18 / 59
フレンチレストランで
しおりを挟む
3月18日
『検査の結果、来週から職場復帰しても良いことになった。本当に嬉しい。間違いなく、有紀のおかげだと思う。快気祝いにどこかで食事でもしよう。
良さそうな店を探しておくけど、有紀が行ってみたいところがあったら、遠慮なく言ってくれ。じゃあ、見つかったら、またLINEする』
量より質なんかにしなければ良かったかも。
ラーメン100杯なら、100回会えるものね。
でも私と佐野さんの距離は、たくさん会ったからといって縮まるわけではないけど。
所詮はいつまでもお友達だから。
『おめでとう。思ってたよりは早く回復できてホントに良かった。食事はどこでもいいよ~ わーい、楽しみ~!』
3月25日
札幌で人気のフレンチレストランに連れて行ってもらった。
近くに大きな公園のある自然豊かな場所に建つこのレストランは、テレビなどでもよく取り上げられていた。
中は20席ほどのアットホームな感じで、ホテルのレストランのように肩苦しくはなかったけれど、やっぱりラーメンなんかの方が気楽で良かったと少し後悔した。
お料理は本当にとっても美味しかったのだけれど。
今日は佐野さんも私もいつもよりはちょっとお洒落なんかもして来た。
春らしいラベンダー色のブラウスに、オーガンジー素材の黒のギャザースカート。
ウエストはゴムだ。
スーツ姿の佐野さんを見たのは初めてかも。
誰かの結婚式で見たことがあったかな? とにかく何を着てもサマになっていて、いつもの数倍もカッコよく、セクシーに見えた。
佐野さんはいつにも増してステキだし、こういったところでは私だっていつものようなノリでは話せない。お洒落なレストランでお食事なんて、やっぱり恋人同士じゃないとどうもしっくりこないような気がした。
店内は私たち以外に、カップルが3組と20代後半くらいのおしゃれな女性グループ、それと熟年のご夫婦も何組かいた。
佐野さんと差し向かいで、ナイフとフォークを使った料理を食べるということに居心地の悪さを感じる。私たちって、まわりからどんな風に見られているのだろう。
隣のテーブルの5名ほどの女子グループは、さっきから佐野さんの方をチラチラと見ては、なにかヒソヒソと囁いている。時々私のことも見てクスクス笑っているような気がして、せっかくの美味しい食事に集中できない。
「ふきのとうなんて食べたの初めてだな。腕のいいシェフが作ると、雑草でも美味くなるんだな。ふきのとうは雑草じゃなかったっけ?」
佐野さんが感心して、ふきのとうのフリットを口に運んでいる。
春らしいふきのとうの甘い香りと、程よいほろ苦さに感動する。どうやって作っているのだろう?
居酒屋などで出されるメニューなら、すぐにマネできそうなものばかりだけれど、これはさすがに難しいと思った。
「なんだよ、有紀、今日はやけに静かだな」
黙々と食べている私を、佐野さんが心配そうに見つめた。
こんな場所で一体なにをはしゃげと言うのか。
「家のまわりにふきのとうが生えてるから、マネできないかなって考えながら食べてた」
「えっ、作れるのか?」
「多分、無理」
「なんだ、そりゃそうだよな。でも、有紀の料理はうまかったぞ。毎日食べたいのはああいう料理だよな」
とっても嬉しい褒め言葉だけれど、でも私たちはいつまでもお友達なのだ。
毎日食べさせたくたって出来ないし。そう思うと、悲しさがこみ上げて来る。
彩りあざやかな温野菜のプレート、ホタテのベニエ、雲丹のアスピック、エゾアワビなど、道産の見た目もお洒落で美味しいお料理が、次々とタイミングよく運ばれて来る。
せっかくのお料理なのだから飾りつけのお勉強などもしておこう。
隣のテーブルの女子グループから笑い声が響いた。
「今はテレビでもデブが活躍してるからね~」
そんな会話が聞こえてきた。デブという言葉に嫌でも反応してしまう。
自分のことを言われている気がして、身がすくみそうになる。 佐野さんは私のような女の子と一緒で恥ずかしくないだろうか。
たった5キロ痩せたところでデブに変わりはない。
佐野さんにとても申し訳ないような気がしてくる。
「何も聞かないんだな。彩矢ちゃんのこと・・・」
佐野さんが突如、力なく呟いた。
「えっ?」
「聞けるわけないか、聞けないよな、誰だって」
そう言いながら、うつむいて静かにナイフとフォークを動かしている。
「・・・聞いて欲しいの? 」
まだ話が出来るほどに立ち直れたとは、とても思えないけれど・・・。
「聞いて欲しいってわけじゃないけど・・・いや、やっぱり聞いて欲しいのかもな?」
「ごめんね。私が余計なお節介なんてしたから、こんな事になって」
「別に有紀のせいじゃないよ。悪いことばかりだったわけでもないし、幸せなこともたくさんあったからな。それに俺、まだ彩矢ちゃんのこと諦めたわけじゃないんだ」
えっ!
ど、どういうこと ⁉︎
「で、でも、もう、松田先生と結婚してしまったんでしょう?」
お友達以上になれないとわかっていても、その言葉にひどくショックを受けた。
結婚している彩矢をまだ想い続けるってこと?
「……彩矢ちゃん今妊娠してる。俺の子かもしれないんだ」
「………!!」
思わず持っていたナイフを落としてしまった。
カシャン! という大きな音に隣のテーブルの女子たちが不快な視線を向けた。
驚いている私を見て、佐野さんが気まずそうに水をひとくち飲んだ。
「ごめん、レストランで食事しながら話すことではないな」
彩矢が佐野さんの子を妊娠……。
ナイフとフォークを持つ手が震える。
私が動揺する必要なんてないのに。震える手で最後のお肉の一切れを口に入れた。
楽しみにしていたデザートが、どんな味だったかをあまり覚えていない。
イチゴとココナッツをを使った可愛らしいテリーヌだったと思うけれど。
「人気のあるレストランだけあって、美味かったな」
コーヒーを飲みながら佐野さんが微笑んだ。
佐野さんに見つめられて思わずドキドキする。
「う、うん、すごく美味しかった。ごちそうさま」
本当に佐野さんはなんてステキなんだろう。私がほっそりとした美女だったら、絵になるシーンなのにな。
「じゃあ、そろそろ出ようか?」
立ち上がった佐野さんを、隣のテーブルの女子たちが一斉に見上げた。
憧れと妬みと侮蔑が入り混じった視線を感じた。
いたたまれない気持ちになり、佐野さんの後をうつむきながらついて行った。
「久しぶりにスーツなんて着たから疲れたなぁ」
レストランから外に出た佐野さんが両手を上にあげて伸びをした。
「イケメンは何を着てもカッコイイね~! 隣のテーブルの女の子たちから睨まれちゃった」
「イケメンがどうとかって言うわりに、女は冷静だからな。見た目なんかで選ばないよ」
つまらなそうにそう言って時計を見た。
「まだ、8時か。もう一軒どこか行かないか?」
「いいけど、体調はもう戻ったの? まだ無理しない方がいいと思うけど」
「アルコールはひかえてるから大丈夫だろう。ファミレスでもいいかな? 」
「うん、気楽でいいね!」
「スーツなんて着てくるんじゃなかったなぁ。痩せすぎて、普段の服が合わなくなったからな」
羨ましくてしかたがないことをサラリと言ってのけた。
『検査の結果、来週から職場復帰しても良いことになった。本当に嬉しい。間違いなく、有紀のおかげだと思う。快気祝いにどこかで食事でもしよう。
良さそうな店を探しておくけど、有紀が行ってみたいところがあったら、遠慮なく言ってくれ。じゃあ、見つかったら、またLINEする』
量より質なんかにしなければ良かったかも。
ラーメン100杯なら、100回会えるものね。
でも私と佐野さんの距離は、たくさん会ったからといって縮まるわけではないけど。
所詮はいつまでもお友達だから。
『おめでとう。思ってたよりは早く回復できてホントに良かった。食事はどこでもいいよ~ わーい、楽しみ~!』
3月25日
札幌で人気のフレンチレストランに連れて行ってもらった。
近くに大きな公園のある自然豊かな場所に建つこのレストランは、テレビなどでもよく取り上げられていた。
中は20席ほどのアットホームな感じで、ホテルのレストランのように肩苦しくはなかったけれど、やっぱりラーメンなんかの方が気楽で良かったと少し後悔した。
お料理は本当にとっても美味しかったのだけれど。
今日は佐野さんも私もいつもよりはちょっとお洒落なんかもして来た。
春らしいラベンダー色のブラウスに、オーガンジー素材の黒のギャザースカート。
ウエストはゴムだ。
スーツ姿の佐野さんを見たのは初めてかも。
誰かの結婚式で見たことがあったかな? とにかく何を着てもサマになっていて、いつもの数倍もカッコよく、セクシーに見えた。
佐野さんはいつにも増してステキだし、こういったところでは私だっていつものようなノリでは話せない。お洒落なレストランでお食事なんて、やっぱり恋人同士じゃないとどうもしっくりこないような気がした。
店内は私たち以外に、カップルが3組と20代後半くらいのおしゃれな女性グループ、それと熟年のご夫婦も何組かいた。
佐野さんと差し向かいで、ナイフとフォークを使った料理を食べるということに居心地の悪さを感じる。私たちって、まわりからどんな風に見られているのだろう。
隣のテーブルの5名ほどの女子グループは、さっきから佐野さんの方をチラチラと見ては、なにかヒソヒソと囁いている。時々私のことも見てクスクス笑っているような気がして、せっかくの美味しい食事に集中できない。
「ふきのとうなんて食べたの初めてだな。腕のいいシェフが作ると、雑草でも美味くなるんだな。ふきのとうは雑草じゃなかったっけ?」
佐野さんが感心して、ふきのとうのフリットを口に運んでいる。
春らしいふきのとうの甘い香りと、程よいほろ苦さに感動する。どうやって作っているのだろう?
居酒屋などで出されるメニューなら、すぐにマネできそうなものばかりだけれど、これはさすがに難しいと思った。
「なんだよ、有紀、今日はやけに静かだな」
黙々と食べている私を、佐野さんが心配そうに見つめた。
こんな場所で一体なにをはしゃげと言うのか。
「家のまわりにふきのとうが生えてるから、マネできないかなって考えながら食べてた」
「えっ、作れるのか?」
「多分、無理」
「なんだ、そりゃそうだよな。でも、有紀の料理はうまかったぞ。毎日食べたいのはああいう料理だよな」
とっても嬉しい褒め言葉だけれど、でも私たちはいつまでもお友達なのだ。
毎日食べさせたくたって出来ないし。そう思うと、悲しさがこみ上げて来る。
彩りあざやかな温野菜のプレート、ホタテのベニエ、雲丹のアスピック、エゾアワビなど、道産の見た目もお洒落で美味しいお料理が、次々とタイミングよく運ばれて来る。
せっかくのお料理なのだから飾りつけのお勉強などもしておこう。
隣のテーブルの女子グループから笑い声が響いた。
「今はテレビでもデブが活躍してるからね~」
そんな会話が聞こえてきた。デブという言葉に嫌でも反応してしまう。
自分のことを言われている気がして、身がすくみそうになる。 佐野さんは私のような女の子と一緒で恥ずかしくないだろうか。
たった5キロ痩せたところでデブに変わりはない。
佐野さんにとても申し訳ないような気がしてくる。
「何も聞かないんだな。彩矢ちゃんのこと・・・」
佐野さんが突如、力なく呟いた。
「えっ?」
「聞けるわけないか、聞けないよな、誰だって」
そう言いながら、うつむいて静かにナイフとフォークを動かしている。
「・・・聞いて欲しいの? 」
まだ話が出来るほどに立ち直れたとは、とても思えないけれど・・・。
「聞いて欲しいってわけじゃないけど・・・いや、やっぱり聞いて欲しいのかもな?」
「ごめんね。私が余計なお節介なんてしたから、こんな事になって」
「別に有紀のせいじゃないよ。悪いことばかりだったわけでもないし、幸せなこともたくさんあったからな。それに俺、まだ彩矢ちゃんのこと諦めたわけじゃないんだ」
えっ!
ど、どういうこと ⁉︎
「で、でも、もう、松田先生と結婚してしまったんでしょう?」
お友達以上になれないとわかっていても、その言葉にひどくショックを受けた。
結婚している彩矢をまだ想い続けるってこと?
「……彩矢ちゃん今妊娠してる。俺の子かもしれないんだ」
「………!!」
思わず持っていたナイフを落としてしまった。
カシャン! という大きな音に隣のテーブルの女子たちが不快な視線を向けた。
驚いている私を見て、佐野さんが気まずそうに水をひとくち飲んだ。
「ごめん、レストランで食事しながら話すことではないな」
彩矢が佐野さんの子を妊娠……。
ナイフとフォークを持つ手が震える。
私が動揺する必要なんてないのに。震える手で最後のお肉の一切れを口に入れた。
楽しみにしていたデザートが、どんな味だったかをあまり覚えていない。
イチゴとココナッツをを使った可愛らしいテリーヌだったと思うけれど。
「人気のあるレストランだけあって、美味かったな」
コーヒーを飲みながら佐野さんが微笑んだ。
佐野さんに見つめられて思わずドキドキする。
「う、うん、すごく美味しかった。ごちそうさま」
本当に佐野さんはなんてステキなんだろう。私がほっそりとした美女だったら、絵になるシーンなのにな。
「じゃあ、そろそろ出ようか?」
立ち上がった佐野さんを、隣のテーブルの女子たちが一斉に見上げた。
憧れと妬みと侮蔑が入り混じった視線を感じた。
いたたまれない気持ちになり、佐野さんの後をうつむきながらついて行った。
「久しぶりにスーツなんて着たから疲れたなぁ」
レストランから外に出た佐野さんが両手を上にあげて伸びをした。
「イケメンは何を着てもカッコイイね~! 隣のテーブルの女の子たちから睨まれちゃった」
「イケメンがどうとかって言うわりに、女は冷静だからな。見た目なんかで選ばないよ」
つまらなそうにそう言って時計を見た。
「まだ、8時か。もう一軒どこか行かないか?」
「いいけど、体調はもう戻ったの? まだ無理しない方がいいと思うけど」
「アルコールはひかえてるから大丈夫だろう。ファミレスでもいいかな? 」
「うん、気楽でいいね!」
「スーツなんて着てくるんじゃなかったなぁ。痩せすぎて、普段の服が合わなくなったからな」
羨ましくてしかたがないことをサラリと言ってのけた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる