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ヒリキなぼくと授業参観と光岡
作文発表とめんどい女子とガラ悪男
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一つの小さな出来事が、ドミノのように重なりあい、次々と変わる瞬間があるとすれば、今なのかもしれない。
例えば、佐伯に作文を教えたことやプラモを作り始めたことなどなど。そんな単純なことが積み重なって、思いがけない大きな波になっていくような、そんなこと。
ヒリキな小学生だけど、それでも、何か自分のまわりが変わっていくような、そんな感覚がわいてくることが増えてきた。今日も、そんな出来事が一つ起こった。
「ねえ、一昨日、どこ行ったの?」
月曜の朝一番に、光岡咲良がいきなり話しかけてきた。ほとんどしゃべったことのないクラスの女子がいきなり、それもなれなれしくしゃべりかけてくることってあるわけ?
「Aクラスの試験受けに入ったら、渋谷くんが横道から出てくるのが見えたんだ。どこに行ったか、気になってさ」
光岡とは、ほとんど話したことはない。同じクラスで同じ塾だけど、教室は別。彼女は江村橋校Bコースだ。
クラスでは、スクールカーストの一番上、派手で目立つ女子グループのメンバー。ショートカットで、目がくりんとしている。背は低い。まあまあかわいい、かな。はっきりとした意見を言って、いつも男子がたじたじになってしまうような典型的なリーダータイプって感じ。そんなやつに、なんで自分の秘密を言わなきゃいけない? 絶対に広がるだろ。
「別に」と、一番無難な言い方をしてみる。
「あんな道に、何の用事があるのかなって思ったんだ。でさ、本題なんだけど、テストの出来がよかったから、きっとAクラスに行けるはずなんだ。そうしたら、同じ校舎だね。よろしく。成績を上げて、Sクラスに入って、絶対に梅園女子に入るんだ。けど、まだちょっと成績足りなくてさ。渋谷くんだったら、梅園、余裕だと思うんだけど。私はまだ無理そう。だから色々教えてね」
よかった。MIYAのことはスルーしてくれた。けれど、その後、立てつづけに、光岡はしゃべる、しゃべる。
梅園は女子校だぞ。どうやって男のぼくが入るんだよ、アホか。
梅園女子中学は、都内でトップ3に入る名門私立女子中学だ。『自由、自立』が教育理念で人気もある。
今まで接点がない女子から、しゃべり倒される経験なんてないぼくは、圧倒されてしまった。光岡のマシンガントークを聞きながら、だんまりを決めこむと、いつの間にか授業のチャイムがなった。
◇ ◇
「前にも話したけど、今度の土曜の授業参観で作文を発表してもらいます。発表は、渋谷くん、佐伯くん、長尾さんの三人。そのあと、職業について考えていきます」
遠藤先生はそう言うと、そのまま授業を始めた。クラスは、少しざわついた。たぶん佐伯が発表することになったからだろう。そういう発表に、まったく縁がないやつだったから。大丈夫だろうか。
ぼくが彼の作文を半分以上、書いたようなものだけどさ。あいつ、発表できるのか。少しだけ心配になった。
◇ ◇
次の休み時間、ふと前を見ると、佐伯が机につっぷしていた。へこんでいるようだ。やっぱり作文の発表のことか。気になって、思わず声をかけた。
「どうした?」
「わかんない」
何だ、その「わかんない」って返事は。発表する方法がわかんないのか、発表する気持ちがわかんないのか。イミフ。なんか、佐伯って、言葉が足りないっていうか。察してちゃんというか。面倒くさいタイプなんだよなあ。
「作文の発表のこと? ぼくが無理やり書かせて、発表することになったから落ちこんでるの? だれか家の人、来るわけ?」
ついガンガン質問してしまった。大勢の前で発表するが、ハードルが高いのか。慣れているぼくにとってたいしたことではないけど、佐伯にとって難しいことなのかも。
「親父が来なければ…。発表するだけなら、たぶん…大丈夫だと思う」
親父? そんなに聞いてほしくないんだ。作文を手伝ってよかったんだか、悪かったんだか、わからなくなってきた。佐伯は、言葉を続けた。
「緊張するし、らしくないっていうか。だから…ちょっと、つらいかも」
「大丈夫だって。ぼくも一緒だし。そんなに難しいことじゃないって。ファイト!」
そう言ってみた。他人に話すことで、自分の気持ちや希望がはっきりとわかることもあるんじゃないかなという気がする。自分の心の中のもやもやを言葉にするって、案外大事だ。こいつはそれがわかってるのかな。佐伯は、少し考えながら言った。
「うん。あ~、でも、どうしよう」
まだぐずぐず言っている。ポジティブか? ネガティブ? 悪いことしちゃったかな。ぼくもぐずぐずになってしまった。
そこに、するっと光岡が来た。忍者か。
「ねえねえ、発表なんてすごいね。佐伯くんの作文、渋谷くんが手伝ったんでしょ。私、作文の成績があまりよくなくって。梅園、作文あるんだ。私にも作文の書き方、教えて」
と、割りこんできた。
佐伯と話しているのに、何なんだこいつは。そう思いながらも、会話がはずまなかった身としては、助け舟が来たような気もして、少しホッとした。
でもさ、塾で作文の書き方、教えてもらっただろ。そこで覚えりゃいいのに…。それに一緒に作文をやっていたことなんて、よく見てたな。
すると、光岡を遠巻きにしていた女子たちがわらわらと4~5人やってきて、「私も教えてほしい」と言ってきた。男子は、クラスのすみで固まって何か言っている。
ぼっち生活が、1年以上続いた自分にとって、女子とプライベートで話すスクールライフはレアだ。
どうしていいかわからない。佐伯は知らんぷりだ。こんなことなら、作文なんて手伝わなきゃよかった。コツとか教えないと、どうも光岡から逃げられそうにもない。
「わかった。今度な」
しょうがない。親切な人間ではないけどさ。
「じゃあ、次の昼休みね」
と、めんどうな光岡はにやっと笑い、さっさと教える時間まで決められてしまった。光岡の行動、早っ。
女子は、そのまま佐伯を取り囲み、しきりと話しかけている。へこんでいる佐伯は、ただ黙って女子の話を聞いている。そっか、女子が来たのって、佐伯と話したかったからか。きっかけを探していたんだ。
作文の件は、その糸口にすぎないんだな。
モテるって、案外大変そう。体力いるわ。そう思いながら、そのまま授業へとなだれこんでいった。
◇ ◇
先週の土曜日は、プラモ製作はだいぶ進んだけど、今週は授業参観があるから無理。せっかく慣れたのに残念だ。
午後から、自習室にこもると言えば、行けないこともないか。そう思うくらいには、はまり始めている。アレは必ず授業参観と懇談会に来るだろう。面倒くさい。頭がずどんと重くなった。
光岡たちには、休み時間に、何回か作文の書き方を教えた。彼女だけかと思ったら、グループ内の女子とか、友永や鈴木といった江村橋校Bクラス男子も来た。出崎とは違うグループの男子だ。算数のことまで聞かれた。解き方を説明してあげたら、休み時間に人が来るようになった。佐伯も同じ。彼自身は、あんまり話していないけど。
ここ数日、ぼくたち二人は、以前のように、ぼっちではなくなってきていた。少し面倒くさいなと思いながら、対応するようにはしている。
◇ ◇
土曜日になった。授業参観日だ。そのため、塾は休み。平日と何も変わらない。
違うのは、アレがつけまつげをばっちりつけ、高そうな服を着て、張り切っていることぐらい。どうせ同級生の親とかに「中学、偏差値が高いとこ目指しているんでしょう」とか言われて、「そんなことないわよ」とか言って自慢するのだ。恥ずかしい。他の親は、みんな普段着で来るのに、アレは、な~。
ぼくがクラスで浮く以上に、アレが浮いているってどうしてわかんないのかな。頭悪すぎ。あとから陰口を言われるに決まっているのにさ。どうして気がつかないんだろう。まわりを見ないって、ヤバい。ドン引きだ。アレは子どもの自慢しかしない。それも謎だ。自分のことでがんばればいいのに。
「今日は、授業参観だけど、緊張しないでね。最初は、この、書いてもらった『将来の夢』について、三人に発表してもらいます。そのあと、将来について、どう考え、実現していけばいいのか、話し合いながら、授業を進めていきます。まず、長岡さんから」
授業参観の雰囲気は独特だ。親は後からじっと子どもを見て、他と比較する。誰が自分の子どもの友だちで、誰が優秀など、値踏みしている。この雰囲気が大嫌いだ。アレが、授業中にもかかわらず、自慢げに話す声が聞こえてきた。背筋がぞわっとする。
長岡さんが、作文を読み始めた。
すると、突然、前の扉が開いた。目つきが悪く、体つきががっしりとした男が教室を堂々とのぞきこんできた。誰の親だろう。なんかガラが悪そうな人だ。
「すみません。後から入っていただけますか」先生が声をかけた。
ガラ悪男は、愛想笑いをしながら、後のドアから教室に入り直してきた。
先生は、一時中断していた作文の音読をするよう、うなずいた。そして、長岡さんは看護師という仕事がいかに大変かという作文の続きを読み始めた。
前の席にいる佐伯が、何回も後を振りかえっていた。佐伯は、後のドアのすぐそばに立っているあの男を見ていた。表情が固まっている。なぜそんなに緊張しているのかな。
「次は、佐伯くんね」
遠藤先生が指名すると、佐伯は立ち上がろうとした。けれど、立てなかった。顔が白い。びっくりした。産まれたての子牛のように足ががくがくしている。何度かチャレンジして、やっと立ち上がった。けど、発表はできそうにもない。黙ったまま固まっている。
「大丈夫?」
先生も心配になったようで、青ざめている佐伯を席に座らせた。
「佐伯くんは体調があまりよくないようなので、渋谷くん読んでくれる?」
「はい」
ぼくは、作文を読み始めた。
◇ ◇
「保健委員の光岡さん、悪いけど、佐伯くんを保健室に連れて行って。あとのみんなは、班ごとに自分の夢について、10分話し合ってください」
佐伯は、真っ青な顔をして、ずっと下を向いている。本当に調子が悪そうだ。光岡は、すぐに席を立って、佐伯を保健室へ連れて行った。光岡は肩を貸そうとしたけど、佐伯は断っているように見えた。ふらつきながら、なんとか一人で歩いて教室を出て行った。そのまま授業は続く。教室はざわつき、落ち着かない雰囲気のままだ。授業前の佐伯は、緊張はしていたけど、あんなに青白い顔はしていなかった。作文のせいなのかな。
光岡はすぐに戻ってくるかと思ったけど、戻ってこない。後にいる親たちを見ると、あの謎の男もいなくなっていた。何かあったのだろうか。班の話し合いも、佐伯がいないせいか、話し合いは、はずまなかった。
光岡が教室に帰ってきたのは、班の話し合いが終わって、先生が将来のビジョンという文字を黒板に書いていた時のことだった。
保健室の往復というわりには、あまりにも時間がかかりすぎている。それに、光岡も心なしか疲れているようだった。何かあったのだろうか。そのまま光岡は席に座ると、授業は続行された。
◇ ◇
授業が終わった。帰りの会の後、生徒は帰り、親はそのまま懇談会になる。
後に親たちがわさわさいて、落ち着かない。光岡と話をしたかったけど、佐伯を心配してか、女子に囲まれている。さすがに、その輪の中に入る勇気はなかった。
佐伯はどうしているのだろうか。気になる。懇談会の準備をしている遠藤先生に、思い切って声をかけた。
「佐伯くんの荷物を保健室に届けたいのですが、いいですか?」
「そうね。お父さんもいらしているから、大丈夫だと思うけど、帰るという連絡を受けていないの。ばたばたしていて、動きがとれないし…。とりあえず保健室に届けてくれるなら、頼んでもいいかな。助かるわ」
机の上に置きっぱなしになっている佐伯のノートや筆箱を机の横にかけてあるかばんの中に入れた。そして、自分のかばんと一緒に肩にかけ、そのまま保健室に行こうとした。
他の親と話しこむアレが「これから塾に行くんでしょ」と大声で言った。
アレ特有のポーズ。わかりやすい。わざと人に聞こえるように言って、さりげなく自慢する。うんざりしながら、そのまま教室を出た。
◇ ◇
保健室に行くと、保健の先生はいない。
そっか、今日は土曜。保険の先生は休みだ。そして、佐伯もいなかった。
空っぽのベッドには、ふとんが乱れた状態のままだ。あれ、もう帰ったのかな。大丈夫か。心配になりながら、保健室をきょろきょろと見回した。すると、後から急に声をかけられた。
「佐伯くんのこと?」
どきっとした。光岡だった。うなずくと、「さっきのことなんだけど」と、言いにくそうに話し始めた。
「保健室に連れて行ったら、保健の先生もいなかったし、鍵も開いていなかったの。で、佐伯くんには待ってもらって、職員室に鍵を取りに行ったわけ。教頭先生と一緒に戻ったら、そばに前のドアを開けた男の人がいてさ。どなったり…、色々してた。教頭先生があわてて間に入ったんだけど、佐伯くんは『ごめんなさい』しか言わなくて…。ぶるぶる震えているし。ものすごく気持ち悪い感じで…。あんな佐伯くん初めて見た」
光岡は、珍しくためらいがちに話した。
「それでどうなったの?」
「教頭先生が、『教室に戻りなさい』って言うから、戻っただけ。ちょっと心配なんだ」
「誰かに言った?」
「みんなには言ってない。言わないほうがいいかなって思ったから。でも、渋谷くんは別かなって。最近、仲良さそうだし、何か知ってそうだし」
何も知らない。身体にアザがあることは知っている。それだけだ。アザを見た時、佐伯が何か隠したがっている様子だった。柔道だと思ってたけど…。それ以外のことはわからない。そっか、どなるお父さんか。たしか警察官だよな。ああいうふうになりたくないって言っていたな。
「佐伯くん、大丈夫かな」
光岡も心配そうにしている。とりあえず、かばんを渡したいけど、家さえわからない。どうすればいいんだろう。
「佐伯の家、知ってる?」
確か光岡は、佐伯と登校班が一緒だ。
「うん。登下校の通り道にある公務員住宅。毎日その横を通ってるから。そのかばん、佐伯くんの?」
光岡は、ぼくが手に持っているかばんを見ながら言った。ぼくは、うなずきながら、「これ、持っていかなきゃならないし」
と言うと、
「私一人で、さすがに佐伯くんの家には行けないよ」と、返してきた。
それは光岡の早とちりだ。自分が「持って行く」と言い出したのだから、自分がやるのが筋だ。そして、何よりそれに佐伯がどうなったのか、知りたい。
「家、教えてくれる?」
そう言って、光岡に案内を頼むことにした。
例えば、佐伯に作文を教えたことやプラモを作り始めたことなどなど。そんな単純なことが積み重なって、思いがけない大きな波になっていくような、そんなこと。
ヒリキな小学生だけど、それでも、何か自分のまわりが変わっていくような、そんな感覚がわいてくることが増えてきた。今日も、そんな出来事が一つ起こった。
「ねえ、一昨日、どこ行ったの?」
月曜の朝一番に、光岡咲良がいきなり話しかけてきた。ほとんどしゃべったことのないクラスの女子がいきなり、それもなれなれしくしゃべりかけてくることってあるわけ?
「Aクラスの試験受けに入ったら、渋谷くんが横道から出てくるのが見えたんだ。どこに行ったか、気になってさ」
光岡とは、ほとんど話したことはない。同じクラスで同じ塾だけど、教室は別。彼女は江村橋校Bコースだ。
クラスでは、スクールカーストの一番上、派手で目立つ女子グループのメンバー。ショートカットで、目がくりんとしている。背は低い。まあまあかわいい、かな。はっきりとした意見を言って、いつも男子がたじたじになってしまうような典型的なリーダータイプって感じ。そんなやつに、なんで自分の秘密を言わなきゃいけない? 絶対に広がるだろ。
「別に」と、一番無難な言い方をしてみる。
「あんな道に、何の用事があるのかなって思ったんだ。でさ、本題なんだけど、テストの出来がよかったから、きっとAクラスに行けるはずなんだ。そうしたら、同じ校舎だね。よろしく。成績を上げて、Sクラスに入って、絶対に梅園女子に入るんだ。けど、まだちょっと成績足りなくてさ。渋谷くんだったら、梅園、余裕だと思うんだけど。私はまだ無理そう。だから色々教えてね」
よかった。MIYAのことはスルーしてくれた。けれど、その後、立てつづけに、光岡はしゃべる、しゃべる。
梅園は女子校だぞ。どうやって男のぼくが入るんだよ、アホか。
梅園女子中学は、都内でトップ3に入る名門私立女子中学だ。『自由、自立』が教育理念で人気もある。
今まで接点がない女子から、しゃべり倒される経験なんてないぼくは、圧倒されてしまった。光岡のマシンガントークを聞きながら、だんまりを決めこむと、いつの間にか授業のチャイムがなった。
◇ ◇
「前にも話したけど、今度の土曜の授業参観で作文を発表してもらいます。発表は、渋谷くん、佐伯くん、長尾さんの三人。そのあと、職業について考えていきます」
遠藤先生はそう言うと、そのまま授業を始めた。クラスは、少しざわついた。たぶん佐伯が発表することになったからだろう。そういう発表に、まったく縁がないやつだったから。大丈夫だろうか。
ぼくが彼の作文を半分以上、書いたようなものだけどさ。あいつ、発表できるのか。少しだけ心配になった。
◇ ◇
次の休み時間、ふと前を見ると、佐伯が机につっぷしていた。へこんでいるようだ。やっぱり作文の発表のことか。気になって、思わず声をかけた。
「どうした?」
「わかんない」
何だ、その「わかんない」って返事は。発表する方法がわかんないのか、発表する気持ちがわかんないのか。イミフ。なんか、佐伯って、言葉が足りないっていうか。察してちゃんというか。面倒くさいタイプなんだよなあ。
「作文の発表のこと? ぼくが無理やり書かせて、発表することになったから落ちこんでるの? だれか家の人、来るわけ?」
ついガンガン質問してしまった。大勢の前で発表するが、ハードルが高いのか。慣れているぼくにとってたいしたことではないけど、佐伯にとって難しいことなのかも。
「親父が来なければ…。発表するだけなら、たぶん…大丈夫だと思う」
親父? そんなに聞いてほしくないんだ。作文を手伝ってよかったんだか、悪かったんだか、わからなくなってきた。佐伯は、言葉を続けた。
「緊張するし、らしくないっていうか。だから…ちょっと、つらいかも」
「大丈夫だって。ぼくも一緒だし。そんなに難しいことじゃないって。ファイト!」
そう言ってみた。他人に話すことで、自分の気持ちや希望がはっきりとわかることもあるんじゃないかなという気がする。自分の心の中のもやもやを言葉にするって、案外大事だ。こいつはそれがわかってるのかな。佐伯は、少し考えながら言った。
「うん。あ~、でも、どうしよう」
まだぐずぐず言っている。ポジティブか? ネガティブ? 悪いことしちゃったかな。ぼくもぐずぐずになってしまった。
そこに、するっと光岡が来た。忍者か。
「ねえねえ、発表なんてすごいね。佐伯くんの作文、渋谷くんが手伝ったんでしょ。私、作文の成績があまりよくなくって。梅園、作文あるんだ。私にも作文の書き方、教えて」
と、割りこんできた。
佐伯と話しているのに、何なんだこいつは。そう思いながらも、会話がはずまなかった身としては、助け舟が来たような気もして、少しホッとした。
でもさ、塾で作文の書き方、教えてもらっただろ。そこで覚えりゃいいのに…。それに一緒に作文をやっていたことなんて、よく見てたな。
すると、光岡を遠巻きにしていた女子たちがわらわらと4~5人やってきて、「私も教えてほしい」と言ってきた。男子は、クラスのすみで固まって何か言っている。
ぼっち生活が、1年以上続いた自分にとって、女子とプライベートで話すスクールライフはレアだ。
どうしていいかわからない。佐伯は知らんぷりだ。こんなことなら、作文なんて手伝わなきゃよかった。コツとか教えないと、どうも光岡から逃げられそうにもない。
「わかった。今度な」
しょうがない。親切な人間ではないけどさ。
「じゃあ、次の昼休みね」
と、めんどうな光岡はにやっと笑い、さっさと教える時間まで決められてしまった。光岡の行動、早っ。
女子は、そのまま佐伯を取り囲み、しきりと話しかけている。へこんでいる佐伯は、ただ黙って女子の話を聞いている。そっか、女子が来たのって、佐伯と話したかったからか。きっかけを探していたんだ。
作文の件は、その糸口にすぎないんだな。
モテるって、案外大変そう。体力いるわ。そう思いながら、そのまま授業へとなだれこんでいった。
◇ ◇
先週の土曜日は、プラモ製作はだいぶ進んだけど、今週は授業参観があるから無理。せっかく慣れたのに残念だ。
午後から、自習室にこもると言えば、行けないこともないか。そう思うくらいには、はまり始めている。アレは必ず授業参観と懇談会に来るだろう。面倒くさい。頭がずどんと重くなった。
光岡たちには、休み時間に、何回か作文の書き方を教えた。彼女だけかと思ったら、グループ内の女子とか、友永や鈴木といった江村橋校Bクラス男子も来た。出崎とは違うグループの男子だ。算数のことまで聞かれた。解き方を説明してあげたら、休み時間に人が来るようになった。佐伯も同じ。彼自身は、あんまり話していないけど。
ここ数日、ぼくたち二人は、以前のように、ぼっちではなくなってきていた。少し面倒くさいなと思いながら、対応するようにはしている。
◇ ◇
土曜日になった。授業参観日だ。そのため、塾は休み。平日と何も変わらない。
違うのは、アレがつけまつげをばっちりつけ、高そうな服を着て、張り切っていることぐらい。どうせ同級生の親とかに「中学、偏差値が高いとこ目指しているんでしょう」とか言われて、「そんなことないわよ」とか言って自慢するのだ。恥ずかしい。他の親は、みんな普段着で来るのに、アレは、な~。
ぼくがクラスで浮く以上に、アレが浮いているってどうしてわかんないのかな。頭悪すぎ。あとから陰口を言われるに決まっているのにさ。どうして気がつかないんだろう。まわりを見ないって、ヤバい。ドン引きだ。アレは子どもの自慢しかしない。それも謎だ。自分のことでがんばればいいのに。
「今日は、授業参観だけど、緊張しないでね。最初は、この、書いてもらった『将来の夢』について、三人に発表してもらいます。そのあと、将来について、どう考え、実現していけばいいのか、話し合いながら、授業を進めていきます。まず、長岡さんから」
授業参観の雰囲気は独特だ。親は後からじっと子どもを見て、他と比較する。誰が自分の子どもの友だちで、誰が優秀など、値踏みしている。この雰囲気が大嫌いだ。アレが、授業中にもかかわらず、自慢げに話す声が聞こえてきた。背筋がぞわっとする。
長岡さんが、作文を読み始めた。
すると、突然、前の扉が開いた。目つきが悪く、体つきががっしりとした男が教室を堂々とのぞきこんできた。誰の親だろう。なんかガラが悪そうな人だ。
「すみません。後から入っていただけますか」先生が声をかけた。
ガラ悪男は、愛想笑いをしながら、後のドアから教室に入り直してきた。
先生は、一時中断していた作文の音読をするよう、うなずいた。そして、長岡さんは看護師という仕事がいかに大変かという作文の続きを読み始めた。
前の席にいる佐伯が、何回も後を振りかえっていた。佐伯は、後のドアのすぐそばに立っているあの男を見ていた。表情が固まっている。なぜそんなに緊張しているのかな。
「次は、佐伯くんね」
遠藤先生が指名すると、佐伯は立ち上がろうとした。けれど、立てなかった。顔が白い。びっくりした。産まれたての子牛のように足ががくがくしている。何度かチャレンジして、やっと立ち上がった。けど、発表はできそうにもない。黙ったまま固まっている。
「大丈夫?」
先生も心配になったようで、青ざめている佐伯を席に座らせた。
「佐伯くんは体調があまりよくないようなので、渋谷くん読んでくれる?」
「はい」
ぼくは、作文を読み始めた。
◇ ◇
「保健委員の光岡さん、悪いけど、佐伯くんを保健室に連れて行って。あとのみんなは、班ごとに自分の夢について、10分話し合ってください」
佐伯は、真っ青な顔をして、ずっと下を向いている。本当に調子が悪そうだ。光岡は、すぐに席を立って、佐伯を保健室へ連れて行った。光岡は肩を貸そうとしたけど、佐伯は断っているように見えた。ふらつきながら、なんとか一人で歩いて教室を出て行った。そのまま授業は続く。教室はざわつき、落ち着かない雰囲気のままだ。授業前の佐伯は、緊張はしていたけど、あんなに青白い顔はしていなかった。作文のせいなのかな。
光岡はすぐに戻ってくるかと思ったけど、戻ってこない。後にいる親たちを見ると、あの謎の男もいなくなっていた。何かあったのだろうか。班の話し合いも、佐伯がいないせいか、話し合いは、はずまなかった。
光岡が教室に帰ってきたのは、班の話し合いが終わって、先生が将来のビジョンという文字を黒板に書いていた時のことだった。
保健室の往復というわりには、あまりにも時間がかかりすぎている。それに、光岡も心なしか疲れているようだった。何かあったのだろうか。そのまま光岡は席に座ると、授業は続行された。
◇ ◇
授業が終わった。帰りの会の後、生徒は帰り、親はそのまま懇談会になる。
後に親たちがわさわさいて、落ち着かない。光岡と話をしたかったけど、佐伯を心配してか、女子に囲まれている。さすがに、その輪の中に入る勇気はなかった。
佐伯はどうしているのだろうか。気になる。懇談会の準備をしている遠藤先生に、思い切って声をかけた。
「佐伯くんの荷物を保健室に届けたいのですが、いいですか?」
「そうね。お父さんもいらしているから、大丈夫だと思うけど、帰るという連絡を受けていないの。ばたばたしていて、動きがとれないし…。とりあえず保健室に届けてくれるなら、頼んでもいいかな。助かるわ」
机の上に置きっぱなしになっている佐伯のノートや筆箱を机の横にかけてあるかばんの中に入れた。そして、自分のかばんと一緒に肩にかけ、そのまま保健室に行こうとした。
他の親と話しこむアレが「これから塾に行くんでしょ」と大声で言った。
アレ特有のポーズ。わかりやすい。わざと人に聞こえるように言って、さりげなく自慢する。うんざりしながら、そのまま教室を出た。
◇ ◇
保健室に行くと、保健の先生はいない。
そっか、今日は土曜。保険の先生は休みだ。そして、佐伯もいなかった。
空っぽのベッドには、ふとんが乱れた状態のままだ。あれ、もう帰ったのかな。大丈夫か。心配になりながら、保健室をきょろきょろと見回した。すると、後から急に声をかけられた。
「佐伯くんのこと?」
どきっとした。光岡だった。うなずくと、「さっきのことなんだけど」と、言いにくそうに話し始めた。
「保健室に連れて行ったら、保健の先生もいなかったし、鍵も開いていなかったの。で、佐伯くんには待ってもらって、職員室に鍵を取りに行ったわけ。教頭先生と一緒に戻ったら、そばに前のドアを開けた男の人がいてさ。どなったり…、色々してた。教頭先生があわてて間に入ったんだけど、佐伯くんは『ごめんなさい』しか言わなくて…。ぶるぶる震えているし。ものすごく気持ち悪い感じで…。あんな佐伯くん初めて見た」
光岡は、珍しくためらいがちに話した。
「それでどうなったの?」
「教頭先生が、『教室に戻りなさい』って言うから、戻っただけ。ちょっと心配なんだ」
「誰かに言った?」
「みんなには言ってない。言わないほうがいいかなって思ったから。でも、渋谷くんは別かなって。最近、仲良さそうだし、何か知ってそうだし」
何も知らない。身体にアザがあることは知っている。それだけだ。アザを見た時、佐伯が何か隠したがっている様子だった。柔道だと思ってたけど…。それ以外のことはわからない。そっか、どなるお父さんか。たしか警察官だよな。ああいうふうになりたくないって言っていたな。
「佐伯くん、大丈夫かな」
光岡も心配そうにしている。とりあえず、かばんを渡したいけど、家さえわからない。どうすればいいんだろう。
「佐伯の家、知ってる?」
確か光岡は、佐伯と登校班が一緒だ。
「うん。登下校の通り道にある公務員住宅。毎日その横を通ってるから。そのかばん、佐伯くんの?」
光岡は、ぼくが手に持っているかばんを見ながら言った。ぼくは、うなずきながら、「これ、持っていかなきゃならないし」
と言うと、
「私一人で、さすがに佐伯くんの家には行けないよ」と、返してきた。
それは光岡の早とちりだ。自分が「持って行く」と言い出したのだから、自分がやるのが筋だ。そして、何よりそれに佐伯がどうなったのか、知りたい。
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運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】
猫都299
児童書・童話
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。
「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」
秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。
※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記)
※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記)
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベル、ツギクルに投稿しています。
※【応募版】を2025年11月4日からNolaノベルに投稿しています。現在修正中です。元の小説は各話の文字数がバラバラだったので、【応募版】は各話3500~4500文字程になるよう調節しました。67話(番外編を含む)→23話(番外編を含まない)になりました。
合言葉はサンタクロース~小さな街の小さな奇跡
辻堂安古市
絵本
一人の少女が募金箱に入れた小さな善意が、次々と人から人へと繋がっていきます。
仕事仲間、家族、孤独な老人、そして子供たち。手渡された優しさは街中に広がり、いつしか一つの合言葉が生まれました。
雪の降る寒い街で、人々の心に温かな奇跡が降り積もっていく、優しさの連鎖の物語です。
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