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月渚との別れ
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しかし僕とは裏腹に、月渚の口数はだんだんと少なくなっていった。
僕は気になり月渚へ目を向けた。
寂しそうにうつむいている。
月渚は突然僕の話を遮った。
「ねえ優君気が付いたかな? なんだか私達昔話だけしかしてないね。これからの事ってやっぱり話が出来ないよね。当たり前のことだけど」苦笑いを浮かべていた。
「もちろん優君との話は楽しいよ。久しぶりに会ったから、昔話が中心になっちゃうのも分かる。だけど、これからの事、将来の事が話せないのは少し辛いね。例えば来年は何処へ旅行に行こうか? とか今度の日曜日は買い物に付き合ってとか……」月渚は視線をラベンダーフィールドへ戻した。
寂しそうな眼差しだ。
「私が少し欲張りなのかな? せっかく優君と会えたのだから、会えた事だけ楽しんでいれば良かったのかな? これからの事とかも話が出来ればもっと楽しいだろうなって、考えちゃったから……」と小さくつぶやいた。
僕は月渚の瞳を黙って見つめる。
月渚の瞳が僕達の物語が終わりに近づいていることを静かに訴えていた。
沈黙がしばらく流れた。
僕達にはいつも避けて来た話題があった。
僕は僕達の物語が終わってしまう前にその話題を話した方が良いと思った。
お互いのために……そう思った。
「大切な話がある。聞いてくれるかな?」僕は気持ちを落ち着けるためにコーヒーを一口飲んだ。
月渚は無言でうなずいた。
「今まで月渚との関係を壊したくなくて言えなかった。でも今日は…… 月渚、月渚の事を誰よりも大切に思っている。何て言葉を選んだら良いのかな? 大好きって言葉じゃ足りないんだ。僕の気持ちにピッタリと合う言葉が見つからない。いつも側にいてくれてありがとう。月渚に出会えて本当に嬉しい」
「私も同じ気持ちだよ。私がもし私の気持ちを伝えて、優君が私を受け入れてくれなかったらどうしようって。 そんな事を考えたら怖くて…… それに私……あんなことになっちゃたし」
僕は入院していた月渚を見舞いに行き、一緒に勉強していた高校時代を思い出した。
病気の事を口にした途端、月渚の瞳から涙が溢れてきた。
溢れ出した涙を手の甲で拭いながら、「お互い、いらない心配をしていたみたいだね。やっぱり私達、両思いだったんだ。思っていた通りだ」
月渚は僕から視線を外し、息を整えた。
緊張をほぐす様に肩をすくめ、「私達は恋人になる前から仲良くなりすぎちゃったのかな? 恋人って言うより、もっと深い関係だった気がする」
「そうだね。恋人って言うよりは、ちょっと違う感じ。なんて言うか、掛け替えのない心が繋がり合っているパートナー、soul partnerって感じかな」僕は月渚と同じ思いだった。
「嬉しいな」と涙声で月渚は答えた。
スッとベンチから立ち上り僕の前に立った。
日の光を背中から浴びて薄っすらと影を帯びている。
月渚は吹っ切れた様な表情で僕をじっと見つめた。
大きな瞳に涙が溢れ、頬をつたって落ちた。
時折吹いてくる柔らかな風が、月渚の少し茶色い髪をふわりと揺らして頬にかける。
制服のスカートの裾がひらひらと舞う。
「優君、私との約束を覚えていてくれたんだね。ここまで連れて来てくれてありがとう。絶対に優君と来たかったから。本当にうれしい。まだまだ一緒にいたいけど、もう時間が来ちゃったみたい」
「優君、いままで思ってくれてありがとう。これからは自分の人生を思いっきり楽しんでね。素敵な恋人も見つけてね。私に遠慮する事なんて無いから。これからは会えなくなるけど、いつも見守っているからね。ほんとうに、ほんとうに大好きだよ」少し目を伏せ微笑みながら別れの言葉を告げた。
月渚は少し愁いのある表情で、僕を見つめながら数歩後ろへさがった。
「じゃあ行くね」
そう言い残し月渚は僕に背を向けて走りだした。
一度立ち止まり、振り帰って「バイバイ」と言って僕に手を振った。
月渚の笑顔は、はじけるような眩しい笑顔だった。
高校時代、僕によく見せてくれた僕が大好きな笑顔だった。
月渚はラベンダーフィールドへ吸い込まれる様に消えて行った。
僕はしばらくの間、僕はベンチに座っていた。
月渚の去ったラベンダーフィールドを見つめながら、心の整理をしていた。
時々風の息吹がサワサワと音立ててラベンダーの花を揺らしながら通り過ぎて行く。
まるで波を掻き分けながら、風が薄紫色の海原を渡っている様に見える。
突然、ラベンダーフィールドの上に天気雨がザーッと降り出した。
ラベンダーフィールドを散策していた観光客は、雨を避けるために慌てて売店の方へ走り出した。
勢いよく降っていた雨は突然あがった。
陽の光が差し込み、雨の雫でしっとりと濡れているラベンダーがキラキラと輝いていた。
人気のないラベンダーフィールドの空には、綺麗な虹がかかった。
虹はやがて薄くなり消えていった。
虹が消えてしまうと僕は現実の世界へ呼び戻された様な感覚がした。
ロードショウが終わり、エンドロールが流れ出した時の様な感覚だった。
今までの数時間は夢の中の出来事だったのだろうか?
僕はゆっくりと考えを巡らせた。
しかし夢だと言い切れない現実が僕の手元にあった。
ギフトショップの袋だ。
その袋の中にはお土産に買った栞がふたつ、さらに小さな別々の袋に入っている。
外から見ただけでも分かる。
僕はカップに残っているコーヒーを飲みほした。
冷めてしまっているコーヒーは少しほろ苦く感じた。
コーヒーカップを手に持ち、ベンチから立ち上がった。
カップを片付け、僕は出口に向かった。
出口の手前で立ち止り、ズボンのポケットから編みかけの青いミサンガを取り出した。
去年、月渚が編み上げる事の出来なかった僕へのクリスマスプレゼントだ。
月渚は僕の好きな青い色の糸を選んでくれていた。
僕はミサンガを優しく握りしめた。
来た時よりも顔を上げ、真っすぐに前を向き、ゆっくりと一歩を踏み出した。
僕はラベンダーファームを後にした。
僕は気になり月渚へ目を向けた。
寂しそうにうつむいている。
月渚は突然僕の話を遮った。
「ねえ優君気が付いたかな? なんだか私達昔話だけしかしてないね。これからの事ってやっぱり話が出来ないよね。当たり前のことだけど」苦笑いを浮かべていた。
「もちろん優君との話は楽しいよ。久しぶりに会ったから、昔話が中心になっちゃうのも分かる。だけど、これからの事、将来の事が話せないのは少し辛いね。例えば来年は何処へ旅行に行こうか? とか今度の日曜日は買い物に付き合ってとか……」月渚は視線をラベンダーフィールドへ戻した。
寂しそうな眼差しだ。
「私が少し欲張りなのかな? せっかく優君と会えたのだから、会えた事だけ楽しんでいれば良かったのかな? これからの事とかも話が出来ればもっと楽しいだろうなって、考えちゃったから……」と小さくつぶやいた。
僕は月渚の瞳を黙って見つめる。
月渚の瞳が僕達の物語が終わりに近づいていることを静かに訴えていた。
沈黙がしばらく流れた。
僕達にはいつも避けて来た話題があった。
僕は僕達の物語が終わってしまう前にその話題を話した方が良いと思った。
お互いのために……そう思った。
「大切な話がある。聞いてくれるかな?」僕は気持ちを落ち着けるためにコーヒーを一口飲んだ。
月渚は無言でうなずいた。
「今まで月渚との関係を壊したくなくて言えなかった。でも今日は…… 月渚、月渚の事を誰よりも大切に思っている。何て言葉を選んだら良いのかな? 大好きって言葉じゃ足りないんだ。僕の気持ちにピッタリと合う言葉が見つからない。いつも側にいてくれてありがとう。月渚に出会えて本当に嬉しい」
「私も同じ気持ちだよ。私がもし私の気持ちを伝えて、優君が私を受け入れてくれなかったらどうしようって。 そんな事を考えたら怖くて…… それに私……あんなことになっちゃたし」
僕は入院していた月渚を見舞いに行き、一緒に勉強していた高校時代を思い出した。
病気の事を口にした途端、月渚の瞳から涙が溢れてきた。
溢れ出した涙を手の甲で拭いながら、「お互い、いらない心配をしていたみたいだね。やっぱり私達、両思いだったんだ。思っていた通りだ」
月渚は僕から視線を外し、息を整えた。
緊張をほぐす様に肩をすくめ、「私達は恋人になる前から仲良くなりすぎちゃったのかな? 恋人って言うより、もっと深い関係だった気がする」
「そうだね。恋人って言うよりは、ちょっと違う感じ。なんて言うか、掛け替えのない心が繋がり合っているパートナー、soul partnerって感じかな」僕は月渚と同じ思いだった。
「嬉しいな」と涙声で月渚は答えた。
スッとベンチから立ち上り僕の前に立った。
日の光を背中から浴びて薄っすらと影を帯びている。
月渚は吹っ切れた様な表情で僕をじっと見つめた。
大きな瞳に涙が溢れ、頬をつたって落ちた。
時折吹いてくる柔らかな風が、月渚の少し茶色い髪をふわりと揺らして頬にかける。
制服のスカートの裾がひらひらと舞う。
「優君、私との約束を覚えていてくれたんだね。ここまで連れて来てくれてありがとう。絶対に優君と来たかったから。本当にうれしい。まだまだ一緒にいたいけど、もう時間が来ちゃったみたい」
「優君、いままで思ってくれてありがとう。これからは自分の人生を思いっきり楽しんでね。素敵な恋人も見つけてね。私に遠慮する事なんて無いから。これからは会えなくなるけど、いつも見守っているからね。ほんとうに、ほんとうに大好きだよ」少し目を伏せ微笑みながら別れの言葉を告げた。
月渚は少し愁いのある表情で、僕を見つめながら数歩後ろへさがった。
「じゃあ行くね」
そう言い残し月渚は僕に背を向けて走りだした。
一度立ち止まり、振り帰って「バイバイ」と言って僕に手を振った。
月渚の笑顔は、はじけるような眩しい笑顔だった。
高校時代、僕によく見せてくれた僕が大好きな笑顔だった。
月渚はラベンダーフィールドへ吸い込まれる様に消えて行った。
僕はしばらくの間、僕はベンチに座っていた。
月渚の去ったラベンダーフィールドを見つめながら、心の整理をしていた。
時々風の息吹がサワサワと音立ててラベンダーの花を揺らしながら通り過ぎて行く。
まるで波を掻き分けながら、風が薄紫色の海原を渡っている様に見える。
突然、ラベンダーフィールドの上に天気雨がザーッと降り出した。
ラベンダーフィールドを散策していた観光客は、雨を避けるために慌てて売店の方へ走り出した。
勢いよく降っていた雨は突然あがった。
陽の光が差し込み、雨の雫でしっとりと濡れているラベンダーがキラキラと輝いていた。
人気のないラベンダーフィールドの空には、綺麗な虹がかかった。
虹はやがて薄くなり消えていった。
虹が消えてしまうと僕は現実の世界へ呼び戻された様な感覚がした。
ロードショウが終わり、エンドロールが流れ出した時の様な感覚だった。
今までの数時間は夢の中の出来事だったのだろうか?
僕はゆっくりと考えを巡らせた。
しかし夢だと言い切れない現実が僕の手元にあった。
ギフトショップの袋だ。
その袋の中にはお土産に買った栞がふたつ、さらに小さな別々の袋に入っている。
外から見ただけでも分かる。
僕はカップに残っているコーヒーを飲みほした。
冷めてしまっているコーヒーは少しほろ苦く感じた。
コーヒーカップを手に持ち、ベンチから立ち上がった。
カップを片付け、僕は出口に向かった。
出口の手前で立ち止り、ズボンのポケットから編みかけの青いミサンガを取り出した。
去年、月渚が編み上げる事の出来なかった僕へのクリスマスプレゼントだ。
月渚は僕の好きな青い色の糸を選んでくれていた。
僕はミサンガを優しく握りしめた。
来た時よりも顔を上げ、真っすぐに前を向き、ゆっくりと一歩を踏み出した。
僕はラベンダーファームを後にした。
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