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困ったお客さん
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なんとも評し様がないお客さんが俺の前に立っていた。
どうにも印象が薄いというか、特徴が無いというか・・・
この不思議なお客さんは開口一番に、
「お店を貸切る事は可能でしょうか?」
その様な事を口にしていた。
俺は耳を疑ったよ。
それは無理だろう・・・流石にさ・・・
どんなメニューを望んでいるのかは知らないが無理があるぞ。
ここは飲食店ではないしね。
宴会でもしようってか?
出来ませんての・・・
これは断るしかないよな。
心苦しいがね。
普通に無理です。
申し訳ないが。
「すいませんが、そういった予約は受け付けておりませんので・・・」
だろうなと諦め顔のお客さん。
簡単に引いてくれと助かるのだが、どうだろうか?
商人風の出で立ちだが、なにか違和感を感じる。
これはなんの違和感だろうか?
商人にはちょっと見えないな・・・
なんだろう?・・・よく分からないな・・・
「そうですよね・・・もし、通常の料金の10倍支払うとしたらどうでしょうか?」
はい?どういうこと?
「いや・・・お金の問題ではないというか・・・どういうことでしょうか?」
真相を教えて欲しいよ。
「私もどう説明をしたらいいのか・・・」
困った顔をされても、俺も困っているのだが?
ちゃんと説明して下さいな。
「はあ・・・」
「と・・・とりあえず予約をさせて下さい。5人分・・・」
「はい?」
何ですと?5人分?
どうして?・・・
「え・・・っと・・・」
回答に困ってしまった。
まさかの纏め予約である。
これは美容院ではまず無い予約だ。
稀にあるのは、家族数名で受けたいからということぐらいだが・・・
そんな雰囲気ではないんだよね・・・
そうする事でお店を貸切る事にしようということなんだろうけど。
どうしようかな?
判断に迷う。
「それは本当に5名が来店されるのですか?」
すまんがここは疑わさせて貰うよ。
これを真面に取り合う程、俺の警戒心は薄くない。
もう一度言うが、ここは飲食店ではない。
誕生日パーティーでもしようってか?
なんのつもりだい?
「はい・・・」
あっ!こいつ目線を外しやがった!
絶対に嘘だろうが!
なんなんだよいったい!
分かりやす過ぎるだろうが!
「すいませんが、信じられないですねえ」
ここははっきりと言っておくべきだろう。
どんな事情があるのかは知らないが、駄目なものは駄目だね。
ここは譲りませんよ。
「・・・」
商人風のお客さんは再度困った顔をしていた。
困った顔を見せつけられてもねえ。
俺も困ってるっての。
「申し訳ありませんが、お断りします」
はっきりと断らないと、無理難題を言われかねないしね。
手を変え品を替えで、なんとかお店を貸し切ろうとするかもしれないしさ。
「そう・・・ですよね・・・ではシャンプーの予約をお願いします・・・一人分・・・」
項垂れたお客さんはそう告げた。
「はあ・・・分かりました・・・」
ニュアンス的に自分の予約ではなさそうだ。
いったい誰の代理なんだ?
隣にいるシルビアちゃんも首を傾げていた。
だよね、そうなるよね?
その後お客さんはとぼとぼと帰っていった。
なんだったんだろうか?
さっぱり分からない。
予約名はヘンリー。
どこにでもいそうな名前である。
答えは二ヶ月後になりそうだ。
夜の賄いを食べながら、結局あのヘンリーなるお客さんは何だったのかという話題になった。
「ジョニー店長、もしかして誰かの使いでただ押し付けられただけでは?意味も分からず来店されたとか?」
マリアンヌさんの意見だ。
「なのかなあ?」
可能性としてはあり得るな。
『アンジェリ』は人気店だから、噂を聞いた人が一先ず予約をしておこうと、使いの者を寄越したとか・・・
「これは・・・犯罪の匂いがします・・・」
クリスタルちゃんが突拍子もない事を言い出した。
「どうして?」
「5人分の予約って・・・全席ということですよね・・・」
「そっ・・・そうだね・・・」
「その時間はその予約の人達でお店は拘束されますよね?」
「だね・・・」
「そこでこのお店に手を掛けよう!・・・ってどうでしょうか?」
・・・無いな。
この子はどうしてそういう事を考えたのだろう?
聊か神経を疑ってしまうのだが・・・
それに日中堂々と強盗や犯罪を行うなんて想像しづらいよ。
大丈夫か?クリスタルちゃん。
「クリスタルちゃん・・・それは無いな」
「でしょうか?」
「だってさ、考えてもみてよ。予約の前後のお客さんも居合わせるだろうし、店販商品を買いに来るお客さんなんて、いつ来てもおかしくはないじゃない?」
「確かに・・・」
そう言いつつもまだ疑っているクリスタルちゃん。
「ジョニー店長・・・」
シルビアちゃんの眼が光る。
これは何かを確信したか?
「ん?」
「これは・・・この店に来たことを悟られたくない誰かではないでしょうか?」
「ああ・・・」
これはあり得るな・・・
いや、この線が濃いと思う。
でもそんな人となるといったい誰だろうか?
美容院に来たことを知られなくないって・・・
さっぱり分からんよ。
「かもしれないね・・・」
「ですよね、だって、このお店に来たい、でもこのお店に来たことを誰にも悟られたくない。違いますか?」
「そうかもね・・・でも悟られたくない誰かって誰だろうか?」
「それは・・・分かりませんね・・・」
「だよねー・・・」
空中戦は結論を得ない儘に、終戦を告げた。
その翌日。
今度は違う意味での困ったお客さんが現れた。
老齢の女性である。
寒い時期ということもあってか、ローブを纏っている。
「「「いらっしゃいませ!」」」
元気にお客さんを受け入れる三人。
俺はちょっと今は手が離せない。
ごめんなさいね。
此処をこうしてこうと・・・良し。
「いらっしゃいませ!」
俺は一泊遅れて挨拶を行った。
その女性はフードを脱いだ。
風貌が明らかになる。
白髪交じりのウエーブヘアーが顔を覗かした。
白髪が年齢を感じさせる。
何とも言えない威圧感が漂っている。
その女性は鋭い眼つきでこちらを睨むと、
「ストレートパーマとやらをして貰おうか?」
高飛車に話し掛けてきた。
おおー!
なかなかの上から目線だ。
フェリアッテ程ではないけれど・・・
「えーと、ご予約は?」
「予約?していないが?いるのか?」
なんでそんな事をする必要があるのか?と顔に書いてあった。
「このお店は予約制ですので、今からとはいかないんですよ。ご予約をされていきますか?」
「なんじゃと?・・・今直ぐ出来ぬというのか?」
「はい、申し訳ありませんが」
「ぐぬぬ・・・何でじゃ?!せっかく足を運んだというのに!何とかせい!」
いきなり大きな声で凄みだした。
やれやれ・・・たまにいるんだよね・・・こういう人。
どうしてだろうね?
我儘というか、自分勝手と言うか・・・
自分が正しい、自分が正義だと疑わない。
特別扱いを受けて当たり前という態度。
はっきりってムカつく。
こういう輩が俺は一番嫌いだ。
「お断りします、他のお客さんの迷惑になります。お帰り下さい」
先ずは真摯に対応する。
俺は大人なんでね。
でもさっさと帰ってくれよ。
大きな声にお客さんがビックリしているじゃないか。
迷惑なんですよ。
分からないかな?
分からないんでしょうね?
あー、やだやだ。
「帰れじゃと?!」
こいつ聞いていなかったのか?
「はい、それも今直ぐに」
「なんと?!この大魔導士のメメルナ様に向かって、どういう口の利き方をしておるのじゃ!」
はあ?大魔導士?知らんがな・・・
大魔導士だったらなんなんだ?
特別扱いされて当たり前だと?
あり得ませんての。
お帰り下さい。
「いいからお帰り下さい、大魔導士様。お出口はあちらです」
俺は出口を指し示した。
「ムキー!!!ゆ、許さんぞ!我を侮辱しおってからに!」
遂には地団駄を踏み出した。
あれまあ、お行儀の悪い婆様だこと。
こういう齢の取り方はしたくないよね。
というより、前にライゼルが魔導士なんてろくでもないと言っていたのは、こういうことなのかもしれないな。
自分は特別だと勘違いしているみたいな?
その線が強いのかもしれないね。
あー、やだやだ。
「えーっと、摘まみだしますよ?」
俺は笑顔の儘である。
こう言ってはなんだが、こういった輩には慣れっこなのだ。
実際にこれまでも、同様の無理を言ってきたお客さんは少なからずいた。
豪商やら冒険者やら。
どうしてああも偉そうにできるのか?
俺にはさっぱり分からない。
こう言っては何だが、自分の髪を切って貰うんだよ。
無茶苦茶な髪形にされたらどうすんのよ?
俺の感覚としては、自分の髪形を無茶苦茶にされるのだけは勘弁して欲しい。
だって自分で自分の髪を切る事は出来ないからね。
どんな熟練の美容師でもさ。
何度もう一人自分が居て欲しいと思ったことか・・・
「何を!グヌヌヌヌ!!許さんぞ!この店を灰にしてやろうか?!」
あーあ、言っちゃったという顔でシルビアちゃんが魔導士を見ていた。
マリンヌさんとクリスタルちゃんもそれに続く。
このワードは禁句である。
『アンジェリ』に手を掛けるが一番のNGワードなのである。
そう俺にとって。
堪忍袋の緒が切れる音がした気がした。
ブチってね。
「婆あ!やれるもんならやってみろ!何が大魔導士だ?!只のクレーマーだろうが!二度と敷居を跨ぐんじゃねえ!」
すまんが切れさせて貰うよ。
相手が老齢の女性であっても、俺はNGワードを口にした者には手心は加えれないのでね!
しっかりとお仕置きをしてやるよ!
「婆あじゃと?」
身構える魔導士。
「どこからどう見ても婆あじゃねえか!婆あに婆あと言って何が悪い!」
「ムムム!・・・燃やしてやる!喰らえ!」
そう言うと魔導士は手を翳して、ブツブツと呪文を唱えだした。
俺は腕を組んで真正面から相対する。
早く魔法を放ってみろっての。
出来るもんならな。
そして三白眼であった魔導士の表情がどんどんと曇り出す。
「な・・・どういうことじゃ・・・どうなっておる・・・魔法が・・・発動せぬ・・・」
「婆あ!とっとと帰れ!摘まみだすぞ!」
俺は魔導士に滲みよる。
「アワワワワ!何でじゃ!何でなんじゃ!」
「煩せえ!さっさと帰りやがれ!」
ワナワナと震え出した魔導士。
怯えた表情でこちらを見ている。
俺は魔導士の首根っこを掴んで店先に引きずり出した。
そして店先に放り投げた。
ポイってね。
老齢の女性にとってはならない態度だが、NGワードを吐いたこいつが悪い。
コンプライアンス?
それって美味しいの?
それに好き勝手に振舞えるほど、この美容院『アンジェリ』は安くはないのだよ。
腰を抜かした婆様は四つん這いで逃げ出していった。
もう二度とくるんじゃねえぞ!
塩撒いてやろうか!
シルビアちゃんとマリアンヌさんがため息を付いていた。
クリスタルちゃんは鼻で笑っている。
「お騒がせしてごめんなさいね」
お客さんには念のため謝っておいた。
お客さん達は様々な反応を示していた。
驚きを隠さない人。
笑っている人。
無表情な人。
「シルビアちゃん、チョコレートを出そうか・・・」
「はい!」
待ってましたと反応するシルビアちゃん。
そう、トラブル回避の甘味である。
普段は出さないおやつである。
迷惑をかけた時にお出しする一品だ。
そうブラック●ンダーだ。
実は箱買いしてバックルームに常設している。
提供する必要はないんだけど、お気持ち程度ってことだよ。
嫌な気持ちにさせたね、ほんのお気持ちですってね。
因みにシルビアちゃん達には好きに食べていいからね、と伝えてあるのだが、何故お客さんにお出しした時にしか食べない。
何でだろうか?彼女達なりの気遣いなのかな?
カロリーが気になるのかな?
お客さん達は喜んで食べてくれた。
とうより、もっとくれと視線が痛い。
一人一個でお願いします。
出来れば騒ぎ立てないでくれると助かります。
だって、このお店で騒ぎが起こると甘味が提供されるなんて噂がたったら困るからさ。
それ目的で来店されたら適わんぞ・・・
そして、厳密にはお客さんではないのだが、少々困った人が、決まって水曜日の10時に現れる。
通称植物爺さんだ。
この爺様はかなり独特だ。
ある時突然爺様はお店に現れた。
お店の中に入ると、植物を指さして。
「良し!良し!」
と騒いでいた。
突拍子のない出来事に俺も固まってしまったよ。
いらっしゃいませの言葉も耳に入っておらず。
一目散に観葉植物に点呼をしていた。
そして店内の全ての観葉植物の点呼を終えると店先に出て、庭先の植物や花を点呼するのだった。
全くもって理解不能。
どんな動機で、どんな思いで植物を点呼しているのかは分からない。
意味不明な爺様だ。
最近ではもう慣れてきていて。
挨拶すらもおこなっていない。
先日は条件反射で反応して挨拶してしまったクリスタルちゃんが舌打ちをしていた。
「チッ!」
植物爺さんを睨みつけていた。
止めてあげて、たぶん悪気はないと思うから・・・
たぶんね・・・
こないだはライゼルが、
「ジョニー!聞いてくれよ!植物爺いがさあ、良し良し!ってやらなかったんだぜ!どうなんだよ?!どう思う?!」
知らんがな・・・
ていうか・・・どうでもいいよ。
何とも思わんぞ・・・
ライゼルよ・・・そんなに良し良し!って爺様にされたいのかい?
俺は無視しているのだが?
そんな困った人達もいるというお話でした。
どうにも印象が薄いというか、特徴が無いというか・・・
この不思議なお客さんは開口一番に、
「お店を貸切る事は可能でしょうか?」
その様な事を口にしていた。
俺は耳を疑ったよ。
それは無理だろう・・・流石にさ・・・
どんなメニューを望んでいるのかは知らないが無理があるぞ。
ここは飲食店ではないしね。
宴会でもしようってか?
出来ませんての・・・
これは断るしかないよな。
心苦しいがね。
普通に無理です。
申し訳ないが。
「すいませんが、そういった予約は受け付けておりませんので・・・」
だろうなと諦め顔のお客さん。
簡単に引いてくれと助かるのだが、どうだろうか?
商人風の出で立ちだが、なにか違和感を感じる。
これはなんの違和感だろうか?
商人にはちょっと見えないな・・・
なんだろう?・・・よく分からないな・・・
「そうですよね・・・もし、通常の料金の10倍支払うとしたらどうでしょうか?」
はい?どういうこと?
「いや・・・お金の問題ではないというか・・・どういうことでしょうか?」
真相を教えて欲しいよ。
「私もどう説明をしたらいいのか・・・」
困った顔をされても、俺も困っているのだが?
ちゃんと説明して下さいな。
「はあ・・・」
「と・・・とりあえず予約をさせて下さい。5人分・・・」
「はい?」
何ですと?5人分?
どうして?・・・
「え・・・っと・・・」
回答に困ってしまった。
まさかの纏め予約である。
これは美容院ではまず無い予約だ。
稀にあるのは、家族数名で受けたいからということぐらいだが・・・
そんな雰囲気ではないんだよね・・・
そうする事でお店を貸切る事にしようということなんだろうけど。
どうしようかな?
判断に迷う。
「それは本当に5名が来店されるのですか?」
すまんがここは疑わさせて貰うよ。
これを真面に取り合う程、俺の警戒心は薄くない。
もう一度言うが、ここは飲食店ではない。
誕生日パーティーでもしようってか?
なんのつもりだい?
「はい・・・」
あっ!こいつ目線を外しやがった!
絶対に嘘だろうが!
なんなんだよいったい!
分かりやす過ぎるだろうが!
「すいませんが、信じられないですねえ」
ここははっきりと言っておくべきだろう。
どんな事情があるのかは知らないが、駄目なものは駄目だね。
ここは譲りませんよ。
「・・・」
商人風のお客さんは再度困った顔をしていた。
困った顔を見せつけられてもねえ。
俺も困ってるっての。
「申し訳ありませんが、お断りします」
はっきりと断らないと、無理難題を言われかねないしね。
手を変え品を替えで、なんとかお店を貸し切ろうとするかもしれないしさ。
「そう・・・ですよね・・・ではシャンプーの予約をお願いします・・・一人分・・・」
項垂れたお客さんはそう告げた。
「はあ・・・分かりました・・・」
ニュアンス的に自分の予約ではなさそうだ。
いったい誰の代理なんだ?
隣にいるシルビアちゃんも首を傾げていた。
だよね、そうなるよね?
その後お客さんはとぼとぼと帰っていった。
なんだったんだろうか?
さっぱり分からない。
予約名はヘンリー。
どこにでもいそうな名前である。
答えは二ヶ月後になりそうだ。
夜の賄いを食べながら、結局あのヘンリーなるお客さんは何だったのかという話題になった。
「ジョニー店長、もしかして誰かの使いでただ押し付けられただけでは?意味も分からず来店されたとか?」
マリアンヌさんの意見だ。
「なのかなあ?」
可能性としてはあり得るな。
『アンジェリ』は人気店だから、噂を聞いた人が一先ず予約をしておこうと、使いの者を寄越したとか・・・
「これは・・・犯罪の匂いがします・・・」
クリスタルちゃんが突拍子もない事を言い出した。
「どうして?」
「5人分の予約って・・・全席ということですよね・・・」
「そっ・・・そうだね・・・」
「その時間はその予約の人達でお店は拘束されますよね?」
「だね・・・」
「そこでこのお店に手を掛けよう!・・・ってどうでしょうか?」
・・・無いな。
この子はどうしてそういう事を考えたのだろう?
聊か神経を疑ってしまうのだが・・・
それに日中堂々と強盗や犯罪を行うなんて想像しづらいよ。
大丈夫か?クリスタルちゃん。
「クリスタルちゃん・・・それは無いな」
「でしょうか?」
「だってさ、考えてもみてよ。予約の前後のお客さんも居合わせるだろうし、店販商品を買いに来るお客さんなんて、いつ来てもおかしくはないじゃない?」
「確かに・・・」
そう言いつつもまだ疑っているクリスタルちゃん。
「ジョニー店長・・・」
シルビアちゃんの眼が光る。
これは何かを確信したか?
「ん?」
「これは・・・この店に来たことを悟られたくない誰かではないでしょうか?」
「ああ・・・」
これはあり得るな・・・
いや、この線が濃いと思う。
でもそんな人となるといったい誰だろうか?
美容院に来たことを知られなくないって・・・
さっぱり分からんよ。
「かもしれないね・・・」
「ですよね、だって、このお店に来たい、でもこのお店に来たことを誰にも悟られたくない。違いますか?」
「そうかもね・・・でも悟られたくない誰かって誰だろうか?」
「それは・・・分かりませんね・・・」
「だよねー・・・」
空中戦は結論を得ない儘に、終戦を告げた。
その翌日。
今度は違う意味での困ったお客さんが現れた。
老齢の女性である。
寒い時期ということもあってか、ローブを纏っている。
「「「いらっしゃいませ!」」」
元気にお客さんを受け入れる三人。
俺はちょっと今は手が離せない。
ごめんなさいね。
此処をこうしてこうと・・・良し。
「いらっしゃいませ!」
俺は一泊遅れて挨拶を行った。
その女性はフードを脱いだ。
風貌が明らかになる。
白髪交じりのウエーブヘアーが顔を覗かした。
白髪が年齢を感じさせる。
何とも言えない威圧感が漂っている。
その女性は鋭い眼つきでこちらを睨むと、
「ストレートパーマとやらをして貰おうか?」
高飛車に話し掛けてきた。
おおー!
なかなかの上から目線だ。
フェリアッテ程ではないけれど・・・
「えーと、ご予約は?」
「予約?していないが?いるのか?」
なんでそんな事をする必要があるのか?と顔に書いてあった。
「このお店は予約制ですので、今からとはいかないんですよ。ご予約をされていきますか?」
「なんじゃと?・・・今直ぐ出来ぬというのか?」
「はい、申し訳ありませんが」
「ぐぬぬ・・・何でじゃ?!せっかく足を運んだというのに!何とかせい!」
いきなり大きな声で凄みだした。
やれやれ・・・たまにいるんだよね・・・こういう人。
どうしてだろうね?
我儘というか、自分勝手と言うか・・・
自分が正しい、自分が正義だと疑わない。
特別扱いを受けて当たり前という態度。
はっきりってムカつく。
こういう輩が俺は一番嫌いだ。
「お断りします、他のお客さんの迷惑になります。お帰り下さい」
先ずは真摯に対応する。
俺は大人なんでね。
でもさっさと帰ってくれよ。
大きな声にお客さんがビックリしているじゃないか。
迷惑なんですよ。
分からないかな?
分からないんでしょうね?
あー、やだやだ。
「帰れじゃと?!」
こいつ聞いていなかったのか?
「はい、それも今直ぐに」
「なんと?!この大魔導士のメメルナ様に向かって、どういう口の利き方をしておるのじゃ!」
はあ?大魔導士?知らんがな・・・
大魔導士だったらなんなんだ?
特別扱いされて当たり前だと?
あり得ませんての。
お帰り下さい。
「いいからお帰り下さい、大魔導士様。お出口はあちらです」
俺は出口を指し示した。
「ムキー!!!ゆ、許さんぞ!我を侮辱しおってからに!」
遂には地団駄を踏み出した。
あれまあ、お行儀の悪い婆様だこと。
こういう齢の取り方はしたくないよね。
というより、前にライゼルが魔導士なんてろくでもないと言っていたのは、こういうことなのかもしれないな。
自分は特別だと勘違いしているみたいな?
その線が強いのかもしれないね。
あー、やだやだ。
「えーっと、摘まみだしますよ?」
俺は笑顔の儘である。
こう言ってはなんだが、こういった輩には慣れっこなのだ。
実際にこれまでも、同様の無理を言ってきたお客さんは少なからずいた。
豪商やら冒険者やら。
どうしてああも偉そうにできるのか?
俺にはさっぱり分からない。
こう言っては何だが、自分の髪を切って貰うんだよ。
無茶苦茶な髪形にされたらどうすんのよ?
俺の感覚としては、自分の髪形を無茶苦茶にされるのだけは勘弁して欲しい。
だって自分で自分の髪を切る事は出来ないからね。
どんな熟練の美容師でもさ。
何度もう一人自分が居て欲しいと思ったことか・・・
「何を!グヌヌヌヌ!!許さんぞ!この店を灰にしてやろうか?!」
あーあ、言っちゃったという顔でシルビアちゃんが魔導士を見ていた。
マリンヌさんとクリスタルちゃんもそれに続く。
このワードは禁句である。
『アンジェリ』に手を掛けるが一番のNGワードなのである。
そう俺にとって。
堪忍袋の緒が切れる音がした気がした。
ブチってね。
「婆あ!やれるもんならやってみろ!何が大魔導士だ?!只のクレーマーだろうが!二度と敷居を跨ぐんじゃねえ!」
すまんが切れさせて貰うよ。
相手が老齢の女性であっても、俺はNGワードを口にした者には手心は加えれないのでね!
しっかりとお仕置きをしてやるよ!
「婆あじゃと?」
身構える魔導士。
「どこからどう見ても婆あじゃねえか!婆あに婆あと言って何が悪い!」
「ムムム!・・・燃やしてやる!喰らえ!」
そう言うと魔導士は手を翳して、ブツブツと呪文を唱えだした。
俺は腕を組んで真正面から相対する。
早く魔法を放ってみろっての。
出来るもんならな。
そして三白眼であった魔導士の表情がどんどんと曇り出す。
「な・・・どういうことじゃ・・・どうなっておる・・・魔法が・・・発動せぬ・・・」
「婆あ!とっとと帰れ!摘まみだすぞ!」
俺は魔導士に滲みよる。
「アワワワワ!何でじゃ!何でなんじゃ!」
「煩せえ!さっさと帰りやがれ!」
ワナワナと震え出した魔導士。
怯えた表情でこちらを見ている。
俺は魔導士の首根っこを掴んで店先に引きずり出した。
そして店先に放り投げた。
ポイってね。
老齢の女性にとってはならない態度だが、NGワードを吐いたこいつが悪い。
コンプライアンス?
それって美味しいの?
それに好き勝手に振舞えるほど、この美容院『アンジェリ』は安くはないのだよ。
腰を抜かした婆様は四つん這いで逃げ出していった。
もう二度とくるんじゃねえぞ!
塩撒いてやろうか!
シルビアちゃんとマリアンヌさんがため息を付いていた。
クリスタルちゃんは鼻で笑っている。
「お騒がせしてごめんなさいね」
お客さんには念のため謝っておいた。
お客さん達は様々な反応を示していた。
驚きを隠さない人。
笑っている人。
無表情な人。
「シルビアちゃん、チョコレートを出そうか・・・」
「はい!」
待ってましたと反応するシルビアちゃん。
そう、トラブル回避の甘味である。
普段は出さないおやつである。
迷惑をかけた時にお出しする一品だ。
そうブラック●ンダーだ。
実は箱買いしてバックルームに常設している。
提供する必要はないんだけど、お気持ち程度ってことだよ。
嫌な気持ちにさせたね、ほんのお気持ちですってね。
因みにシルビアちゃん達には好きに食べていいからね、と伝えてあるのだが、何故お客さんにお出しした時にしか食べない。
何でだろうか?彼女達なりの気遣いなのかな?
カロリーが気になるのかな?
お客さん達は喜んで食べてくれた。
とうより、もっとくれと視線が痛い。
一人一個でお願いします。
出来れば騒ぎ立てないでくれると助かります。
だって、このお店で騒ぎが起こると甘味が提供されるなんて噂がたったら困るからさ。
それ目的で来店されたら適わんぞ・・・
そして、厳密にはお客さんではないのだが、少々困った人が、決まって水曜日の10時に現れる。
通称植物爺さんだ。
この爺様はかなり独特だ。
ある時突然爺様はお店に現れた。
お店の中に入ると、植物を指さして。
「良し!良し!」
と騒いでいた。
突拍子のない出来事に俺も固まってしまったよ。
いらっしゃいませの言葉も耳に入っておらず。
一目散に観葉植物に点呼をしていた。
そして店内の全ての観葉植物の点呼を終えると店先に出て、庭先の植物や花を点呼するのだった。
全くもって理解不能。
どんな動機で、どんな思いで植物を点呼しているのかは分からない。
意味不明な爺様だ。
最近ではもう慣れてきていて。
挨拶すらもおこなっていない。
先日は条件反射で反応して挨拶してしまったクリスタルちゃんが舌打ちをしていた。
「チッ!」
植物爺さんを睨みつけていた。
止めてあげて、たぶん悪気はないと思うから・・・
たぶんね・・・
こないだはライゼルが、
「ジョニー!聞いてくれよ!植物爺いがさあ、良し良し!ってやらなかったんだぜ!どうなんだよ?!どう思う?!」
知らんがな・・・
ていうか・・・どうでもいいよ。
何とも思わんぞ・・・
ライゼルよ・・・そんなに良し良し!って爺様にされたいのかい?
俺は無視しているのだが?
そんな困った人達もいるというお話でした。
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