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第3章 違和感
第19話 問いかけ
離宮の客間を、オスカーはゆっくりと見渡した。
広すぎず、狭すぎず。
光は柔らかく、調度は華美ではない。
人に見せるためではなく、休ませるための部屋だった。
「……クラリス様が、好みそうですね」
自然に零れた言葉に、ヴィクトルは否定も肯定もしなかった。
ただわずかに視線を動かし、室内を改めて眺める。
静かで、落ち着いていて、気を張らなくていい場所。
確かに、彼女に必要なのはこういう空間だ。
オスカーはその反応を確かめるように一度だけ頷き、それから本題へ入った。
「殿下」
視線が合う。
「今回のことですが――」
逃げ場を残さない、まっすぐな問い。
「同情で動いていらっしゃいますか?」
ルイスが小さく息を呑む。
だが口は挟まない。
答えるべき立場の人間は一人だけだ。
「違う」
ほとんど反射だった。
しかし、続く説明が見つからない。
婚約者だから。
王太子として当然だから。
保護は義務だから。
いくらでも理由は並ぶはずなのに、どれも核心に触れない。
足りない。
沈黙が、わずかに重くなる。
その空気の中で、ルイスが前へ出た。
「僕は」
静かな声だが、芯がある。
「次期公爵として、姉上の後ろ盾になります。
姉上が遠慮で退く必要はありませんし、外部からの圧力で退かせもしません」
決意の宣言だった。
オスカーはそれを受け止め、視線をゆっくりヴィクトルへ戻す。
「でしたら、もうひとつ」
やはり逃がさない声。
「もしそれが同情なら――婚約を解消してください」
一拍の間のあと、はっきりと言い切った。
「僕が、彼女を娶ります」
挑発ではない。
覚悟だ。
だからこそ重い。
「伯爵夫人であれば、少なくとも王太子妃よりは彼女の気が楽になるでしょう」
ヴィクトルは言葉を返せなかった。
否定が、出てこない。
代わりに胸の奥が強く鳴る。
渡す。
その発想自体が、受け入れられない。
理屈より先に感情が拒んでいた。
灰色の瞳が、わずかに揺れる。
――違う。
同情ではない。
責任だけでもない。
失いたくないのだ。
遠慮がちに向けられるあの静かな微笑みが、遠ざかることが。
自分の手の届かない場所へ行ってしまうことが。
耐えられない。
息が浅くなる。
もう、誤魔化せなかった。
私は――
彼女を、好いている。
声にはしない。
それでも、ここにいる全員には十分伝わった。
張りつめていた空気が、わずかに緩む。
オスカーがふっと表情を和らげた。
「安心しました」
やわらかな声音。
「幼なじみで、親友の姉ですから。
どうなるか心配だったんです」
一歩引く、節度ある優しさ。
「試すようなことを言って、申し訳ありません」
ヴィクトルは短く答えた。
「……構わない」
それは許しであり、同時に確定だった。
気づいてしまった。
だが。
まだ、彼女は知らない。
知らなくていい。
今はまだ。
守るべきは、この想いではなく――
彼女が安心して呼吸できる場所なのだから。
広すぎず、狭すぎず。
光は柔らかく、調度は華美ではない。
人に見せるためではなく、休ませるための部屋だった。
「……クラリス様が、好みそうですね」
自然に零れた言葉に、ヴィクトルは否定も肯定もしなかった。
ただわずかに視線を動かし、室内を改めて眺める。
静かで、落ち着いていて、気を張らなくていい場所。
確かに、彼女に必要なのはこういう空間だ。
オスカーはその反応を確かめるように一度だけ頷き、それから本題へ入った。
「殿下」
視線が合う。
「今回のことですが――」
逃げ場を残さない、まっすぐな問い。
「同情で動いていらっしゃいますか?」
ルイスが小さく息を呑む。
だが口は挟まない。
答えるべき立場の人間は一人だけだ。
「違う」
ほとんど反射だった。
しかし、続く説明が見つからない。
婚約者だから。
王太子として当然だから。
保護は義務だから。
いくらでも理由は並ぶはずなのに、どれも核心に触れない。
足りない。
沈黙が、わずかに重くなる。
その空気の中で、ルイスが前へ出た。
「僕は」
静かな声だが、芯がある。
「次期公爵として、姉上の後ろ盾になります。
姉上が遠慮で退く必要はありませんし、外部からの圧力で退かせもしません」
決意の宣言だった。
オスカーはそれを受け止め、視線をゆっくりヴィクトルへ戻す。
「でしたら、もうひとつ」
やはり逃がさない声。
「もしそれが同情なら――婚約を解消してください」
一拍の間のあと、はっきりと言い切った。
「僕が、彼女を娶ります」
挑発ではない。
覚悟だ。
だからこそ重い。
「伯爵夫人であれば、少なくとも王太子妃よりは彼女の気が楽になるでしょう」
ヴィクトルは言葉を返せなかった。
否定が、出てこない。
代わりに胸の奥が強く鳴る。
渡す。
その発想自体が、受け入れられない。
理屈より先に感情が拒んでいた。
灰色の瞳が、わずかに揺れる。
――違う。
同情ではない。
責任だけでもない。
失いたくないのだ。
遠慮がちに向けられるあの静かな微笑みが、遠ざかることが。
自分の手の届かない場所へ行ってしまうことが。
耐えられない。
息が浅くなる。
もう、誤魔化せなかった。
私は――
彼女を、好いている。
声にはしない。
それでも、ここにいる全員には十分伝わった。
張りつめていた空気が、わずかに緩む。
オスカーがふっと表情を和らげた。
「安心しました」
やわらかな声音。
「幼なじみで、親友の姉ですから。
どうなるか心配だったんです」
一歩引く、節度ある優しさ。
「試すようなことを言って、申し訳ありません」
ヴィクトルは短く答えた。
「……構わない」
それは許しであり、同時に確定だった。
気づいてしまった。
だが。
まだ、彼女は知らない。
知らなくていい。
今はまだ。
守るべきは、この想いではなく――
彼女が安心して呼吸できる場所なのだから。
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