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3皿目:巨心の坦懐
しおりを挟むいつものように狩りを済ませて家に戻ろうとした時、ボガードは、森の中がざわついていることに気が付いた。
ボガードは、猟師である。
狩場は主に、この森の先にある山岳地帯のほうだが、この森のことだって、ほとんど毎日のように通り過ぎるのだから、村の人族の中では詳しいほうだろう。
そんなボガードに言わせれば、森がざわつくのは特に珍しいことではない。
多くの動植物が生息する緑深い森の中、食物連鎖は日々途切れることなく続いているのだ。
どうせ、野犬か何かがこのあたりで狩りをしているのだろう。
最初は、そうとだけ思って少し気を取られただけだったが、ざわめく草木の音の中に、甲高く聞き覚えのない鳴き声を聞き取り、ボガードは不思議に思って帰宅の足を止めた。
――……ネズミか?いや、ウサギか?
……いや、ネズミにしては立てる音が大きく、ウサギにしては足が遅い。
それに、あの鳴き声。逃げているのだろうに、なぜ口を閉じて身を潜ませず、あんなに鳴いているのだろう?
小動物らしく声量は小さいが、野生の動物としては違和感が拭えない。
――少し、見ていくか。
家には待つ者もなく、どうせ急ぐ家路でもない。
これが万が一、村の赤ん坊が野猿に連れ去られでもしたものだったら、見過ごすのもいけないかと、ボガードは少し寄り道をして帰ることにした。
慣れた道のりから外れてわざと足音を立てれば、多少遠くとも、野犬どもは気配を察知して逃げていく。
しかし、追われていたほうはといえば、ボガードの存在に気づかないのか、視認できる距離に近づいても逃げる素振りがなかった。
地上からはそこそこあるものの、安全とも言えない高さの木の枝にしがみつき、野犬の去った後をきょろきょろと眺めている。
この危機感のなさ。やはり野生動物ではないなとボガードは確信した。
――……赤ん坊?……いや…………。
暗がりの中、目を凝らせば凝らすほど違和感が増していく。
ーーそれは、何とも言えない生き物だった。
人族かといわれれば、背格好はなるほど、3,4歳児程度の幼児にも見えるだろう。
しかし、人族にしては体毛がうすく、皮膚の色も白すぎる。
伸びやかな手足は細すぎるし、何よりつるんとした体は柔らかそうで、つついたら潰れてしまいそうだ。
ようやく、気配に気づいたらしい生き物の背中がビクリと震えたのを見て、ボガードは素早くひょいと飛び上がり、その生き物を掬い取った。
片手で十分に持ち切れる、ガリガリで小さな生き物だ。
中身が詰まっているとは思えないくらい軽く、全身がつるんとして触り心地の良い、柔らかい生き物だった。
人族でないのなら、別に逃がしてしまっても良い。
しかし未知の生き物への好奇心と、吹けば飛ぶようなか弱い姿に、ついつい気をとられる。
――……どうしようか。
見下ろせば、艶やかな黒毛に覆われた頭部が目に入る。
頭の形は卵型に近く、首は折れそうな程に細い。
目は大きいが眼孔や鼻の堀りは浅く、女子供の好みそうな可愛らしい風貌をしていた。
「……新種の動物か、人族の遠戚か」
まだ成獣でないとすれば、大きく育てば人族に似た姿形に育つのかもしれない。
いずれにしろ、ただ見て見ぬふりをするには人族に似すぎているし、このままで森の弱肉強食に勝てるとも思えない。
ボガードは固まって動かない生き物を抱えて、一度家に戻ることにした。
ーーボガードの家は、村の外れにある一軒家だ。
村の中に実家はあるが、猟師として独り立ち出来るようになってからは、自立して猟師一本で生計を立てている。
用事があれば実家にも寄るが、ボガードはこの村はずれの静かな一軒家暮らしが自分の性に合っていると感じていた。
家に着くと、まずボガードは新種の生き物を居間の床に下ろし、背中に背負っていた狩りの成果物を作業場に運んでいった。
居間に生肉を置いたままでは、生臭くてかなわない。作業場に置いても早く処理をしなければ臭くなるだろうが、今に限っては肉の処理は後回しだ。
急いで居間に戻ると、生き物は少し腰を屈めながら気弱そうにあたりを眺めまわしているところだった。
人族の家が珍しいのだろう。
野犬や野狐のように鼻をひくつかせないあたり、嗅覚は弱い生き物とみえる。
視線が窓やドアを行き来しているから外に出たいのだろうが、野犬にも後れをとるようなか弱い生き物が、夜の森に戻ったところで到底生きられる訳がない。
それを裏付けるかのように、小さな生き物はボガードと少し目が合っただけで、可哀想なぐらいにピンと背筋を強張らせてカチンコチンに固まってしまった。
「大丈夫だ。取って喰いやしない。しかし……」
ボガードは、生き物の全身に目線を走らせた。
生き物は、あちこちに怪我をしている。
犬の匂いはしないから犬に噛まれた訳ではないだろうが、それにしても体中傷だらけだ。
普通は、人族であれ野生動物であれ、木や枝が多少掠ったくらいでは怪我などしないのだが、この生き物は違う。
柔らかい皮膚だ。普通の生き物にしてはあるまじき防御力のなさだが、そんなことに構う余裕もなく必死に逃げていたのだろう。
「ほら来い、手当をしてやろう」
ボガードは、出来るだけ優しい声を心がけながら、姿勢を低くして歩み寄った。
小さい子どもには割と怖がられがちなボガードだが、年の離れた5歳の弟がいる経験から、子どもに警戒されにくい動作はそれなりに習得している。
しかし、そんな歩み寄りも虚しく、生き物は何か甲高い鳴き声を上げながら反対にじりじりと後退っていった。怯えて警戒しているのは明白だ。
1歩近づけば3,4歩は離れていくので、全く距離が縮まらない。
「おい……大丈夫だと言っているだろう」
そろそろ焦れてきたころ、壁際に追い込まれてようやく後退りが止まった。
ボガードは警戒されているのは分かっているが、だからといって放っておいてやる訳にもいかない。
殊更ゆっくりと腕を伸ばした。
うまい具合に固まりきっている。すぐに捕まるだろう。
そう思った矢先、生き物は緊張の糸が切れたように突然ピョンと飛び跳ねると、凄い勢いで走り出した。掴み損ねた手が宙をかく。
「あ、しまった……」
小さい生き物は以外と俊敏に、しかし椅子や壁に思い切りぶつかりながらあちこち逃げ回った。
テーブルの下をくぐって椅子を倒し、棚にぶつかって時計が転げ落ちる。その後を血の跡が点々と続き、どこをどう通ったのかが丸わかりだ。
生き物の行く先に木箱が積み上がっている。
あ、と思った時にはその隙間に体を滑り込ませ、山積みの木箱の奥の奥までもぐりこんでしまった。
「これはまた……面倒なところに隠れたな」
ボガードが一人暮らしを始めた頃から、ほとんど変わらずに積み上がっている木箱の山だ。
つまり、引っ越してきたまま荷解きしていない荷物である。
それでも手前のほうは買ってきた野菜や狩猟道具なども入っていて入れ替わりがあるのだが、奥のほうは掃除すらせずに放置してあるのだ。虫でも湧いていなければ良いのだが。
キィキィと小さな鳴き声を立てている生き物は、木箱の細い隙間からあちこちを覗いては、まだ逃げる算段のようだ。
ーーこれ以上、逃げられてはかなわない。
ボガードは木箱の配置を確認すると、生き物が通り抜けられそうな細い隙間を木箱をずらして覆い隠し、逃げ道を全て塞ぐことにした。
そうして逃げられないようにしてから、ボガードと生き物を隔てる木箱を1つ1つ取り除いていく。
ようやく手の届く範囲まで距離を詰める事ができたボガードは、慎重に最後の木箱をずらして腕1本分の隙間を作り、生き物の首根っこをつかまえることに成功したのだった。
「……まったく……」
ボガードのため息交じりの声に応えるように、生き物が「……ナウゥ」と降参の声をあげた。
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