異世界美容院『ANGEL』

イタズ

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三年目

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この世界と繋がって三回目の冬を迎えようとしていた。
美容院『アンジェリ』が開業してからもう二年以上になる。
二周年記念はスタッフ達や仲間内と宴会を開いて大盛り上がりだった。
全員がべらぼうに酔っぱらっていたよ。
酔っぱらったライゼルにウザ絡みされたので、浣腸を思いっきり決めてやった。
それが面白かったのか、数日間浣腸が流行ってしまった。
中坊かっての・・・
大体はモリゾーが餌食になっていたのだが・・・
それにしても三年目を迎えてしまったよ。
もうなのか、まだなのか・・・よく分からんよ・・・



冬の音が忍び寄り、空っ風が舞い、灼熱の太陽も顔を出す時間が短くなっていた頃。
そんな季節であっても美容院『アンジェリ』の庭先では花が咲いている。
白と紫に花弁が染まった小さな花が、来店者の心の雪を溶かしていた。
まだ明け方の早朝の時間、いつもの如くライゼルは庭先を一人で手入れをしている。
身体を絞め詰める風が舞っているが、お構いなしだ。
庭先を微笑ましくライゼルは弄っていた。
とても楽しそうである。

そこにまだ少し眠たげなジョニーが声を掛けていた。

「ライゼル、朝御飯にするぞ」
欠伸を噛み殺し、強く眼を瞑ると、大きく息を吸い込む。
身体を伸ばして、口から細く長く息を吐き出していた。
これはジョニーの癖の一つであった。
ロングブレスである。
それを背中で感じながらライゼルは返事をする。

「分かった、直ぐに行く」
もはや見慣れた早朝のルーティーン。
三年目を迎える美容院『アンジェリ』の、変わらぬ景色がそこにはあった。



ライゼルはジョニーを見つめると、
「旨い!」
トーストに齧りつくと声を挙げる。

朝のこの時間には煩いぐらいのボリュームだ。
それを尻目にクラムチャウダーの入ったお椀を渡すジョニー。
その後ジョニーも椅子に座り、トーストに齧りつく。

「ライゼル、準備は万端か?」
何かの確認を行うジョニー。

「おおよ!俺に任せとけ」
決め顔で返事をしているライゼル。

「そうか・・・絶対にバレるなよ」

「分かってるって」
親指を立てながら平然と答えるライゼルに、目を細めて訝しがるジョニー。

「なんだよ?俺では信用出来無いってか?」

「・・・まあな」
正直に答えるジョニー。

「なっ!・・・お前なあ、今回ばかりは俺も下手は打たねえよ」

「だろうけども、お前は詰めが甘いからな」
疑いの視線は変わってはいない。

「そう言うなって、ここで下手を打ってシルビアを悲しませる俺では無いっての」
ライゼルの鼻息は荒い。

「そうか・・・まあ、任せたぞ」

「おうよ!」
そんなやりとりが早朝の美容院『アンジェリ』では繰り広げられていた。
いったい何が行われるのだか・・・



王妃一行がメイデン領を去って行った。
やっとである。
この一ヶ月間は長かったよ。
それにしても何かと賑やかな日常だったな。
結局、王妃は『アンジェリ』での一ヶ月間を有意義に満喫していたよ。
様々な髪型になり、その度にポラロイドカメラで撮影を行い。
その様は毎回撮影会になっていた。
ポラロイドカメラは俺からのプレゼントだ。
一ケ月間も通いつめてくれるんだから、これぐらいはしてあげないとね。
地味に王妃はポラロイドカメラを使い慣れていた。
国王に差上げたポラロイドカメラをよく使っていたらしい。
流石にフィルムは買って貰ったけどもさ。
此処をプレゼントすると費用がかさむからね。
それにどんだけ撮るか分からないしさ。
実際無茶苦茶撮っていたし・・・何をやってんだか・・・

最初は警護に気を引き締めていたロイヤルガードも、最終的には只の掛け子になっていた。

「王妃様可愛い!」

「王妃様こっち向いて!」

「髪形似合ってます!」

「王妃様!最高!」
この反応に更に気を良くした王妃。
特にライゼルが面倒をみている庭先での撮影が、大のお気に入りとなっていた。
こうなるともうモデルさんだな。
様々な角度で撮影を行い、たくさんの写真を撮っていた。
満更でもない王妃はこれを楽しんでいたよ。
あんたはアイドルかよ・・・
実際可愛らしいご婦人ですけども・・・

皇太子も色々な髪形を試していたが、最終的には前髪を遊ばす髪形になっていた。
所謂アップバングだ。
でもこの人・・・王冠を将来的には被るんだよね、今だけの遊びなのかな?
皇太子はハードワックスを大量に購入していったよ。
好きにすればいいじゃないか、知らんけど。

そしてこっそりと皇太子は俺にお礼を述べていた。
それは温泉である病気が治ったからだ。
その病とは、痔だった・・・
公務に追われて椅子に座り続ける日々が、彼のお尻を硬くしてしまっていたらしい。
長年に渡り、苦しんできた様だ。
にしても温泉凄っ!痔まで治すんかよ。
なんでもありだな・・・

「よかったですね・・・」
こう答えるしかなかった。
というより、俺にお礼を言われてもさ・・・
俺じゃなくて温泉同好会に言ってくださいな。
俺はただ単に温泉を引き当てただけですからね。
運営や経営は丸投げですのでね。

でもそれと同時に、
「フェルンの面倒を見てくれてありがとう、今後もフェルンと仲良くして欲しい。お願い出来るだろうか?」
兄としての礼を述べていた。

よく出来たお兄さんだな。
まあライゼルとは腐れ縁みたいなもんだから、今後も続くんだろうしね。
俺は笑顔で返事をしたよ。

それにしても王妃の人気ぶりは凄かった。
国王の時とは真逆だったよ。
国王の場合は避けている人が大半だったからね。
この違いは何だろうか?
まあ王妃は特段可愛いからね。
気持ちは分からなくはないよ。

実物に会えることを知った者達が大挙していた。
それも『アンジェリ』を中心に。
はっきり言って迷惑だ、いい加減にして欲しい。
これに気を良くした王妃は正にアイドルだった。
気さくに握手とサインに答えていた。
それを戸惑いながらも、必死に王妃を守ろうとするロイヤルガードが可哀想に思えたよ。
終いには持ち物検査まで行っていたしね。
本当に頭が下がる思いだったよ。

そしてその王妃が毎日髪形が変わる事を楽しみに、この王妃のファン達が『アンジェリ』に押し掛けていた。
それに気がつくとファンクラブが出来ていた。
なんとファンクラブの会長はモリゾーだった。
こいつにこんな事が出来るとは意外だ。
人が変わったのか?というぐらい精力的に活動を行っていたよ。

こうなると国王相手の方が楽だったかもしれない。
ここまで人は押しかけて来なかったからね。
どちらかというと、国王を避けていたしね。
特に冒険者とかはさ。
来たのは商人ぐらいだったな。

それにしても俺はぶち切れる寸前だった。
いいから他でやってくれよ!
此処に来るんじぇねえよ!
そう叫びたかった。
だってお客さんが驚いてるじゃんよ。
迷惑だっての!
でもそうともいかず。

「外でやってくれ!せめて温泉宿の前にしてくれ!」
こう言うしかなかった。



そんな王妃と皇太子は王城に帰っていき、その一週間後には、国から魔道具の仕組みが公開された。
遂に国王は有言実行したのだった。

国民達はその発表に驚きを隠すことはなかった。
特に商人達は嬉しく受け留めていた様子。
新たなビジネスチャンスに繋がるのではないかと、期待の眼を向けていた。

一方、魔導士達は最初こそ戸惑っていたが、最終的には苦虫を噛み潰した表情を浮かべる程度だった。
その理由は簡単で、仕組みを公開されたとしても、魔道具を造るには魔導士の存在は必要不可欠だからだ。
でもこれを気に入らないと、国王に抗議をする魔導士も多くいたらしい。
そんなに保守的になって何が楽しいのか。
どうにも魔導士達はやっかいである。

そしてある噂が流れることになった。
それは魔導士制度の廃止である。
魔道具の仕組みの公開は、最初の一手でしかない。
この噂に魔導士達は揺れ、震えあがった。
もうこの国には居られないと、旅立つ決心をした魔導士もいたのだとか。

だが、大半の魔導士は只の噂だと高を括っていた。
建国当初からある法律を変えることなど敵わないと。
それをすることがどれだけ危険な事なのか、国王なら分かるであろう。
聡明な国王がそんな暴挙にでるはずはない。
そう信じて疑わなかった。
でも魔導士達は気を揉む日々を過ごすことになったのであった。



温泉街ララの魔道具屋。
通称魔道具屋『アンジェリ』。
『アンジェリ』を名乗らなくてもいいのに、メイフェザーは譲らなかった。
どうしてもこの店名にすると譲らなかったのだ。
そしてお店が完成し、魔道具が販売されると、人が引っ切り無しに殺到した。
職種を問わず、誰もが魔道具を買いに来た。
こうなってくるとメイフェザー一人ではお店を営業出来ない。
どうしたものかと思っていた所、先回りしたクロムウェルさんから。

「困った事になりましたねえ、四名程雇っておきましたよ」
神が掛かった一言をいただいた。

「ジョニー店長の執事としては当然の采配ですねえ」
俺の執事かどうかはともかく、どうにも痒い所に手が届く存在だ。
とても助かる。

「ありがとうございます!」
クロムウェルさんに全力のお礼を述べておいた。
本当は一般の方には魔道具を販売をしたくはなかったのだが、メイフェザーは美容機材以外の魔道具も精力的に造っていたので、ここは販売するしかなかった。
どうにも痛し痒しである。

そうなると販売に関して従事しなくてよくなったメイフェザーは、次々と魔道具を造っていった。
付いて行くのに必死だと、ヤンレングスさんとゴンガレスさんは愚痴を溢していたよ。
そう言いつつも、二人は遣り甲斐に満ちた表情を浮かべていた。
この二人も生粋の職人である。
連日バー『アンジェリ』にやってきては、三人で生ビールを堪能しているのを見かけた。
職人談義に花を咲かせていたよ。
楽しそうでなりよりだ。



そしてその様子を遠巻きに伺う一団があった。
それは魔導士の一団だった。
どうして魔道具が製造されているのかと、驚きと共に、敵意を向けている。
俺達の専売特許に何をしてくれているのかと、敵愾心を剥き出しにしていた。
しかしそれは俺達も前もって分かっていた事だ、そうなるに決まっていると。

伯爵の、というよりマリアベルさんの手配によって、このお店は警護が万全になされていた。
随時警護の兵士が店内と店外を固めていた。
実際ここまでの警護を掻い潜るのは至難の業だろう。
魔導士対策は万全だという話だ。

恨めしそうに魔導士達は魔道具屋『アンジェリ』を眺めていた。
そして魔導士達はその魔道具屋で販売されている魔道具に戸惑っていた。
それは質が余りに自分達が造る物とは違い、一線を画していたからだ。
高い性能と、耐久性、更には使い易さ。
これが本当に魔道具かと疑うレベルだった。
自分達の造る魔道具とは違い、高品質の魔道具が形成されていた。

魔道具師メイフェザーとはいったい何者なのか。
魔導士達は躍起になっていた。
しかし、その素性は明らかには成らなかった。
メイフェザーの正体を突き止めることはできなかったのだ。
それはそうであろう、エルザの村に繋がる話は完全なガードが敷かれていたからだ。
ここは完全に秘匿される項目だった。
どうしても守らなればいけない理由があるのだから。



王家からの使者が、美容院『アンジェリ』に到着しようとしていた。
王家特製の豪華な馬車が、ロイヤルガードに守られながら歩を進めていた。
随分と堅固に守られている。
お店の前にある道路で待ち構えていたライゼルとクロムウェルに誘導されて、馬車は温泉宿へと進む。
王家からの使者はシュバルツであった。
国王の第一執事である。
シュバルツの手には荷物があり、大事そうに抱えられていた。
これはいったいなんであろうか?
純白の風呂敷に包まれて、中を窺う事は出来なかった。
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