このままだと大変なことになります」


この数日間で、体重が2kgも増えたのだ。


「あら、ごめんなさい。ふっくらした有紀ちゃんだって可愛いわよ。それより早く籍を入れないとね。美冬がいつまでも非嫡出子なんて可哀想だわ」


「…………」


思わず泣きそうになってうつむいた。



だめだ、ちゃんと話そう。私の勘違いかもしれないんだから。


こんな風にモヤモヤしたまま過ごしたくない。


「修二さんに電話してみます。来週の16日は美冬の誕生日なんです。それまでに、帰って来られるといいんですけど」


修二さんもお昼ご飯を食べているだろうか?


ドキドキしながらLINEの通話をタッチした。


すぐに修二さんは電話に出てくれた。



『有紀ちゃん、どうしたの?  何してたんだい?』


いつもの明るい声が聞こえて、少しホッとした。


「あ、あの、修二さん、いつごろ帰って来られるかなって、、。来週の16日は美冬のお誕生日だから」


『そうか、多分16日なら大丈夫だと思うよ。もうすぐ終わりそうだから、ごめん』


本当に聞きたいことはそのことじゃなかった。


「修二さん、ル、ルパンはどこにいるの?  どこに預けているの?」


返事がすぐに返ってこなくて、不安感が高まる。


やっぱり、やっぱり、あの人は。














しおりを挟む

処理中です...