六華 snow crystal 2

なごみ

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遼介の忠告

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有紀
9月7日

突然、佐野さんからLINEが来て驚く。


ずっと音沙汰のないまま3ヶ月も過ぎて、このまま会わずにいたら、忘れられそうな気もしていたのに。


 15分で着くと言われたから、慌てて髪を整えた。


少しメイクでもしたかったけれど、誰かと会うのか?   どこかへ出かけるのか?  と家族に気づかれるのも気がひける。


 結局すっぴんにTシャツ、短パンの色気のない格好で、「コンビニに行ってくる」と母に告げ、ふらりと外へ出た。


 門灯と道路沿いの外灯の灯りで、小さな庭に咲いているコスモスがサワサワと揺れているのが見えた。


お隣の二階の窓から流行りのアメリカンポップが流れていた。


髪をプラチナブロンドに染めた女子高生がいて、時々ハデな親子ゲンカが始まる。


どこかのおうちから、なんのお料理なのかタマネギを炒めたような美味しそうな匂いが漂っていた。



 車を待っていたら、緊張してドキドキしてくる。


谷さんと会っている時には、決して感じることのない高揚した気持ちに戸惑う。


 ちょっと肌寒くなって来たので、家にカーディガンを取りに行こうとしたら、佐野さんの車が来るのが見えた。


 運転席の窓から佐野さんの笑顔が見えた。


 会わなくなって5ヶ月になろうとしているのに、少しも忘れられていないことを思い知らされる。


「久しぶりだな、乗れよ」


この声も大好きだっだんだと、今頃になって気づく。


どうして忘れさせてくれないの!


 泣きたい気持ちで助手席に座った。




佐野さんの話は、谷さんと付き合っていたことを知らせなかったことの不満と、谷さんには他にも彼女がいるとの忠告だった。


谷さんの裏切りには特にショックを受けなかった。


自分だって佐野さんを忘れられないまま、谷さんと付き合っているのだから。


ただ、佐野さんへの気持ちが少しも変われていないことがつらく悲しい。


佐野さんはこれからもずっと、彩矢を想い続けて生きるの?


 私には少しの可能性もないの?


怖いけれど、それが一番聞きたいことなんだ。


なのに佐野さんは、少しも気づいてくれないし、見ようともしてくれない。


 谷さんのために痩せたんじゃない。


 少しでいいから佐野さんに振り向いて欲しくて。


それが無理ならせめて忘れさせてよ。


 もう友達になんてなれやしないから。


こんなに振り向いて欲しいのに、いつだってカラ回りばかりなんだ。


だからもういいよ、もう放っておいて!






9月13日

「有紀ちゃん!」


 日勤の仕事を終えて、帰ろうと一階の売店の前を通り過ぎたところで、谷さんに呼び止められた。


「・・・谷さん」


「最近、冷たいなぁ、ちっとも薬局には寄ってくれないんだね。忙しいの?  LINEの返事もそっけない感じだし」


「ごめんなさい」


「別に謝って欲しいわけじゃないよ。ひょっとして嫌われたのかなって思って」


「・・・嫌いなわけじゃないけど」


「ちょっとここだとなんだから。今日はもう帰らないとダメなのかい?」


「ううん、用事はないよ」


「じゃあ、一緒に帰らないかい? ちょっと、待ってて」


「谷さん、着替えて駐車場で待ってるね」


「わかった、すぐ行くから」


この間、佐野さんに会ったせいで、谷さんと楽しいお話をする気分になれないなんて言えないし。それにお友達以上の気持ちにも中々なれない気がして。



 佐野さんも同じなんだな。


 お友達から恋愛に発展させるというのは意外と難しいものなのかも知れない。


谷さんに彼女がいるのなら、その人と結婚したらいいと思う。


それでも別にかまわないとと思えてしまうのだから、私はやっぱり谷さんは好きだけれど、愛してはいないんだなと思う。


フルにはかなりもったいない人なのだけれど。 でもいくら谷さんが素敵でも、浮気性の旦那さんというのもちょっとね。


アレコレと考えながら谷さんのクーパーの前で待っていたら、3分ほどして谷さんが走って来た。


「ごめん、じゃあ、行こうか」


「うん」


助手席に座り、佐野さんが言っていた女性のことを思い出した。つい最近、その人はここに座って、谷さんとおしゃべりをしながらラブホに行ったのだな。


「ずいぶん静かなんだね」


 谷さんが機嫌を窺うような目で見た。


「私って静かだとすぐに何かあったって思われちゃうのよね。やっぱり普段はうるさすぎなんだ」


「うるさくないよ。明るくて、楽しいところが好きなんだから。有紀ちゃんが沈んでいると気になるな。・・・もしかして佐野と会った?」


谷さんの勘の鋭さに驚く。やっぱり佐野さんは鈍感なんだなと思い、少しだけ笑えた。


「谷さんって何でもお見通しなんだね。 どうしてすぐにわかっちゃうんだろ」


「なんでもお見通しってわけじゃないけど、有紀ちゃんを深刻にさせることって、僕には佐野しか思い当たらないから」


「佐野さんのことだけじゃないよ。もうひとつある。それは谷さんのことだけど・・・」


「えっ、僕のこと?  なにかな?  僕のことを考えてくれていたのなら嬉しいけど、そういうことではないのかな?」


「うん、違うよ。谷さん、やっぱり彼女がいるんでしょ。わたし知ってるの。その彼女とはどうして結婚しないの?」


 誤魔化しても無駄だと瞬時に悟ったかのように、谷さんは視線を泳がせた。


「ごめん、有紀ちゃん。騙すつもりはなかったんだ。ずっと別れ話はしてきているんだけど、一方的にはちょっと別れられなくて。彼女も前よりは冷静に受け止めてくれるようになったんだ。本当にちゃんと別れるよ。許してくれないかな?」


「そんなこといいの。わたしだって、佐野さんのことが忘れられてないんだから。でも、その彼女はまだ、谷さんのことが好きなんでしょう?  その人と結婚してあげたらいいんじゃない」



「いじめないでくれよ。結婚したいって思うくらい好きになったのは、有紀ちゃんだけなんだから。うちの家族だってすごく気に入っているし」


「・・・」


「頼むよ、僕は佐野のことは気にしてないから。有紀ちゃんの気持ち大事にしたいんだ。彼女とは必ず別れるよ。本当にもうすぐだから」


「谷さん・・・」


私にとって、愛しているとは言えない谷さんでも、別れるとなると意外と難しい。好きなのに別れ話を迫られている彼女は、どんなに辛い思いをしているのだろう。


 いつかは谷さんを心から愛することが出来るのかな。私をとても大切に思ってくれるのはわかる。中々今の彼女と別れられないのも優しすぎるからかもしれない。


 谷さんの影響でクラシックやジャズをよく聴くようになった。コンサートや音楽祭、美術館へ行っても詳しく面白く解説してくれるから、どんどん興味も湧いてきて楽しい。


燃えるような想いはなくても、谷さんとの結婚生活はとても楽しいような気もする。


こんな素敵な人と別れて、この先いったい誰がこれほど好きになってくれるだろう。


そう思うとやっぱり谷さんと別れてしまうのは惜しい気がした。


 その日はおしゃれな中華のお店で食事をした。


食べ過ぎないようにセーブするのが大変なくらい美味しかった。


スマートで、女性を楽しませることに長け過ぎている。


だけど・・・。


 もしかすると、彼女はもっとたくさんいるのかな?











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