妹に婚約者を譲るつもりだった悪役令嬢ですが、なぜか溺愛されています

藤原遊

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第2章 静かな分岐

第8話 気づかれていた選択

食事を終えたあと、私はルイスと二人で、いつもの小さな応接間に移った。

食後のお茶は、ここで取ることが多い。
華美ではないが、落ち着く場所だ。

「……姉上」

紅茶が注がれるのを待ってから、ルイスが口を開いた。

その声色で、もう分かっていた。
彼は、気づいている。

「今日のことですが」

カップを手に取る指先が、わずかに強張っている。

「フローラに家庭教師として、子爵夫人を推薦された件です」

私は否定も肯定もせず、紅茶に口をつけた。

「子爵夫人は」

ルイスは慎重に言葉を選びながら続ける。

「王太子妃教育にも関わるほどの、超一流の方です。
 ……正直に申し上げて、フローラの現状には、必要以上だと思いました」

視線が、まっすぐこちらを向いた。

「姉上は、最初からそのつもりでしたか」

――ヴィクトル殿下の婚約者を、フローラにするつもりなのか。

口にされなかった問いが、はっきりと伝わってくる。

私は、ゆっくりとカップを置いた。

「ええ」

否定しなかった。

「そのつもりよ、ルイス」

一瞬、空気が張りつめる。

ルイスは声を荒げることもなく、ただ深く息を吐いた。

「……やはり」

怒りではない。
けれど、感情を押し殺すような表情だった。

「理由を、聞いても?」

「ええ」

私は、カップの縁に指を添えたまま、視線を落とす。

「私と殿下の婚約は公爵家が殿下の派閥に入ることを意味しているわ。でも、今のお父様にそれは期待できない
それに、王太子妃になるということは、王族に嫁ぐということよね」

言葉にしてから、少し間を置いた。

「……子が必須になるわ。
 世継ぎは、国の根幹だもの」

ルイスの表情が、はっきりと硬くなる。

「私の身体が強くないことは、あなたも知っているでしょう。
 今日明日で倒れるような弱さではないけれど――」

私は、胸元にそっと手を当てる。

「私はその圧力を長く受けられる自信がないの」

沈黙。

ルイスは、視線を伏せたまま動かなかった。

「もし私が王太子妃になって、子を望まれたとき」

私は、静かに続ける。

「その期待に応えられなければ、
 私は“努力が足りない人間”として見られる。
 身体の問題だと、誰も理解してはくれないわ」

一拍置いて、言葉を結んだ。

「それなら最初から、私ではない方がいい。
 お父様もフローラならきちんと支えるわ。だから、フローラの方が、ずっと向いているのよ」

ルイスの指が、きゅっと握られる。

「……そんな顔で、そんなことを言わないでください」

低い声だった。

「姉上が、そこまで考えてきたなんて……」

言葉を探すように、一度息を吸う。

「僕は、姉上が無理をする前提の未来なんて、最初から受け入れたくありません」

その一言に、胸が締めつけられる。

やがて、ルイスは顔を上げた。

「……姉上が、その道を選ばないというのなら」

声は、はっきりしていた。

「他の選択肢を、きちんと用意すべきです」

私は顔を上げる。

「オスカーも、まだ婚約者はいません」

思いがけない名前に、瞬きをする。

「それに、姉上に気になる方がいるなら……」

ルイスは、まっすぐこちらを見る。

「僕が引き継ぐ爵位のひとつを、姉上にお渡しします。
 姉上が、立場で追い詰められることはありません」

それは次期公爵としての判断であり、
同時に、弟としての切実な願いだった。

胸の奥が、きゅっと縮まる。

「……ありがとう、ルイス」

素直に、そう言った。

「私の身体のことまで、そんなふうに考えてくれて」

ルイスは少し照れたように視線を逸らす。

「姉上が、無理をしないで生きられるなら。
 それだけでいいんです」

その言葉に、思わず笑ってしまった。

(……オスカー、ね)

確かに、悪くない案だ。

元々の計画では――
第1案が、穏やかな伯爵家への嫁入り。
第2案が、修道院。

オスカーなら、伯爵家だし、条件も悪くない。

それに。

(原作では、断罪されて追放される側の人だもの)

これ以上、変な修正力が働くとも思えない。
よく聞く“運命の修正”とも、縁が薄い。

何より、彼は――

(良い友だち、だもの)

今は、それで十分だと思った。

「まだ、先の話よ」

私はそう言って、紅茶を一口飲む。

「今は、フローラのことを落ち着かせるのが先。
 私が前に出るのは、それからでいいわ」

ルイスは少しだけ眉を寄せたが、やがて頷いた。

「分かりました。
 ……でも、姉上」

「なに?」

「どうか、一人で抱え込まないでください」

その言葉に、胸が温かくなる。

「ええ。約束するわ」

二人分の紅茶の湯気が、静かに立ち上る。

見えない線は、まだ確かに存在している。
けれど、その線のこちら側には――

確かな味方がいた。
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