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第二章 動き出す

猫と子供達

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手錠付け替えの部屋へいくともぬけの殻で、散らかった部屋の真ん中に不自然に置かれた椅子。その上に見覚えのある鍵とメモのような紙が置いてあった。

紙を手に取って読んでみる。

『No∽′so∽ mo∽ ik′yu lokiИ.PzM golazeИ』

「…読めない。けど鍵見付けたから置いておくみたいなことを書いているんだろうな、多分」

赤く汚れている鍵を手に取り、一旦服で拭いてから手錠の鍵穴に入れて回すとカチャリと軽い音がして外れた。

「めっちゃ手が軽い」

久し振りの解放感。
ついでに魔力を手に集めて首輪を撫でるとこちらも外れて地面に落ちた。
ずっとバレたらいけないと思って触れなくて辛かったけど、もう自由だ。

「自由って素敵だ」

「ニャーオ」

猫がおめでとうとでも言うようにスリスリと足に体を擦り付けてきた。

「くっそ、めっちゃ可愛い」

猫を撫でつつ目につく鍵を片っ端から回収し、破壊された扉から出ると廊下が大変なことになっていた。

見渡す限りの食い散らかされたらしき人だったもの。廊下の壁が鋭利なもので削ったようになっているから多分棘の奴がやったんだろう。

「あーあ。可哀想に」

いつもオレを連れていく角の男が片足無い状態で見付かった。ズボンのポケットが裏返っているのを見るに、あの子はこの状態の奴から鍵を探ったのか?本当に此処に居ると人として色々麻痺してくるな。

「そういえばいつもオレを洗ってくれる子供達は無事かな」

ちょっと心配になって部屋に引き返す。
引っ掛かれた跡以外は比較的に無事な扉を開けると、部屋の隅っこの方で男の子と女の子二人が泣きそうな顔をして固まっていた。

「良かった、無事だった。もう大丈夫だよ、こっから出よう」

座ってできるだけ優しく言ったのだが顔をこわばらせたまま動こうとしない子供達。さてどうしたもんかと思っていると、七歳程の女の子が震える声で喋り始める。

「ここにいないとダメなの」

「どうして?」

「この部屋から勝手に出たらたくさん叩かれて怒られるから、ダメなの」

「そうなのかー」

女の子の答えに大して五歳ほどの男の子と四歳ほどの女の子が小さく震えながら頷いている。

(なるほど、そう躾られたか)

なら、仕方がない。嘘は吐きたくなかったけど。

「でも、オレも君達をここから別の部屋に連れていかないと怒られちゃうんだよね」

「別の部屋?」

「そう。さっき怖い音がしてたでしょ?ガリガリ引っ掻く音が」

「した!!大人の人がなんか大声を出してた!!」

震えていた男の子が言う。なんだか突然元気になったけど、そういう怪獣系が好きなのかな。

「棘の生えた大きい魔物が逃げ出して、凄い大変なことになっているんだ。だからここは危ないから別の部屋に移動させておけって言われているんだよ。オレの事見たことあるだろ?」

「ある。いつも真っ赤なお兄さん」

「いつも怪我してるー!」

「うん、そうだねいつも怪我して真っ赤だったね」

「でも首と手にわっかしてないよ?」

「怒られるよ!」

そういえば先に外していたな。外すのは後にすればよかったか。

「あれは凄く重いから、君達を連れて逃げるときに邪魔だからちょっとだけ外しているんだよ。魔物に捕まったら食べられちゃうからね」

「食べられちゃうの!?」

「食べられちゃうんだよ」

実際食べられている死体たくさん転がってたからね。

「だから移動しないとダメなんだよ。わかった?」

「わかった」

よし、説得完了。
こんなとき昔弟共を説得していた経験が役に立った。

「じゃあ首のと、足のわっか外さないとな。おねーちゃん、ちょっと見せて」

「ん」

「君たちはネコと遊んでて。ネコ、手出すなよ」

扉付近でお座りしていた猫に言うと、ゆっくり立ち上がりこちらへと歩いてきた。それを見た子供達テンション急上昇。

「ガト!」

「おっきいガトだね!」

ちっこいの二人が猫に戯れている間に、女の子の鍵を確認する。

足のは鍵だが、首のはオレのと同じ触れば外れるタイプだった。
鍵を探しながら女の子に質問をする。

「おねーちゃんの名前は?」

「アーレ。妹がイルナで、男の子がケント」

「弟じゃないの?」

「知らない子だったけど、友達になった」

「そうか、友達増えて良かったな」

「うん」

鍵を回し、足の鎖付きの足枷を取り、首輪を押さえてもらって魔力を籠めて触れると、そちらも外れた。

じゃあ次の子、と振り替えるとそこには子供に揉みくちゃにされて恨めしい顔をした猫がこちらを黙ってみていた。

「…なんか、すまん」










全員の足枷と首輪を外して脱出しようとしたときに廊下が大変なことになっている事を思い出した。

こんな小さい子にあんなグロを見せてはならない。かといって目をつぶって歩かせるのもどうかと思う。

結果。

「しっかり掴まってろよー」

「うん」と元気な返事が三方向から聞こえた。
左右にイルナとケントを抱え、アーレが背中にしがみつく。一応見付けたロープで簡単な抱っこ紐(大きな輪にしたロープを首後ろから胸側で交差させ腰に垂らしたのをアーレが踏んで踏ん張る)をしている。しっかり固定しなかったのは万が一共倒れしないためだ。

本当は手を引いて歩かせようとも思ったのだが、二人を抱えたオレを羨ましそうに見上げていたアーレに耐えられず、「歩くのと背負わせるのどっちがいい?」と訊ね、「おんぶ」と言われたのでこうなった。

「猫はすまんが歩いてくれ」

「ナウー」

ハイハイと猫がこちらを見ずに鳴いた。




グロい廊下を歩く。
三人には怖いのがいるから目をつぶっていてと言っておいたのでトラウマ回避は今のところ順調である。

カサ

「さー、サポ」

「サポって何?」

「雨の時にピョコピョコ跳ぶやつ」

「蛙か。サポ…」

「次お兄さんだよ」

「えーと、ポ、ポカリスエット」

「なにそれー」

「飲み物だよ、運動した後に飲むと良いんだよ」

「へー!」

暇だと言われて、目をつぶっても出来る遊び『しりとり』を教えたら子供は喜んで しりとり をしている。もっともグロい廊下をオレが子供三人抱え、横に巨大な猫を従えながら しりとり をしているという大変シュールな事になっているが。

「トルトゥーガ!」

「なにそれ、かっこいい発音だね」

「トルトゥーガだよ!甲羅があるの!」

「ああ、トルトゥーガか」

「お兄さんマテラ語苦手なの?」

「そうなんだよ、共通語しか知らなくてね。教えてくれない?」

「いいよ!」

「じゃーあー、ガト!」

「それは知ってる。横のネコだろ」

「せいかーい!!」

そんな感じでいつも通っている廊下を歩き、もうすぐ檻部屋に着くという時、曲がり角で何かの気配を感じたのと猫が警戒音を発したのはほぼ同時だった。

「なに?」

「しっ、何かいるから静かに…」

短剣を取りだし、相手の様子を伺いながら近付いていくと、先程見た棘の鱗をもつ巨大な蜥蜴トカゲが檻部屋に入り込もうとしているところだった。
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