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佐野さんに待ち伏せされて
しおりを挟む地下鉄駅を出て家に向かう。
湿った北風が冷たかった。
手袋をはめてない手がかじかむ。使い捨てカイロを持っていたけれど、あと3分で家に着くし。
人形焼だの、煎餅だのと買い過ぎたお土産が重い。
家までの道のりがとても長く感じられた。
やっと家の前にたどり着き、玄関に向かうと、家の向こうに駐車していた車から、男の人が降りて走ってきた。
「佐野さん!」
「よっ! 旅行は楽しかったか?」
照れたようにそう聞く佐野さんの目を見ることができなかった。
「どうしたの? ずっと待ってたの?」
下を向いたまま訊ねた。
「いや、そうでもないよ。多分着くのは夜だと思ってたから」
「・・・」
「荷物重そうだな。寒いだろ、ちょっと車の中で話しできないかな」
「なんの話し?」
「そう聞かれるとちょっと困るな。早く帰りたいなら、また今度にするよ。今日はもう疲れたよな。ごめん」
「せっかく待っててくれたんだから、話聞くよ。荷物持ってくれる?」
肩に食い込んでいたバッグとお土産の入った紙袋を渡した。
話ってなに? また、彩矢の相談? もしかして彩矢から何か連絡でもあったの?
助手席に乗り込むと、佐野さんが車を出した。
「寒いから近くのファミレスにでも行かないか?」
いつものファミレスに入る。
テーブルは3分の2ほど埋まっていて、いつものようにガヤガヤと賑やかだったが、シーンと静まり返っているよりはいいような気がした。
「何、食べる?」
佐野さんがメニューを差し出した。
「空港でラーメン食べてきたの。お腹いっぱい。コーヒーでいい」
「そうか、俺はまだだからなにか食べていいかな?」
ウェイトレスにコーヒーとハンバーグセットを注文した。
以前ここへ来て、ふたりで一緒にパフェを食べたことがあったな。
「彩矢からは返事があったの?」
一番気になることをまず聞いた。
「いや、ないよ。ない事が返事だろ。松田先生の子だったんだよ」
投げやりなふうに言って視線を落とした。
「そうかな? 彩矢が隠してるかもしれないじゃない。松田先生に本当のことを言えなくて」
「俺の子でも松田先生と一緒にいたいのなら、尚さら望みなんてないだろう」
「彩矢に電話してみる」
スマホを開いて通話を押したけれど、やっぱり出ない。
今度はトークで送ったけれど、イライラしていたので文面も乱暴なものになってしまった。
『単刀直入に聞きます。子供生まれたんでしょう? どっちの子だったんですか?』
あっ、返信がきた! と思ったら、こんなそっけない返事。
『有紀には関係ないでしょ!』
どっちの子か聞いているだけなのに、なにをそんなに勿体ぶる必要があるのか?
「佐野さん、彩矢から返信が来たよ」
佐野さんにスマホを差し出して見せた。
悲しげにスマホをジッと見つめる佐野さんを見て、切なくなる。
「佐野さんが聞いてみた方がいいと思う。彩矢だってもしかしたら、待ってるのかもしれないよ」
「・・・」
ハンバーグセットとコーヒーが運ばれた。
うつろな表情でフォークとナイフを取り、鉄皿の上でチリチリと音を立てているハンバーグを切り始めた。
「いつまでもそうやってウジウジ待ってるの? それでいいの?」
ハンバーグをガツガツとヤケになって食べている佐野さんを見て怒りがわいてくる。
谷さんにフラれたのだって、元はと言えば佐野さんのせいじゃない。
「イライラする! 意気地なし!」
「わかったよ、食べたら電話するよ!」
無理強いさせて大丈夫だったかな? もっと傷つける結果になったらどうしょう。
でも、このまま待ち続けるだけなんて。
はっきりさせた方がいいに決まっている。
「そういえば、話ってなに?」
残りのライスをフォークで集めている佐野さんに聞いた。
「え? あぁ、何だったかな? 忘れた」
「ちょっと、なによ、それ!」
話があるって待ち伏せしておいて、忘れたってどういうことよ。
「怒るなよ、、会いたかったんだよ」
「・・・」
素直に言われて胸にキュッとした痛みが走った。
彩矢のことが好きなくせに。
いつまでも忘れられないくせに。
食べ終えた佐野さんがスマホを取り出した。
神妙な顔をしてスマホの画面をタッチしている。
呼び出し音が鳴り響く、いつまでたっても鳴り止まなかった。
20回も鳴らし続けただろうか? 佐野さんが諦めて、スマホを閉じた。
子供達のかん高い声や、若い男女の元気すぎるざわめいたテーブルと対照的に、このテーブルだけがシーンと静まり返っていた。
彩矢の気持もわからないではない。
今さら、佐野さんからの電話に出るというのも勇気のいることだろう。でも佐野さんの子だったら、戻ってきたいと思っているのなら、電話に出るのではないだろうか。
やっぱり佐野さんの予測どおり、松田先生の子だったのかも知れない。
それならそうだと言ってほしい。
「谷さんと旅行は楽しかったか?」
佐野さんが沈黙を破った。
「谷さんに、さっき別れようって言われた」
正直に打ち明けると寂しさがが込み上げてきた。
「えっ、なんかあったのか? 喧嘩でもしたのか?」
なんて言っていいのか分からずうつむく。
「・・・」
「そうか、辛いときに会いに来たりしてごめん」
遼介は、慰めの言葉も見つからないのか、申し訳なさそうに視線を泳がせた。
「谷さんにはフラれても仕方なかったの。私、甘えるばかりで、谷さんの気持ちなんて少しも考えてあげなかったから」
「谷さんの浮気が原因じゃないのか?」
「浮気をしてたのは私の方だもん」
遼介への片思いの寂しさを、いつも谷さんに癒してもらってただけだった。
「えっ! おまえ、谷さんの他にも男がいるのか?」
遼介のバカな勘違いに苛立つ。
「違うってば! 変なこと言わないでよね!」
「じゃあ、どういう意味だよ? 浮気してたって言ったじゃないか」
「もういいよ、鈍感! 帰る!」
谷さんみたいに敏感すぎても困っちゃうけど、この人は一体どこまでバカなのか?
ムスッと立って出口に向かった。
「待てよ、なんですぐ怒るんだよ」
外へ出て、ここからだと家まで10分ほどの距離だから、歩いて帰れないこともないけれど、車の中に荷物を置いたままだった。
だけど佐野さんを待っているのは嫌だった。
道路沿いを早足に歩く。
重い荷物がないから楽チンだ。
佐野さんが車で追いかけてきて停車した。
「有紀! 何してんだよ、早く乗れって!」
「歩いて帰りたいの! 先に行ってて!」
「なんだよ、なに怒ってるんだよぉ」
ため息をついて、車は先に行ってしまった。
10分ほど歩いて家に着いた。
待っていた佐野さんが車から降りてきた。
「どうしてすぐキレるんだよ。なにが不満なんだよ、ハッキリ言えよ!」
鈍感なだけで悪意はないのだから、佐野さんが訳がわからず怒ってしまうのも仕方がないのかも知れない。
だけど、これ以上なにをハッキリ言えというのか?
この間、告白したばかりだというのに。酔っ払っててなにも覚えていないのだろうか?
「じゃあ、ハッキリ言うね。私、早く佐野さんのことを忘れたいの。だからもう構わないでくれる?」
どうして何度も告白しなければわかってくれないのだろう。
「有紀・・・なんて言えばいいのかな、俺、おまえとは別れたくないんだ。今まで通り付き合ってくれないかな」
なによ、自分の都合ばっかり!
「断る! 車の中の荷物取って!」
「有紀、頼むよ、」
腕をつかまれた。
「離してよ、早く荷物を返してったら!」
つかまれた腕を振りほどきながら、思わず声がうわずった。
「有紀、好きだ」
いきなり抱きすくめられた。
「は、離して! 」
佐野さんの胸を思い切り突き飛ばした。
「彩矢のことが忘れられないくせに! 彩矢のところへ行ってしまうくせに!!」
泣きながら走って、家へ逃げ帰った。
すぐにトイレに隠れ、しばらくそこで泣いていた。
「有紀? 帰ってきたの? 大丈夫?」
トイレのドア越しに母の心配する声がした。
「あ、ただいま! うん、ちょっとお腹が痛くて、でも大丈夫」
「そう? あなた変なダイエットのしすぎじゃないの? 急激に痩せるから心配よ」
「大丈夫だから、もう、あっちに行っててったら」
「はい、はい。無事に帰ってきたから安心したわ」
もう!
気持ちよく泣かせてよ。二人の男と別れてきたばかりなんだから。
コートのポケットのスマホが鳴った。佐野さんからのLINEだった。
『有紀、ごめん。荷物は玄関フードに置いた』
読んで、また涙が込み上げてきた。
応援ありがとうございます!
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