7 / 9
7.真相(後編)【side:ライアン・リード】
しおりを挟む
「イーデンは、大好きだった兄に。チェスターによく似ていたからねぇ……」
「――っ?俺の母にですか?」
彼は確かに愛らしい容姿をしているが、母のような絶世の美形という訳でもない。この国ではよく見かける茶髪・茶瞳の持ち主で、閣下も母も同じ色をしている。小柄な体型とその色以外には、特に母チェスターとの共通点は見当たらないのだが……。
「ああ。小柄でちょこまかと動くところ、とか」
「毎日、居城を散策していたそうですね」
彼は好奇心が旺盛なのか、まるで小動物のようにちょこまかと、楽しそうに居城敷地内を見て回っていた。飽きることもなく毎日のように。
「興味のないことには、とことん鈍感なところ、とか」
「身柄を狙われていたことに、気付いてなかったですし」
「一旦、寝たら何があっても起きないところ、とか」
「寝てる間に誘拐されかけても、起きなかったそうですね」
「素直で思い込みが激しいところ、とか」
「俺と叔父上が付き合ってた噂も、信じてました」
「突然、突拍子もないことを言いだすところ、とか」
「夫が他の男に性交られてる姿を見たいなんて……ね」
「ははは、そうだねぇ」
叔父上はイーデンと過ごした日々を思い出したのか、楽しげに笑みを浮かべた。
「でも、なによりもね。……どんな状況にあっても、その日を大切に、楽しみながら過ごしている姿がね。……兄もそんな人だった」
徹底した軟禁状態であったにも関わらず、彼はこの3年間、それはもう楽しそうであったとか。
「ああ、その点については、全く同感です」
母もまた、毎日を慈しむように、楽しげに過ごしていた。
俺は母の笑顔しか思い出せない……悩んだり、怒ったり、悲しんだ顔を全く知らないくらいだ。
「でも、叔父上。彼を守るだけなら、死んだことにするだけで、良かったのでは?」
「……」
「なにも、俺と乳繰り合ってる幻影を見せなくても?!」
「あぁ。そうだな」
そう、あの日のアレは幻影だ。
ルヴィーの魔法が作り出した、架空の映像。
実際に俺と閣下が性交る訳がない。だって、血のつながった叔父と甥なのだから。
なによりも俺は妻以外には全く興味がない。
俺たちに血のつながりがあることは、世間ではあまり知られていない。
さすがに高位貴族の方々はご存じだろうが。
母は、生まれつき身体が弱く、王立学園にも通わず、社交会デビューもしていなかったから。
そして、公爵家居城の奥深くに身を置き、年頃になっても婚約者はいなかった、深窓の令息だ。
たまたまリード領にしか自生しない薬草を求めて、それをきっかけに、偶然父と出会ったのだ。
「しかし、エルヴィー殿。幻影魔法なんて、本当にあるのだな……」
ルヴィーは天才だから、ね。
「閣下、あれは、」
今まで黙っていた妻が、口を開く。
「あれは、彼の願望を見せるようにしました」
「……そうか」
「『閣下がライアンに抱かれている姿』、そこだけを術式に組み込み、それ以外の具体的な体位や、喘ぎ声、顔の表情、情事の進行や段取りは、己が望むものが見えるように……」
お、おぉ?!そ、そうなんだ?!……ルヴィー、すごいな。
「ははは、そうか……。ああ、なんて面白いんだ。一体、私はイーデンの願望の中で、どんなふうに善がっていたのだろうね?……ふふふ」
閣下は笑むと、再び葉巻を優雅に指で挟み、深く吸い込んだ。
「ほんと、よく許しましたよね、叔父上」
「そうだな」
ゆっくりと吐き出された煙は、彼の唇から滑り出るように、静かに漂い始める。
「きっと私は、……彼に自覚してほしかったんだよ」
何を? という無粋な質問はしない。
「彼が本当に愛しているのは、誰なのかを」
まあ、予想通りの結果でしたけどね……。
「その相手と、最期を迎えるまでのひとときを、幸せに過ごしてほしかったからね」
そう、女神アステリアが死ぬと断言したのだから、まさか治癒魔法で完治するとは思わなかった。
イーデンの性癖・性嗜好。
『性交るよりも、他人が性交っているのを見て興奮する』
でも、それだけではなかった。
『興奮している自分を見られることで、さらに興奮する。それが好意を持つ相手であれば尚更!』
叔父上は恐らくそこに気付いたのではないだろうか?
マルセルは優秀な従者兼護衛だが、元は王家の影で、わが国最強の闇魔法の使い手だ。
それを叔父上が破格の待遇で引き抜き、彼の専属にした。おそらく護衛として彼の右に出る者はいないだろう。
マルセルが目立たないようにしている様子は、徹底的だった。
彼はいつも、足音を立てない。存在感が薄いというか、気づけばいつの間にか傍にいる、そんな感じだ。
彼は、身なりも地味にしているが、それも全て計算だろう。さらに、隠蔽の魔法を自らにかけて、まるで背景の一部になったかのように振る舞っていた。
だがイーデンにとって、マルセルの存在は、背景ではなかったのだ。
「あの二人が互いを意識しているのは、なんとなく分かってはいたんだがね……」
やはり、気付いていたんだな…。
「おかげで、すっきりしたよ」
「……そうですか」
「私の気持ちも、ね」
「……?」
「私の、イーデンへの気持ちが、父性愛か、家族愛か、友愛か、それとも…亡くなった兄への思慕なのか…」
「…………」
「ずっと、それが……分からなかったのだ」
彼の落ち着いた呼吸に合わせ、紫煙は緩やかに流れ、時間がゆっくりと進んでいるかのような錯覚を与えた。
「多分、その全てだ」
「そう、ですか……」
「ああ」
「叔父上、小動物愛も、追加しましょう?」
「はは、そうだね。きっと、それら全ての感情が、斑に共存している」
「人の感情なんて、白と黒だけでは説明つきませんからね」
「そうだな。…でも今は――」
長身の閣下の仕草は、洗練された大人の余裕が感じられ、応接室は静かに葉巻の香りが漂い続ける。
「大好きだった兄が、リード家に嫁いだときの心境に似ているな。……なんだか懐かしくてね。それでいて幸せで、でも少し寂しくもある……」
叔父上は無表情のままどこか遠くを見つめている。
昔から、こうやって過去に思いを馳せることが多い人だった。
そう、でも、きっと。
天国で母も喜んでいるに違いない。
大切な人を守り抜き、幸せになるよう後押しした叔父上は、誰よりもカッコよかったのだから。
たとえ彼に、どんな性癖があろうとも。
「――っ?俺の母にですか?」
彼は確かに愛らしい容姿をしているが、母のような絶世の美形という訳でもない。この国ではよく見かける茶髪・茶瞳の持ち主で、閣下も母も同じ色をしている。小柄な体型とその色以外には、特に母チェスターとの共通点は見当たらないのだが……。
「ああ。小柄でちょこまかと動くところ、とか」
「毎日、居城を散策していたそうですね」
彼は好奇心が旺盛なのか、まるで小動物のようにちょこまかと、楽しそうに居城敷地内を見て回っていた。飽きることもなく毎日のように。
「興味のないことには、とことん鈍感なところ、とか」
「身柄を狙われていたことに、気付いてなかったですし」
「一旦、寝たら何があっても起きないところ、とか」
「寝てる間に誘拐されかけても、起きなかったそうですね」
「素直で思い込みが激しいところ、とか」
「俺と叔父上が付き合ってた噂も、信じてました」
「突然、突拍子もないことを言いだすところ、とか」
「夫が他の男に性交られてる姿を見たいなんて……ね」
「ははは、そうだねぇ」
叔父上はイーデンと過ごした日々を思い出したのか、楽しげに笑みを浮かべた。
「でも、なによりもね。……どんな状況にあっても、その日を大切に、楽しみながら過ごしている姿がね。……兄もそんな人だった」
徹底した軟禁状態であったにも関わらず、彼はこの3年間、それはもう楽しそうであったとか。
「ああ、その点については、全く同感です」
母もまた、毎日を慈しむように、楽しげに過ごしていた。
俺は母の笑顔しか思い出せない……悩んだり、怒ったり、悲しんだ顔を全く知らないくらいだ。
「でも、叔父上。彼を守るだけなら、死んだことにするだけで、良かったのでは?」
「……」
「なにも、俺と乳繰り合ってる幻影を見せなくても?!」
「あぁ。そうだな」
そう、あの日のアレは幻影だ。
ルヴィーの魔法が作り出した、架空の映像。
実際に俺と閣下が性交る訳がない。だって、血のつながった叔父と甥なのだから。
なによりも俺は妻以外には全く興味がない。
俺たちに血のつながりがあることは、世間ではあまり知られていない。
さすがに高位貴族の方々はご存じだろうが。
母は、生まれつき身体が弱く、王立学園にも通わず、社交会デビューもしていなかったから。
そして、公爵家居城の奥深くに身を置き、年頃になっても婚約者はいなかった、深窓の令息だ。
たまたまリード領にしか自生しない薬草を求めて、それをきっかけに、偶然父と出会ったのだ。
「しかし、エルヴィー殿。幻影魔法なんて、本当にあるのだな……」
ルヴィーは天才だから、ね。
「閣下、あれは、」
今まで黙っていた妻が、口を開く。
「あれは、彼の願望を見せるようにしました」
「……そうか」
「『閣下がライアンに抱かれている姿』、そこだけを術式に組み込み、それ以外の具体的な体位や、喘ぎ声、顔の表情、情事の進行や段取りは、己が望むものが見えるように……」
お、おぉ?!そ、そうなんだ?!……ルヴィー、すごいな。
「ははは、そうか……。ああ、なんて面白いんだ。一体、私はイーデンの願望の中で、どんなふうに善がっていたのだろうね?……ふふふ」
閣下は笑むと、再び葉巻を優雅に指で挟み、深く吸い込んだ。
「ほんと、よく許しましたよね、叔父上」
「そうだな」
ゆっくりと吐き出された煙は、彼の唇から滑り出るように、静かに漂い始める。
「きっと私は、……彼に自覚してほしかったんだよ」
何を? という無粋な質問はしない。
「彼が本当に愛しているのは、誰なのかを」
まあ、予想通りの結果でしたけどね……。
「その相手と、最期を迎えるまでのひとときを、幸せに過ごしてほしかったからね」
そう、女神アステリアが死ぬと断言したのだから、まさか治癒魔法で完治するとは思わなかった。
イーデンの性癖・性嗜好。
『性交るよりも、他人が性交っているのを見て興奮する』
でも、それだけではなかった。
『興奮している自分を見られることで、さらに興奮する。それが好意を持つ相手であれば尚更!』
叔父上は恐らくそこに気付いたのではないだろうか?
マルセルは優秀な従者兼護衛だが、元は王家の影で、わが国最強の闇魔法の使い手だ。
それを叔父上が破格の待遇で引き抜き、彼の専属にした。おそらく護衛として彼の右に出る者はいないだろう。
マルセルが目立たないようにしている様子は、徹底的だった。
彼はいつも、足音を立てない。存在感が薄いというか、気づけばいつの間にか傍にいる、そんな感じだ。
彼は、身なりも地味にしているが、それも全て計算だろう。さらに、隠蔽の魔法を自らにかけて、まるで背景の一部になったかのように振る舞っていた。
だがイーデンにとって、マルセルの存在は、背景ではなかったのだ。
「あの二人が互いを意識しているのは、なんとなく分かってはいたんだがね……」
やはり、気付いていたんだな…。
「おかげで、すっきりしたよ」
「……そうですか」
「私の気持ちも、ね」
「……?」
「私の、イーデンへの気持ちが、父性愛か、家族愛か、友愛か、それとも…亡くなった兄への思慕なのか…」
「…………」
「ずっと、それが……分からなかったのだ」
彼の落ち着いた呼吸に合わせ、紫煙は緩やかに流れ、時間がゆっくりと進んでいるかのような錯覚を与えた。
「多分、その全てだ」
「そう、ですか……」
「ああ」
「叔父上、小動物愛も、追加しましょう?」
「はは、そうだね。きっと、それら全ての感情が、斑に共存している」
「人の感情なんて、白と黒だけでは説明つきませんからね」
「そうだな。…でも今は――」
長身の閣下の仕草は、洗練された大人の余裕が感じられ、応接室は静かに葉巻の香りが漂い続ける。
「大好きだった兄が、リード家に嫁いだときの心境に似ているな。……なんだか懐かしくてね。それでいて幸せで、でも少し寂しくもある……」
叔父上は無表情のままどこか遠くを見つめている。
昔から、こうやって過去に思いを馳せることが多い人だった。
そう、でも、きっと。
天国で母も喜んでいるに違いない。
大切な人を守り抜き、幸せになるよう後押しした叔父上は、誰よりもカッコよかったのだから。
たとえ彼に、どんな性癖があろうとも。
254
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
交際0日婚の溺愛事情
江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。
だから緩やかに終わりを探して生きていた。
──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。
誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。
そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。
■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。
■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
悩ましき騎士団長のひとりごと
きりか
BL
アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。
ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。
『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。
ムーンライト様にも掲載しております。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる