婚約破棄されても侯爵令嬢は諦めない

茶々丸

文字の大きさ
9 / 29
第二章

トシュカの町へ

しおりを挟む
 ザルツブルク家の領地であるブルーメ領から馬を数時間ほど走らせ、ブライスガウの領地内へとたどり着いたころには、フローレンシアは久々の長時間の乗馬によって足ががくがくになっていた。
 やはり馬車で来ればよかったかもしれないと若干の後悔をしつつ、そこからさらにブライスガウ家の館があるトシュカの町へと向かう。

 町に足を踏み入れると、いつもならばのどかな町がなんだか騒々しかった。武装した兵達があちこちにいて、それがどうやらこの物々しい雰囲気の原因だろう。

「どうして兵士が……まさか、本当に……」

 フローレンシアの顔色が悪くなっていく。ディ-ドリヒも、なんとも異様な雰囲気を感じて押し黙った。
 
 トシュカの北の外れにある丘の上にブライスガウ家の屋敷は建っている。
 赤レンガでできた建物に緑色のツタが絡みついた由緒正しいお屋敷だ。庭も美しく、普段ならば鳥の鳴き声しか聞こえないような場所だというのに、今日は屋敷の周りに兵隊達がたむろしていて随分と騒がしい。

「この兵は皆、ノルデンドルフ家の兵のようですね」

 兵士の身に着けている武具を観察してディードリヒは言った。兵士達の防具には、ノルデンドルフ家を表す熊の紋章が彫り込んである。
 兵士達はフローレンシアを見ると、にやにやと下卑た笑みを浮かべていた。その視線が嫌で、フローレンシアは外套のフードをさらに深く被り直す。
 
 玄関にたどり着くと、大ぶりなノッカーを掴んでガンガンと扉に叩きつけた。
待っていると、重たそうな木の扉が開き、中から出てきたのはアロイスだった。頭には包帯が巻かれ、あちこちを怪我している。特に目の所は大きく腫れあがり、美しい顔が台無しだった。

「アロイス?!」
「フローレンシア様……。な、なぜここに?」
「貴方こそ、その怪我はどうしたのよ。私はリディアが事故に遭ったというから急いで駆け付けたの。生きているのよね?彼女は無事なんでしょう?!」 

 アロイスはフローレンシアがここにいる事に驚いているようだった。青白い顔で随分と動揺している。

「今すぐお帰り下さい。お父上も心配されます」
「嫌よ!リディアの安全を確かめるまで帰らないわ。アロイス•フォン•ヴァーグナー、貴方は彼女の騎士でしょう?彼女はどうしたのよ!今すぐに会わせてちょうだい!」
「それは……」
「一体何事だ、アロイス」

 アロイスがびくりと身体を震わせる。
 屋敷の奥から現れたのはノルデンドルフ家の長男であるドレイク•イスタ•ツー•ノルデンドルフだった。ドレイクはアロイスを押しのけ、彼を屋敷の奥へと下がらせると、フローレンシアの目の前に立つ。

「ドレイク殿?!」
「おや、フローレンシア様。なぜあなたがこんなところに?」
「それはこちらの台詞です!私はリディアが事故にあったと聞いて、確かめに来たのです。親友である私が、彼女のもとに駆けつけて何かおかしいことでもあるかしら?それより、貴方こそどうしてどうしてここにいるの?ノルデンドルフの兵なんか連れてきて、一体どういうつもり?ここはブライスガウ家の土地、これは立派な領土への侵入ですわ」

 フローレンシアはドレイクを睨みつけた。
 以前、ドレイクがフローレンシアの所に求婚をしに来てから、フローレンシアはどうにもこの男が苦手だった。黒い髪に真っ青な目で美しい顔立ちをしているし、スタイルも悪くないのだが、笑顔を絶やさないくせに目の奥が笑っていないのだ。しかもあちこちで女遊びの噂が絶えず、そのくせ結婚するなら家柄の良い女にするとまで豪語している。
 好きになれるわけがなかった。

「そんなに睨まないでください。この前会ったばかりなのに、ずいぶんと嫌われてしまったようだな。私がここに来たのは小議会からの命令です。この度、ブライスガウの管理を任されたものですから」
「貴方が?一体どういう事?」
「おや、ご存知ではないのですか?連絡はもうすでに王都にいっていたと思いますが……。ブライスガウ卿とリディア様はお亡くなりになられたのですよ」

 ドレイクの言葉に、フローレンシアは頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。胸の所がずきずきと痛み、思わずその場にしゃがみ込む。

「お嬢様!!」

 ディードリヒがフローレンシアを支え、立ち上がらせる。ドレイクは眉根を下げて残念そうな顔をしていたが、どうにもわざとらしかった。

「嘘よ!そんな筈ないわ!」
「嘘であればどれだけよかったか。昨日の夜の事です。お二人は領土に戻る途中で野盗に襲われ、お亡くなりに。その為ブライスガウの領地は王家の管轄となり、一時的にですが私が派遣され、しばらくはこの地を預かる事になりました」
「……昨日二人が亡くなったばかりだというのに、ずいぶんと迅速な対応ですこと。まるで事前に知っていたかのようね」
「人聞きの悪い。こういった重要な事態への対処はある程度用意されているものなのですよ」
 フローレンシアが嫌味を言っても、ドレイクは表情を全く崩さない。むしろどこか少し楽しんでいるようにすら見える。

「そういえばヨハネスはどうしたの?あの子はブライスガウ家の長子。嫡男がいるのだから、この地を治める資格があるのは彼のはず。貴方が来る必要はないわよ」
「あぁ、その件なのですが……実はヨハネス様は現在行方不明となっておりまして」
「行方不明?あの子が?」
「えぇ、どうやら御父上と姉上を失ったショックで錯乱を起こしてしまったようです。ベッドを抜け出し、一体どこへ行ったものか。我々も今、全力で探しております。もともと、幼いヨハネス様にはまだ領主の立場は重かろうという事で私はお手伝いに来ただけだったのですが、その件もあって、今回は私が管理者という事になったのです」

 先ほどから信じられない事ばかりが起きる。あまりにも受け入れがたい現実だった。

「さて、私はそろそろ失礼します。やることが多いものですから。アロイス、フローレンシア様を送ってさしあげろ」

 ドレイクはアロイスを呼びつけると、そのまま玄関口から去ってしまった。
 呼ばれたアロイスがフローレンシアに手を差し伸べたが、フローレンシアはその手を叩き落とす。

「アロイス、何か言ったらどうなのよ。私が貴方をリディアに紹介したのよ!彼は素晴らしい騎士だからって!貴方がリディアの事を守ってくれるって信じてたのに!!」

 フローレンシアが涙を流しながら、アロイスの頭や背中を叩く。アロイスは俯き、非難を受け入れて静かに唇を噛みしめていた。

「……申し訳ありません」
「何よ!役立たず!ヨハネスまでいなくなっちゃったじゃない!どうして、どうしてよ……」
「お嬢様、もう行きましょう。アロイスのせいではありません」

 ディードリヒは泣き崩れるフロ-レンシアを抱き上げると、アロイスに小さく頭を下げた。

「すまなかった、お前も辛いだろうに。……だが、わかってやってくれ」
「もちろん。フローレンシア様が俺を責めるのは当然だ」

 ディードリヒはアロイスの肩を軽く叩いた。主を失った騎士の気持ちはいかほどなのか、ディードリヒには想像もつかない。もし自分がフローレンシアを失ったらと考えると、あまりにも恐ろしくて背筋がゾッとした。

「フローレンシア様、ヨハネス様は俺が必ず見つけだします。それだけは……お約束します」

 アロイスがフローレンシアに声をかけたが、フローレンシアはディードリヒの胸元に顔をうずめて何も答えなかった。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

後悔などありません。あなたのことは愛していないので。

あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」 婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。 理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。 証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。 初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。 だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。 静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。 「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

悪役令嬢の父は売られた喧嘩は徹底的に買うことにした

まるまる⭐️
ファンタジー
【第5回ファンタジーカップにおきまして痛快大逆転賞を頂戴いたしました。応援頂き、本当にありがとうございました】「アルテミス! 其方の様な性根の腐った女はこの私に相応しくない!! よって其方との婚約は、今、この場を持って破棄する!!」 王立学園の卒業生達を祝うための祝賀パーティー。娘の晴れ姿を1目見ようと久しぶりに王都に赴いたワシは、公衆の面前で王太子に婚約破棄される愛する娘の姿を見て愕然とした。 大事な娘を守ろうと飛び出したワシは、王太子と対峙するうちに、この婚約破棄の裏に隠れた黒幕の存在に気が付く。 おのれ。ワシの可愛いアルテミスちゃんの今までの血の滲む様な努力を台無しにしおって……。 ワシの怒りに火がついた。 ところが反撃しようとその黒幕を探るうち、その奥には陰謀と更なる黒幕の存在が……。 乗り掛かった船。ここでやめては男が廃る。売られた喧嘩は徹底的に買おうではないか!! ※※ ファンタジーカップ、折角のお祭りです。遅ればせながら参加してみます。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

処理中です...