11 / 29
第二章
バルトリ市場街
しおりを挟むマリベルの森を抜け、しばらく道に沿って馬車を走らせると、商業の街、バルトリ市場街が見えてくる。
元々は、平原の高台に築かれた砦がぽつんとあっただけだったのだが、バルトリという商人がそこで旅人の為に小さな店を開き、そこから次々と商人や住人が集まってきたのが始まりだといわれている街だ。
白い石灰石でできた砦の中には数多くの商店が軒を連ね、ここで手に入らないものはないと言われている。近頃は、砦の外に行商達が集まり、新たなバザール地区が出来上がっていて、どんどん発展を続けているようだった。このようにして発展した街なので、街の行政権を握っているのは領主ではなく、商人達である。
「よう!タリヤ!!後で寄っていけよ、いい商品入ってるぜ!」
「タリヤじゃないか!後で注文していた品物取りに行くからな!」
バルトリ市場街に入ると、タリヤはあちこちにいる人々から声を掛けられていた。皆、笑顔で店に寄っていけと誘ったり、久々に彼女に会えた事を喜んでいる。どうやら随分顔が知られているようだ。
「ねぇ、貴方」
「……なんだよ」
「タリヤってもしかしてなかなかやり手な商人なの?」
荷馬車に揺られながら、リディアは隣に座るクルトに尋ねた。
「まぁ、やり手っていうよりかは、みんなに頼りにされてるんだよ。タリヤは面倒見がいいからな。このバルトリ市場のバザール地区だって、タリヤがつくったようなもんなんだぜ。それまではバルトリ市場で取引できる商人は限られてて、新入りはどう頑張っても参入できなかった。それを上のお偉いさんと話してうまくまとめたのがタリヤさ!」
クルトはまるで自分の事のように誇らしげにリディアに言った。
「貴方はタリヤを尊敬してるのね」
「いや、別に、まぁ……商人としてはやっぱすげー人だし」
図星だったのか、クルトは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。その様子はなんとも微笑ましい。ふと、故郷に置いてきてしまったヨハネスの事を思い出して胸がざわついた。領主が急逝してしまったブライスガウはさぞや混乱している事だろう。そしてなによりも、先ほどタリヤが言うには領地を没収されてしまったらしいが、真相を早く突き止めなくてはならない。
「さぁ、二人とも降りな」
タリヤはそう言って一際大きな建物の前に馬車を停めた。
看板には『酒場』と書かれていて、あちこちに馬車やロバが停めてある。外に置いてあるテーブルでは大柄の男たちが手に大きなジョッキを持って歌を歌ったりと随分騒がしい。
「……ここは?」
「酒場さ。アンタが今日泊まるとこだよ」
「失礼だけど、私は宿の手配をお願いしたのよ?」
「二階はちゃんと人が泊まれるようになってる。それにここの主人はあたしの顔馴染みでね、色々と融通がきくんだ」
「でも……もう少し綺麗な場所はなかったの?酒場じゃなくて、もっとちゃんとした宿とか……」
周りの様子を見て、顔を顰めたリディアが反論する。床は泥や油で少しベタついているし、正直言って清潔とは言い難い。
「これ以上最適な場所はないと思うね。文句言うんじゃないよ」
バッサリと異論を切って捨て、タリヤは酒場の中へと入っていった。
酒場の中は広く、丸テーブルがあちこちに置かれていて、男たちがジョッキで乾杯しながら大声で笑い合っている。部屋の奥にはバーカウンターがあり、そこで食べ物や飲み物を注文するようだ。
アルコールに酔った人間の匂いがリディアの鼻をつく。晩餐会などで酒を嗜む男性達は見た事があるが、このように大声で歌を歌ったり、騒いだりするのをみたのは初めてだったので、リディアは若干の恐怖心を抱いていた。
「サントス、いるかい?」
カウンターでタリヤが呼びかけると、奥の扉から両手いっぱいのジョッキを持って髭を生やした大柄の男が現れた。
「よぉ、タリヤ!久々だな!」
「二階、空いてるかい?私とクルトで一部屋、それからこちらのお嬢さんの分もね。こっちは一番いい部屋にしておくれ」
「随分と小綺麗なお嬢ちゃんを連れてるじゃねぇか。今日は割と空きがある。二階の角部屋とその隣が空いてるから、そこを使いな」
サントスと呼ばれた男はカウンターに真鍮製の鍵を二つ置いた。タリヤは鍵を取って二階へと向かう。
どうやら二階は宿泊施設になっているようだ。
正直綺麗とは言い難く、部屋の中に入っても一階で呑んでいる客達の声がだいぶ煩い。それでも、リディアが泊まる角部屋はだいぶ広く、きちんと家具も手入れされているようでマシではあるようだった。
「不服そうだね」
「不服というより、こういう所に泊まった事がないから驚いているの。男の人たちがあんな風にお酒を沢山飲んで騒いでるのも初めて見る光景だわ」
「そうかい。それじゃあ慣れておいたほうが良いね。とりあえず三日間ここに滞在できるようにしてある。延長したい時は下のさっきのカウンターでサントスに頼みな。その代わり、金は必要だよ」
「わかったわ。それよりも、ここからブライスガウに行く為にはどうしたいいの?」
「乗り合い馬車が出てるからそれに乗るんだね。今日はもうないだろうから、明日、広場のほうに行くといい」
「ありがとう。やってみるわ」
なにもかも初めての事だったが、とにかく今はブライスガウに戻って事態を把握しなければならないので泣き言を言ってはいられない。と言っても、今まで貴族の令嬢として大切に育てられてきたリディアにとって、今いる現実はあまりにもかけ離れていて、不安ばかりが押し寄せてくる。
「お嬢さん、飯にしよう。とにかく何か食べないと、身体が資本なんだから」
タリヤが声をかけると、まるでそれに返事をするかのようにリディアのお腹がぐうと鳴った。その音を聞いてクルトが部屋の隅でくくくと小さく笑う。
「……それで、メニューは?」
ベッドに腰掛け、タリヤに尋ねる。タリヤは差し出された手のひらを見つめて一瞬キョトンとした後、腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは!!ここは高級レストランじゃないんだよ、お嬢さん!!残念ながらメニューはない。おいで、庶民の生活を教えてあげるから」
タリヤはリディアの肩を叩きながら、彼女を部屋から連れ出した。リディアはと言うと、自分は本当に世間を知らないのだと思い知らされ、羞恥で顔が真っ赤になっていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
悪役令嬢の父は売られた喧嘩は徹底的に買うことにした
まるまる⭐️
ファンタジー
【第5回ファンタジーカップにおきまして痛快大逆転賞を頂戴いたしました。応援頂き、本当にありがとうございました】「アルテミス! 其方の様な性根の腐った女はこの私に相応しくない!! よって其方との婚約は、今、この場を持って破棄する!!」
王立学園の卒業生達を祝うための祝賀パーティー。娘の晴れ姿を1目見ようと久しぶりに王都に赴いたワシは、公衆の面前で王太子に婚約破棄される愛する娘の姿を見て愕然とした。
大事な娘を守ろうと飛び出したワシは、王太子と対峙するうちに、この婚約破棄の裏に隠れた黒幕の存在に気が付く。
おのれ。ワシの可愛いアルテミスちゃんの今までの血の滲む様な努力を台無しにしおって……。
ワシの怒りに火がついた。
ところが反撃しようとその黒幕を探るうち、その奥には陰謀と更なる黒幕の存在が……。
乗り掛かった船。ここでやめては男が廃る。売られた喧嘩は徹底的に買おうではないか!!
※※ ファンタジーカップ、折角のお祭りです。遅ればせながら参加してみます。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる