誰も知らない勇者の話

麻美

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誰もが知る勇者の話

誰も知らない国民の話

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「どうか、どうか勇者様にお礼を言わせてください……」

 リワツイ国の北端、ノスは日差しの強い村である。
それゆえ、ここの警備担当はつい目を細めて周りを威圧してしまうことがよくある。

 しかし、現在彼が目を細めているのは単に日差しのせいではない。

「勇者様方のおかげで、私たちの息子は戦死する前に戦場から帰ってこれたのです……」

「ハロルド様、どうか、勇者様にお会いすることは叶いませんか……」

 彼の前に跪き、頭を地面に擦り付ける老夫婦。
今日何度目か分からない訪問者の彼らが彼の──ハロルドの目を細めさせる原因であった。

 ところどころ破れた服はこの地方で着るものではない。恐らく遠方からわざわざやって来たのだろう。それが分かってしまうために、無下にすることも叶わない。
しかし、ハロルドには彼らを勇者に会わせられない理由があるのだ。

「国からの発表を聞かなかったのか。今勇者は国王陛下に会うことも出来ない重症だ。凱旋式でさえも行えなかった。俺ですらなかなか会わせてもらえない。全てアリーチェとリアムが管理しているからな。それに、」

ハロルドはそこで一旦言葉を止め、ため息をついた。
何度国が知らせを出そうと、勇者に一目だけでも会いたいと願うものはたくさんいる。真に勇者とその一行を思うなら、復興にのみ力を入れてほしいというハロルドの気持ちは国民の多くに届かない。

「何度会いに行っても、あいつは目を覚まさない。魔力の汚染とかいうやつのせいで、そばに寄り添うことも出来ないんだ」

 ハロルドの辛く、落ち込んだ姿を見て老夫婦は自分たちの言動を後悔する。
自分たちは勇者のそばに居るハロルドを苦しめてしまったのだと。

 老夫婦はなにも話すことが出来ず、ただ日に照らされる。
彼らが家を出た時には見えなかった太陽が今ではもう真上を通り越してしまった。

「勇者と」

沈黙を破ったのはハロルドだった。
すっかり落ち込み、頭を上げない老夫婦の肩に手を置いた。

「いつも会える訳では無い。だが、」

ハロルドは出せる限りの優しい声で語り掛けた。

「勇者を思う心優しい夫婦がいたと、必ずあいつに伝えよう。約束する」

 老夫婦は促されるまま、ハロルドの方へ顔を上げた。
その顔は、すでに涙にぬれていた。

「遠方からよくぞ来てくれた。ここまで来るのにゆうに半日はかかっただろう……。ここまでの旅費だけでも俺が出そう。」

 会話を聞き、ハロルドの部下が小さな袋を持って老夫婦に手渡した。
中には十分すぎるほどの硬貨が入っている。

「い、いただけません! ここには私たちが勝手に来てしまったのに……」

「もらってくれ。あいつに会わせることもきなかったしな。せめてもの詫びだ。道中、気を付けてくれ」






「今日だけで8人目でしたね……。あの、どうして勇者様にお会いすることはできないんですか?」

 歩き去る老夫婦の背中を眺めながら、部下が呟いた。
ハロルドがノスの村にきて三日、すでにたくさんの国民が勇者に一目だけでも会いたいと彼のもとを訪れている。来る民はみな少ない貯蓄をはたいて何とかハロルドに頼み込みに来るのだ。

「あの夫婦の服、このあたりで見ないです。きっとかなり遠くから……」

「そんなことはおれも分かってるさ。……あいつは、最後に戦ってから1度も目を覚まさないんだ。そんな状態のあいつは見せたくないし、あいつの負担になりそうなことはさせない」

「そう……でしたか……」

なんとなくは聞かされていても、ハッキリと勇者の現状を聞かされたのは初めてだったんだろう。
心優しい部下は大変気づ付いた顔をする。

「そんな顔をするな。あいつは絶対に目を覚ますだろう。お前といい、先ほどの夫婦といい、この国は素直でいい民が多いな」

そんなお前らに勇者サマは大変助けられているよ。

その言葉を飲み込んで、ハロルドは微笑んだ。
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