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仮面夫婦
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*聡太*
「こんなに張り切って損したわ」
美穂さんがリビングから姿を消した途端、仏頂面をした母が不機嫌ににつぶやいた。
ダイニングテーブルには、まだ手がつけられていないご馳走がたくさん残っていたけれど、ゲストがいなくなってしまったせいか、まるで残り物のように色褪せてみえた。
「せっかく作ってくれたのにごめん。美味しそうだから、僕が全部食べるよ」
シーンと静まり返ったダイニングで、父も黙りこくったまま、自分でコップに日本酒を注いだ。
「別に無理して食べてくれなくていいわよ。それにしてもずいぶん暗い性格の娘《こ》なのね。どんな彼女を連れてくるのかしらって、楽しみにしていたのに」
白けたように不満を漏らす母の姿に呆れる。
本人がいなくなった途端にこれだ。外面のいい母は、以前からお客が帰るとすぐに悪口を言っていたが、未だになにも変わっていなかった。
「美穂さんは緊張してたんだよ」
見栄っ張りで裏表のある両親に、美穂さんはなにか不快なものを感じ取ったのかもしれない。
「聡ちゃんも大人しいほうなんだから、もっと明るい子がいいと思うわよ。あんな娘《こ》と一緒にいても、毎日お葬式みたいじゃない」
「そんなことないよ。美穂さんは冗談も言うし、楽しいひとだよ。とにかく僕たちは毎日幸せにやってる。この家のほうがよほどお葬式みたいじゃないか」
父も母も嘘のように本来の不機嫌な姿に戻っていた。
ふん、仮面夫婦め!
「それにしてもだ。あんな歳になって人と話をするのに、目も合わせられないような娘はどうかと思うね」
チビチビと日本酒を飲んでいた父まで否定的なことを言った。
「別に気に入らなくていいよ。一緒に暮らすのは僕なんだし、僕がよければ問題はないだろ」
せっかくの手の込んだ料理も、話題が暗いと味までおかしいような気になる。
味わうこともなく、機械的にムシャムシャと口に運んだ。
「聡ちゃん! それが今まで育てた親に対する態度なの? 今日だってこのお料理を準備するのにどれだけのお金と時間を使ったと思う? 彼女に美味しいものを食べさせたいって言うから、わざわざ取り寄せたものばかりなのよ」
母は堪忍袋の緒が切れたみたいに不満をぶちまけた。
一生懸命もてなしてくれたことは確かだ。それなのに食べて貰えなかったのだ。がっかりして不満を漏らしたくなるのも無理もない。
「……ごめん。お母さんは本当によくやってくれてると思う。実の子でもない僕のために、今まで献身的に尽くしてくれたとも思ってるよ。感謝はしているけど……」
母はマメな努力家だ。人付き合いでもなんでも器用にそつなくこなせる人で、そのせいもあってか人を見下し、批判的になりやすい。
「別に感謝して欲しいわけじゃないの。血が繋がってなくても聡ちゃんは大切に育てた可愛い息子よ。つまらない女の子の餌食《えじき》にされたくないわ」
「美穂さんはつまらない人なんかじゃないよ。複雑な家庭で育った人だから、少し情緒に問題はあるけど、とても聡明な人だよ。僕たち結婚するつもりだから」
今日はそのことを言いに来たのだ。
「け、結婚!! 」
予想はしていたけれど、やはり母はひどく驚いて、素っ頓狂な声をあげた。
「なにをバカなことを言ってるんだ! 学生の分際で!!」
父も聞きづてならないと言わんばかりに罵声を浴びせた。
「多分、そう言われると思ったよ。反対されても僕は美穂さんと結婚する」
「聡ちゃん、結婚は一生の問題よ。慌ててするものじゃないの。これから、もっともっといい出会いが待ってるんじゃない。情緒に問題があるなんて大変なリスクよ。お願い、冷静になってよーく考えて頂戴」
いつもは冷静な母だが、ひどく取り乱し、オロオロした様子でソファから立ち上がった。
確かに今日の美穂さんはちょっとおかしかったから、両親が反対するのも無理もないかもしれない。
「お父さんも結婚には反対だ。情緒不安定な嫁など、恥ずかしくて親戚にも紹介できないだろう」
「体裁のために結婚するわけじゃない。僕だって情緒不安定だよ。こんな世間体ばかり気にする親に育てられたからね。弱いところは二人で助け合うのが夫婦というものだろう。お父さんたちみたいに、お互いの欠点ばかり指摘しあって、それが一体なにになるんだい?」
「わかったような口を利くな! おまえはのぼせ上がっているだけだ。よく頭を冷して考えろっ!」
今は何を言っても無駄だろう。
反対されるのは初めから覚悟していたことだ。
「ご馳走さま。お料理美味しかったよ。たくさん作ってくれたのに、本当にごめん」
謝って立ち上がり、使った食器をキッチンに下げた。
「聡ちゃん、何故そんなに急がないといけないの? ……もしかして彼女、妊娠でもしているの?」
母はキッチンまで来て、僕に問い詰めた。
「そんなんじゃないよ。変な邪推はしないでもらいたいな」
「だったら、結婚を急ぐ必要なんてないじゃない。しばらくお付き合いして、それからゆっくり考えてもいいことでしょう。別に付き合うことまで反対しているわけじゃないのよ」
僕が意固地になっているとでも思ったのだろう。母は少し理解を示すような作戦に切り替えたようだ。
「そうだね。よーく考えてみるよ。それで気持ちが変わらなかったら、結婚してもいいだろう?」
「聡ちゃん!!」
二階の階段へ向かった僕に、母は苛立った声をあげた。
「聡太、勝手なマネは許さないぞ!!」
父の怒鳴り声を背に二階へ駆け上がった。
ーー今まで僕はいい子過ぎたんだ。
ずっと両親の言うことを真に受けて、なんの疑問も持たずに従って、もうそんな風に両親の顔色を伺いながら生きるなんて真っ平だ!
美穂さんが、美穂さんだけが僕に安らぎを与えてくれる。
「こんなに張り切って損したわ」
美穂さんがリビングから姿を消した途端、仏頂面をした母が不機嫌ににつぶやいた。
ダイニングテーブルには、まだ手がつけられていないご馳走がたくさん残っていたけれど、ゲストがいなくなってしまったせいか、まるで残り物のように色褪せてみえた。
「せっかく作ってくれたのにごめん。美味しそうだから、僕が全部食べるよ」
シーンと静まり返ったダイニングで、父も黙りこくったまま、自分でコップに日本酒を注いだ。
「別に無理して食べてくれなくていいわよ。それにしてもずいぶん暗い性格の娘《こ》なのね。どんな彼女を連れてくるのかしらって、楽しみにしていたのに」
白けたように不満を漏らす母の姿に呆れる。
本人がいなくなった途端にこれだ。外面のいい母は、以前からお客が帰るとすぐに悪口を言っていたが、未だになにも変わっていなかった。
「美穂さんは緊張してたんだよ」
見栄っ張りで裏表のある両親に、美穂さんはなにか不快なものを感じ取ったのかもしれない。
「聡ちゃんも大人しいほうなんだから、もっと明るい子がいいと思うわよ。あんな娘《こ》と一緒にいても、毎日お葬式みたいじゃない」
「そんなことないよ。美穂さんは冗談も言うし、楽しいひとだよ。とにかく僕たちは毎日幸せにやってる。この家のほうがよほどお葬式みたいじゃないか」
父も母も嘘のように本来の不機嫌な姿に戻っていた。
ふん、仮面夫婦め!
「それにしてもだ。あんな歳になって人と話をするのに、目も合わせられないような娘はどうかと思うね」
チビチビと日本酒を飲んでいた父まで否定的なことを言った。
「別に気に入らなくていいよ。一緒に暮らすのは僕なんだし、僕がよければ問題はないだろ」
せっかくの手の込んだ料理も、話題が暗いと味までおかしいような気になる。
味わうこともなく、機械的にムシャムシャと口に運んだ。
「聡ちゃん! それが今まで育てた親に対する態度なの? 今日だってこのお料理を準備するのにどれだけのお金と時間を使ったと思う? 彼女に美味しいものを食べさせたいって言うから、わざわざ取り寄せたものばかりなのよ」
母は堪忍袋の緒が切れたみたいに不満をぶちまけた。
一生懸命もてなしてくれたことは確かだ。それなのに食べて貰えなかったのだ。がっかりして不満を漏らしたくなるのも無理もない。
「……ごめん。お母さんは本当によくやってくれてると思う。実の子でもない僕のために、今まで献身的に尽くしてくれたとも思ってるよ。感謝はしているけど……」
母はマメな努力家だ。人付き合いでもなんでも器用にそつなくこなせる人で、そのせいもあってか人を見下し、批判的になりやすい。
「別に感謝して欲しいわけじゃないの。血が繋がってなくても聡ちゃんは大切に育てた可愛い息子よ。つまらない女の子の餌食《えじき》にされたくないわ」
「美穂さんはつまらない人なんかじゃないよ。複雑な家庭で育った人だから、少し情緒に問題はあるけど、とても聡明な人だよ。僕たち結婚するつもりだから」
今日はそのことを言いに来たのだ。
「け、結婚!! 」
予想はしていたけれど、やはり母はひどく驚いて、素っ頓狂な声をあげた。
「なにをバカなことを言ってるんだ! 学生の分際で!!」
父も聞きづてならないと言わんばかりに罵声を浴びせた。
「多分、そう言われると思ったよ。反対されても僕は美穂さんと結婚する」
「聡ちゃん、結婚は一生の問題よ。慌ててするものじゃないの。これから、もっともっといい出会いが待ってるんじゃない。情緒に問題があるなんて大変なリスクよ。お願い、冷静になってよーく考えて頂戴」
いつもは冷静な母だが、ひどく取り乱し、オロオロした様子でソファから立ち上がった。
確かに今日の美穂さんはちょっとおかしかったから、両親が反対するのも無理もないかもしれない。
「お父さんも結婚には反対だ。情緒不安定な嫁など、恥ずかしくて親戚にも紹介できないだろう」
「体裁のために結婚するわけじゃない。僕だって情緒不安定だよ。こんな世間体ばかり気にする親に育てられたからね。弱いところは二人で助け合うのが夫婦というものだろう。お父さんたちみたいに、お互いの欠点ばかり指摘しあって、それが一体なにになるんだい?」
「わかったような口を利くな! おまえはのぼせ上がっているだけだ。よく頭を冷して考えろっ!」
今は何を言っても無駄だろう。
反対されるのは初めから覚悟していたことだ。
「ご馳走さま。お料理美味しかったよ。たくさん作ってくれたのに、本当にごめん」
謝って立ち上がり、使った食器をキッチンに下げた。
「聡ちゃん、何故そんなに急がないといけないの? ……もしかして彼女、妊娠でもしているの?」
母はキッチンまで来て、僕に問い詰めた。
「そんなんじゃないよ。変な邪推はしないでもらいたいな」
「だったら、結婚を急ぐ必要なんてないじゃない。しばらくお付き合いして、それからゆっくり考えてもいいことでしょう。別に付き合うことまで反対しているわけじゃないのよ」
僕が意固地になっているとでも思ったのだろう。母は少し理解を示すような作戦に切り替えたようだ。
「そうだね。よーく考えてみるよ。それで気持ちが変わらなかったら、結婚してもいいだろう?」
「聡ちゃん!!」
二階の階段へ向かった僕に、母は苛立った声をあげた。
「聡太、勝手なマネは許さないぞ!!」
父の怒鳴り声を背に二階へ駆け上がった。
ーー今まで僕はいい子過ぎたんだ。
ずっと両親の言うことを真に受けて、なんの疑問も持たずに従って、もうそんな風に両親の顔色を伺いながら生きるなんて真っ平だ!
美穂さんが、美穂さんだけが僕に安らぎを与えてくれる。
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