サツキの花が咲く頃に

牧田紗矢乃

文字の大きさ
3 / 3

カミングアウトは突然に

しおりを挟む
 翌朝。
 賢吾が出社すると同じ部の赤松あかまつに呼び止められた。
 赤松は賢吾の四つ年上の先輩女性社員だ。

咲津木さつきくーん、聞いたよ」
「何をですか。てか赤松さん朝から酔っ払いみたいなテンションっすね」
「いやぁ、そりゃテンションも変になるよねぇ。
 彼女いない歴=勤続年数の咲津木くんに彼女ができたっていうんだから」

 ニヤニヤしながら肘でわき腹を小突かれる。

「げ。誰から――」
深幸みゆきちゃんから」
「あいつ……」

 賢吾はがくりと肩を落とした。
 たしかに昨日カフェで会った莉華は自分からカミングアウトしても構わないと言っていたが……。

「内密に頼みますよ」
「え? 内密もなにも、深幸ちゃんいろんな人に言って回ってたよ? 人事部長のとこにも顔出してたみたいだし」
「あのバカっ!」

 部署ごとに部屋が分かれているおかげで約束でもしない限り莉華と鉢合わせることは滅多にない。
 今日ほどそのことがもどかしく思えたことはなかった。



 昼休みに莉華のいる部署へ行って説教をしてやらなければ。
 それだけを考えて午前の業務をこなした賢吾は、昼休憩を知らせる時報と同時に席を立った。
 そして、部屋の目の前に行ってからふと考える。

 莉華は賢吾の部署や人事部長のところへ報告に行ったと聞いた。
 しかし、莉華自身のいる部署ではどうなのだろう。
 案外恥ずかしがり屋なところがあるからまだ黙っているかもしれない。
 それを賢吾が公表してしまったら莉華と同じことをしたことになってしまう。

 考え込みながら一度部屋の前を通り過ぎると、中からぞろぞろと社員たちが出てきた。

 ――あの波が去ったら様子を見に行くことにしよう。

 最初の勢いをそがれた賢吾はひとつ隣にある喫煙室に入り、廊下をぼんやりと眺めながらその時を待つことにした。
 自分が喫煙者だった時には気にならなかったタバコの臭いは今では不快に感じられる。

「お、珍しい奴がいるじゃないか」

 喫煙室の常連である柴山しばやまが賢吾の顔を見て嬉しそうに笑った。
 あらわになった歯はタバコのヤニで黄色くなっている。

「半年……一年くらい前になるか? 急にここへ来なくなったから彼女でもできたんじゃないかって話してたのになぁ。吸っても彼女さん怒らんのか?」

 柴山はニヤニヤしながらタバコを勧めてきたが、ちょうど人の流れが途切れたようだったので丁重に断りを入れて喫煙室を出た。

「なんだよ~。逢引きの約束にこの部屋使うなよな」

 学生みたいに口を尖らせる柴山を残して賢吾は莉華のいるであろう部署の部屋を覗く。
 そこには二、三人の社員が残っているだけで莉華の姿はない。

「あいつ……」

 賢吾が舌打ちをした時、つんつんと背中をつつかれた。

「どいつをお探しですか?」

 声がした方へ振り向いてみれば、そこには探し求めていた莉華がいた。
 手にはコンビニのレジ袋。
 弁当を買って帰ってきたところのようだ。

「……っ! いたのか」
「なんですかー? オープンな関係になったからって嬉しくて来ちゃったとか?」

 莉華は頬に手を当てて小首をかしげる。
 答えるより早く、賢吾のこぶしは莉華の脳天に落下していた。
 もちろん軽く。

「お前なぁ……。人の気も知らないで」
「うっ、ケンちゃんひどい」
「ひどいのはどっちだよ。いろんな奴に言いふらして」

 文句を言う賢吾の口調はそれでいて柔らかい。
 戸惑いや恥ずかしさと同時にほんの少しだけ肩の荷が下りたような安心感があったからだ。

「よかれと思ったんですけどねぇ」

 莉華はしおらしく呟いてうつむいてしまう。
 ただでさえ小さな莉華の体がさらに小さく縮んだように見えて賢吾は慌てた。

「いや……、あ、あのな? あの、本気で怒ってるわけじゃなくて……――」
「知ってます?」
「え?」
「駅前の空きテナント、ケーキ屋さんが入ったみたいなんですよ。今日オープンなんですって」

 莉華は暗にケーキを買えと言っている。
 そのくらいは鈍感な賢吾にも理解できた。

「……わかった。行こうか」
「いいんですか?」

 莉華の表情がパッと明るくなった。
 やれやれと肩をすくめ腕時計に視線を落とした賢吾は息を呑む。

「やべ、昼食べ損ねる」
「え? もうそんな時間!? ケンちゃんのせいだー!」

 バタバタと走り去っていく莉華を見送って、賢吾も自分の部署がある部屋に急いだ。



「咲津木く~ん! いいとこに戻ってきた」

 賢吾を出迎えたのは赤松だった。
 厄介な相手に捕まったと思って賢吾が身構えていると、赤松は一枚の紙をひらりと賢吾の目の前に差し出した。

「咲津木くんさ、こういう字書く人知らない?」
「あ……」

 御札を貼り付けられたキョンシーのように賢吾の動きが止まる。
 目の前に突き付けられた紙には「サツキの花が咲く頃にお迎えに上がります」という見覚えのある文言が書きつけられていた。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

このユーザは退会済みです

お忙しいとこ申し訳ないんですけど、こっちも続きを~

2022.05.28 牧田紗矢乃

コメントありがとうございます〜。
ちょっとずつですが更新に向けて準備していますのでもう少しお待ちください(*・ω・)*_ _)ペコリ

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。