転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風

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第13話「泣き虫な私に告げられた、本屋への約束」

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最後は宗教。

「この教義の解釈を説明せよ」

えっ!?そんな大学の倫理学みたいなこと聞かないで!?
教本をめくりながら、現代知識を総動員してどうにか答える。

「つまり、人間は理性を通じて神と交信する存在であり……」

言葉を繋げるたび、頭の中の引き出しが空っぽになっていく感覚。
一通り終わる頃には、魂が完全に抜け落ちていた。

「……むり。これ毎回続くとか、ほんと無理……」

四度目の授業は、いつものように静かに始まった。
歴史の復習、語学の会話練習……教本のページをめくる音と、淡々とした声だけが部屋を満たしていく。

「……ふぁぁ……」

思わず欠伸が漏れる。手元の紙がひらりと机から滑り落ちた。

あ、やべ……

慌てて机の下に潜り込んだ瞬間……空気が一変した。
鋭い眼光を放った王子が、低く、重々しい声で詠唱を始めた。

「汝、虚空に座す理よ。滅びを拒み、世界を繋ぐ障壁となれ……」

??王子?突然中二病のような詠唱始めて、どうした??
ってか、この詠唱のリズム、この重さ……まさか……黒……!?

次の瞬間、視界を白く灼くほどの光が弾け、耳を劈く破砕音。

バリンッッッ!!!

大きな窓ガラスが一斉に砕け散り、無数の破片が閃光を反射して宙を舞う。
風圧が荒れ狂い、書きかけの紙や分厚い本が渦を巻いて飛ばされる。
展開された光の壁が空気を震わせ、飛来した矢を弾き返していた。

「ぎゃぁぁぁぁぁああああああ!!???」

心臓が跳ね上がり、肺が縮こまる。
まさか……これが魔法!?

魔法の存在は噂で聞いていたし、生活の中でほんのり触れたこともある。
魔法石を使ったドライヤーみたいな道具や、照明。料理の火起こしや冷却程度。
それでも便利だなーくらいにしか思ってなかった。

軍事転用される魔法って、こんな化け物じみてんの!?

一瞬で部屋が破壊され、音と光と衝撃波で何もかも吹き飛んでいく。
あまりの威力に思わず身を縮め、椅子に必死でしがみついた。
涙腺が勝手に震えて、泣きそうになる。

嵐が去った後、恐る恐る目を開けると、そこは惨状だった。
床には割れたガラス片が散らばり、カーテンは裂け、空気は焦げ臭い。
髪は乱れ放題で頬に貼りつき、手は震えっぱなし。

「アリエル嬢、怪我は無いか?」

低く落ち着いた声が届く。
でも私の目に映ったのは……散らばった本。

「……あ、あ、私の本……!無事!?無事なの!?」

弾かれるように駆け寄り、紙や本をかき集める。
表紙は焦げ、ページは裂け、ところどころ文字が読めなくなっている。

胸がぎゅっと締め付けられる。
この見知らぬ世界で、唯一見つけた楽しみだったのに。
それを奪われてしまい、目の前が真っ暗になった。

「ぁぁぁあああ!!読みかけだったのにぃぃぃ!!!」

涙が一気に溢れ、頬を濡らす。
今日の授業だって、この続きを読むために耐えてきたのに。
最後のページを楽しみにしていたのに。

「こ、今晩……最後まで読むつもりだったのに……っ」

嗚咽まじりに言葉を繋ぐ。

「……本が好きなのか」

王子の声が聞こえたけれど、返す余裕すらない。
29歳にもなって、子どもみたいに大泣き。止めようとしても涙は零れ続ける。

転生して何日だろう。
死んでしまった元の世界。もう二度と会えない家族や友人。
ここでは次々に降りかかる出来事に必死で、考える余裕すらなかったけれど……
限界まで張りつめていた糸が、今ぷつりと切れた。

「うぅ……グスッ……うぇぇぇぇん……」

情けなく、みっともなく。
けれど止められない。

そんな私の前に、王子が歩み寄る。
壊れた本を拾い上げ、そっと目の前に差し出した。

「なら、今度……一緒に買いに行こうか」

一瞬、時が止まったようだった。
涙すらも凍りつく。

「……グスッ……え……買いに?」
「あぁ。君が望むだけ」

……え?今なんて?
本を……一緒に買いに?

大きな手が、涙で濡れた頬をそっと拭う。

「だから……頼むから、これ以上泣くのはやめてくれ」

頬を拭った手が離れて行く。手袋越しの温もりが、少しだけ名残惜しそうに。
徐々に落ち着くにつれ、みっともなく泣いてしまったことが恥ずかしくなってくる。

「殿下!!アリエル様!!ご無事ですか!!!」

間を置かず、公爵邸の警備兵や護衛が雪崩れ込んでくる。
荒れ果てた部屋に、緊迫した空気が再び広がった。

「襲撃を受けたが、私もアリエル嬢も大事無い。すぐにどこからの攻撃か調べるように」

テキパキと指示を飛ばす王子の横顔は、さっきまでの教師というより戦場の指揮官そのもの。
……でも、気になって仕方がない。

思わず手を掴み、声を上げていた。

「あの!!??さっきの手の平から出たの、もう一度出せます!!??」

突然の防御なのか何なのか、あまりに一瞬すぎて理解が追いつかなかったけど……見たい!もう一度!

「これのことか……?」

王子が低く唱えると、掌に淡い光が生まれ、空気を押しのけるように広がっていく。
さっきの巨大な障壁とは違い、今度は手のひらより大きい、ピザくらいの円盤状。
光の輪がふわりと浮かび上がり、ゆっくりと回転しながら淡く発光していた。

「うわぁぁ……!!」

目が釘付けになる。
侍女が見せてくれた魔法石の生活魔法なんかとはまるで別物。
光の縁がわずかに揺らぎ、粒子が舞うように散っていく……完全にゲームや映画で見たエフェクトだ!

「え~~~!?ナニコレナニコレ!?どうなってるんですか!?」

子どものように食いついてしまい、王子が苦笑する。

「触っても大丈夫です?」
「……構わないが」

おそるおそる指先を伸ばす。
空気が押し返してくるような弾力と、触れた指先がじんわり熱を帯びる感覚とほんのりした温かさ。
……これが、さっき矢を弾いた正体!?

そういえば……教本に『魔力の総量によって使える魔法が異なる』とあった。
王家の者はとりわけ強大な魔力を持つ、とも。

こんな壁を即座に展開できる王子って、いったいどれほどの化け物スペックなんだ。

部屋の惨状を見回し、背筋に冷たいものが走る。
もし、これが自分一人の時に降りかかっていたら……考えた瞬間、ゾッとした。

「……っ」

立ち上がろうと力を込めるも、腰が抜けてしまっている。
足に全然力が入らず、思わず王子の服の裾を引っ張った。

「……どうした?」
「あの、腰が抜けた……みたいで」

情けなく口にすると、王子が少し微笑んだかと思った次の瞬間、ふわりと抱き上げる。

「わっ!?え、え???」
「無理に立たなくていい」

あわわわわわ……っ!怖っ!!
これ完全にお姫様抱っこじゃん!?
少女漫画で見たことあるけど、実際にやられると怖いし心臓に悪いんですけど!?

予想外の高さに思わず王子の首にしがみつく。
自分の体重なんて気にしたこともなかったけど、軽々と抱えて歩く姿に……あ、意外と逞しいんだな、なんて場違いな感想まで浮かぶ。

ベッドの端にそっと下ろされると、王子は目線を合わせるように跪き、心配そうに問いかけてきた。

「大丈夫か?」

真正面から見上げられて、咄嗟に言葉が出ない。
ただコクコクと首を縦に振るしかできなかった。

「そうか。……片付けや他の部屋の準備もあるだろうから、今日はここまでにしよう」

立ち上がる王子の大きな手が、ぽん、と私の頭に置かれる。
そのまま一瞬、優しく撫でられた。

……お姫様抱っこからの頭ポン!?
なんだその二大乙女シチュをサラッとコンボで決めてくるとか!
ただしイケメンに限る、って注釈が必須の行動だろ!?
……あ、こいつイケメンだったわ。とびきりの。

さっきまでの恐怖心がすっと薄れていき、胸の奥だけが妙にざわつく。
震える胸を押さえながら、呟きが零れる。

「……本屋……爆買い……」

約束を反芻しつつ、心はもう半分、本に向かっていた。
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