うるさい彼女と静かな僕

Kaito

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#16 素直

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#16 素直

10分程歩いて深結の家の前に着く

ガチャ。深結が玄関のドアを開ける

「お母さーん、彼氏連れて来たー」

「えっ!?彼氏!ちょっと、お部屋のお掃除しないと」

お母さんはそう言うが実際お母さんは綺麗好きな性格でいつも綺麗に整理整頓されている。深結もその影響か綺麗好きで自分の部屋の掃除も欠かさずにしているから正直なところいつ誰が来ても問題ない

「颯太入って」

深結が促すと

「お邪魔します」

礼儀正しく挨拶をしてから玄関に入り靴を脱いで綺麗に揃える

「君が颯太君か、深結から聞いてるよ」

「はい、成瀬颯太です。宜しくお願いします」

颯太はお辞儀をする。緊張しているのかいつもよりちょっと早口になっている

「礼儀正しくて良い子ね」

お母さんはふふっと笑った

「もー、お母さんー!」

深結は赤らんだ頬を膨らます

「ねえねえ颯太君、深結って颯太君と一緒の時どんな感じなの?」

「ちょっと!?やめて!言わないでっ!」

深結の顔は真っ赤になっていた

「なんていうか...深結らしいって感じです」

一瞬沈黙が流れる

「もー早く行こ、颯太」

深結は颯太の背中を軽く押して自分の部屋に誘導する


深結の部屋。

自分の部屋で男の子と二人きりなんて初めてだ

深結はベットを椅子の代わりにして座る

「颯太..私ね最近ちょっとだけ自分のこと好きになった。前はこの部屋に閉じこもって"生きてる意味ないな"とか"どうやったら楽に死ねるかな"とか考えてた。でも今は大好きな人がいて、その人とこの部屋で二人きり..やっぱり私って幸せ者だよ」

深結は笑った。

「颯太、こっちおいで」

颯太が深結に近づくと、深結は両手を伸ばして颯太の両手を掴んだ

そのまま重力に身を任せてベットに仰向けに倒れる

颯太も手を引っ張られ一緒に倒れたが、深結の頭の横に手をついて自分を支ている

深結の小さな手は颯太の手に覆われている。


勢いよく倒れて少し乱れた髪。互いの心臓の音。重なった手と手。全てが心地よくて幸せだった。

深結は重なった手を握った、颯太もそれに合わせた

「好きにして良いよ」

深結はそう言うと、そっと目を閉じる。 

数秒間、二人の息の音だけが妙に鮮明に聞こえてきた

そっと触れた。

ゆっくりと目を開ける

「颯太....大好き..」







しばらくの間、二人は抱きしめ合っていた。

「もしかして寝ちゃった?」

颯太が小さめの声で問いかける

返事はない。

案の定、深結は眠っていた。それもぐっすりと。

颯太はベッドの上にあった毛布をそっと深結に掛けてからそっと顔に触れる

「僕も大好きだよ..深結...」


「今日は急に来てしまってすみません、お邪魔しました」

「全然良いのよ、またおいで。深結は?もしかして寝ちゃった?」

「はい..ぐっすりです」

颯太が答えると少し考えてから話し始めた

「こんなこと言うと親バカって思われるかもだけど...あの子はね、ちゃんと向き合おうとしてるの。私とは違ってね」

無理矢理作られたであろう笑顔を向けられて動揺する

「親バカなんかじゃないです、僕にはまだわからないけど...子を想う親の気持ちはきっと僕が深結を好きになった気持ちと似ている気がします」

「颯太君はすごいや...若いのに、しっかりしてて」

「そんなことないですよ」




「ん、うーん...あれ私寝ちゃってた?あれ?颯太は?」

自問自答をしていると

「颯太君なら帰ったよー、深結ぐっすり眠ってたって」

深結は頬を赤らめる

「でも優しそうな子で安心したよ」

「良かった」

深結は笑った。笑えた。

最近、笑うことが多くなった。少し前の自分じゃ考えられないくらいに。

死ぬ勇気なんてないけど、消えたかった。でも自分を傷つけたのは気づいてほしかったから。

「変わったな、私」

ぽつりと溢れでた

「すっごく変わったと思う」

「これで良かったのかな?」

「今は幸せ?」

「幸せ」

「じゃあ良いじゃない」

気持ちの整理がつかない、心も頭もぐちゃぐちゃだ。

「まあ悩みも青春の一つだよね」

深結の気持ちを察してくれたのか、部屋から出て行ってくれた。


深結の心は颯太に満たされていた。でもどこかまだ空っぽな気がしてやまない。心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら紗奈にメッセージを送る。

短い文を書いては送信をタップしてを繰り返す、涙が落ちて画面が見づらくなり誤字も多くあった。

既読マークがついてからすぐに電話がかかってきた


耐えきれずに嗚咽する、その状態のまま電話に出る。

「紗奈、夜遅くにごめんね。ちょっとお話したくて」

深結は颯太とのことを話した。

「愛だ、完全に愛だ」

自信に溢れた声で紗奈は言った。

「愛してるからこそ、いなくなるのが怖くなっちゃうの」

紗奈の言う通りだ。深結は怖いんだ。

紗奈や颯太とも永遠にはいられない。いつかは離れ離れになる、それがとてつもなく怖い。

「怖い..嫌だ、離れたくない」

素直に気持ちを話す

「わかった、ちょっと待ってて」


しばらくするとインターホンの音が鳴った

お母さんがドアを開けると同時に紗奈は

「夜遅くにごめんなさい!」

とだけ言い放って深結の部屋に駆け上がる



「深結っ!..」

紗奈が部屋に飛び込んで来た

「紗奈..ごめ....」

紗奈の人差し指が唇に当たる

紗奈が言いたいことはなんとなく分かる

深結も紗奈の唇に人差し指を当てる

見つめ合う二人。


どれだけ時間が経ったのか分からない。

いつのまにか紗奈の頬には涙の跡が線になっていた

なにかに絆されるように深結は自分の唇に当てられた紗奈の人差し指を離した。

「ありがとう、落ち着いた」

私は強がりだ。本当は何も変わってなんかないのに、こんな言葉を吐いてしまう。ただ紗奈には泣いてほしくなかった。でもそれとは裏腹に

「私は自分のことが大っ嫌い」

紗奈は唐突に言い放った

「可愛くないし、頭も良くない。運動もできないし努力もできない。自分のことは何一つ言えないくせして人にはお節介して.....」

紗奈がこんなにも思い詰めていたなんて知らなかった。これもきっと私の所為だ

「だから...私のこと、聞いてほしいな..私の秘密」

深結はこくんと頷く

「なんとなく感じる生きづらさってあるじゃん、昔からずっと感じてた、でも気づかないふりをして笑い続けた。嫌われないように興味もないことを好きって言って、必死に周りに合わせてきた。でも初めて深結を見た時わかったの、私と同じだって...手首の傷が私にもあったから」

紗奈が話終わると深結は言った

「泣こっか」

その言葉を聞いた紗奈の目からは大粒の涙がいくつも溢れ出ていた

「いっぱい泣きな」

そう言って紗奈の背中をさする

「私なんかって思ってるでしょ?」

深結が問いかけると

「うん.....」

小さく返事をする

こんなに弱音を吐く紗奈は初めて見る

「紗奈はすごいよ、ただちょっと勇気が足りなかっただけ。でも今紗奈は勇気を出して話してくれたからもう大丈夫だよ」

「深結の大丈夫は信用できない..!」

涙を拭いながら頬を膨らます

「もー、それは昔の話」
「今は楽しい時は笑って、辛い時は泣けるようになったから」

「本当?」

その言葉が重く心に突き刺さる

「....なんにも言えないや」

「やっぱり深結は嘘つきだ」
「もう騙されないよ」

紗奈は涙を拭う手を止める

「えっ...」

「深結のことならなんでも知ってるんだから」

「そっか..やっぱりそうだよね」

「でもそれでも良いと思う」
「だってさ、それが深結だから」

その言葉に救われた気がした

訳も分からずに泣いてしまう、紗奈も泣いていた。

「どこにも行かないで」

深結の心の底からの本音だった。

「ずっと一緒だよ」

紗奈の心の底からの言葉だった

自分を肯定も否定もせずに受け入れてくれる、颯太もそうだった。

深結はずっと前から心のどこかで諦めていたのかもしれない、だからこそ否定も肯定も痛かったんだ。

「ありがとう紗奈、気づかせてくれて」

「ありがとう深結、教えてくれて」

この時間がずっと続いてほしいと願った。でも神様は意地悪だ、二人は徐々に微睡んで眠りについてしまった。



朝。

先に目を覚ましたのは深結だった。

「おはよう、紗奈」

まだ眠っている紗奈を起こさないように小さな声で言った

「みゆ..ずっと...いっしょ..」

紗奈の寝言に微笑みを浮かべる

「ずっと一緒だよ」

寝言に返事をするように言う

深結はそっと紗奈に近づいて抱きしめた

「ん..うん...まだ眠い...」

寝ぼけている紗奈の顔にそっと触れる

「おはよう....深結..」

紗奈もどこか落ち着いていた

「寝ちゃったね」

紗奈はすました顔で少しにこっとして言った

深結は紗奈にくっついて言う

「紗奈とこうしているだけで安心する、生きていたいって思うの..........ごめんね..」

この発言が紗奈に迷惑だってことくらい深結にもわかってる、でも止められないんだ。

「謝ることなんてないよ」

紗奈の言葉はきっと本当だ。でも信じてしまったら自分がわからなくなる

「自分を見失うことは誰にだってあるの、深結にも私にも。でもねだから人間って儚くて愛おしいの」

「なんか紗奈変わったね」

「そーかな?」

「うん、なんか少し前の自分を見ている気がする」


深結のスマホが鳴った

手を伸ばして画面を見ると

"颯太"

と表示されていた。
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