六華 snow crystal 2

なごみ

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お隣の彼女

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有紀
8月9日

日曜日、久しぶりに谷さんのおうちを訪問した。


門に近づくと、どこかで聞いたことのあるピアノ曲が流れてきた。


 これは確かショパンのノクターンという曲だ。


クラシックに詳しくはないけれど、有名な曲なら少しは知っている。


 ピアノは幼稚園の頃から習っていたけれど、小学校高学年の時に挫折してしまった。


 なかなか上手に聴こえる。


誰が弾いているのだろう。


リビングの奥に置かれたグランドピアノを弾いていた女性は、谷さんと私の気配に気づくと、弾くのをやめた。


ピアノの蓋を閉じて立ち上がったその子はファッション雑誌から抜け出てきたかのように、可愛らしく洗練されていた。


 わたしと同じくらいの年齢だろうか、まだ若い女の子だ。明るくカラーリングされたロングヘアはゆるくウェーブがかかっている。


ピンク系のメイクがよく似合って、男の人なら誰もが好きになりそうな華やかな顔立ちだ。


「修ちゃん、ただいま~!」



いつも、そうしているかのように両腕を谷さんの首に巻きつけた。


 「亜美、いつ帰って来たんだ? ロンドンには馴れたか? 」


「昨日帰って来たばかり、ロンドンは楽しいよ。英語は話せないけど」


「ハハハッ、なんのために行ってるんだよ。留学なんて言って、どうせ遊んでばかりいるんだろ」


「なによ、久しぶりに会ったのに。自分こそ遊んでばかりじゃないの。でも珍しいわね、女の子を家に連れて来るなんて」


 そう言って、はじめてわたしの顔をマジマジと見た。侮蔑的で遠慮のない敵意を感じた。


「藤沢有紀です。はじめまして」


笑顔で軽く会釈をしたけれど、わたしの挨拶は無視された。


「なんか、女の子の趣味変わったね~」


「そうかな。可愛い子だろ。僕ももう歳だからなぁ、結婚しろって親がうるさくてさ」


「え~っ、じゃあ、この人って婚約者なの?」



驚きとともに、納得し難いという反感が垣間見られた。


「残念ながら、まだ返事はもらえてないんだ。同じ職場の看護師さん」


「・・・」


「有紀ちゃん、この子はうちのとなりに住んでる、柳原亜美。大学受験のときに家庭教師してあげたんだけど、ちっとも勉強してくれなくてさ、志望校に落っこちたのが僕のせいにされたってわけ」


「だって勉強なんて教えてくれなかったじゃない。勉強以外のことばっか!」


「変なこと言うなよ。あれ?  そういえばうちのお袋さんはどこかな? 」


「話をごまかすのが上手いわね。クスクスッ。中庭じゃない?  バーベキューするんでしょ」


 谷さんはもうすぐ30になるのだから、今までに恋愛経験があったからといって、不快に思うわけではない。全くない方がおかしいくらいだ。


でも、この子と過去に何かあったのだとしたら嫌だなと思った。







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