シンデレラはみんなにハメられて幸せになりました

蟻と猿の糸つむぎ

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2.どうぞよくご覧になってください (※視姦)

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 ドキドキする胸を抑えられないまま、シンデレラを乗せた馬車は宮廷に到着した。

 宮廷内はとても広いし入ったことも数えるほどしかないが、よく貴族達を招いて行事を行う前宮殿の大広間では、楽しそうな音楽や笑い声が響いている。

 表門で例の真っ黒な招待状を見せると、衛兵はなぜか前宮殿の大広間ではなく、奥にあるらしい大きな別の宮殿へとかぼちゃの馬車を誘導した。不思議に思いながらもまたしばらく行けば、ピカピカに磨かれた白亜の大理石の階段の前で馬車は緩やかに速度を落とし、停車する。

 扉を開けばそこもまた音楽に溢れ、楽しそうな笑い声が響く舞踏会場のようで、私はほっと安堵の息を吐いた。



「ご令嬢……エル・オベンニュ男爵令嬢ではありませんか?お待ちしておりましたよ…………お手をどうぞ」



 エル・オベンニュ……それは、普段はシンデレラ・・・・・・つまり、シン・デ・エル(灰かぶりのエル)と呼ばれている私の、久しく聞く機会もなかった私の本名であった。



 扉の前で待ち構えていた紳士……誰だろうか、社交界に疎い私には残念ながらそれが誰なのかはわからなかったが、20代前半くらいだろう、顔立ちの整った騎士のようにたくましい体格の紳士が手を差し出してくださった。

 どうして、私の名を知っているのだろう。そう首を傾げれば、紳士は私の持っていた真っ黒な招待状を指さして、「白いタンポポを持つのはエル嬢、あなただけなのです」と教えてくださった。



「……もしかして、エスコートのためにずっと待っていてくださったのですか?……付き添いがおらず、申し訳ありません。お気遣いいただき、感謝申し上げますわ」



 私はお礼をのべて丁寧にお辞儀をしてから、キラキラと透けて光るイブニンググローブの指先をその大きな手の平の上へとそっと触れさせた。



「いいえ、エル嬢。あなたのように美しい方をエスコートできるのなら、私は何日だってここで待っていますよ。……本当に、天使のように可憐で美しい人だ。今日はわたしの人生で最も幸せな一日に違いありません」



 温かい手のひらで私の指先を包み込んだ紳士は、私を恭しくエスコートしながらもあふれるような褒め言葉を私なんかに囁いてくださった。

 …………これが、社交界の通過儀礼というものなのだろうか。もしくは、魔法使い様の魔法が容姿のほうにまで作用しているのかもしれない。

 いずれにせよとてもありがたい気遣いに、私は溢れるような喜びを隠しきれずに微笑んだ。



 男性から女性に美辞麗句を述べても、女性はそれに答えてはならない。女性からの返答があった場合、それは女性からのアプローチとみなされてしまうからだ。

 扇子を借りてくれば良かった。そうすれば、単なる挨拶にまで赤くなってしまうこの堪え性がなく直情的なはしたない顔を隠すことができるのに。



「会場に着きましたら、わたくしはお母様とお姉様を探してまいりますわ」



 赤い顔を見せなくて済むように、大理石の階段を確認するふりをして俯く。

 しかし次に続いた紳士の言葉に、私は飛び上がるほどに驚いてしまった。



「お母様と、お姉様ですか?この会場にはいらっしゃらないと思いますよ……なにせ、この舞踏会に招待を受けたご令嬢は、エル嬢、ただ1人だけですから」

「えっ?」



 ちょうど、辿り着いた舞踏会場の扉が目の前で開いていく。

 キラキラと美しいシャンデリアが輝く、大きくて荘厳な鏡張りの舞踏会場……………………賑やかに談笑するその声が、やけに低いものばかりであることに、私は今この時までまったく気がつかなかった。



「ぇ…………ひとり?」

「えぇ。女性はエル嬢ただ1人だけですよ。第一王子妃を決める舞踏会が、ちょうど前宮殿で開かれていましたから、勘違いしてしまいましたか?……純白の招待状は前宮殿の舞踏会。ここは……黒い招待状の者しか立ち入れない、奥宮殿の選定舞踏会………………王子妃ではなく、王宮の“愛妃”を決めるための……あなたというこの国で最も美しい令嬢を、愛妃にすべく選定するための、黒の舞踏会なのですよ」



 くい、と優しく引っ張られた手につられて、ガラスの靴が一歩、舞踏会場へと足を踏み入れる。



「ほら、私達にきちんと見せてくださいね。今日はエル嬢のための選定舞踏会…………あなたのすべてを余すところなく、我々は見定めなければならないのですから」

「せ…………選定?わたくしを、みなさまが……見定め、る?」

「えぇ」



 混乱した頭で、何とか思い出す。純白の招待状、添えられたマーガレットの花。1人だけ届いた真っ黒な招待状。シロバナタンポポの花言葉は、“わたしを探して、わたしを見つめて“……………………あぁ、間違いなどではない。



「…………………」



 湖面に広がる景色のように、光を反射しシャンデリアを映し出す眩いばかりの床材。四方ともに鏡張りの壁と、美しく輝くその床材が、同じ材質であるなどとは思いもしなかった。

 こつりと当たったガラスの靴が、そのまま靴の中裸足の足の裏を明瞭に映しこむ。



「あ…………あぁ」



 鏡。鏡だらけだ。

 どこもかしこも、鏡だらけ。七色に輝くドレスを着た少女が、すべての鏡の中からこちらを覗いている。



 ペタリ、思わずへたり込んでしまった。



 ……選定の、舞踏会。

 ここは、第一王子妃を探す夢の舞踏会ではない。

 しかし間違いなく、私にとってここは、求められて招待された、夢のような……待ちに待った、私の舞踏会場だった。





 選定の、ためなのだろう。全面鏡張りであることによって反射し、まるで日の差し込む野外のように明るい舞踏会場。水で出来た薄くて軽い美しい七色のドレスがよりいっそう色鮮やかに映りこみ、その先の素肌の色までもがよりよく透けてみえる。



 …………そういえば、ドレスの中に、レディには不可欠のコルセット独特の締め付けがない。

 Vラインの胸元を飾るふわふわとした水の花の下、そこは下着もなにもついていない、ただの肌色が覗いていた。



「…………あっ」



 ちらりと覗く、パニエの先。

 ふんだんに使われているフリルとぺたりとへたりこんだお尻の下……陰になった私の大切な場所は、幸い陰になっていて見えない。…………なんといううっかりなのだろう、魔法使い様にかけてもらった魔法のドレスに安心して、下着を履くことも忘れてしまった私の、そのとても恥ずかしい場所まで、しっかりと映し出してしまえるほどに鏡の床はツヤツヤに磨かれて傷一つないではないか。



「あぁ……なんてことなの。恥ずかしい。わたくし、こんな、すがたで」



 こんな姿では、選定どころか立ち上がることさえできないではないか。

 私は思わぬ失態に、顔を手で覆ってしくしくと泣きじゃくった。



 …………せっかく、私を招待していただいたのに……何かの手違いでもなく、卑しい子だからと道端のタンポポを送り付けられたのでもなく……………王宮の“愛妃”という、意味はよくわからないが…………とにかく、立派な役割があって呼びだされたのだろうに。わたしはどうして……下着すら、コルセットすら、つけるのも忘れて、きてしまったのだろう。



「申し訳ありません…………ぐすっ。せっかく呼んでいただいたのに、わたくしったら、こんなすがたで」



 悔しくて恥ずかしくて、頬をぼろぼろと涙が伝う。

 しかしここまで優しく私をエスコートしてくださった素敵な紳士は、なおも優しく私の前に跪き、私なんかにハンカチを差し出してくださった。



「謝ることなど、何もありませんよ。今のあなたのすがたは、とても美しい……あなたの艶やかな肌がよく見える、最も素晴らしい姿で来てくださいました。何も恥ずかしいことなど、ありません…………いや、恥ずかしがっているあなたの姿ですら、選定対象なのですから、本当にすべてを、曝け出してくださって良いのですよ」



 ここではむしろ、すべてを曝け出してください。



「紳士様…………」



 彼の手を取り、立ち上がる。



 いつの間にか私達のやりとりを周りを囲んで見守っていた男性達も、私が立ち上がると温かい拍手と言葉で私を慰めてくださった。



「自己紹介が遅れましたね。私はこの国の第一王子、セビュレ・スカツォーロ。第一王子妃も対外的には大切なのですが、本当はこの王宮の“愛妃”のほうが我々にとっては最重要なのです。だから、王子妃よりも愛妃候補であるあなたにまず真っ先に会いに来てしまいました…………踊って、くれますか?」





 ――――王子、様。……………この人が、第一王子様。



 ゆったりと静かに、次第に軽快な跳ねるような音楽が場を彩っていく。



「っはい…………王子様」



 私はドキドキと鳴る心臓を片手で抑えながら、もう片方の手でそっと王子様の手を取った。



 ガラスの靴が、鏡面に反射する。

 鏡張りの壁に、露出された私の肌が惜しげもなく映りこむ。



 恥ずかしい。

 でも、露出の多いドレスなど、貴族女性なら誰でも着ているものだ。

 恥ずかしがって踊れないなど、淑女の風上にもおけない。



 だから私は、なけなしの勇気を振り絞った。

 立ち上がり、前を向く。

 体はまだカタカタと震えているし、ステップを刻み始めた足も、まだよちよちと小さい歩幅でしか動けなくなってしまっているけれど。



 女性が1人しかいないため変則的なカドリールは、一連のステップを王子様と刻んだあとは、その手を離れ、どんどんと男性を変えて優雅に軽快に進んでいった。

 第一王子様に加え、第二王子様、まだ16歳の私と同年代ぐらいの第三王子様に三十路をすぎたワイルドな国王陛下。宰相様、騎士団長様、衛兵隊長様に、宮廷医様、宮廷司祭様と、宮廷におわす錚々たる顔ぶれが次々と私にご挨拶をしに来てくださった。

 皆さまが優しく、笑顔で私を迎え入れてくださる。

 次第に私の緊張も解れ、ダンス待ちをする男性陣の視線が鏡張りの床、私の足元に釘付けになっていることに気がついても、私は立ち止まることなくカドリールを踊りきることができた。



 ドクドクと心臓がまだ高鳴っている。

 …………見えてしまったかもしれない。恥ずかしい。でも良いのだ。今日は私のための選定舞踏会。何を曝け出しても良い。王子様が…………そしてここにいる男性達の、誰もが熱い瞳で見つめてくれているから。



「…………全員まわり切らなかったな。もう一曲、次はワルツを交代制でいってみようか」



 宰相様が、快活な笑顔を私に向けてくださる。

 次はもう少し大きなステップも見たいなと、囁く時に悪戯っぽく私の顔を覗き込んでくるのに、私は恥ずかしくて笑ってしまった。



「……はい。わたくしのワルツ、どうぞよくご覧になってください」



 …………なんだか少し、自意識過剰になってしまっている気がする。



 本当は美しくもステキでもないはずの私が見られているのは、見定めようとされているからなのに。そうやってみられるのが何故か今は怖くない。もっと見て、ありのままの私を見て欲しい。

 そうして“こいつはダメだ”なんて匙を投げられても……いまは、それでも見て欲しい。もっとよく、見て欲しい。なんだか胸がドキドキして、どうしようもなく楽しかった。



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