虚空の支配者 ~元勇者パーティの荷物持ち、最弱魔法で無双~

夕影草 一葉

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六章 黒衣の守護者

98話

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 剣が皮膚を切り裂き、青紫色の血液がまき散らされる。
 それでも、傷は浅い。とてもではないが致命傷には至っていない。
 ガルドニクスは俺の攻撃など物ともせず、素手で襲い掛かってきていた。

「どうした!? すぐに終わらせるんじゃなかったのか!」

「くそ! こいつ!?」

 勢いづくガルドニクスだが、すでにその手には剣は残っていない。
 二本とも俺が転移魔法で奪い去ったからだ。
 たとえ格上の剣士であっても、剣が無ければどうしようもない。
 俺の剣を防ぐ方法はなく、ガルドニクスの脅威も下がるはずだった。

 しかし、そうではない。
 野性的な動きで肉薄したガルドニクスは、素手で俺の剣を掴むと、一気に手前へ引き寄せた。
 
「はは! 捕まえたぜ!? この距離なら!」

 空いた手を振り上げる。
 これだけの身体能力の差があれば、素手でさえ十分な脅威になりえた。
 とっさに転移魔法を準備するが――その時。

「雷光よ、貫け!」

 その声が聞こえた瞬間、俺は剣を手放していた。
 刹那の間を置いて、雷光が俺とガルドニクスの間を通り抜けた。
 いや、雷撃は俺の剣に直撃し、それを持っていたガルドニクスの体を内側から焼いていた。
 数舜の痙攣をしたガルドニクスは、たまらず剣を投げ捨てる。

「誰だ!? 俺達の戦いを邪魔する奴は!」

「誰だ? 戦場で敵に名を聞くとは、ずいぶんと悠長なことですね」

 とっさに現れたベルセリオの元へ転移する。
 彼女も外の魔族と戦ってきたのか、体の節々に傷を作っていた。
 
「助かった、ベルセリオ。 他のふたりは無事か?」

「雑魚相手に暴れまわっています。 それよりも目的の物は」

「発見したが、一刻も早く運び出す必要がある。 なんせエルグランドの軍勢がもう攻めてきてるみたいだからな」

 このまま混戦になれば俺が最初に言っていた事態になりかねない。
 全面戦争が始まる前に魔素がばら撒かれないとも限らないのだ。
 ベルセリオも気付いていたのか、小さううなずき返した。

「急ぎましょう。 この魔族は私に任せて、貴方はその荷台の移動を――」

「逃げようってのか? させるわきゃ、ねぇだろうがよ!」

 耳を貫く咆哮が大気を震わせる。
 思わず耳を塞ぐほどの声量だったが、その効果はすぐに表れた。
 ガルドニクスに答えるように、遠くから咆哮が返ってきたのだ。

 そして数秒後には、その巨体が前線基地の壁をぶち抜いて現れた。
 ダイヤ・ウルフの数倍はあろうかという巨体に、まるで剣の様な一対の牙。
 魔物の中でも最速を争う魔物、イービル・タイガーだった。

「まずい、最悪だ。 あれからは逃げ切れないぞ」

「俺の流儀じゃねえが、しょうがねえ。 お前達が逃げるってんなら、全力でそれを阻止させてもらうぜ」

 あくまでガルドニクスは、この場所で決着をつける気でいる。
 それにイービル・タイガーは地上での移動しかできないが、俺も無限に転移で逃げられるわけではない。
 とてもではないが膨大な量の魔結晶を転移させながらでは、逃げ切る事はできないだろう。
 
 その時、ベルセリオが俺の前に歩み出た。
 槍が地面を叩きつけ、雷光が迸る。

「私が囮になります! 荷物と共に退避しなさい!」

「だが!」

 ベルセリオの実力を疑っているわけではない。
 しかし今回ばかりは相手が悪かった。
 ガルドニクスに加えて高位の魔物をひとりで相手にするのは、どう考えても分が悪い。
 その一瞬の躊躇が、致命的な隙になる。

 イービル・タイガーは俺達が一瞬だけ注意をそらした瞬間。
 すでに俺へと狙いを定めて襲い掛かってきていた。

「遅かった! 来たれ! 『神の雷(インドラ)』!」

「突っ込んでくるぞ!」

 転移魔法で逃げるか。
 だが、俺とベルセリオ、そして荷物を同時に遠くまで運ぶことは困難を極める。
 ならば目の前のイービル・タイガーとガルドニクスを打倒すしかない。
 あの魔素を使われる前に。

「まずはその女を、噛み殺せ!」

「そうはさせるかよ!」

 加速させていた一対の剣を、イービル・タイガーの頭部へと射出する。
 続けてベルセリオの雷撃が巨体を貫き、体の至る所に裂傷を生み出す。
 だが、止まらない。
 一切の減速をしないまま、迫りくる巨体に思わず転移魔法を展開する。

 その瞬間、目の前からイービル・タイガーが消え去った。
 
 分かったのは基地の防壁を突き破ってひとつの影が飛び込んできたこと。
 そしてイービル・タイガーは、その陰に凄まじい力で横殴りにされ、近くの家屋をなぎ倒しながら地面を転がった。
 見れば胴体には俺の攻撃とは比べ物にならない大きさの斬撃の跡が残っている。

 その一撃を見舞った人物は、鋼色の髪を揺らしながら、俺達を見渡した。

「どうにか、間に合ったようですね。 不自然な雷を追ってきてみれば、想像通りでした」

 ◆

「よぉ、前は決着がつかなくてイライラしてたところなんだ。 お前も出てきてくれたなら、好都合だ」

 ガルドニクスから俺達を守るように立ちふさがるのは、身の丈ほどもある巨剣を振り回し、鋼色の髪を揺らす女性。
 その姿を戦場でみるのは、初めてだった。

「鋼の聖女、ミリクシリア」

「こんな近くに来ていたとは、別のことに気を取られ過ぎていましたね。 クソ最悪です」

 吐き捨てるようなベルセリオの言葉に思わす顔を引きつらせる。
 いくら憎むべき街の象徴といえども、命を助けてもらった直後に毒づく意味とは。
 しかしミリクシリアはそんな言葉を気にした様子もなく、ガルドニクスへの警戒をしつつ視線だけを俺達へと向けた。 
 それもその口元には、辛辣な言葉をかけられたというのに、なぜか笑みが浮かんでいる。

「無事に里へたどり着いたようで何よりです、ファルクス。 そして黒の聖女ベルセリオ。 その様子では、相変わらず派手な喧嘩を続けているようですが」

「うるさいですね。貴女には関係の無いことです」

「その性格に散々振り回された身としては、安心して見てはいられません。心配するのも当然でしょう」

「私にどつかれて泣きじゃくってばかりだった貴女がなにを言っているのでしょうね」

 余裕な笑みを浮かべるミリクシリアに対して、ベルセリオは今にも飛び掛かりそうな程、機嫌を悪くしていた。
 ただその会話の中から分かるのは、ふたりの聖女が知己の中だということだけだ。 

「ふ、ふたりは知り合いなのか?」

「さぁ、そんなことは忘れました」

 答えず、鼻を鳴らすベルセリオ。
 その代わりにミリクシリアが答える。

「こう言っていますが、私達は幼い頃の友人です」

「私はその自称友人に殺されかけて、隠れ里へ逃げ延びたのです。この女を安易に信じない方が身のためですよ」

「そんな昔の思い出を覚えていてくれて、私は嬉しいですよ」

 まるで正反対の二人だが、どことなく似通った部分があるのはその為か。
 ただ穏やかではない過去の思い出話が気がかりだが、それを聞いている余裕はなさそうだ。

「感動の再会を邪魔するようで悪いんだが……。」

「まずはガルドニクスの対処が先ですね。 できますか、ベルセリオ」

「なにを言っているのでしょうね。 私の心配をする前に、その身の心配をすることです、ミリクシリア」

 俺達を守るように立っていたミリクシリアを押しのけて、ベルセリオが一歩前へ歩み出る。
 そんな扱いをされてもなお、ベルセリオに合わせてミリクシリアも歩みを進める。
 ただ、その二人を前にしてもガルドニクスは余裕の表情のまま、俺達を眺めていた。

「最後の別れの挨拶は終わったか? なら遠慮なく殺させてもらうぜ?いくら集まったところで、人間風情が魔族に届くわけがないんだからな」

 壮絶な笑みを浮かべながら、ガルドニクスが肉薄する。
 それを迎え撃つように、鋼の聖女が巨剣を振り上げた。
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