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第二章 動き出す

青鬼と赤鬼・中編

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旅芸団ヒターノィ出身のデアは見事な女性だった。素晴らしい美貌と巧みな話術を駆使して見事屋敷へと侵入を果たした。

下準備として実の弟が浚われたという話を涙ながらに老貴族に訴えて落とし、喜んで協力をしてくれると言うその老貴族の姪(他国に嫁いだ娘の子)としてシェルムと共に秘密の集会へ。シェルムはその護衛の設定らしい。


「ふんふんふふーん♪次は屋敷の人間とお近づきにならないとねー♪」

「ヘマしないようにな」

「わーかってるって」


綺麗な化粧をしつつ情報やから手に入れた資料の束を流し読みしながらそういうデアは、女神デアの顔をした小悪魔に見えたのは秘密である。

カリアとキリコは外堀を埋める事に集中した。
人脈を使ってその手を嫌う貴族やハンターを集めその街の人の流れや地形を掌握、いつでも突入できるように準備を進めていった。

その夜、デアがとても蜂蜜色の瞳を輝かせながらアジトとして利用している家へとやって来た。
もちろん化粧は落としているが、デアはプレゼントを貰った子供のようにはしゃいでいた。

それをシェルムがなだめているが興奮が治まらないらしい。

「ねぇねえ!聞いて!!屋敷の息子が私を気に入ってくれたみたいで、明日秘密の集まりに連れていってくれるみたいなの!!」

「本当か!?」

「今度はどんな情報なんだ!?」

「この国の御法度に触れる素敵な素敵な情報よん」

「すごいわね、貴女のおかげでこっちの準備も捗ってとても楽よ」

「グルァシアース♪」

カリアからコップを手渡され、デアは中の水を一気飲みした。そこでようやく落ち着いたらしく、シェルムの隣に座り機嫌良く肩を揺らしている。

シェルムにも水を渡し、デアから報告をして貰った。

デアの演技誘導により、その屋敷の息子に接近し愛敬のある行動と話術で巧みに信用を得た。息子はどうもおだてれば調子に乗るタイプの人間だったのでガンガンいけた、とのことだった。

「それで、その秘密の集まりってのは?」

「皆の予想通りよ、殺し合いだったわ。それも禁忌に触れるやつね、過去に禁止にされた合成獣キマイラとヒトの試合。決着はどちらかが死ぬまで、うちらはどれが死ぬかを賭けるって感じ。多分前に言っていた変な臭いは合成獣そいつらだと思うわ」

「見たのか?」

「んーん!これは屋敷の息子の情報よ、明日これを見に行くの。ところで隣街いにるっていう人寄りの獣人さんとは連絡がついたの?」

「それが運悪く遠出しているらしくてな、間に合いそうもないんだ」

「そうなの、じゃあどうしようかしら。屋敷の息子には友達が来るからって言っちゃったのよね…」

しばらく考えた後、キリコが手を上げる。

「色替えの魔具か、髪染めでアタシが行けないかしら?」

「アレ系のはなかなか市場に出回らないからなぁ、髪染めならなんとかなるかもしれんが」

色替えの魔具は高価で、なおかつレア物だ。
表どころか裏でさえなかなか手に入らない。

「でもあれって臭いが特徴的よ、染めてすぐなら気付かれるんじゃない?」

カリアが言う。
薬品で染めるからやはりそれ系の臭いが出る。人でさえ気が付くのに、鼻の利く種族がいたら一発でバレてしまう。

どうしたものかと一同頭を捻っているとシェルムがデアに鞄を手渡していた。

「色替えの魔具なら持ってるわよ」

あっさりとデアがネックレス型の魔具を鞄から取り出した。

「旅芸団ならだいたい持ってるから安心して♪」

さすが旅芸団出身だとその場にいた人達は思った。












「おやおや、こちらがデア嬢のご友人ですか。なんとも見事な青い髪で、まるで海の女神のようですな!」

飴色の髪をさらりとなびかせながらやって来た色男が門をくぐったばかりのデアとキリコを見付けるや両腕を広げながらやって来た。

「お褒めに預り光栄です」

「キリィはこういう集まり自体が初めてなのよ、色々教えて下さいな」

「おやそうでしたか!ならワタクシプラットが解りやすく教えて差し上げましょう!」

デアが青色に変化したキリコの髪を綺麗に結い上げ化粧を施した為にバレる事なく潜入することに成功した。化粧を施しただけでキリコの顔が別人に変わるのを見てカリアとその他の人達が『うわぁ』と呆れたように声をあげたほどである。

「ほら、ここは一番見えやすい所ですよ」

護衛設定のシェルムを鬱陶しそうにしながらも、プラットは三人を特別席であろう所へ連れていってくれた。

デアが周りを見渡し感心したように声を上げる。

「まあ!随分観客がいるのですね!皆貴族の方ですの?」

「ええ、何処の誰とは教えられませんけど、皆それなりの地位についている方々です。勿論この国だけでなく、わざわざ遠くの国から見に来られる方もいるんですよ。まぁ、がらの悪いのもおりますがね」

確かに貴族に混じって暴言を吐く人の姿も見受けられる。

「そんなに楽しいのですか?」

キリコがそう訪ねるとプラットは怪しげに笑みを浮かべた。

「ふふふ、それは見てのお楽しみです」

プラットがキリコとデアの肩に手を伸ばし引き寄せる。キリコは凄まじい嫌悪感と鳥肌が立ったが我慢した、が、すぐ近くで凄い威圧を感じ見てみるとシェルムが黙ってプラットをガン見している。それに気付いたプラットは面白くなさげに二人の肩から腕を離した。





見に覚えのある背格好を見付けてキリコは思わず声を漏らす。

「あれは…」

闘技場にはなんとライハの姿があった。
怪我は見当たらないがどことなく目に生気がない様に見える。

(ちっ、剣闘士にされていたか。というか合成獣どころか人同士の殺し合いなんて、更に御法度だぞ)

最悪な現状にキリコは内心舌打ちをした。
アレは生存率が恐ろしく低い、この手の試合はどちらが死ぬかを賭けるため途中では絶対に止めない。

過去の記憶が甦ります軽く目眩がした。

相手は筋骨隆々のハンターらしき男で、その男はライハを追い詰めていく。その様子を見てキリコは強く強く拳を握りしめた。

「あの新しい剣闘士はなかなか面白くてね、私の父のお気に入りの一つなのですよ。見ていてください、あんなに刺されてもなかなか死なないでしょ?ほら、全然死なない。なんでもあの剣闘士は驚異的な回復力を持っているのですよ」

プラットの言葉でキリコは頭上にハテナを浮かべた。確かに傷の治りは早かったがそんな能力は持っていなかったはずだ。

「亜人なのですか?」

デアが訊く。

「瞳は獣人のようなのですけどね、もしかしたらハーフではないかと思ってます。あの回復力は是非とも研究したいのですが父が許可をくださらなくて。ほら、あちらにおられるのが父です」

プラットが指差す先にでっぷりと肥えた男がゲラゲラ笑いながら豪華な椅子に腰掛け酒を煽っていた。

「そういえばここには合成獣いるってお聞きしましたが」

「ああ、そちらもありますが、アレはゴロツキ共の見るようなモノですから、今回は是非とも貴女方にはこちらをお見せしたかったのですよ」

本当に趣味が悪い。

今すぐにでも乱入して助けに入りたいが、様子見をしなければいけない今の状況に腹が立った。幸いなことにライハは体制を立て直し逆に相手を追い詰め始めていた。

(アタシがコレを受けていたときよりも非人道的だ。これは早めに救出しなければ精神の方が先に死んでしまう)

耐えるキリコの様子を見ていたデアがプラットに寄りかかりキリコに向ける意識を全てこちらへと向けさせる。

「私そのつよーい合成獣を一度見てみたいです。ね、ダメかしら?」

上目使いで甘えた声を出すデアを見てプラットが震え始めた。顔は赤く染まり鼻息は荒い。

「勿論ですとも!!この試合が終わったらすぐにお見せいたしますよ!!」

「やったあ!ありがとうございます♪」

キリコはライハが相手に止めを刺すのを見ながら最後まで生き残っていてくれと強く願った。







目の前にいる異形なものにデアは驚いた。
その様子を見てプラットは満足げに笑みを浮かべ、ついで頑丈な檻の中にいる合成獣を食い入るように見るキリィーーキリコを見て変わった女だと感心した。

普通この手のものは大概女性は驚くか恐怖で悲鳴を上げるものだが、キリコはその様子を一切見せず、むしろ興味深そうにしていた。プラットはキリコに話し掛けた。

「どうです?見事な混ざり具合でしょう?」

「これは何匹混ざっているのですか?見た感じ岩亀とトカゲ、あと鉄のような棘が見えるのですが」

「ご名答、岩亀にトカゲの遺伝子とワニ、そして鉄ほどの硬度を持つとされる鬼ウニの遺伝子を混ぜ合わせました。綺麗に混ざって、まさに芸術作品のようでしょう?」

合成獣がこちらを見て、鋭い牙が生えた口を開けて威嚇をすると、その巨体を檻へと激しくぶつけた。

「ちょっと狂暴すぎるのが玉に傷ですがね」

苦笑するプラット。
キリコは離れの館にある地下牢に来てから妙にざわざわとした気配を感じてプラットに笑いかけつつ辺りを見渡した。ここには良くない魔力と氣が淀んでいた。ヘドロのように重く、腐ったような臭いが充満している。

(それに、魔法陣の臭いがする。何処かにあるな)

キリコは鼻が利く。半竜人ドラグーロは魔力の臭いを鋭く嗅ぎ取り、集中次第でその魔力が何なのかを当てることが可能になる。
もっとも嗅ぎ取るだけでキリコには魔力を視る目は持っていないので何かがあるとしか分からないが。

「…餌が気になるな」

珍しくシェルムが言葉を発した。

確かに、気になる。

「私も気になるわ!何を食べているのですか?やはりお肉とか?」

デアが興奮気味に訊ねるとプラットは少し考えてから答えた。

「『餌』用の奴隷がいるのですよ。食べるわけではありませんが、『負』の感情と魔力が餌になります。こいつはちょっと変わってて、肉にも興味を示しますがね」

キリコとデア、そしてシェルムの視線が合う。

「その奴隷を見せてもらえないかしら」

「女性は…ちょっと…」

プラットが珍しく言い淀む。
女性だと何か不都合があるのか。

「もしかして女人禁制なの?」

「うーん、まぁそんな感じです」

「あ!じゃあシェルム見てきてよ、教えて!興味ある!参考にしたいわ!!」

ねぇ!それなら良いでしょう?とデアがプラットに駄々をこねた。キリコも弟弟子の為にとプラットにお願いと精一杯の笑顔で頼むと折れたプラットが仕方無いと許可を出した。

「お願いします、シェルム」

デアはポケットから紙を取り出しペンを紙の上で踊らせるとそれをシェルムに押し付けた。

「あとで教えてね、頼んだわよ!」

「お任せください」

シェルムはその紙をポケットへと仕舞い込んだ。










デアとキリコを老貴族が用意してくれた馬車へ送り、同じく護衛設定の仲間へ軽く事情を話す。

馬車を見送った後プラットはシェルムを連れて屋敷の奥にある扉を開くと薄汚れた洞穴のような通路に足を踏み入れた。

とても暗く、不快になる空間だった。

プラットが手にするランプがなければここは完全な暗闇に等しい。その奥の方から呻き声や啜り泣く声が聞こえてくる。

「汚れたところでしょ?だから女性は連れてきたくないんだよ。本当はね、デア嬢とキリィ嬢の頼みだから面白くもない君を連れてきてあげたけど、男なんて連れて歩きたくないんですよ」

なんだって男と歩いているんだ、楽しくもないとブツクサ文句を言いつつもプラットはいくつもの牢屋が並ぶ所へと案内をする。

看守の数を確認しながらシェルムはここの地形を頭に叩き込む。

「今あるのはコレくらいかな。結構奴隷の消費が激しくてね、剣闘士にするのもここから取ってるから出入りが激しいんだ。勿論その他のもいるけど」

あらかじめデアに頼まれた物を訊ねるという風にメモを取り出すシェルム。その紙には何も書かれていないのだが、デアからの質問としなければ何も答えないだろうと用意していたものだ。

「奴隷は買ったものだけですか?」

「さてね、これは父の仕事だから知らないけど拐ったのもいるんじゃないかな?」

「男ばかりのようですが、女性などは?」

「そんなの流すに決まってるじゃん。男なんだから分かるだろ?ここにいるのは使い道の無いのを餌として有効活用しているのさ」

ヘドが出る回答だ。

「あ、でも最近父が面白いの手に入れたって騒いでいたね。あの剣闘士もだけど、なんかアケーシャを捕まえたって言ってたね。見たい?」

頷けばプラットは一番奥にある牢屋へと行きランプで牢の中を照らす。

疲労と絶望で座り込む拘束具を身に付けた人達の中に倒れ込んでいるのが数名。獣人の中に人が二人ほど。その内の一人は痩せ細った男で、もう一人は茶髪の青年だった。アザや切り傷が多いのが気になる。

その牢屋から鞭を引き摺りながら出てくる看守らしき男がプラットを見るや驚いた顔をした。

「プラット様、わざわざこんなところに…。何かありましたか?」

「ん?ちょっと奴隷に興味のある子猫ちゃんからのお願いでね、流石に女性を連れてこられないからその娘の付き人を案内してあげてるのさ」

そうですかと言いながら看守の男にシェルムはじろじろと上から下まで見渡される。

「今日こそアケーシャは何か話した?」

「いんや、今回もだんまりですよ。もうそろそろどっか斬った方が良いんじゃないですか?」

腕がオススメですよと看守が言う。

「なんか見目がいいから最後は売りたいって父が言っていたから無理じゃないかな。まぁ、しばらく粘ってだめならアレ使っていいから」

「本当ですか?そりゃあ楽しみですわ!」

それでは失礼しますと看守が去っていく。

シェルムはアケーシャと呼ばれた青年を見た。カリアから教えられた容姿が合致している。まだ生きてはいるが、そろそろ限界だろう。

「あれがアケーシャ。君アケーシャって知ってる?」

「いえ」

「そう、知らないの。残念、もっとこっちの世界について勉強した方がいいよ」

呆れた顔のプラットがシェルムをバカにした口調でそう言った。

「アケーシャ、ルキオにいる一族だけど、元々は海遊族カイユウゾクの一つでね、人魚族と縁が深いって話がある。なんでも大昔に人魚の言葉を理解し血を分けてもらったとか」

「人魚…」

広大な海の支配者。太古いにしえの種族の一つで、その血は不思議な力を持ち、望めば寿命を伸ばすことも可能だと言う。

「今世界で人魚と交流を持っているのはルキオの王族とアケーシャの一族くらいだからな。父はどうも人魚の情報が欲しいらしい。目的が血なのか金なのかは知らないけどね」

私は全く興味は無いがとプラットは付け加えた。

シェルムは改めて牢屋の人達を見た。確かに皆憔悴しているが、獣人達の目はギラギラとした光をまだ放っていた。

「さ、そろそろ終わりだ。デア嬢の質問はまだまだありそうだけど、こっちにも都合ってものがあるからね」

行くよと言われれば、ただのデアの護衛設定のシェルムは従うしかない。隙を見てシェルムはデアから貰った紙を牢屋の中に落とした。
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